王宮の青い薔薇の娘の卒業パーティー ~エンディング~
三月になり、今日は卒業パーティーだ。
攻略者ルートなら、今日がエンディングなんだろう。
そう思うと、攻略者のルートなら、学園長の存在に気づかず学園長はずっと一人で、私は何の疑問も持たず攻略者と結ばれたのか……本当にそんな事にならなくて良かった…。
寮は朝から大忙しだ。
ドレスの着付けと、髪をセットしてくれる人が寮にいる卒業生分来ている。
私も、今日は冬休み中に準備した水色のドレスを着せてもらい、髪型もいつもと違うハーフアップで、髪飾りも付けて華やかにしてもらった。
卒業証書は家に届き、授与式は無く、普通にダンスパーティーの様な感じらしい。
婚約者がいる卒業生は、ファーストダンスとラストダンスを婚約者と踊る。
婚約者がいない卒業生は、ファーストダンスは踊らない。ラストダンスは卒業生全員が踊ることになっているので、フリー同士や親族と踊る。
それ以外は自由に誰とでも踊ってもいいし、歓談してもいいらしい。
オードブルも飲み物もあるし、謝恩会っぽいのかな…。
式が始まるのは、10時からだ。
30分前にアナとミラと私で、一緒に会場の講堂に入る。
アナは薄い緑の清楚な感じのドレスで、ミラは薄いピンクの華やかなドレスだ。
私達を見つけ、ベルもやってくる。ベルは薄い黄色の豪華な刺繍やフリルが沢山あるドレスだった。
偶然にも、4人とも色は違うが、優しい色合いのドレスを選んだ。
保護者達も、続々と会場に入ってきた。
我が家は、お父様と学園長の執事夫婦のルカ夫妻が来てくれる。お母様はやっぱり領地で留守番だ…。
ほとんどの、卒業生と保護者がそろった頃。騎士3人と一緒に王と王妃が壇上に現れた。壇上には、豪華な一人用の椅子が二脚あって、その前には、洋風の御簾の様なものが立てられている。王と王妃が座ると、その後ろには騎士が待機する。
そして、10時になると楽団の音楽が始まった。
ファーストダンスの合図だ。
シルバーの素敵なモーニングを着た学園長が私を迎えに来てくれた。
ダンスの曲が始まる。
「今日は一段と綺麗ですね…」
優雅にリードしながら学園長が褒めてくれた。
今日のドレスは、胸元はVネックでスッキリしていて、七分袖はレースで裾が少し広がっている。スカートはふんわりしつつドレープが付いていて自分でも気に入っている。
「学園長も、今日は特別に素敵です…」
普段はスーツなので、今日の学園長は本当に普段よりもっと素敵に見える…。
チョット照れながら私は言った。
少し目をそらすと、私はアーロンと踊るイライザ嬢と目が合った。
イライザ嬢は、素晴らしい笑顔を私に向けた。
彼女のバッドエンドだらけの運命は、王太子との幸せな運命に完全に変わった。
彼女の笑顔を見て、私は泣きそうになった。
まだ、ファーストダンスなのに…いけない、笑おう。
変な顔になったかもしれないが、イライザ嬢なら分かってくれるだろう。
ファーストダンスが終わると、王に付いていた騎士がやってきた。
王が私達に話があるらしい…壇上の王は、アーロンとイライザ嬢のファーストダンスが終わったからか御簾が下されている。
私達は、壇上の後ろの方から王と王妃の元に案内された。
王達の斜め前に立った。この前と同じように、立ったまま30度の礼をする。
「二人共、楽にしていい」
王が言った。私達は顔を上げた。
「クリストファー学園長。我が息子アーロンと、その婚約者イライザが世話になった」
「いいえ、アーロン殿下もイライザ嬢も、大変優秀な生徒で学園長として誇りに思える生徒でした。ご卒業おめでとうございます」
「…学園長、そなたは実に誠実に長く学園に勤めてくれている。だからこそ、後悔している事があるのだ。そなたが14歳の時に「聖女の魔法」を発見した時、あまりの才能に恐怖すら覚えた…それ故に、ワイアットがそなたを養子にしたいというのを退けてしまった事だ」
これは、王の当時の気持ちを告白しているんだろうか…。
「そなたには、もっと相応しい場所を与えるべきであった。ワイアットの言う通りに…。当時の判断は完全に間違っていた。そなたの可能性を理不尽に奪っていた…すまぬ」
…王はそう言うと、頭を下げた…。一瞬だが、確かに王は頭を下げた…。
「…勿体ないお言葉でございます…」
