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よしなしごと奇譚  作者: 工藤 流優空
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お悩み電話相談室

お悩み電話相談室なるものがあって、何でも愚痴を言えるようになれば幸せなのになと思ったけれど、別の意味で社会問題になりそうな気もする今日この頃

 今日もまた、いつもの一日が始まる。そう考えてしまった記憶はないだろうか。誰でも一度は考えたことがありそうな、そんなありきたりなことを考えながら、今日も女は職場へと足を踏み入れた。

 彼女の仕事は、お悩み相談室のオペレーターだ。通信販売などのオペレーターであれば、お客様からの電話対応や商品発注など、やることが山積みだろう。しかし彼女の仕事内容は、たった一つだけである。


「お客様の悩みを聞いてあげる」


 ただそれだけだ。人生に関すること、ただの愚痴、なんでもござれ。何かモヤモヤして、誰かと、この気持ちを共有したい、そう思った時に話を聞いてもらえる場所。それが彼女の勤めるお悩み電話相談室である。

 女はこの仕事を始めてまだ一ヶ月ほどの新人だった。前の仕事をなんとか三年続けたものの、自分にも、自分の仕事にも自信が持てないまま過ごすのに嫌気がさし、前の仕事からこの仕事へ転職した。

 彼女の思う、彼女の長所は聞き上手なところと、気が長いところだった。前の職場でも電話の対応だけは評価されていた彼女である。だからこそ、この職業は自分にとっての天職になるのではないかと期待していた。

 隣の席の、すでに電話中の女上司に会釈をして、彼女はギィギィ音を立てる椅子に腰を下ろす。間髪入れず電話が鳴り、彼女は受話器を手に取った。

「はい、お悩み電話相談室でございます」

 電話に出てみると電話の主は、魔女もどきさんだった。電話相談室きっての異色の存在である。

 電話相談室に電話をかけてくる人たちは大きく二つに分けられる。常連さんになる人か、それ以外。常連さんはご近所さんとの井戸端会議よろしく、毎日のように電話をかけてくる。魔女もどきさんと呼ばれるこの人も、その常連さんの一人である。

 魔女もどきさんは、悩みを聞いて欲しいと言うよりは、自分の出す質問に答えて欲しい、そういったスタンスの持ち主だった。ここ数日、彼女はこの魔女もどきさんの電話に付き合っている。

 魔女もどきさんは、職場内でも有名な常連だった。それはもちろん、質問しかしてこないという理由もあるが、その名を有名にしたのはその名前の由来たる、質問内容にあった。

「あなたがもし魔法を使えるようになったらとしたら、どんなことをしてみたいか教えて頂戴」

「魔法使いって、あなたにとってどんなイメージなの」

女の人のものらしい声が、そのような質問をしてくるのである。どれも魔法に関するもので、それが職場内での魔女もどきさん呼びに繋がっているのである。

 新人オペレーターの女は、魔女もどきさんの質問内容に毎回ドキドキしながらも、とても楽しく回答を考えていた。他のどんな相談者さんよりも魅力的なお客さんだと感じていた。今日もひとしきり魔女もどきさんはたくさんの質問を、新人オペレーターの女に投げかけた。その後で、魔女もどきさんは思いがけない言葉を口にした。

「最後の質問よ。……貴女、魔女見習いとして働いてみる気、あるかしら」

「へ」

 思わず変な声を出してしまう女に対し、魔女もどきさんは言う。

「ここ数日ほど、貴女のこと見てたわ。私と会話している間、とても楽しそうにしてくれていたわね。私は魔女見習いとして、私のもとで働いてくれる人を探していました。お悩み電話相談室に電話をかけ、条件に見合う人を探すため質問を繰り返したのです。条件に見合う人がなかなか見つからなかったので、お悩み電話相談室の常連になってしまうくらいたくさん、電話をかけることになってしまったけれど、ようやく条件に見合う人を見つけることができました」

 ここで一度魔女もどきさんは言葉を切った。そしてもう一度、同じ言葉を紡いだ。

「ということなんだけど貴女、魔女見習いとして働いてみる気。あるかしら」


戸惑った表情を彼女が浮かべたのを知っていたのは、彼女の隣で仕事をしていた女上司だけだった。女上司は彼女のその表情を見て、とても楽しそうな笑みを浮かべて彼女を見つめていた。

 彼女がどう答えたかは、彼女と魔女もどきさんだけが知っている。しかしまたいつの日か語ることのできる日が来るのかもしれない。


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