王宮の青い薔薇の娘 計画 3
新学期になって一週間後、イライザ嬢に呼ばれいつもの東屋に行く。
「フローラさん、私に何か言う事はありませんか?」
いつになく真剣な表情のイライザ嬢。まるで初めてここで会った時のようだ。
「王宮の青い薔薇の娘」を知っているか?と、言われた時を思い出す。
「…どういう意味ですか?」
ニールが私と学園長との事を言ったのだろうか、だとしたら本当に「聖女の雷」を発動しそうだ。
「最初に言いますが、ニールから聞いたのではありません。アーロンから聞いた事です。ここまで言えば意味が分かりますよね?」
アーロン、彼は私のイトコで学園長の甥か…。
「…大丈夫ですよ、安心してください」
「安心できません!!」
イライザ嬢は、私が言い終わるとすぐに言った。
そして怒ったような顔で続ける。
「いつもそうです、フローラさんはいつもそう。貴女は私が「貴女の不幸」を怖がってる事を知って…だからいつも大丈夫だと言う。私、言いましたよ「協力する」って。でも、フローラさんが助けを求めてくれなかったら協力することが出来ないんです。それが、どんなに寂しいか分かりますか?」
怒りながら、目の端には涙が光っている…。
「確かに私は、前世の貴女より年下です。でも今は同級生なんです。この世界を貴女より知ってるし王太子の婚約者で宰相の娘なんです。頼ってもらえませんか…?」
イライザ嬢は、口を堅く閉じて唇を震わせている。
「…イライザさん…」
「ニールの事は謝ります。もう、フローラさんに関わらないように言っています。だから、頼ってください…お願いします…」
イライザ嬢は頭を下げた。
学園長と同じ事を、私が感じた事をイライザ嬢に与えてしまった…。
学園長が私に優しい嘘をついていた事を知った時、自分の無力さを完膚なきまで思い知らされた。
学園長が私を姪だと…守るべき存在と認識していたように、私もイライザ嬢を自分の娘のように思ってしまっていた。
当たり前のように、私がイライザ嬢を守るのだと。逆は望んでいなかった。
「イライザさん、ごめんなさい。私は勝手に貴女を娘のように思っていた。貴女の保護者の様なつもりでいた。貴女に心配をかけまいとして、余計に貴女を苦しめてしまいましたね…」
そう言うと、イライザ嬢は顔を上げた。
「…いえ、そう思っても仕方がないです。私は最初から…貴女を救おうとして逆にフローラさんに救われていたんだから。でも、今回ばかりは貴女を救いたい」
…イライザ嬢は強いし、努力家だ。尊敬している。決して侮っていたんじゃない。ただ、優しい彼女を苦労した彼女を、私の事で悩ませるのが嫌だった。彼女を傷つけず、嘘をついてでも彼女に幸せになってもらいたかった。
でもそれは、イライザ嬢が私を助けたいという、私だってイライザ嬢に思う当然の気持ちを無視していたんだ。今の私は、その辛さを一番よく知っている。
ならば彼女の気持ちを、もうこれ以上無視できない。
「もう、イライザさんの気持ちを無視しません。私の今の現状を正直に話します。その前にイライザさんは、王太子から何て聞いているんですか? そして、何から私を救いたいか教えてください」
「夏休みに王宮に行った時、アーロンに見せたい物があると言われました。フローラさんが王宮で見た王女の絵です」
なるほど、あの絵か。
「アーロンは、フローラさんとは3年間一緒のクラスで生徒会も3回も一緒なのに、ほとんどフローラさんの事は知りません。でも、王女に似ていて私と仲が良く、最近ではニールやソルまでフローラさんを気にしていると気づいたアーロンは貴女を調べたそうです」
王太子はまず、王に聞いたそうだ。
「聖女の魔法」を発動させたフローラは、なぜ王女に似ているのか?
王は何も答えなかった。
アーロンは、エレアノーラ王女は本当に離宮で療養しているのかも聞いたそうだ。
王は「そうだ」と答えた。
王からは何も情報を得られなかった時、ソルがアーロンに聞いた。例の絵の王女はフローラに似ていると思わないかと…。
そして、ニールが言った。フローラは王女の娘で、学園長は王女の弟だと。
王女が正体を隠して男爵と結婚できたのは、学園長が「聖女の祈り」の名誉と褒美を引き換えにしたからと。
フローラは学園長に思いを寄せているようだが、姪と叔父では無理だ。
フローラを狙う人間から守るにふさわしいのは、ニールかソルだけだと言ったそうだ。
「ソルが夏休み前、フローラさんに告白したみたいですね」
「えっ、告白??…ああ、好意を持ってくれていたらしい事と、どうにもならなくなったら思いだしてくれと言われました」
良く考えたら、告白みたいなものか…。あまりにも紳士的過ぎたから、そっちの方に意識がいっていた…。
ソルには本当に申し訳ない…。
「…ニールはダメみたいですね」
「えっ…そうですね、スミマセン…」
「いえ、謝ってくれなくていいです。あれからニールにフローラさんにどんな態度だったか聞いています。…あの子、好きな子にはゲーム通りだったとは気づかなくて…すみません」
「…でも、イライザさんにとって優しい兄なら良いと思いますよ…私はもう結構ですが…」
消極的に私は本音を言った。本音で言わねばならぬ時だけど、ちょっと心苦しい。
「ニールは、未来の宰相ということでフローラさんが「聖女の盾」を使ってから本当の事をお父様が教えたそうです。宰相と言うのは時として王以上にこの国を知らないといけないので…」
「それは分かります」
「フローラさん、単刀直入に聞きます。学園長は貴女をどうするつもりだと思いますか? そしてフローラさんはどうしたいですか?」
