王宮の青い薔薇の娘とそれぞれの最善 9
いつの間にか泣き止んでいた私だが、まだ学園長の腕の中にいた。
最初は慰めるための抱擁だったのに、今は恋人同士が抱き合っているようだ。
ずっと…こうしていたい。
すると授業終了の鐘が鳴った。
ビクッと、学園長の体が動いた。
「…フローラさん、大丈夫ですか? 紅茶を新しく入れましょう」
そういうと、優しく私から離れていった。
ぬくもりが無くなって、とてもさみしく感じる自分に戸惑った。
新しく入れてくれた紅茶は、薔薇の香りがした。そしてさっきのように、学園長は隣に座った。
「…すみません、授業が…」
一口飲んで、そう言うと素敵な笑顔で学園長は言った。
「大丈夫ですよ、元々フローラさんの魔法は飛び級レベルですので。それより…ニール・グーチィに何をされたか教えて下さい」
本当に学園長の笑顔は素敵だ。
詳しく…なんて言えるわけがない…。
「宮廷魔術師長もおっしゃったでしょう? 貴女は『国家にとって私達王宮の者にとって大事な存在だ』と。私には貴女を守る力があるから任されたのです…でも、原因が分からなければ守れませんので……。話しにくい事でも、ここには二人しかいません。大丈夫です」
ここで守りを発動させると…監禁…ほにゃららになるのでは…。
前は普通に言えていたのに、抱きしめられた後は○○監禁が言えない…急にリアルに感じてしまう…。
顔が熱くなる…。
何て言ったらいいの…。
困った私は学園長を見つめた。
すると、何故か学園長も顔を赤くして、私から目をそらした。
そして、咳ばらいをした。
「…ニール・グーチィは貴女に告白したというのは本当ですか?」
「…はい」
「それで、何と答えたのですか?」
「断りました」
「それで、彼は?」
「…私と…私の恋は…イライザさんを悲しませると…」
「…フローラさんの恋ですか?」
「なら、貴方じゃなくフォジィ公爵家の縁談の方がいいと…」
「フローラさんの親友のベルさんのお家ですね…」
「はい…まだ、13歳の弟さんですが、虫よけに使っていいと…」
「そうですか…」
「…彼は、年下は無理だろう?と言って、チャンスをくれと…手首をつかんで…」
思いだして、ブルッとする。
「私、彼が怖いんです。彼は、私が傷付くような話をする時や動揺すると、笑顔になるんです……昔、私の大事な物を壊した人に似ていて…彼が大事な人を壊しそうで…」
学園長の顔を見つめ、私は真剣に言った。
学園長は私の顔を少し泣きそうな顔で見つめた。
そして深呼吸をするとこう聞いた。
「フローラさんの恋する人は誰なんですか?」
…どうしよう、理解したばかりなのに…だけど…。
「……年上で、紅茶を入れるのが上手な方です」
私は、どうにか答えうつむいた。
「貴女の恋が…イライザさんを悲しませる…ですか…さすが宰相の息子ですね…」
学園長は、自嘲するような声だった。
そんな声は初めて聞いた。
私は、驚いて学園長の顔を見た。
すると今度は学園長が困った顔をした…。そして私の頬をそっと撫でて言う。
「貴女の恋は…貴女のお母様が一番嘆くかもしれませんよ?」
とてもとても苦しそうで悲しそうだった。
「お母様が?…やっぱり、学園長は私の母が誰か…何者か知っているんですね?」
「…ええ…貴女のお母様も私を良く知っています」
どういう事?
『イライザと君は半分だけ正解だ。正しい答えを聞けばイライザは悲しむよ?』
ニールの言葉だ。イライザ嬢との会話を思い出す。
『学園長の髪はプラチナブロンド…王家に近い血筋では?』
王家に近い…お母様も学園長を知っている…。
「学園長は、王族の方なのですか?」
どうして、頭がクラクラする…聞いてはいけない…こと…。
「…貴女のお母様は…私の姉です…」
ああ、そうか…王が反対するはずだ…。
「……私達は叔父と姪なのですか?…」
とても、悲しそうに、苦しそうに笑う学園長。
「…そうです」
目の前が揺れた…叔父と姪。
結婚は禁忌だ。
前世の日本でもそうだか、この世界でも。
王は、もちろんその事実を知っている…そういう事か…。
政治的な意味じゃなく、根本的に私達は結ばれてはいけない関係だったのだ。
グラリと地面が揺れた。
「危ない!!」
そういうと、学園長は私の体を抱きとめた。
抱きしめ、私を見つめる目は、教師でも叔父でも無かった。
いくら鈍い私でも分かるほど、学園長の目は…私を見つめるこの人の目は。
…夫と同じだ。




