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王宮の青い薔薇の娘とそれぞれの最善 10

倒れそうな私を、横向きに抱き上げた学園長は、いつも勉強をする部屋へ連れて行った。


いつものように脇に寄せられたソファーに、私を抱き上げたまま座る。


「どうして、王女の弟の貴方が、平民の扱いをされていたのですか?」


横抱きのまま学園長の上に座っているので、顔が近い…。


「…私の母は、貴女のお祖母さまで当時の王妃のメイドだったのです。大した後ろ盾もない、貴族の末端(まったん)で身寄りのない…ね」


わずかな笑みを浮かべ学園長が話し始める。


「そんな母を、陛下は見初(みそ)めた……。そして私が生まれました……。この国は王であっても、子供がいれば妻は一人です。王妃は二人子供を産んでいた…なのに…。たった16歳の母を…」


苦しそうな顔になった学園長はそれでも美しかった。


「母は、私を産んで半年で亡くなったそうです。王妃に詫びながら……そんな母に王妃は同情した。そして私は…私の目は深い黒のような青だった。そのまま外に出すには不安要素の方が大きかったんでしょう…私は王宮の奥でひっそりと育てられました」


何とも言えない表情を学園長はした。


「王妃は、立場上、私を気にかけてはいても基本的には静観していました。でも、貴女の母である王女は、私を本当の弟のように屈託なく可愛がってくれました。 王妃が私にあまり悪感情が無かったのも大きいと思いますが…」


懐かしそうな顔の学園長。


「そんな、私に優しくしてくれた貴女のお母様が17歳の時、不治の病に倒れた」


不治の病?


「私は、王妃が悲しむのも、姉上が逝くのも嫌だった、絶対に。離宮で私は「聖女の祈り」を発動したのです」


お母様は生死をさまようほど重篤(じゅうとく)だったのか…そこで学園長は「聖女の祈り」を…。


「姉上…貴女のお母様は助かりました。王妃と王女は私に感謝していました…嬉しかった。でも、兄は現王は…王女の回復は喜んでも「聖女の魔法」を発動させた私を苦々しく思っていました。先王の父は母に執着は見せても私に興味を持たなかった。むしろ兄の脅威になると遠ざけていたので、王の一番近くにいた兄は私が邪魔だったのでしょうね」


ため息をついて、学園長は続ける。


「だからその後、私は学園に閉じ込められたんです。伯爵の位は与えられましたが…」


学園長は自嘲する。

何て言っていいか分からない。


「そして、姉上は恋をしました、貴女のお父様に…。未来の宰相殿と婚約していましたが…不思議ですね、姉上も貴女と同じようにグーチィ家の婚約者を怖いと言っていたんですよ…」


お母様も…。


「私は、姉上の幸せを願っていた。王妃もです。だから、私の魔力を使って、姉上を隠し、離宮には姉上そっくりの人形を用意しました。姉上の居場所を知っているのは私だけにしました」


そうか、お母様が見つからなかったのは、お母様の努力だけじゃなく、学園長の力があったのか…。


「そして、私は、貴女の成長も見守っていたのです……遠くからですが。そして、貴女のお父様から入学の一年前お手紙を貰いました。娘が入学するのでよろしく頼むという普通の内容でした。その時、貴女のお母様と深く関わっていた教師が数人いましたが、人事異動させてもらいました。この学園では私とエイブラムくらいです、貴女の母を直接知っているのは…」


私は、もう守られていたのか、私たち家族も。

横抱きのままなので、姿勢が辛くないようになのか、私の頭を自分の首元に寄せて支えてくれる。


近すぎて表情が見えない。


「貴女は私が思った以上に優秀で、姉上と良く似ているのに性格は全然違った。 いつも花のように笑っていた姉上と違って、貴女の笑顔はなかなか見れない。しかも、見せるのは仲が良い女友達だけ…貴女には幸せな結婚をして欲しかったので、心配していました…」


抱きしめる力が強くなった。


「どうして…私に…笑顔を見せたのですか…? 誰に見せるよりも素晴らしい……心を奪われずにはいられない笑顔を…」


どうして…?