これが一番正直にイライザ嬢が聞きたいことだろう。
だから私は誤魔化さず言わなくてはいけない…。
「正直に言いますね。監禁は無いです。むしろ、彼は私と結ばれる気は無かったみたいですが…。私が彼を諦めきれず父母に相談したところ、学園長を落とせと言われ、無事に落としたら合法的に結ばれるように父母は動くそうです」
「……学園長が引いたのに、フローラさんとご両親は…えっと…学園長とフローラさんを結婚させようとしてるって事ですか?」
困惑するイライザ嬢。まあ、めちゃくちゃだよね。ゲームとも違うし。
ゴメンね、でもこれが今の現状なの。
「そうです、でも王が認めてくれなくては無理なのでそこが困っています」
「…だって、フローラさんと学園長は姪と叔父ですよ?」
「それは分かってます。でも、戸籍上では他人なので…」
イライザ嬢は、私と両親を軽蔑するだろうか…。
監禁ルートを学園長は選ばなかったのに、私は倫理を犯すルートを選んでしまったのだから。でも、どう思われても本当の事を言うしかない。
「イライザさん、前世の経験から言うと、私は学園長以外の人を好きになる事は無いと思います。たぶん、学園長もそうだと思います。元々彼は一生独身でいるつもりでした。叔父と姪だから本来なら諦めるべきなのも分かっています。でも、人生で運命の人に会えて両思いなのは奇跡なんです。運命の人に会えなかったら、一生一人でも平気です。でも、会ってしまったら…その人と一緒にいれば地獄だって天国なんです。どんなに綺麗な世界でも学園長と一緒にいれないなら、違う人と結婚しなきゃいけないなら、そこは私にとっての地獄です」
「…そこまで…」
「イライザさんは私を救いたいと言いました。それは何からですか?」
「正直、二人の禁断の関係を知ればフローラさんは学園長を諦めるんじゃないかと思いました。でも、学園長の方がフローラさんを手放さないと思っていたんです…」
「でも、真逆だったという事ですね…イライザさん、救いたいと言ってくれてありがとう。でも、私が倫理的に許されない事をしようとしているんです。だから…」
「救いますよ!!助けます!!フローラさんが望むなら…!!」
「私の望みは、叔父である学園長と結婚することですよ?」
「……倫理的にどうとか、問題はたくさんあると思います。でも、フローラさんが本当に幸せにならなければ私だって幸せにはなれない。倫理的には間違っているでしょう。でも、私にはフローラさんの幸せの方が大事です。そして、フローラさんが言ったように、戸籍上二人は他人です。そこを利用することだって可能です」
「…最大の問題は全てを知っている王に私達の結婚を認めさせること……なんですよ…」
「私の父と、王太子であるアーロンに味方になってもらうと言うのはどうでしょう? ソルの養父である魔術師長も味方になってもらえるかもしれません」
「叔父と姪であると知っているのに、味方になってもらえるでしょうか…」
「夏休みに、アーロンだけじゃなく、父やソルにも聞いてみたんです。アーロンと父は、王女である姉の為に名誉と地位を捨てた学園長に同情的でした。ソルは、入学当初からフローラさんを見てきて、フローラさんにとって特別な男性は学園長しかいなかったというのを誰よりも分かっているみたいです。そして、貴女の幸せをソルは祈っている」
…ソルさん、なんて優しいんだ…。
「確かに、叔父と姪と言うのは禁断の関係です。でも、フローラさん達を擁護するのであれば、学園長は先王の無体によって生まれた被害者であり、叔父と言っても、フローラさんのお母様とは腹違いの弟であるという事です。さらに王子と名乗ってもいない。王子の地位も「聖女の魔法」の名誉も捨てている。王家の被害者と言っていい立場に学園長はいる。そして、二人とも伝説の魔法である「聖女の魔法」を数百年ぶりに発動した国にとって大変貴重な存在という事。これをどうにか出来れば…」
さすが、宰相の娘のイライザ嬢…お父様の計画にも一致する事を言っている。
「私の父母も似たようなことを考えているようです。まず、私が学園長を落としたら全力で私達を幸せにするために動くみたいなんですが…」
「…フローラさんのご両親から、王太后に協力を求めるという手もありますね」
「…王太后なら、学園長と孫の私に協力してくれるかもしれませんが…会った事はないですけど…」
「アーロンと私と一緒に、離宮に行ってみるとか…仮の案ですが「聖女の祈り」を発動して、王女を救えるかもと言う大義名分を作って会うというのは? その時にご両親からのお願いがあれば伝えられますし…」
「王以外の周りから味方にして、外堀を埋めるというやり方ですか…」
「学園長の出生の秘密は、かなり厳重に守られてるみたいですし、それが一番いい手なのかもしれないですよ」
なるほど、さすがイライザ嬢。
「…イライザさん、ありがとうございます。まずは学園長を落とさないと何も始まりませんので、しばらくは見守ってください。そして、無事落とせたら遠慮なく頼りますから」
ニッコリ笑って言うと、イライザ嬢も笑った。
「私達の本当の幸せの為に頑張りましょう!! 遠慮は絶対になしですよ!!」
イライザ嬢は、素晴らしい笑顔で言ってくれた。
彼女は、私の娘なんかじゃない。私なんかより優秀で努力家で優しい頼りになる私の自慢の親友だ。
久しぶりに明るい雰囲気で会合を終えた。
イライザ嬢が味方になってくれた…。
嬉しいのに、同じくらい苦しい…。でも、彼女を頼ると決めた。
全て知って私を助けると言ってくれたイライザ嬢…。
ごめんね、そしてありがとう…。




