王宮の青い薔薇の娘 計画 2
次の日のティータイムも談話室で取った。
「お父様たちは具体的にどうするつもりなの?」
「私達家族とクリストファーの事を知っている、王太后、王、宰相、魔術師長。 この四人に接触を図るしかないだろう」
今まで学園長のおかげで王ですら、お母様はどこにいるのか分からなかった。
でも私が「聖女の盾」を発動させ王と謁見した今は、王も宰相も宮廷魔術師長も、お母様がどこにいるか知っただろう。
離宮の王太后は、どこまで知っているかは分からないが…。
知られる前なら無理だが、王女とその夫だと知られた今は、お父様やお母様が彼らに接触することは可能だろう。
王は、学園長の素性を知っているから、私との結婚を反対する理由がある。
逆に言えば知らない人間からすると、どうして王が反対するのか理由が分からない。
叔父と知らないベル達は学園長は私に相応しい相手だと思っている。
ソルが言っていたように叔父でなければ皆が納得するカップルだろう。
突破口はそこしかない。
私の母親が王女という事は、バレるのを防ぐのはもう難しいかもしれない。
でも、学園長が王子だという事は、王太后と王と宰相と魔術師長とその息子達くらいしか知らないだろう。
学園長は戸籍から王の子供だというのは辿れないだろうし。
それに、離宮で療養中となっている王女の存在も今後どうするか考えなければならない時期だ。王家にとっても、いつかは向き合わなくてはいけない問題だ。
そして、学園長も私も「聖女の魔法」を使えるというのが武器になるかもしれないと、お父様は言った。
「それには、クリストファーにも覚悟を決めてもらわないとね。フローラがクリストファーを完全に落としたら、動き出せるようにお父様お母様も色々計画を立てるよ♪」
「フローラ、難しい事はお父様にお任せしてしまうけど、お母様は14年間クリスと一緒だったから、あの子の事は色々教えてあげれるわ♪」
その後、お母様から学園長の事を色々と教えてもらった。
私とお父様とお母様の計画は始まり、夏休みは終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
久しぶりに寮に戻った。明日から普通に授業が始まる…もちろん、学園長との授業もだ。
学生らしく清らかに落とせと言われたけど…。
前世では、プロポーズ→転勤→結婚という超スピード婚だった。
付き合った期間がないに等しいのだ。
そんな状態で、すぐ結婚して即同居…なんというか夫のリードのまま夫婦生活をして娘を授かった。
改めて自分が夫と結婚出来た幸運と、自分の恋愛経験とスキルのなさを思い知る。
…うーん、そういえば夫は私の手が…というか指が好きだったな…。
二人の時は、よく私の手と指に色々していた。
この辺は男性共通なのか分からないけどアレンジして試してみるかな…。
◇◇◇◇◇◇◇
どんなに悩んでも朝は来る、午後の授業も。
昨日は緊張でよく寝れなかった…上手く出来るかな…。
「失礼します、フローラです」
「はい、どうぞ」
いつものやり取りだ。
「夏休みはどうでしたか? フローラさん」
…たぶん、学園長が想像してる答えじゃないです…。
「……」
「…やはり、ご両親は反対されましたか?」
思った通りの答えを言う学園長。
「…それが、お父様に学園長を落とせと言われました」
「………………………え?」
そりゃ、そのくらい戸惑いますよね。
「お母様は、クリスは耳が弱いからそこを攻めなさいって言われました」
くすぐったいそうですね。
「………………………え?」
「ゴメンなさい、学園長。両親命令で全力で学園長を落とさなきゃいけなくなりました」
「……………………………」
「しかも、学生らしく、清らかにだそうです」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
物凄い沈黙の後、学園長が言った。
「貴女のお父様とお母様は何を考えているのか…」
絞り出すような声だった。
「お父様とお母様は私と学園長の幸せを考えていますよ。学園長が私達家族を思ってるのと同じくらい。そして、私の幸せは学園長無しではありえない」
ニッコリと笑って言う私を、困惑した表情で学園長は見つめる。
さぁ、寝不足で考えた事を試す時が来た。
そのまま何も言わない学園長の右手を私はつかんだ。
そして、自分の唇に学園長の指を触れさせた。
「……!!」
驚いている学園長を確認して、その後、私の胸にその手を移した。
私は両手で祈るような形で、学園長の手を胸の間に押し付けた。
服の上からだからギリ清らかだろう。
「学園長は、これが他人のモノになってもいいんですか?」
学園長は、固まってしまって答えない。
「私が学園長以外の男性に笑顔を向けたり、抱きしめられたり、口付けされても…何とも思いませんか?」
そう言って私は、もう一度、学園長の指を唇に押し当てた。
学園長の指は熱い。
学園長は横を向き、左手で自分の目を覆った。
学園長の耳は赤い…。
清らかな誘惑ってこんなものかな…どうだろう…。
学園長の手を唇から頬に移動させて私は言う。
「クリス以外の人に触れられたくない…」
…恥ずかしい、名前を呼ぶのが地味に恥ずかしい。言ってるセリフも本心だけど、恥ずかしい。私だって顔が赤くなりますよ…。
でも、お父様が先手必勝(清らかに)って言ってたから…。
「…ちょっと、ちょっと待ってください…お願いします…」
さっきと同じ横向き目隠し状態の学園長が慌てて言う。
「フローラさん、ちょっと…お願いです、一旦、落ち着きましょうお互いに…」
まあ、確かにそうですよね。お互い顔が真っ赤ですしね…。
私は、学園長の手をそっと離した。
離した手を学園長は、何故か握って開いてグーパーしていた。
固まっていたからかな?