私は顔を上げた、20㎝くらいの所に学園長の深い黒のような青い瞳がある。

姪を見る目では無い…男の顔に見える。


彼は、私をずっと守ってくれていたのだ。

今だってそうだ。


でも、彼は…いつからか叔父ではなく一人の男性として私を見守っていた…。


見つめる私を、彼は自分の首元に埋めた。

表情を見られたくないのかもしれない。


自分の男としての顔を。


どうしよう、彼が叔父であってもどうでもいい。

彼と共にいたい。


「私に…その笑顔を向けなければ、私は叔父として貴女を一生陰で見守っていたのに…」


苦しそうな学園長の声。


「……学園長に、心からの笑顔を向けてるって気づかなかったんです。親友たちに言われるまで…私には分からなかった。だからどうして何て言われても…。違う、どうしてか知ってる…笑顔の理由を」


首元に顔を埋めているから、彼の表情は見れない。


「同じように、学園長が…どんな笑顔を私に向けてるか…親友が教えてくれました。だからこそ、ニールさんは…」


私はギュッと学園長の首にしがみついた。


「どうして、親友やニールさんが気づくような笑顔を私に向けたんですか…?」


学園長は答えない、その代わりしがみつく私をもっときつく抱きしめた。

しばらく抱きしめられていると、学園長が言う。


「私は、貴女が姪だと知っていた…なのにどうしてなんでしょうね…私という存在は独身のままでいた方がいいと、女性は避けていたのに…どうして、一番魅かれてはいけない人に…しかも、貴女はまだ17歳。母と父王の関係を嫌悪していたのに…もっと醜悪(しゅうあく)な存在になってしまうとは…」


私達は二人とも、気持ちにブレーキを掛けていたんだ…。

私は夫以外の人を好きになるのを。学園長は姪を好きになるのを。

お互いにブレーキを掛け過ぎて壊れてしまった。



ブレーキが壊れた私たちはどこに進むのか…。



「醜悪でしょうか…私も学園長も初めて人を好きになっただけなのに…」


前世の記憶でも、昔の王族は腹違いの妹とも結婚していた歴史がある、外国では娘と結婚していた王だっていた。

ならば、母と腹違いの弟は例え叔父だったとしても、そんなに非難されることだろうか?


しかも、彼は王の子供と名乗ることも出来ない身なのに。


戸籍上、私と学園長は他人だ。


「客観的事実なら、私達は他人じゃないですか?」


「…しかし、この国の結婚は王の許しがいる…王は私と貴女の関係を知っている…」


「勝手じゃないですか…貴方を王子ではなく平民として扱っていたのに…」


「勝手をしたのは、姉上も私もです…」


「…お母様は、王女の義務を手放したのかもしれない。でも、学園長はそれを助けただけです」


「宰相は…病気となっている姉上と婚約解消をした時、24歳でした。彼と同じ年頃の令嬢はもう結婚していた。だから彼は16歳の令嬢と結婚して一年後双子が生まれた。宰相の奥様は双子を産んでから体調を崩し、20歳という若さで亡くなりました。私の母もそうです。子供を産むには若すぎた。個人差はありますがね」


学園長は壊れたブレーキを直そうとしているのかもしれない。


「お母様と学園長の勝手の結果が私なんですか? イライザさん達のお母様は誰かのせいで亡くなったのですか?」


「……」


「お母様と学園長が勝手をしなければ、私もイライザさんもニールさんも生まれてこなかったのに?」


「……」


「学園長は色々とごちゃまぜにしていませんか? 学園長のお母様は、王妃付のメイドだったにも関わらす王の寵愛(ちょうあい)を受けた。16歳の少女にはどうしようもない事です。この場合は王が悪いでしょう。王妃や倫理の罪悪感から産後の回復も悪かったのかもしれません…学園長のお母様と学園長は王の被害者と言える。でも、イライザさん達のお母様は、正式な奥様で妊娠出産なさった。初産で双子を産んだことで体調を悪くなさったかもしれませんが、奥様は宰相の正妻だし、イライザさん達は宰相のお子様として堂々としています。似ているところがあるだけで全く違います」


