師匠の心配
回復の泉という名の温泉に浸かるおれたちはラキカとリヒトの昔話を聞き続けていた。どうやら、リヒトは所謂聖獣と呼ばれる生き物で、この山岳にいるサウザンドドラゴンもそうらしい。ラキカはこの辺りで修行をしていた際にこの場所に行き着いたらしく、その時の1人でこのリヒトと対峙したときのことを面白おかしく話をしていた。そう考えるとやはりラキカはちょっと人間離れしているな、と再認識した。そして話を聞いていると何でもこのリヒト、この泉を悪用されないための番人の役割があるらしく、この場所から動けないんだそうだ。そう考えると聖獣といっても扱いは不遇だな、と感じる。
「で、ラキカよ、この次元の申し子を連れてきたってことは、何か気になることがあるんじゃろ?」
リヒトは気持ちよさそうに温泉に浸かりながらラキカに問いかける。ネコ科の動物は水が苦手だと思っていたが、リヒトをネコ科の動物で括るのは確かにおかしいかもしれない。そんなおれの考えは他所に、ラキカは来る前におれに話していた話をする。
「たしかに、今回のオスタとの戦争は少し違和感がありますわね。」
アリスの言葉にゼラスは続ける。
「今まで、あれだけ国交をしていたのに、そもそもオスタが国王を殺すことにメリットが無い気がしますし、それに対してこちらから戦争を仕掛ける、というのもちょっと短絡的すぎるかなと。」
「それに、そのきっかけはおれたちの騎士団戦でイータが魔物になったところから。ここ最近魔物が全体的に活性化してる気もしてるんだよね。」
おれたちの話を聞いていたリヒトが話を纏める。
「つまりは、全てを仕組んでいるのは魔物ではないか?ということじゃな?」
ラキカは頷く。
「まだ情報が足りませんし憶測に過ぎません。ただ、アーガンスの重要な役職の1人が魔物だったとしたら、これら全ての状況を意図的に作り出せる気がしています。そして、だからこそ、最悪の事態が発生した場合に備えて、ショウにはその脅威からこの国を守れるだけの力を持っていて欲しかった。父親のタリスは国を守ることはできたが本人の幸せを守ってやることはできなかった。だから、少なくとも息子くらいは何とかしてやりたかったんです。」
リヒトは記憶のどこかにしまい込んだ遠い日の出来事を思い出しながら呟く。
「あぁ、あいつは残念じゃったな。奴みたいに完全に魔道が閉じてしまっていたら流石にこの泉でも無理なようじゃったからな。」
ラキカはタリスが魔法を使えなくなったのを自分の責任だと思っていて、おれを二の舞にしたくない、ということか。であれば期待に応えるためにもおれはもっともっと強くならなければ。しかし、ここでもアリスは食いつく。
「ちょ、ちょっと待ってください。もしかして、国を守ったショウの父親のタリスって、当時の第二王女を手にかけたために騎士をやめてしまったっていうタリス様のことですか?それに、よくよく考えてみるとたしかその第二王女って、、マーナ様?」
どうやら、王宮内でもタリスの名前はラキカ程ではないものの多少知れ渡っているようで、アリスも記憶の片隅にうっすらとある、といった感じだった。
「あぁ、アリス、ゼラス、この話は絶対他言無用だぞ。」
ラキカはそう前置きをおくと、タリスとマーナの真実を2人に掻い摘んで伝える。
「道理であんたのお母様どこかで見たことがあると思ったら、私からしたら叔母様じゃない。それにしても、そんな過去があったなんて。」
「ぼくは過去にそんなことがあったこと自体、初めて耳にしました。でも、その話から考えると、確かに今回は再び魔物が手を出してきている可能性は益々高い気がしますね。当時から約20年くらい、ですか。」
ラキカは頷く。
「ショウ、お前は本当によく出来た弟子だし、実力も申し分ない。だから、タリスのようにこの国を救うことができると思う。だがな、おれはこれ以上自分の弟子の不遇な姿を見たくないとも思ってるんだ。だから、逃げ出してもおれは責めはしない。とにかく、無事でいてくれ。」
おれは心配そうにこちらを見るラキカを強く見つめる。
「ラキカさん、絶対に大丈夫、とは言えませんが、なんとかしてみます。だって、ぼくはラキカさんの弟子で、お父さんの息子で次元神の申し子なんですよね?実力不足ですがまだまだ強くなれると思ってます。だから、ぼくはみんなが暮らすこの国をお父さんと同じように守りたいです。」
