王宮の青い薔薇の娘とそれぞれの最善 8
次の日のお昼、早速私はベルに聞いてみた。
「あのね、ベル。もし身分が上の人からアプローチが強引に来たら、フォジィ家の方からもお話があって…くらいは言ってもいいかな?」
「いいわよ。いくらでも使って。弟は、まだ13歳だし正式には言えないけれど~。くらいでも十分牽制になると思うわ」
ベルはあっさりと許してくれた。
それを聞いていたミラは声を潜めて言った。
「もしかして、ニールさんからアプローチされた?」
どうしてそれを…。
アナが続ける。
「去年の秋くらいから、フローラを良く見ていたわよね」
私の親友たちの洞察力は凄すぎる。「聖女の魔法」からだから、すぐ気付いていたのか。私が鈍すぎるのか…。
「宰相のグーチィ家か……イライザさんとフローラは仲がいいし、悪くは無いかもしれないけど…」
ベルはいつものように政治的に見ている。
「フローラが彼を好きになることは無いと思う」
そうベルは言い切った。
内心、私はドキリとした。
「「同感」」
ミラとアナも声を揃えた。
「あの方、優しげなんだけど、フローラを見る目が少し怖い…」
ミラが言う。
「そうよね、何ていうか違う感じがする」「フローラのタイプじゃないと思う」
アナとベルが続けた。
「…凄いのね、良く分かったわね」
私は苦笑いをした。
「…やっぱりアプローチかけられたのね」「ウチの名前で追い払っていいわよ」
ミラとベルが言った。
小声で言っても、相手はグーチィ家だ。
イライザ嬢の兄で、イライザ嬢は王太子の婚約者だ。この話は長く続けるべきじゃないと皆判断して短く終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
午後からは選択授業で移動教室だ。私は皆とは違う場所なので、一人で学園長室に向かう。
すると、後ろから聞きたくなかった声がした。
「フローラさん」
振り向くとそこには、昨日と同じ笑顔のニールだった。
ミラも感じた様に、彼が怖い。
「何か?」
「イライザは君の味方だそうだよ。でも、君もイライザの味方だろう?」
イライザ嬢はニールと話したのか…。
「イライザを悲しませたくないだろう?」
「だからこそ、貴方の提案は飲めません」
「違うよ。イライザと君は半分だけ正解だ。正しい答えを聞けばイライザは悲しむよ? 嫌だろう」
…この人、笑顔で私を脅している。
「ならば、貴方じゃなくフォジィ家の縁談の方がいいですわ」
「ああ、君の親友はフォジィ家だったね。でも、年下は無理だろう?」
こんなにも人好きがする笑顔なのに、どうしてだろう寒気がする。
「もう移動されては? では」
早く学園長室に行きたくて走った。
「待って」
追いかけてきたニールが私の手をつかむ。持っていた教科書やノートがバサバサと落ちる。
「悲しいな、チャンスもくれないなんて」
私以外の女子生徒がみたらドキッとするような笑みだった。
でも私は恐怖を感じ、とっさにその手を払った。
「止めて!!」
払ったと思った手は、まだ私の手首にあった。
この状況の私を見て、彼は本当にうっとりする様に笑った。
怖い!!
「ニール・グーチィ何をしているのですか? 早く移動しないと遅れますよ」
学園長室の扉が開いて、学園長が言う。
「すみません、学園長。告白する場所は考えるべきでした」
何でもない事のように笑顔で言うニール。
「では、また」
そう言って去っていく。
手首には彼の付けた痕が残っていた…そして私の手は震えていた。
「…フローラさん、大丈夫ですか? 手首を見せてくださいね、さぁ、どうぞ」
私の側に学園長は来てくれ、私が落とした物を拾ってくれた。
学園長室に入ると、学園長は私の手首に手を当てて魔法で治療してくれた。
痛みと痕は消えた。なのに消えない圧迫感が怖かった。
私の手の震えも止まらない。
怖い怖い怖い…。
彼が言っていたことよりも、彼の存在自体が怖い。
「フローラさん、授業を始める前に紅茶を飲みましょうか…」
いつもは奥の部屋を使って勉強するのだが、今は手前の部屋のソファーに座らされた。学園長は手慣れた手つきで紅茶を入れる。
学園長は、私のすぐ隣に座り、まだ震える手を支えてカップを握らせる。
私は、支えてもらいながら、ゆっくり紅茶を飲んだ。
そして、ソーサーに戻す。この時も学園長は手を添えてくれた。
「…すみません…」
やっと、それだけを言う私を、学園長は労わるように笑う。
同じ笑顔でも、学園長の笑顔はホッとする…。
「いえ、大丈夫ですか? ニール・グーチィは貴女に告白したと言ってましたが…。貴女を見てると、まるで脅迫でもされたようだ…」
確かに、私は脅迫されたようなものだ。
でも、そんなことは流石に言えない。
しつこく震える手のひらをマッサージする。
「…彼が…良く分からなくて…」
そういうと、頬に冷たいものが伝う。
どうしてだろう、涙がたくさん溢れてくる。
これは何の涙なの?私は何が怖いの?
彼はイライザ嬢の安心と笑顔を奪った。
私達の、特にイライザ嬢の気持ちも知らず余りにも一瞬で…。
そして、私のイライザ嬢への愛情を自分の武器にして攻撃してきた。
彼は、私がショックを受けるような嫌らしい言い方をする…そして…その後、他人が見たら見惚れるような笑みを浮かべる。
ああ、そうだ。
彼は似ているのだ、前世の私の長兄に。
整った容姿、勉強もスポーツも出来た兄。
兄は私の大事なものをバカにし、壊しても「こんなところに置いているのが悪い」と笑うのだ。私の部屋に置いてあってもだ…。
大事であれば大事であるほど、すぐに見つけて壊す。
そして「お前のせいだろう」と笑う。
兄の行動は理不尽極まりないのに、ニールのような笑顔で…穏やかな口調で私を責めるのだ。
「…怖い……」
思わず言った言葉に、体全体が震えた。
兄と同じ優秀で美形の彼は、兄とそっくりな笑顔のニールは、私の大事な物を壊すのだろうか…。
違う、物じゃない。
ニールは私の大事な人を壊すんだ…。
柔らかい感触を頬に感じた。
学園長がハンカチで私の頬を拭っている。
涙を止められないまま、呆然と学園長を見る。
この人を、彼は壊すのだろうか…。
横に座っていた学園長は、私の頭をそっと抱えて胸の中に引き寄せた。
そして、背中を撫でてくれた。
「大丈夫です、怖くなんてない…怖がることなんてない」
恋人というより、父親のような抱擁だった。
どうして学園長の匂いも感触もこんなにも心地よく落ち着くんだろう。
夫に似ているようで、別人のこの人に、夫に感じた気持と同じになるのは…。
この人も、私を夫のように思ってくれたら…。
私は学園長を抱きしめ返していた…。




