王宮の青い薔薇の娘とそれぞれの最善 7
今日の放課後はイライザ嬢と会う日。
最終学年になってクラスが離れてしまって二カ月ぶりの会合だ。
3学年の秋に「聖女の盾」を発動して、半年以上は過ぎた。
最初にイライザ嬢と、ここであってからは2年ちょっと。
早いような長いような何とも言えない2年だったなぁ…。
これからどうなるんだろう。
ぼんやりそう思って、東屋にいると、意外な人から声がかかった。
「やあ、フローラさん。いつもイライザと仲良くしてくれてありがとう」
珍しい事もあるものだ、イライザ嬢の兄ニールだ。
「こちらこそ、イライザさんには良くして頂いております」
「今日は、少しイライザが遅れるみたいなんだ」
そういう事か…。
「そうですか。伝言、ありがとうございます」
そう言って、ニールは去るかと思ったら、いつもイライザ嬢が座る場所に腰を下ろす。ん…? 何だ…。
「フローラさんとは、1学年から3学年まで一緒だったのに、初めてクラスが別れたね」
彼は人好きしそうな笑顔で言った。
「そうですね」
「妹とは、こういう風に定期的に会って話していたみたいだけど、僕とフローラさんが話すのは初めてに近いよね?」
「そうですね」
「レイから昔、聞いたんだけど、イライザは君に相談して、君はイライザを優しく慰めてくれたみたいだね。どうもありがとう、兄としてお礼を言うよ」
「いえ、どういたしまして」
これでやっと帰ってくれるかな?
そう思ったら、ニールは延々、色んな事を話してくる。
イライザ嬢の事、竜巻の時の事、王宮に呼ばれた時の事、学園長と学園長室で学んでいること。
最終学年である事、これからどうするかという事。
この人、こんなにおしゃべりなの?
「ところで、君は婚約者がいるの?」
「…? いえ、いませんが」
「じゃあ、僕なんてどうだろう?」
「は??」
今更どうしてそんなことを…。
「あはは、本当に君は男子には容赦がないね」
あははと言ったはずなのに、この人の笑顔は最初と変わらない。
「????」
「気づいてないのかな…君は女子には自然な笑顔を見せるけど、男子には礼儀的な微笑みしか見せないよね」
「…そうでしたか、失礼いたしました」
「いや、いいよ。ソルも僕も、君にとって他の男子と一緒くらいの価値しかないんだろうけどさ、思いだして欲しいんだ。僕はイライザの兄で、宰相の息子だってこと」
「…それは忘れたことはありませんが…」
「なら、僕は君の婚約者として悪くないと思わない?」
何なんだ急に。
「…悪いとは思いませんが、あまりにも急で思いがけない事なので…」
この人の意図が分からない。婚約者にどうかと言っているのに、甘い空気はない。
ずっと同じ笑顔だ…。
「君は見た? 宮廷魔術省の廊下の絵。父上の元婚約者なんだ。目元の黒子と髪の色以外は何故か君にそっくりの少女だよ」
「……っ!!」
思わず私は声を出しそうになった。
…私が王女の娘だって知ってる!!もちろん、イライザ嬢からじゃない、宰相からか…。驚いた私に彼は満足そうだった。
「父上の元婚約者の顔は、アーロンとソルも知っているよ」
……そうか、アーロンにとっては叔母だし、ソルは宮廷魔術師長の養子…あの絵を見る機会があっても不思議じゃない。
「…これからどんどん気づくと思うよ? その時、僕という婚約者がいれば防波堤にはなれるよ?」
今日、最初に浮かべた人好きする笑顔のまま、この人はなんていう内容の言葉を言うんだろう…。
「……」
「それに、学園長と君は絶対に結ばれないよ」
そう思った矢先、ニールは楽しそうに笑った…とてもとても楽しそうに。
「……!!」
何なの、急に違う笑顔…何故そんなに楽しそうなの? 一体、何のつもりで…。
「王は学園長と君の結婚は認めないよ、僕と君との結婚は許しても…ね」
まるで、ちょっとドレスに泥がついて落ち込んでる少女を慰めるような言い方だ「大したことないよ、すぐに落ちるよ」とでも言うような…。
「…どういうことですか?」
「ソルと学園長の違いが判れば、答えは出るはずだよ…君自身が…」
「ニール、貴方フローラさんと何話し込んでいるのよ。 遅れるって事だけ伝えてって言ったのに…」
イライザ嬢が小走りで来た。
「時間切れだね。フローラさん、君と話せて良かった。前向きに検討してよ、じゃ、イライザ、最初に帰るよ」
「…ええ」
