王宮の青い薔薇の娘 最後の審判
アーロンの独壇場は続く。
「おばあ様、宮廷魔術師長と宰相が、既にフローラさんと学園長の結婚に賛成すると、父上に表明しました。さらに、おばあ様の伝言を聞いて、結婚を反対するほど父上は愚かではないと信じていますが。万が一、父上がおじい様の戯言を盲信していたら、その時は私と宰相と魔術師長で説き伏せます」
アーロンは、私達の方を見た。
「そして、離宮の王女の今後ですが、急いで決める必要もありませんし、これも問題なく対処出来ますので安心して下さい。フローラさんの母上の事も、どうかご心配なく」
そう言うと、アーロンは頭を下げ、そのまま続けた。
「学園長、王家が貴方と母上にした仕打ちは本当に申し訳ないと思っています。貴方が犯した過ちなど、どうとでも出来ます。むしろ貴方が全てを手放して守ったものは王家も全力で守ります。どうか、フローラさんと幸せになってください」
少しの沈黙の後、学園長が言った。
「ありがとうございます…母も天国で安心して眠れるでしょう…」
…学園長の声は少し震えているように聞こえた…。
「アーロン、イライザ嬢…ありがとう。二人はきっと素晴らしい王と王妃になるわ…」
おばあ様が言うと、アーロンは顔を上げた。
「おばあ様、いつか貴女の娘と会わせて見せます。そして、ひ孫も…楽しみにしていてください」
アーロンがそう言うと、おばあ様は目を閉じた。涙をこらえているのだろう…。
「…ええ」
おばあ様は短く言った。
ひ孫達に囲まれるおばあ様の側に、私のお母様と学園長に似てる少女が微笑んでいる姿が浮かんだ。
私の涙腺は再び壊れた…。
◇◇◇◇◇◇◇
王宮へ戻る時間になり、最後におばあ様は、私を抱きしめ別れを惜しんだ。
王宮の転移門に到着すると、イライザ嬢が言った。
「アーロンの部屋でお茶でも飲みましょう。いいわよね、アーロン」
「ああ」
アーロンは短く返事をして、私達4人はアーロンの部屋に行くことになった。
大きな応接室のようなアーロンの部屋に通され、メイドがお茶とお菓子を用意して去っていく。
多分、元々この部屋に私達を呼ぶ予定だったみたいだ。
暖炉の前の応接セットは、離宮と同じだ。
座る場所も、さっきと一緒で、アーロンとイライザ嬢が一緒に座り、向かいに学園長と私だ。
「今日は、私達の為にお二人共ありがとうございました」
学園長が、イライザ嬢たちにお礼を言った。
「私からもお礼を言います。本当にありがとうございました」
私も続いた。
「…お二人がお礼を言う必要はありませんよ。お二人は安心して幸せになってくれたらそれで…」
アーロンが言う。なんというか、言っていることは有り難いし私達に優しい言葉なのに、何となく冷たい感じがする…気のせいかな…。
「フローラさん、私に頼って良かったでしょう?」
イライザ嬢は満面の笑みで言う。
「やっぱり、イライザさんは誰よりも素敵でスゴイです」
私も満面の笑みで言った。
「お父様から、フローラさんのお父様とのやり取りを聞いて、それもヒントに今日の事をアーロンと相談して決めたんです。無事やり遂げられるか不安でしたけど…」
…この間、日時を教えてくれた時、いつもと様子が違ったのは、そういう事か…。
「ありがとうございます、今日のイライザさんほど完璧でカッコイイ人はいません。大丈夫ですよ」
私はいつものセリフを言った。
「…久しぶりですね、フローラさんの「大丈夫」。フローラさんは1学年の時からずっと大丈夫ですって、私を励ましてくれました。私、フローラさんは強い人なんだと思ってました。だって、どんな時でもフローラさんは笑顔で大丈夫って言うから…。だから、我が家でフローラさんの泣き顔を見た時ショックでした。フローラさんは、私が見てない場所では泣いていたんじゃないかと思って…」
…イライザ嬢…。
「私がフローラさんへの気持ちを正直に言ってしまったあの日から…貴女は、私を幸せにすることばかり考えていたんですね……。だから貴女はずっと、どんな状況でも私の為に笑顔でいてくれた。そんな優しい大切な貴女に、絶対に幸せになって欲しかった。私、頑張りました……。ずっと、フローラさんの近くに居られるように…。貴女がいない世界なんて私には耐えられないから……。だって、私は知ってる。フローラさんは誰よりも幸せになるべきだって…」
イライザ嬢は誰よりもゲームであるこの世界を知っている。私がヒロインである事も、自分が悪役令嬢であることも、このルートの最悪の結末も…。
だから、あの日の約束通り、王太子の婚約者で宰相の娘であることをフルに使って、全力で私達をバッドエンドから救ってくれた…。
本当に、どれほど頑張ってくれたんだろう…どれだけの時間を私の為に費やしたんだろう…。
「…イライザさんだって…幸せになる…べきです…。貴女がいなかったら…私…。貴女も…私にとって…代わりのない……大切な人です…」
…枯れるほど泣いたと思ったのに、イライザ嬢は簡単に私の涙を溢れさせた…。
「…私達…一緒に…幸せになれますよね?」
イライザ嬢も涙声で言う。
「…もちろん…ずっと…一緒です。…大丈夫です」
私は、泣き笑いで言った。
イライザ嬢も私と同じように、泣きながら笑った。