おれの決意を聞いても不安そうにしているラキカに、リヒトが声をかける。
「ラキカよ、お前の心配もわかる。だが、任せてみればいいじゃないか、この新しい世代に。藍は青より出でて青より青し、じゃ。弟子は師の見ぬところで思いの外成長してるものじゃよ。何より、このショウには、こうして頼もしい仲間がいるではないか。」
アリスは少し照れ臭そうにしているがゼラスはコクリと頷く。
「ショウくんが危ないときは必ず助けに行きます。」
「わ、私の力でよければいつでも使うといいわ!」
おれは2人の言葉を聞き、つくづく思った。仲間って良いなぁと。
「ありがとう、2人とも。この通りです、ラキカさん。」
再びラキカの方をみるとずぶんと頭の中までお湯に浸かりしばらく上がってこない。
「あれ、ラキカさん?」
すると、しばらくしてザバァーと豪快に水飛沫を上げて水面から出てくる。
「よし、わかった!じゃあ、是非頼もう!それじゃあ早速、これからやるべきことを決めるか!」
こうして、おれたちはその泉を上がりリヒトを含め食事を取りながら、まずは情報集めや各人の戦力強化、情報伝達の手段などを取り決める。おれとゼラスは騎士内部、アリスには王宮内をメインに調査し、ラキカとはこれまでより少しだけ頻度をあげて会うことにした。しかし、あまり頻度が多すぎても情報の対象が警戒する可能性もあるので、郊外で修行をしている、という形で定期的に集まり情報交換をすることとした。実際にはその場でゼラスとアリスを中心に修行もつけてもらう。おれにはよく分からないが、ラキカ曰くゼラスやアリスにはまだまだ伸ばせる余地があるらしく、そこを中心に指導が入るそうだ。
これらのことを決めると、翌朝に山岳から降りるおれたちに、まるで実家に来た孫を見送るかのようにリヒトはおれたちを見送る。
「まぁまた来いや、いつでも修行の相手ならしてやるからな。」
「えぇ、また寄らせてもらいます。リヒトさんもそれまでお元気で!」
ラキカの言葉にあわせおれたちも頭を下げる。
「それではまた!」
こうして、おれたちは新たな使命感とともにアーガンスへ戻るのであった。
◇◇
その頃、アーガンスから少し離れた森の中に、今回の首謀者はいた。
「この国もだいぶ疲弊してきてる気がしますね。そろそろ狩り頃かもしれません。」
その男は王と王妃を殺したとき同様、影に向かって話をすると、その影から声が聞こえる。
「まぁそうことを急くな。前回のように失敗は許されぬ。この地脈にも少しずつ我らの力に染まりつつある。」
その言葉に対し、申し訳なさそうに首謀者は答える。
「あの時とは全く違いますよ、キッカ自身とぼくの実力では素地が違いますよ。」
「そうか、それもそうだな。あいつは剣に操られるただの人形だったからな。ところで、何やら最近色々嗅ぎまわってる輩がいるらしいじゃないか。」
その言葉にピクリと反応する。
「そうですか、そのような情報はこちらでは掴めておりません。少しこちらでも洗ってみます。」
「あぁ、よろしく頼む。お前の存在が知れればこの計画は危ういものとなる。頼んだぞ。」
首謀者は膝をつけ、頭を下げる。
「は、畏まりました。」
「では、引き続きよろしく頼む。」
そう言うと、影から聞こえる声の主は完全にその場から気配が消える。
「さぁて、お仕事に戻りますかね、そろそろオスタとでもまた戦争しようかな。」
その首謀者は魔力を醸し出す剣をぶら下げながら、影の中へ吸い込まれていった。
親から見たら自分の子はいくつになっても子供に見えるのと同じで、弟子も同じように見えるのかもしれませんね。
そしてアリスがマーナの正体を知ることになります。これまで逆になぜ気が付かなかったのか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、アリスが産まれる頃にはタリスとともに身を潜めているし、マーナという名前自体はこの世界では比較的ありふれた名前なのでそこまで気にならなかった、ということにしておいて下さい。
そして暗躍する首謀者。そろそろこちらにも少しずつ動きがありそうです。