少し困惑したようにイライザ嬢が言う。
「……」
「お先に失礼」
やっとニールは去って行った。人好きのする笑顔を浮かべて…。
ニールの代わりにイライザ嬢が座る。
「ニール、フローラさんに何を検討して欲しいって?」
「…イライザさんの兄であり、宰相の息子のニールさんは、私の婚約者に相応しいんじゃないかって言われました…」
「…どうして…」
イライザ嬢は信じられないという顔をした。
「母の絵の存在を知ってました。そして、その絵は宰相の元婚約者で私に似ていると…アーロンさんとソルさんも、それを知っている…って…」
「…何ですって…」
「これから、私が王女に似てると色々な人が気づく、その時、防波堤になるよ…って」
「防波堤…」
「それに、王は、ニールさんと私の結婚は認めても、学園長と私の結婚は認めないって…」
「え? どういう意味…」
「ソルさんと学園長の違いが判れば答えが出るって…」
「…あの子、どういうつもりで…」
終始、イライザ嬢は困惑していた。
「フローラさんが「聖女の盾」を発動させた時、お父様がニールに何か言っていたのは知ってたわ。ニールから聞いたお父様がフローラさんと仲良くしているのか?と、聞かれたから……私が知らないところで、お父様とニールが動いているという事?」
「ニールさんは、まるで私と学園長が両思いのように言っていました…何故か分かりますか?」
「…ニールがフローラさんをたまに見ているというか、観察しているのは知ってます。たぶん「聖女の魔法」の事があったからだと…そして、ソルにもフローラさんと話した時の事を聞いてました…でも…学園長の事まで分かるほどとは…」
申し訳なさそうにイライザ嬢が言う。
彼女のせいではない。
「宰相に私を探れと言われたのかしら…」
「言われてはいると思います…でも、まさかこんなことを言い出すなんて…」
「ベルにも私を守るために自分の弟との縁談を考えてみてくれと言われたんです。ニールさんも防波堤と言いましたが…ベルの弟のリルさんは私に好意があるようです。でも、ニールさんには感じませんでした…政治的な考えで防波堤になるという事でしょうか…?」
「…政治的な考え…。確かにあの子は、お父様に未来の宰相として厳しく育てられています…変な野心家達に貴女を渡して王政が混乱しないように…くらいは思っていても不思議じゃないけど…」
「ベルは私と学園長が好意を持ち合ってると思って、学園長なら私を権力の道具にはしないし安心だと言っていました。 でも、ニールさんは学園長と結婚は無理だと…」
「王が許さないと言ったのよね、そして理由はソルと学園長の違い…」
「分かりますか?」
「…ソルは学園長と一緒で平民の出身だけど、ソルルートで王の反対なんてない。でも、学園長は反対される…ソルと学園長の違い…」
イライザ嬢は考え込んだ。
「二人は平民出身で強い魔力を持つのは一緒ですよね? 違う所と言えば…?」
なんだろう、年齢とかそういう問題じゃないだろうし…。私は続けた。
「外見と年齢くらいしか思いつかないんですが…」
私がそう言うと、イライザ嬢がハッとした様な表情になった。
「外見!!そうだ、外見ですよ!!」
「えっ?」
「魔力は基本的に高貴な血に比例しています。ただ稀に平民の中にも強い魔力を持つ者が現れます……。ソルのように真っ黒な髪の人間は突然変異でしょう。でも、学園長は外見的には大公の息子であるラシーンに近い…髪の色も高貴な血筋ほど色が薄い傾向にあります……学園長の髪はプラチナブロンド…王家に近い血筋なのでは?」
「王家に近い…」
「学園長は、顔立ちも整っています。 王家に近い人間のご落胤かもしれません、もしくは学園長の両親のうちのどちらかがそうなのかも…」
「じゃあ、王が反対するっていうのは?」
「もしかすると、学園長もフローラさんも王家の血を引いていて「聖女の魔法」を使える。そうなると、二人を担ぎ出して王家乗っ取りを企む人間が出ることを懸念してでは?」
「なるほど、私達にその気は無くても、王家にとって私達の結婚は王家を揺るがすかもしれないと…」
「お二人が王家になんの執着が無くても、利用しようとする人間はいるでしょう。お二人は大丈夫でもお二人のお子さんが利用されるかもしれない」
そういえば「僕はイライザの兄で、宰相の息子だ」と言っていた、だから婚約者に相応しいと。