ハンカチを出して涙を拭こうと思ったら、学園長が自分のハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「……イライザさんが女性で本当に良かったです…」
学園長が、苦笑いで言った。
「奇遇ですね。最近ずっと似たようなことを思ってました」
アーロンが、少しだけ冷たい声で言った。
◇◇◇◇◇◇◇
学園長と王宮を出て、寮に戻ってきた私は、離宮での出来事を手紙に書いた。
きっと、お父様もお母様も安心してくれるだろう…。
そして、前世で師走と言われた12月は、あっという間に過ぎていった。
−元旦−
とうとう「初春の叙勲」の日がやってきた。
実は、昨日から私とお父様は、イライザ嬢のお屋敷に泊めてもらっていた。
今日の手順を教えて貰う為もあるが、冬休みで領地も遠い私達には有り難かった。
イライザ嬢は、卒業と同時にアーロンと結婚する予定なので、今年から新年の挨拶は王太子妃待遇で出席するとの事だった。
なので、イライザ嬢は少し濃いめのピンクで、可愛らし過ぎない素敵なドレスを着ている。スクエアネックでレースのタイトな長袖に、スカートには豪華なフリルが上品にあしらってある。
お父様は、おしゃれなグレーのモーニングを着ていた。
宰相は、真っ黒の上品な上着に、肩に金色の装飾や豪華なボタンが付いている高官らしい服だ。
私もドレスを着るのかなぁ…と思ったら、私は制服らしい…。
流石、日本のゲーム…。学生にとって制服は冠婚葬祭の第一礼装だもんね…。
イライザ嬢とは立場も違うし、制服だったら楽だし…まあいいか。
4人で馬車に乗って、王宮に向かう。
今年の叙勲は私一人だけらしい…。
謁見の間で順番に新年の挨拶が終わったら、私の叙勲があって、後は会場を移して立食パーティーらしい。
緊張するなぁ…。
私達は「初春の叙勲」に出席するだけなので、前回、謁見した時のように控えの間で待機していた。
昨日、宰相から言うべきセリフを私もお父様も教えてもらっていたけど…。
「…緊張する…」
私が言うと、お父様が笑った。
「大丈夫だよ、宰相殿もお父様も、フローラを助けるから」
そして、前と同じように騎士っぽい人が案内してくれた。
大きく豪華な扉を、両脇に待機していた騎士?が開くとファンファーレが鳴った。
両脇には、新年の挨拶が終わった貴族たちが並んでいる。
中央の道の様な赤いカーペットを、お父様と二人で並んで歩く。
一番奥の中央の一段高い場所には王がもう座っていた。
今日は立ったままで良いらしく、30度の礼をした形で言葉を待つ。
「ただいまより「初春の叙勲」を、執り行います。聖女以来の「聖女の盾」を発動させ、王立学園と在校生を竜巻から守護したフローラ・ベフトン嬢。その御尊父フェイ・ベフトン男爵。陛下からお言葉があります」
と、宰相が言った。
「顔を上げよ」
王が言って、私達は直立する。
「この度の功績は、歴代の中で類を見ないほどの物だ。それに相応しい褒美を望むがいい」
「私は、クリストファー・メイヤー伯爵との婚姻を望みます」
「それだけでよいのか?」
「はい、それ以上の望みはございません」
「そうか、それならば簡単だ。フローラ・ベフトンとクリストファー・メイヤーの婚姻を認めよう。卒業と同時にそなた達の婚姻を許可する」
…夢じゃないんだよね…。
「だが、それだけではフローラの功績とは釣り合わぬな。そなた達への結婚の祝いに、ベフトン男爵は、領地はそのままに辺境伯の位を授ける」
「有難き幸せに存じます」
「身に余る光栄に存じます。娘フローラ共々、陛下のご厚情にお答えするため精進して参る所存です」
「うむ。期待しておる。フローラ嬢とメイヤー伯爵は「聖女の魔法」に貢献した我が国の何よりの宝だ。この婚姻を王として歓迎する。国にとっても有意義な物になるだろう。今後、全ての者は、この国の宝である二人と新たな辺境伯に最大の敬意を払うように。そなた達の幸福を切に願っている」
「是を以て「初春の叙勲」は、締め括らせていただきます」
宰相の言葉で「初春の叙勲」は、終了した。
◇◇◇◇◇◇◇
私とお父様は、控えの間に移った…。
やっと、終わった…。
控えの間に、イライザ嬢が入ってきた。
「フローラさん、おめでとう!! 王は、私達に多くは語らなかったけど、本当にフローラさんと学園長、ベフトン家の幸せを望んでるわ。もう本当に大丈夫!!」
興奮して言うイライザ嬢は、とっても可愛らしい…。
「本当に、イライザさんと王太子には感謝してもしきれません…」
「感謝なんて…。フローラさんの幸せは私の幸せなんですから」
イライザ嬢は、私の両手を取って真剣な眼差しで言う。
「私だってそうです…。イライザさんの不幸は私の不幸……だから、絶対に一緒に幸せになりましょう。なれるはずです」
「「大丈夫です!!」」
イライザさんと私は同時に言って笑った。
「……もしかして、フローラの運命の相手はクリストファーじゃなく、イライザ嬢なのかな?」
そう言った、お父様にイライザ嬢が言った。
「いいえ、私達は宿命のライバルです」
言葉とは裏腹の素敵な笑顔で言う。
「そうでしたね」
私がそう言うと、私達は声を出して笑った。お父様はそんな私達を笑顔で見ていたが、いつもの笑みとは違う感じがした。
学園長に報告に行かなくちゃ…。
明日は16時と19時に更新します。




