白猫の使い
朦朧とする意識の中でおれは自分の気持ちの正体に気がつくと同時に意識を失ってしまう。おれの独り言を横で聞いていたココは聞いていないふりをしながら、実はしっかり聞いていた。
「ようやく気がついたにゃ。どんだけ鈍感にゃ、キミは。」
しかし、ココがおれに話しかけてもおれはピクリとも動かない。
「ちょっと、聞いてるにゃ?」
ココは再びおれに呼びかけているがやはり返事はなく、返事の代わりに聞こえるのはうめき声だった。
「これ、やばくにゃい?」
何度か繰り返し呼んでみるが、おれからの返事がなく、危険な状況だと思ったココはその場でピンと耳を立てて考える。
「しょうがにゃい、たまには役に立つところを見せないと、魔素を貰えなくなるにゃ。」
ココはそう言うと、おれを一人残して窓の隙間から家を出ていった。
ココは家を出ると目標の魔素を頼りに王宮へ向かう。
「こんなときにでかけてるなんて、ほんとゼラスは間が悪いにゃ。」
実はゼラスはゼラスで、ギルドの受付嬢マロンから熱烈アプローチを受けており、それに仕方なく対応するため今日は出かけていたのだ。その話をおれから聞いていたココは最初からゼラスではなく、もう一人のパーティ、アリスを頼りに、街中を通り抜けて、アリスの元に向かう。
その頃、アリスはネルソンとのデートに向けてセシルに手伝ってもらいながらドレスを着ていた。
「うん、流石アリス、よく似合ってるわ。」
アリスは手持ちのドレスの中でもお気に入りの白地に赤い刺繍の入ったドレスを着て鏡の前でスカートの端を掴んでみたりくるりと回ってみたりと、上機嫌だった。その様子を見たセシルが痛いところを付く。
「上機嫌にしてるけど、本当は今日会う相手と違う相手に見せたいんじゃなくて?」
アリスは一瞬その場で固まるがセシルに向かって首を振る。
「そんなことないわ、ネルソンさん、良い人だと思うもの。」
アリスは窓際から外を眺めるがどこか物悲しい表情をしていた。その様子を見たセシルはアリスに隠していたことを伝える。
「アリス、ごめんね。ここ数日黙ってたんだけど、実は私、婚約が決まったの。」
アリスはセシルのその言葉に振り返る。
「え、じゃあショウから?」
セシルはアリスの言葉に笑って首を振る。
「違うの。サマリアの第三王子よ。オスタとこんな関係だから、少しでも国交を広げるためにって。」
「え!?そんな。お姉ちゃんはそれで良いの?」
「良いも何も、せっかくお父さんが持ってきてくれた良縁じゃない。喜んで受けるわ。」
「それじゃあ、お姉ちゃんの気持ちは。」
アリスはそこまで言うとセシルは微笑む。
「私の気持ち?もしかして、アリスは私がショウくんのことを好きだと思ってる?」
「え?違うの?」
アリスは直接聞くことはしなかったが、てっきりセシルはショウのことを好きなんだと思っていた。
「あなた達2人は本当に鈍いわね。もちろん、ショウくんはいい子だと思うわ。でもね、私がショウくんと仲良くしていたのはアリス、あなたのためよ。」
突然の告白にアリスは驚く。
「え?どういうこと?」
「あなた、ショウくんのことが好きでしょう?でも、きっと私が彼と一緒にいなかったらその気持ちに気がつけなかったと思うわ。」
アリスはショウのことを好きだと気がついたときのことを思い出す。もちろん、選抜試験の頃からショウのことを意識することはあったが、それでも明確に自分の気持ちに気がついたのはショウがセシルと一緒にいると嫉妬している自分に気がついたからだった。
「そ、それじゃあお姉ちゃんはショウのことは全く?」
セシルは笑って頷く。
「もちろん、人としてはさっきも言ったけど良い子だし、好きよ。でも、恋愛感情とは違うわ。それに、それはきっと彼も同じよ。」
「どういうことよ?もう、さっきからわけがわからないわ!」
「それだけアリスは状況が理解できていないってことよ。昨日ね、私から婚約したって話をしたときに、彼、なんて言ったと思う?」
アリスは首を傾げる。
「おめでとうございます、って言ったのよ?それもにこやかに。本当に私のことが好きなんだったら言葉に詰まるとか、その場で唖然とするとかあるでしょ?」
セシルの意外な言葉にアリスは思わず笑ってしまう。
「たしかに、おめでとうって、好きな人が婚約したときには言えないわね。」
まさにアリスが先程セシルの婚約の話を聞いたとき、姉の婚約とは言えもしもショウとだったら、その場で涙くらい流していたかもしれない。
そんなことを言いながら2人はお互いに気を使ってこれまで話をしてこなかったおれの話を伝えて話を共有していると、扉をノックする音が聞こえる。
「はーい。」
アリスが扉を開けると、そこには従者とその足元に一匹の白猫がいた。
「この白猫、アリス様の部屋の前からずっと離れなくて。しかもドアノブに飛んで開けようとしていたのでアリス様は何かご存知かと思って。」
アリスはその白猫を見て正体がわかる。
「ココじゃない!?こんなところで何してるのよ?」
ココはアリスの足元にスリスリと体を擦りつけ愛想を振りまくと、アリスをどこかに導くように扉の外の廊下の方に歩いて行き、アリスの方へ振り返るとにゃぁ、と一鳴き。
「ついてこいってこと?」
ココはアリスの問いがわかっているかのように再びにゃぁ、と答えると更に廊下の先へと進む。突然の来訪者に戸惑うアリスだったが、部屋の奥からセシルの声が聞こえる。
「アリス、そろそろ準備しなくて大丈夫なの?」
アリスはネルソンとのデートをこの後に予定していたため、ココと戯れているほど時間はなかった。しかし、ココが自分を頼ってここまできたということはショウに何かあった可能性が高かった。
アリスはどちらに行くべきか悩んでいた。アリスはネルソンのことを嫌いではなかったし、一緒にいて悪い気はしなかった。全てが穏やかで、アリスのことを女性として扱ってくれるネルソンとの時間は、ショウといる時間に比べるとゆっくりと流れている気がしたし、そんな時間もアリスは好きだった。しかし、悩んでいる間に刻々と時は進む。
アリスは目を閉じ、落ち着いて深呼吸をするとゆっくりとその目を開ける。そして、その目は何かを決意した目だった。
「お姉ちゃん、色々ありがと!やっぱり私は諦められない!」
そう言うと、アリスは白い猫を追いかけてスカートの裾を持って走り出していった。
最近出番が少なかったココですが今回はちょっと役に立ってます。
そしてネルソンとのデートを蹴ってココを追いかけショウのところへ行くアリス。2人の思いが通じるまでもうあと少しです。