王宮の青い薔薇の娘 真実 5
あの日、万策尽きて、ただ死を待つお母様の元には最後の別れをするために5人が離宮にいた。
母である王妃、兄である王子、弟の学園長、優秀な魔法医師でもあった母の師ワイアット・ルクレール、婚約者のアルフ・グーチィ。
学園長が「聖女の祈り」で、お母様を助けた。その歓喜も束の間、たった数時間後にお母様は消えた。王妃と学園長は理由が分かっていた。そして学園長だけはお父様の正体も、お母様の居場所も知っていた。
兄である王子は、婚約者の手前どうあってもお母様を連れ戻したかった。
しかし、王妃は「あの子は死んだものと思ってくれないだろうか…」と、愛しい人の元へ行ったであろう娘を庇った。
だが、それではあまりにも宰相家の婚約者アルフ・グーチィに不義理であった。
彼には何の非も無かったし、お母様が治って本当に喜んでいたそうだから。
そこで、学園長が提案した「私は「聖女の祈り」を発動した偉勲で第二王子と認めるという名誉を返上致します。その代わり姉上の我儘と居場所を明かさない事をお許しください」と。
さすがにこれには、その場の全員が驚いた。
学園長こそ、非は無いし、それどころか歴史に名を刻むような伝説の魔法を発動し王女を救い、誰に憚ることなく王子としての立場を得られるというのにそれを放棄しようというのだ。ただ姉の為に。
王妃の懇願と、学園長の自己犠牲過ぎる提案に、婚約者だったアルフ・グーチィは頷いた。
そして、話し合いの結果、お母様は離宮に療養しているという事にする。
外に秘密が漏れないようにするため、学園長が作った精巧なお母様の人形と王妃は離宮に住む。
学園長は王子と認められる権利を永遠に放棄。「聖女の魔法」を発動した事も極秘にする。
だが、王の血を引き「聖女の魔法」を使える彼の存在を知られ、不適切な政治利用をされないように、権力の及ばない学園で「聖女の魔法」を研究し、その成果として伯爵の位と学園長という地位を与える。
というものだった。
「……クリスは「聖女の魔法」を発動し、王子として認められようとしていた…なのに、私の為に名誉も地位も全て捨てていた。愚かな私が気づいたのは、フローラを産んで何年も経ってから…」
お母様は泣き出してしまった。
お父様はお母様を慰めつつ、続きを話してくれた。
「クリストファーは、彼が発動させた素晴らしい魔法の名誉と、王子の地位を捨てて私達を守ってくれたんだ。クリストファーはそこまでした。彼は真実をお父様にだけ知らせることで、お母様を完璧に守ったんだ。だからお父様はお母様とフローラを世界一幸せにしようと思ったんだよ。それが彼に報いるたった一つの事だったから。そして今、クリストファーは、お前を守ろうとしている、クリストファー自身からお前を…」
私は、愕然とした。
初めての「聖女の魔法」の授業も、お母様を助けるために「聖女の祈り」を発動した時の話も…。
彼は、それが真実だと私に思わせるように慎重に「真実」と「嘘」を混ぜて言っていたんだ。
彼なら母の場所を知らないと言い、陰で魔法を使い巧妙に私達を隠すことは出来たはずだ。
でもしなかった。
きっとそれは、学園長自身が、その存在を隠されていたからだ。
そのような暮らしを、未来の生まれてくる子にさせないように。
お母様に「エリー・ベフトン」という、新しい人生を確実に与えるために。
産まれてくる子は、夫婦の子として堂々と生きられるように。
王はお母様を見つけられなかったんじゃない。
誰も王女を探せなかったのだ。
婚約者だった宰相を…その場にいた人間を驚愕させる程の代償を払った、彼の望みだから。
だからお母様は、エリー・ベフトンになり、私達は普通の幸せな家族でいられたのだ。
伯爵と学園長の地位は世間が思っている褒美じゃない。
王家は彼をずっと王子と認めなかったんじゃない。
彼が「聖女の祈り」を発動したことが極秘なのは、正当な名誉を地位を与えられなかったのは…。
私達家族の「楽園」と引き換えに差し出したからだ。
…私は彼の状況が理不尽だと言った。
でも、その状況は王じゃなく私達の幸せが作り出したんだ…。
学園長が私達の幸せの為に差し出した対価…そのあまりの大きさにショックを受けた…。
そして、それ以上に
『クリストファーはお前を守ろうとしている、クリストファー自身からお前を…』
お父様の言葉が、私を絶望に突き落とした。
両親さえ説得出来れば、学園長は私と一緒に生きる覚悟を決めてくれると思っていた。
でも、学園長はお父様に手紙を出した。自分達を許さないでくれと。
彼は私を愛している。私も彼を愛している。だからこそ、私が父母に学園長の話をする前に動いていた…私を手放すために。
学園長は、ゲームの様な偽物の楽園を望んでいない。
でも、学園長は私との完璧な楽園を作れない。
彼が手紙に書いた「正しい幸福」は、私に与えられない。
彼の望みは…私の幸せを守る事。
姉の幸せと私の幸せに、彼は自分を邪魔だと判断した。だからお父様に自分の排除を望んだ。
そんな彼に…私たち家族が…私が彼に出来ることは…。
…私は何も考えられなかった。