私も前世、母親だから思う。


もしうちの娘が、学園長の母親だったら王を恨むだろう。

もしうちの娘が、宰相の奥様だったら誰も恨まない。小さい子供を残して死んでしまった事には悲しむだろうけど。


もし、彼らが孫だったら娘が命を懸けて産んだ子供達の幸せを願うだろう、その孫たちの未来は…。


学園長は、その複雑な立場から一生独身と考えていた。

イライザ嬢は王太子の婚約者で、ニールは未来の宰相だ。


もし私が宰相の奥様だったなら、天国で安心しているだろう。

もし私が学園長の母だったなら…。


「私と、イライザさん達が生まれた運命を否定しないでください。そもそも、学園長がお母様を「聖女の祈り」で救ってくれなければ、私は生まれてきません。お母様が亡くなっていたら、元々宰相は別の方と結婚するしかなかったし、お母様と結婚していたら私もイライザさんもニールさんも生まれてきません」


「貴女とイライザさん達が生まれた運命を否定…なるほど…」


学園長の声は意外な事を聞いたみたいだった。


「私がもし、学園長以外の人と結婚したくないと言ったら、学園長はどうやって私を守るのですか?」


私は核心をついた。ゲームのままなら私は…。


「貴女との結婚は認められないでしょう。いくら私達が思い合っていたとしても…。ですが、私も半年前の自分には戻れない。貴女が私以外の誰かと幸せな結婚をして欲しいと思えない…どうしますかね…」


相変わらず私を抱きしめながら、心底困ったように言う学園長。


「私をどこかに一生隠しますか?」


それでもいいと思った。


「…それは出来ません、例え貴女が望んだとしても…」


「えっ??」


意外な答えに私は思わず、学園長を見た。

そんな私を見て、学園長は少し驚いて優しく笑った。


「そんなに隠して欲しかったんですか…? 出来ませんよ。貴女には大事な両親も友達もいる。それに、貴女のお母様のように新しい名を与えて王都から離れた土地で結婚することも出来ない。貴女を隠すには、存在自体を消して自由も光もない場所に閉じ込めるしかない。偽物の楽園はきっと貴女を壊してしまう…」


学園長は言い終わると、悲しそうな切なそうな顔をした。

…この人は…やっぱり…。


つい最近まで、二人の関係がどうなるのかなんて分からないと思っていた。

親友やニールにまで両思いだと思われていたのに。


私という人間は、自分の恋愛に関して鈍い。


前世でも夫が転勤する、夫が目の前からいなくなると思った時に、やっと自分の恋心に気付いて夫について行き早々に結婚した。

今生でも私は、ニールに学園長が壊されると思った時、やっと自分がどうしようもなく学園長に恋をしていると気づいた。


気づいてしまえば、もう止められないほど思いは募る。

それだけは知っている。


「本当に、私達の結婚は認められないのでしょうか…」


浅ましい考えかもしれない。でも、私の目からは、また涙が溢れてこぼれた…。

そんな私を、さらに困ったように見つめ、学園長は涙を拭う。

そして、何かを誓うように言った。


「私が貴女をこの世に誕生させたのなら、貴女を守って幸せにする方法を考えなくてはいけないですね。卒業まで、まだ時間はありますから」


穏やかな笑顔なのに、学園長の声は決意表明のように固く聞こえた。

でも、この日の私は、理解していなかった。






彼の「守る」とは、どういう意味か…。



補足として

宰相と王女の婚約解消は王女の病気発表の一年後です。その後すぐ結婚。

宰相25歳 宰相の奥様17歳の時にニールとイライザが産まれました。

そして、イライザ達と同級生のフローラは

王女が19歳 フローラ父24歳の時に産まれました。

学園長の母は、16歳で出産しました。

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