学園長が言う…。
「…フローラ、そなたは王女に…妹に驚くほど似ている。妹はずっと臥せっておる。もう、長くはないだろう。妹は美しく、優しく、賢い王女だった。そなたも、同じように美しく、優しく、賢い。せめてそなたは妹の分も幸福になって欲しい。二人の結婚式はどこでするのだ?」
「…ベフトン家の領地の教会で挙げる予定でございます…」
私は、声が震えないように頑張って言った。
「そうか…そなたは、イライザと仲が良いらしいな…式には呼ぶのか?」
「…もし、イライザ嬢のご都合が宜しければ…」
「ならば呼ぶといい。そして、王太后をお忍びで連れて行く。離宮とベフトン家の領地は近い。妹に似ているそなたの花嫁姿を、母上に見せるのは親孝行になるだろうからな。よいか?」
「…はい」
おばあ様が、お母様にやっと会える…。
短く答える事しか出来なかった。それ以上は涙が出てしまう…。
「そうか、礼を言う。もし、そなた達のような弟と妹がいたら……どんなにか誇らしかっただろうか…。叙勲でもフローラには言ったが、そなた達は我が国の宝だ。そなた達の幸福を切に願っている」
「…陛下、私は伯爵の位をいただき、この学園の学園長となれた事は身に余る幸せだったと思っております。ですが、今日の陛下のお言葉は…私にとって生涯忘れられない宝となりました。フローラ嬢と二人、この国と王家の為に尽くしていく所存です…」
そう言って、学園長が頭を下げた。私も続いて頭を下げた。
「そうか…お互いに忘れられぬ日になったな…」
王がそう言うと、私達を連れてきた騎士が「では、こちらへ」と言って、下がらせた。
王は「聖女の祈り」を、学園長が発動した日。その時は、先王の呪詛の様な言葉を信じていたんだろう…でも、もう信じる事はない。
公には、王の妹と弟は消えてしまうだろう…跡形もなく…。
でも、今日、彼らはやっと本当の兄と弟になった…その記憶は消えない。
今日の二人を、彼らの妹で姉であるお母様に見せてあげたかった…。
「クリストファー、フローラ嬢」
壇上から戻ってきた私達に声をかけてきたのは、宮廷魔術師長ワイアット・ルクレールだった。
私は頑張って、涙を引っ込めた。
「ワイアット先生…本当にありがとうございました…」
「…私とお前の願いが叶ったな…」
学園長と、魔術師長が泣いているような笑顔をした…。
二人の短い言葉に詰まった物を十分に理解出来た…。もっと私は頑張って
泣かずにいるしかなかった。
「歓談中、失礼いたします。学園長に来賓よりご挨拶が…」
エイブラム先生だった。そうか…学園長という職は、卒業だからこそ忙しい。
「ワイアット先生、申し訳ありません。今度、お手紙を書きますので…」
「ああ、楽しみにしている」
そう言って、学園長はエイブラム先生と去った。
「フローラ嬢、クリストファーを宜しく頼む…。さあ、卒業パーティーを楽しみなさい」
私の返事を待たず、魔術師長は私の肩を叩いて去って行った。
たぶん、これ以上は、お互い涙が我慢できないと分かっているから。
だって、学園長は言ったのだ。魔術師長が何よりも一番聞きたかった言葉を…。
私も改めて、学園長と一緒に魔術師長にお手紙を書こう…。
私は、ベルやアナやミラがいる場所に行った。
しばらく、4人で楽しくお喋りをしていると、ニールがやって来た…。
「フローラさん、踊っていただけますか?」
…宰相家に泊まった時ですら、食事の時も現れなかったのに…。
すると、ベルが私とニールの前にスッと入って来た。
「ニールさん、私で良ければ踊ってくださいますか?」
ベルが丁寧だが強い口調でニールに言った。
公爵家のベルならニールも無下には出来ない。ニールは私の敵であると親友たちは思っている。今、私を守れるのはベルしかいない。ベルの気持ちはありがたい。
だからこそ、自分で何とかしよう…。
「大丈夫よ、ベル。せっかくのお誘いですもの…最初で最後のダンスでしょうし、かまわないわ」
私の遠慮のない答えに、ニールだけじゃなく、親友三人も苦笑いした。
ベルは小さく「いいの?」と、聞いてくれた…私は笑って頷いた。
宰相の息子らしく、上品にリードするニール。
「最後くらい、僕に微笑んでくれてもいいのに…」
…貴方、私にドSだったでしょ…無茶言わないで欲しい。私も、苦笑いをした。
