大切な人
おれたちが情報を集めている間、グレイブは着々と準備を進めていた。グレイブはこの日も森の近くで見知らぬ影と話をしていた。
「やはりボグイッド様の言う通り、こちらの動きを探っている者がいますね。ぼく自身のこともまだ確証はないでしょうが気が付かれる可能性は高いかと。」
ボグイッドと呼ばれた影は深いため息を吐く。
「そうか、いよいよ時は満ちつつあるか。」
「えぇ、オスタとの戦争で国力が低下してきているので今攻めれば、陥落するのは時間の問題かと。」
「そうか、ならば力を貸そう。我が力、使うが良い。」
黒い影の中から、紫色に光る水晶玉のようなものをグレイブは膝を付きながら受け取る。
「は、この力、無駄にはしませぬ。」
「して、どう攻めるつもりだ?」
ゼラスは自分の考えている戦略を説明すると、ボグイッドは納得する。
「うむ、ではそのやり方でやってみるが良い。」
大いなる闇の力を手にしたグレイブはボグイッドに頭を下げると、その影は消えていった。
「さぁこれから忙しくなるね。」
グレイブは影が完全に消えたのを確認すると再び城に戻っていった。
◇◇
おれが風を引いた数日後、騎士団の招集がかかり、おれたちはいつもの詰め所にきていた。このときネルソンはアリスに話しかけてこなかったから、きっとアリスはどこかのタイミングにネルソンのところに謝りに行ったのだろう。ラキカから話を聞いた後のこの招集だったため、おれたちは少し緊張していた。
「何の話をするんだろうね?」
おれの問いに当然2人は答えられるわけもなく、グレイブの登場を3人で固唾を飲んで待っていたところ、主役が現れた。
「今日も集まってくれてありがとうございます。」
そう冒頭に挨拶をするグレイブは普段と特に変わった様子はない。
「今日皆様に集まっていただいたのは、他でもない、オスタとの戦争について話をするためです。膠着し、長期化しているオスタとの戦争に活路を見出すために、今回の戦争にはぼくも参戦したいと思います。」
その瞬間、そこに居合わせた騎士からワァーっと歓声があがる。戦争に参加を表明しただけでこの歓声、やはりグレイブの人気は異常である。
「ですから、今回は騎士団の戦力の半数ほどを投入したいと思っていますので、そのつもりでよろしくお願いします。」
戦力の半分、か。一番はじめにオスタと戦争したときはほとんどの騎士がいなかったから3分の2くらいだったのだろう。それに比べると少し劣るが、それでも大部分の戦力が割かれる形だ。
その後グレイブは具体的な日にちや場所などを伝え、この場は解散となった。今回も徴兵者は検討でき次第、この詰所に貼り出されるらしい。
おれたちは詰所を出るとできるだけ人気のないところで食事をしながら今回の徴兵について話をする。
「表向きには、国民の疲弊状態を見て早めにこの戦争に蹴りをつけたい、というところで、多くの騎士はそうやって判断しているだろうが。」
おれの言葉にゼラスは頷く。
「騎士団の大半の戦力を動かすということは、何か起こすならこのタイミングを逃さない手はないですよね。」
「でも、当の本人の騎士団長も戦争にいってるんでしょ?それならこっちで何かしようと思っても何もしようがないじゃない。」
「そう、そこなんだよね。まさか、魔物の群生が押し寄せてくるとか?」
おれの言葉に3人は顔を見合わせて言葉を揃える。
「「まさかねぇ。」」
「何はともあれ、一度ラキカさんにこの件は話をしておくよ。」
「えぇ、そうした方が良いですね。ところで、2人はいつデートするんですか?こうなった以上、戦争が始まる前にはデートしておいた方が良いんじゃないですか?」
あ、ゼラスやりやがったな。おれはアリスにゼラスには話をしたことを言っていなかった。そのため、ゼラスの発言に対しアリスはおれを睨みつけていた。もしかしたら、ゼラスはきっと、アリスから根掘り葉掘り聞かれたのを何気に根に持っているのかもしれない。
「って言ってるけどアリス、どうしよう?」
アリスが怒っていそうなのでとりあえず決定権を譲っておこう。
「どうしようって、その前に言うことがあるでしょう?」
「ご、ごめん。」
おれが一言謝るとどうやら気が済んだらしい。
「まぁいいわ!ゼラスが言うことも間違ってはいないし、そうね、明日行くわよ!」
「あ、明日!?それはまた急だね。」
「まぁ伸ばしたところでなにか準備できるわけではないでしょうし、行ってきたらどうですか?」
ゼラスは完全に他人事のように言う。まぁそりゃ他人事だからなぁ。
「んー、まぁそれもそうか、んじゃ明日、行こっか!」
おれはアリスに呼びかけると、アリスは少し恥ずかしそうにしなから頷いていた。