「ニールさんは、イライザさんを守ろうとしているのでは?」
「え?」
「このままいけば、イライザさんは王太子妃となって子を産むでしょう。ニールさんと私が結婚すれば、宰相の父と「聖女の魔法」を使える母、立場上で言っても、私達の子はイライザさんと子を守る存在になる。…でも、学園長と私が結婚していた場合、イライザさんとその子にとっては脅威になるかもしれない」
そう考えれば、先ほどのニールの態度も納得がいく。
「王が反対するのは、フローラさん達が自分の息子や孫の脅威になるから…。……と、いう事ですか」
私だって、イライザ嬢やその子の脅威に何てなりたくないしならない。でも、子供世代になると…例えば私達を殺して、子供を洗脳する事も可能性としてはある。
二人の子供は高貴な血筋に、能力的にも魔力が高い可能性もあり得る。
だからこういう脅威の対象になる…。
だけど、宰相の息子と私ならば王家の脅威にはなりえない。
むしろ、私の魔力が遺伝すれば王家の強力な盾になり得る宰相が生まれる。
「だからなの? だから、フローラさんは監禁されるの…?」
愕然とするイライザ嬢……ああっ…!!せっかく、イライザ嬢のせいじゃないと分かってもらったというのに…。
「ニールが学園長とフローラさんの結婚は無いとわざわざ言ったのは、二人が両思いだと知っているから…知っていて…宰相の立場上、王家と私の未来の安寧を願って…でも、その縁談を進めれば…何て事…」
イライザ嬢は続ける。
「私のせいで、フローラさんは幸せになれないの?」
ああ、どうして…。イライザ嬢には笑って幸せになって欲しい。
ニールだってそうだろうに、イライザ嬢の未来の安泰の為だろうけど。
これは悪手だ。
「違いますよ、攻略対象者に興味が持てなかった時点で私の自己責任です。それを忘れちゃだめですよ。幸いベルのフォジィ公爵家からも縁談のお話が来ています。しかも、リルさんは13歳です。時間は稼げるはずですし、いくら宰相でもフォジィ家には何も言えないでしょう」
普通なら、宰相であるグーチィ家から縁談が申し込まれたら断れない。
でも、フォジィ公爵家ともお話があると言えば、無理強いは出来ないだろう。
弟のリルの年齢を考えたら数年は猶予もある。
正式な婚約は無くても匂わすだけなら、どうなったとしてもリルの将来に傷がつくこともないだろう。
「まだ、どうとでもできますよ」
笑顔で言ったが、上手く笑えただろうか…。
今回はイライザ嬢を笑顔にすることは出来なかった。
ニールとイライザ嬢は双子の兄妹だ、ニールと話していたことを聞かれた以上、私が話さなくてもニールに聞いただろう。
今まで、ニールには何の感情も沸かなかったが、せっかくイライザ嬢が安心してくれたことをぶち壊した事実と、彼の笑顔に本能的な恐怖を感じた。
「フローラさん、私も出来るだけグーチィ家で頑張りますので……フローラさん…自分の気持ちを大事にしてください…」
イライザ嬢が言った。本当に優しい子だ…なのに…。
「イライザさんも、絶対に自分の気持ちに正直に幸せになってね。きっと私達大丈夫だから」
上手く笑えてて欲しい。
春の風は、そんな私達の体を優しく少し冷たく通り過ぎた。
◇◇◇◇◇◇◇
あの後、二人とも何も言えず、暗くなってきたので馬車が待つ門までイライザ嬢を送り、私は寮に帰った。
親友たちと、私を観察していたニールには学園長と私は両思いに見えている。
そうだったとして、私達の関係は中学生のお付き合いより発展していない。
ただ二人で授業をして、お茶をして、笑顔になって…それを楽しいと感じてるだけだ。
どうしてヒロインが監禁されなければいけないのか…その謎は何となく分かった。
ヒロインと隠しキャラは上層部には歓迎されない関係なのだ。そこに宰相の息子であるニールがヒロインの婚約者として立候補したら…。
もし、学園長が王族に近い血を持っているなら「聖女の魔法」は王族の血を引く人間のみが発動できるという事だろう。
でも「聖女の魔法」の勉強の時は、そのことが出なかった。
学園長は自分の出生を隠したのか、もしくは知らないのか…。
私達の仲だって、発展するのかしないのかすら分からない。
とりあえず、ニールと婚約はしたくない。
彼には得体のしれない恐怖を感じる…。
今になって攻略対象者が関わってくるなんて……。