「…紅茶を入れてきます」
と言って、学園長は隣の部屋に移動した。
清らかな誘惑は自分で考えたけど…どうなんだろう…。引かれたらどうしよう…。
いつもより時間が経ってから隣の部屋に呼ばれた。
まだ、うっすら顔が赤い学園長、そんな学園長を見て私も顔が熱くなってしまった…なんか…やらかした感がスゴイ。
テーブルを挟んで向かい合っているけれども、お互い下を向いてる。
学園長が深呼吸して言う。
「…お家ではどういう話し合いになったのですか?」
ですよね。学園長はお父様にお手紙で『フローラをどうか正しい幸福に導いてください』って書いたんですもんね。
「私の幸せは学園長と結婚することで、学園長の幸せは私の幸せだという結論が出ました。なので、お父様は「聖女の祈り」を発動した日の事を私は知るべきだと話してくれました。そして、私は学園長を12月の頭までに陥落させ、お父様とお母様は全力で私と学園長を幸せにするという話になりました」
簡単に言うとこうだ。
「……」
絶句する学園長…。
「ごめんなさい学園長、お手紙の事も聞きました。学園長が知って欲しくなかった事も。でも、お父様もお母様も私の味方なので諦めてください…私を諦めるのを」
「……」
何も言ってくれない…。
「お父様が助言してくれました『お前たちの答えは万人の正解じゃない。だからこそ迷う、何度でも。でも、結局は人生明るく幸せになったもん勝ちって事だ、自分の人生だから』って。『重くて深い悩みだからこそ忘れちゃだめだよ。唯一の答えが出ているのに悩みに溺れちゃダメだ』とも。だから学園長、さっきの質問の答えを教えてください」
私は負けずに同じ問いをする。
「私が学園長以外の男性に笑顔を向けたり、抱きしめられたり、口付けされても…何とも思いませんか?」
「………貴女は私以外の男性に本当の笑顔を見せない。だからこそ大丈夫だと思いました。貴女を手放しても…貴女の特別は私だから」
真正面に座っている学園長は、下を向いたまま、右手で頭を抱えて黙る。
「酷いですね、特別じゃない男性から私が触られても平気なんですか…」
私がそういうと、学園長は首を振る。
「そういう意味ではないです。やはり私と貴女は叔父と姪なんです。一時でも男として貴女の特別であったなら、違う特別を貴女が見つけても大丈夫だという意味です」
俯いたまま、学園長は言う。
「特別のままでいたいと思わないんですか? 私を独占しようと思わないんですか?」
「今は独占していますよ。私だけなんですよ。貴女が男性に素晴らしい笑顔を向けるのは」
「そうですよ、こんなにたくさんの男子がいる学園の中で、私が本当の笑顔を向けるのは学園長だけ。なのにどうして簡単に次の特別が現れると思うんですか? 本当に次の特別が私に触れてもいいんですか?」
私がそう言うと、いつもより少し低い声が聞こえた。
「貴女は私以外の男性に笑顔を向けない、だから私は正気を保てた。抱きしめるだけで我慢できていた。でも、貴女の唇に…胸に…私以外の男が…今日のように触れるのかと思ったら…」
そのまま黙ってしまう学園長…。
学園長が私を監禁しないのは、明るくて華やかで全ての人を魅了するゲームのヒロインと違って、私が学園長以外の男性に笑顔を見せなかったからかもしれない。
だから私を手放そうなんて考えられたんだ。
だったら…あの時、学園長はこう言うべきだった。
「そんなに悩むなら、私を姪としか見てないと言えば良かったのに…片思いなら、私だって学園長を諦められたのに…」
少し恨みがましく言う。
「貴女を抱きしめた後、そう言って貴女は信じてくれましたか?」
「…いいえ」
確かに、あの時の学園長は、鈍い私から見ても男の顔をしていた。
正直に私への気持ちを言ったのは私を騙せないから…。
だからお父様に助けを求めたのか…。
「貴女を慰める為とはいえ、貴女に触れるべきじゃなかった。一度抱きしめたら、もう一度…と、思ってしまった。抱きしめるだけなら…と、言い訳して。そして…今日、もっと貴女に触れてしまった。本当に貴女が誰かに触れられたら…。私はどうなるのでしょうね…」