何だかよくわからない流れからこうなったが、結果的にはよかったのかもしれないな。あれからアリスを誘う機会もなかなかなかったし。
◇◇
翌日、おれはアリスと城下町を歩いていた。季節は柔らかな日差しが降り注ぐ春から、緑が青々と繁る夏に差し掛かろうとしている。おれたちは歩きなれた町並みの中を2人で肩を並べて歩く。アリスはドレスを着ていたため、街中ではとても目立ち、その美貌と合わさり道行く人々がおれたちの方を振り返っていた。
「こんな見られるならいつもの格好でこればよかったわ!」
アリスは顔を赤らめているがそれもまた可愛らしい。
「いいんじゃない?よく似合ってると思うよ?」
おれの言葉に更に恥ずかしそうにするアリス。アリスは普段は強気なことを言っているが内面はとても繊細で、女の子らしい女の子である。こうやって帯剣をしないアリスと街中で会うのはやっぱり新鮮だった。
おれたちは普段なかなか行かない少し高めの店に入り、昼食を取る。騎士団からの給料もそれなりにあるが、おれたちの場合はクエストの達成報酬による収入がその倍近くはなんだかんだ入っているからかなりお金には余裕があった。それでも普段こういったところにこないのは、やはり店の雰囲気に合わないから。それでも、アリスにとってはきっと庶民の味だろう。おれは出されたパスタのような食べ物をフォークでクルクルと巻きながらアリスを見る。やっぱりアリスも十分可愛いんだな、と改めて思う。
「どう?」
「まぁまぁね。」
うん、きっとこの勝ち気な性格のせいでアリスは大分損をしているのだろう。まぁそれもアリスの持ち味と合えば持ち味なのかもしれないが。おれはこのなんてことない時間に幸せを感じていた。そして、改めておれはアリスが好きなんだなと悟る。
「さぁアリス、そろそろ行こうか。」
食事を終え、デザートまで食べたおれたちは、食後の運動を兼ねて再び街中を歩く。
「ねぇ、これどこに向かってるのよ?」
アリスは先を歩くおれが行き先も告げずに歩いていたため聞いてくる。
「着いてからのお楽しみだよ!」
おれが勿体ぶって教えなかったらどうやらハードルが上がってしまったらしい。
「ろくでもない所だったら承知しないわよ!」
そう言って笑うアリスはやっぱり可愛かった。
商業地区を抜け、家のある西側に向かって歩くと家を通り過ぎ、更にそこからもう少し行くと城下町の端に到着する。そこは、アーガンスの裏山から流れでる川があるところ。そう、タリスとマーナが初めてあったところだ。
「ここね、お父さんとお母さんが初めてあったところなんだって。」
「タリス様とマーナ様が。そうなの。」
アリスは日に光る川面を眺め、眩しそうに目を細める。
「あの2人を見てると子供のおれが言うのも変なんだけど、本当に良い夫婦だと思うから。だからアリスともここに2人で来たかったんだ。」
「良いところね、ここ。素敵な場所だわ。」
おれたちはしばらくその場で川のせせらぎと青葉の揺れる音を聞きながら心の準備をする。やばい、心臓が口から出てきそうだ。
「あのさ、アリス、元を担ぐわけではないんだけど、えっと、だから、この場所にアリスと一緒にきたら、おれたちもあの2人みたいに幸せになれると思ったんだ。」
アリスはおれの方に振り返り、おれからの言葉を待っていた。
「だから、だからアリス。おれとこれから先もずっと一緒にいてほしい。好きだ、アリス。」
おれの言葉にアリスは目を潤ませながら強がる。
「私を不幸にしたら承知しないんだからね!?」
そして、その目から涙を流し、アリスは言った。
「ショウ、私もあんたが好きよ。」
おれは頷くとアリスはおれの胸に飛び込んでくる。胸元に飛び込むアリスの頭を抱きかかえると、いつの間にかアリスの身長を追い抜かしていたことに改めて気がつく。そしてアリスもおれの腰に手を回す。
おれはアリスの肩を掴み体から少し離すと、その瞳を見つめる。
「幸せになろう、そして、そのためにも、まずはこの戦争を生き残ろう。」
おれの言葉にアリスは頷き、再びおれの胸に顔を埋めるのであった。おれにも国以外に守るべき大切な人ができた瞬間だった。
グレイブがいつも話をしていたのはボグイッドという魔物だったようですね。こいつらは一体何を企んでいるのでしょうか?
そして、将来を約束したショウとアリス。2人に待ち受けているのは困難ばかりですが、きっとこの2人なら乗り越えていくことでしょう。
第7章成長編はここまでです。第7章でショウは人間的にも、騎士としての実力も大きく成長した章でした。次話からは第8章アーガンス攻防編が始まります。
第8章では強くなったショウが国を守るために大暴れします。また、この章で話の大きな流れとしては一区切りしますので、この物語の山場を楽しんで頂けたらと思います。
それでは、引き続きお楽しみください!