「やっぱり君は、学園長以外の男性に特別な笑顔を見せないね。でも、君にそこまで嫌な顔をさせる僕も君にとって特別かもね」
久しぶりの、彼の笑顔と嫌らしい言い方のセットだ…。
…この人は本当に…。
今思えば、彼の蛮行が無かったら、学園長も私も自分の気持ちを分からない、
言えないままだったかもしれない。
そう思えば、ニールが私の兄に似ている事は、今日のための布石だったのかもしれない。まあ、そうでなくても大切なイライザ嬢の兄だ。
「イライザさんにとって貴方が良い兄なら、私にとって貴方は少しだけ特別ですよ」
少しくらいサービスしてあげよう。イライザ嬢にとっての敵なら容赦しないけど。
「じゃあ、やっぱり僕は永遠に君の特別だ」
相変わらず、他人が見たら素晴らしいと思う笑顔をする。
怖いと思ったニールの笑顔も、今日はただの不敵な笑みにしか見えない…どっちにしても、私は彼の笑顔を好意的なものに見れないらしい…永遠に。ニールとの出会いも、いつか「いい思い出」に…なるの…かな…?
苦笑を浮かべると、曲が終わりニールは私の手の甲にキスして去った。
すると、ソルがやってきた。
「ダンスを踊っていただいてもよろしいですか?」
ソルがダンスを申し込んできた。彼の誘いなら断るわけにはいかない。
「ええ、喜んで」
彼のリードは的確で踊りやすかった。
「さっき、君をニールから守っているベルさんを見て、本当に君たちの友情には感心したよ。ベルさんは優しい人だね」
「ええ、ベルは優しくて素敵な女性です」
ソルも相変わらず、さり気なく私達を見守ってくれていたのか…。ニールとは雲泥の差だ…。
「アナさんもミラさんも君を守っていたけど、特にベルさんは君を守っていたね。彼女が公爵の身分を振りかざしたのは君を守る時だけだった」
「本当に…感謝してもしきれません…」
本当に、アナとミラとベルには助けられてきた…。
「卒業だから正直に言う。実は僕は、君が友人たちに向ける笑顔を僕にもしてくれると根拠もなく思っていた。だから、3回も女々しく君を誘ってしまった」
「…………」
「僕は…君は誰も好きにならないと思った。だが学園長に向ける君の笑顔を見た時、君が笑顔を向ける相手は僕じゃなく、この人だったのか…と、思った。そして義父の話で理解した。この世界で学園長以上に君を愛し、君に愛されるべき人物は、いないだろうという事に。だから、君たちを応援出来たんだ」
そう言うソルの顔は、とても穏やかだった。
「…ソルさんの応援は、とても心強かったです…ありがとうございます」
私は、そう言うのがやっとだった。
「心から君の幸せを祈っている」
初めてソルの…心からの優しい笑みを見た気がした。
「…私も、貴方の幸せを心から祈っています」
私も、心から言った。彼は彼らしくサッパリと優しく私に決別していたから…。
曲が終わると、ソルは私の指先にキスをして、いつものように颯爽と去って行った。
ソルとのダンスが終わり、ベル達の元に戻った。
戻って開口一番にベルが言う。
「今だから言うけど、フローラとソルさんもお似合いだと思ったわ」
「え? そう? うーん、私は何か違うかな~」
「そうねぇ…やっぱり、学園長先生が一番フローラにお似合いだわ」
ベルとミラとアナ、珍しく3人の意見が割れた。
「もちろん、一番は学園長先生だと思ってるわよ? でも、1学年の時からフローラとソルさんが一緒にいるのが私の中ではしっくりきたのよ…。でも、そう思ったのは私だけみたいね」
首をかしげてベルが言う。
「…まあ、でも、学園長の次に好感度の高い男子は、ベルの弟君かソルさんか…って感じよ。ソルさんは優しいし、紳士だし…」
私がそう言うと、ミラとアナが続ける。
「うーん、ソルさんはフローラより、ベルの方が似合うと思うなぁ…」
「そういえば、ソルさんがフローラに断られた時、ベルはソルさんにさりげなくフォローしてたわね。なんとなく、ソルさんもベルには優しいと思った」
「ベルは婚約者を決めてないんでしょ? ソルさんもアリじゃない?」
「彼は卒業したら、正式にルクレールの名前を継ぐようね。なら次の宮廷魔術師長だろうし、フローラが優しいって褒めるんだから良いかもしれないわよ?」