学園長は、まだハッキリと私の質問に答えない。
でも、私の答えは決まっている。
「私は、学園長以外の人に触られたら「聖女の雷」を発動しますよ」
少し怒ったように私が言うと、学園長は笑った。
「…ふふっ…私も貴女が誰かに触られたら「聖女の雷」を発動しそうです…。私達二人が発動させたら、大変なことになりますね」
私は、昭和の名作アニメのヒロインが雷を落とすシーンを思い出してしまった。
それが二人いたら大変だ。
「ふっ…笑い事じゃないですけど、確かにそうですね」
私も笑ってしまった。
「そういう意味でも「聖女の魔法」を使える私達は、一緒にいるべきじゃないですか? 世界の為にも」
私はそう続けた。
「私達二人が一緒にいるのは世界の為…また、大きく出ましたね…」
学園長は、やっと顔を上げた。右手はまだ額に当てているが。参ったなと言うような表情だ。
「最初の授業で教えてくれたじゃないですか。「聖女の魔法」は強い魔力と、強い願いだけで発動するって。だったらありえなくは無いんじゃないですか?学園長も私も」
「そうですね、そう教えたのは私ですし、それは本当ですからね」
それは本当…か。
「この魔法は、王家の血を引く人間しか使えないって事でいいですか? 学園長先生」
私は、あえて先生と付けた。
「そうですね。正解です、フローラさん」
先生らしく学園長が言った。
あの日の授業は、そういう事だったんだ…やっぱり。
何となく、変な緊張感は取れて、いつも通りになった。
午後の2時限目の選択授業は普通に出来た。
でも、授業が終わった後、学園長は、いつもの抱擁をしてくれなかった。
「今までは、貴女のご両親の反対が前提にあったので抱きしめられましたが…。 賛成された今は抱きしめられません…」
…さすがヤンデレ設定の学園長…。絶妙に拗らせてる感じのセリフを言った。
…清らかに落とせと命令された私はどうしたらいいだろう…。
「じゃあ、右手を貸してください」
そう言って、私は学園長の指を自分の唇に触れさせた。胸よりは清らかだろう。
「……っ!!」
学園長は左手で自分の顔を覆った。
「これなら大丈夫ですか?」
と、私は聞いてみる。
「…大丈夫だと思ってるんですか…本当に…」
学園長が、呆れた様に言う。
さっきみたいに横に顔を向けてないし、顔は覆ってるけど2回目だし大丈夫かなって思ってますが…。
「でも、抱擁が出来ないって言われたら別の触れ合いがないと学園長を落とせないので…」
「…あの、指を唇に当てたまま、喋らないでもらえますか…」
学園長の耳がさっきより赤くなった。
ツボが分からない。清らかに落とすのが成功したのか…な?それとも…。
「胸の方が…」
「良くないです!!」
かぶせ気味に学園長が言った。
「…大丈夫です!!…もう落ちましたので、離してもらえませんか…」
徐々に弱々しく学園長が言う。
「早くないですか?」
離して欲しいというなら離そう。
学園長は嘘を本当のように言うから、額面通りに受け取ると落とせないかも…。
「抱きしめられないなら、私が抱きしめますね」
そう言って、私は学園長に抱きついた。
「……私を学園から追放させたいんですか…」
大きなため息が聞こえた。
「そんな訳ないです…でも、抱擁が無いと寂しいです…」
「……もう本当に参りましたから…離れてくれませんか…」
そこまで言われると離れるしかない…。
「あの、フローラさん…辛そうな顔をしていますが…私はその軽く倍は辛い思いをしてますよ…」
そう言って、学園長は私の頭をポンポンとした。
「明日からは、いつものように抱きしめますので、許してくれませんか…」
「…分かりました」
これ以外の清らかな落とし方は、まだ思いついていないし…。
とりあえず、また抱擁してもらえる事になって良かった。
本当に学園長を落としたと思えるまで油断は出来ないけど。
清らかに落とすって難しい…。
本日、19時にもう一度更新します。