ミラとアナが続けざまに言うと、ベルは困ったように笑った。
「そんなこと、考えてもいなかったわよ…でも、アリかもしれないかな~」
「ソルさんも、ベルに対して好感度が高いみたいよ」
さっき、ソルが言っていた事を思い出して私がベルに言う。
「…じゃあ、本当に考えてみようかな」
ベルはイタズラっぽく笑い、私達は「応援する♪」と、笑って言った。
私達は、いつものように最後の学生の瞬間を楽しく過ごした。
ベルとアナとミラ……私の学生生活は彼女たちによって、とても楽しく素晴らしくかけがえのない時間になった。
彼女たちがいなかったら「聖女の盾」を、発動する事もなく、もしかしたら学園長と結ばれることは無かったかもしれない。
本当に素晴らしい出会いだった。きっと、これからも私達は親友であり続けるだろう。お互い、結婚しても子供が出来ても。
だからこそ私は、アナとミラとベルと笑いあった二度と戻らない少女時代を永遠に忘れないだろう。妻でも母でもない、ただの少女達の時代を。
この時代を懐かしく愛おしく思う日が必ず来るから…。
夫や娘がくれた幸せとは違う、別の特別な幸せ。それが今も昔も与えられた事は、感謝しかない。
いつの間にか、ダンスの曲では無いメロディが流れてきた。
「フローラさん、ラストダンスです。行きましょう」
ラストダンスの合図だったのか…。
学園長が、とても美しい優しい笑顔で私の手を取った。
ミラとアナは婚約者に、ベルは何とソルに連れられてラストダンスが始まった。
このダンスが終わったら卒業なんだ……。もう、アナとミラとベルと、この学園で過ごすことはない。
皆、新たな場所で、新たな幸せを見つけていくんだろう…。
私達は物理的には別れではない……。でも、見えない何かとは別れていく寂しさがダンスに行く親友たちから感じた…。
「フローラさん、私は学園長だからこそ、貴女と結ばれたんですね」
学園長が優しい笑顔で言った。この会話の意味は私達だけが分かればいい。
「…私も、男爵の娘として生まれたからこそ、貴方と結ばれたんですね」
私達はそう言って笑った。そう…だから、貴方は私の新しい場所になる。
「私が学園長だからこそ、色々な方に助けてもらいました…」
誰よりも私を守ってくれた貴方が、その選択をしてくれて嬉しかった…。
「そうですね。私が男爵の娘だからこそ、色々な方に守られ助けられていました」
私は本当に守られていた…沢山の人に…貴方に…だから、今度は私も守っていく。
学園長は、優雅に私をリードしながら言う。
「そして、その方々は私達の幸せを望んでくれましたね」
本当にそうだ…今日は王までも私達の幸せを願ってくれた…。
「ええ、だから幸せにならなくちゃいけないですね、私達…」
私と学園長の幸せは、私と学園長の大事な人たちがくれた物…。
だからこそ、大切にしていかなければ…。
「フローラさん…貴女を世界で一番、愛しています」
「私も…貴方を世界で一番、愛しています」
「今、とても幸せです…。もっと幸せになりましょう」
「ええ、もっともっと幸せになりましょう、一緒に…」
何の憂いもなく、こんなセリフが言える日が来るなんて…。
ゲームとも前世とも違った、私と学園長と大切な人たちが重ねてくれた未来。
そんな「王宮の青い薔薇の娘」の結末は…。
もちろん「ハッピーエンド」だ。
END
最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
ブックマークや評価を下さった皆様もお礼申し上げます。
ちなみに前世の記憶があるのはフローラとイライザのみです。
自分ではどうにも出来ない運命で頑張ってる人を救済する話を
書けて嬉しかったです。
ムーンライトノベルズさんの方が初投稿になり人生初の小説です。
なろうさんの方はどこまでが許される表現なのか分からないので
実験的に投稿してみました。
ムーンさんの方には番外編がありますが、ムーンさんなので
残虐だったりRな表現がある作品になっていますので、18歳未満
の方や苦手な方はご遠慮くださいませ。
本編はムーンさんとほぼ一緒です。
需要がありそうならムーンさんの番外編を軽めのR-15で
書き直して載せていきたいと思います。
また、読んで下さる機会があれば嬉しいです。




