初デート
おれたちはディーナの剣を手に入れて戻ってきてデザートドラゴンの討伐の報告をギルドとグレンにいれる。マロンはアリスが無事クエストを達成できたのを聞いて大喜びだった。おれたちが最初にクエストから戻ってきた時と比べて明らかに態度が違うからふざけたものである。
「この3人のパーティはバランスが取れていて良いですねぇ。これからも、どんどんクエスト受けてねぇ。」
マロンに煽てられたアリスはお世辞だとわかっていながら満更でもないようでもう次のクエストの話をしている。かく言うおれもこの剣の実力を早い所実戦で試してみたかったからアリスと似たようなものである。まさに気分は新しいおもちゃを買ってもらった子供のようなものだった。
結局おれたちは場所が固まって依頼が来ているクエストをいくつか受けることを帰ってきたその日に決めた。
そして翌日、おれは体の疲れを抜くために軽く素振りをした後に王宮の見回りをしているとセシルの後ろ姿が見える。おれは疲れを抜くと言いながら、どこかセシルに会えるのを楽しみにしていたのかもしれない。しかしいざセシルを見かけると声をかける勇気がなかなか持てない。中庭にいるセシルは向こうを向いていたし、少し距離があるからいっそのこと、このまま気がつかなかったことにして通り過ぎても良いかもしれない、と思っていた。よし、向こうが気がつかなかったらそのまま通り過ぎよう。おれはそう心に決め、少し離れたセシルの方をできるだけ向かないように不自然なほど前を向いて中庭の横の廊下を通り過ぎる。幸か不幸か、セシルはこちらに気がつかなかったようだ。おれはそのまま中庭から少し離れると、やはりセシルの様子が気になり最後に一度だけ、と思い振り返る。すると、まるでおれの視線を感じ取ったようにセシルはこちらに振り返る。
「あ、ショウくん!」
セシルはドレスの裾を摘んで小走りしてこちらにやってくる。その揺れる髪とドレスがやはりおれの心を掴んで離さない。
「あ、セシルさん、いらしたんですね。こんにちは。」
おれはあたかもそこにセシルが居たのを気がつかなかったかのように振る舞うがどうやらそんな見え見えの演技は通用しないらしい。
「いらしたんですね、って、どんな冗談ですの?ショウくん、嘘は下手なのですね。それとも、見回りが忙しかったからわたくしの相手なんてしてられなくて?」
セシルは必死に笑いを堪えながら精一杯おれに皮肉を言う。
「い、いえ、そんなことは。ただ、お邪魔しては良くないかなと。」
精一杯おれは思いつく言い訳を言ってみるがやはり女性には口では到底敵わない。マーナにいつも言いくるめられているタリスの気分が少しわかる気がした。セシルはおれの額を指で突く。
「わたくしにそんな見え見えの嘘が通じると思って?」
セシルはそう言ってこれまで堪えていた笑いをぷっと吹き出す。
「ごめんなさい、ショウくんがあまりにも困った顔をするのが可笑しくて。」
ここまで見透かされていてはなんだかセシルを見過ごそうとしていた自分がバカバカしくなってきた。
「な、なんかごめんなさい。本当はセシルさんに気がついていたんですがなんて声をかけたらよいかわからなかったんです。」
「あら、そんなことを気にされてたのですの?女性はいつだって男性から声をかけられたら嬉しいものだと思いますよ?」
全ての女性が全ての男性に対してそうではないと思うがここは話に乗っておこう。そして、この勢いでこないだの件、ちょっと誘ってみるか。
「そうなんですね、ちなみに、話しかけられるだけではなくて、お誘いされても女性は嬉しいですか?」
セシルは思わぬおれの問いかけに首を傾げ答えを考えてる。
「んー、それはどうかしら?やっぱりお相手によるのではないかしら?」
もうここまで来たら恥ずかしいとか言ってる場合ではない、あとは勢いである。おれは清水の舞台から飛び降りる気持ちで言葉を投げかける。
「で、では、ぼくからのお誘いだったらどうでしょうか?ほ、ほら、一緒にお外にお連れするってお話がありましたよね?」
おれからの思いがけない言葉に、セシルはパッと顔を明るくする。そして、いつもより1トーン高い声で返事が返ってくる。
「えぇ!それなら喜んでお誘いをお受けさせて頂きますわ!」
そう言うとセシルはおれをぎゅっと抱きしめる。身長差的にちょうどセシルの胸元あたりにおれの顔が埋まる。セシルの良い香りがおれの体全体を埋める。うん、おれこのまま死んでも良いかもしれない。おれは思わずセシルのその腰に手を回したくなる衝動を必死に抑えながら理性と欲望がしばらく葛藤していたがこの幸福の羽交い締めからはすぐさま解放される。
「あ、すみません、つい興奮してしまって。苦しくなかったですか?」
えぇ、胸のあたりがきゅぅっと締め付けられる感じでとっても苦しいです、なんて言うわけがない。
「大丈夫です。でも、ちょっとびっくりしました。」
「だって、あまりにも嬉しくて。でも、失礼しました。それで、いつお連れ頂けるのですか?」
セシルはどうやら本当に楽しみにしてくれているようだ。それであればおれも最大限セシルの希望を叶えたい。
「いきなりかもしれませんが、例えば明日はどうですか?明後日からクエストに出る予定にしているので。」
セシルは顎の下に手を置いて少し考える。
「うん、何とでもなりますわ。明日行きましょう!」
こうして、おれはセシルと城外散策と言う名の初デートを取り付けたのであった。
◇◇
翌日、おれはセシルと一緒に町の外にでる。今日のセシルはいつものドレスとはうってかわって白のキュロットにジャケット姿で乗馬クラブにいそうな感じの格好だった。いつものユルフワな感じと違って脚のラインがしっかりでる格好だったがそれでもセシルの美貌は素晴らしかった。街中でセシルと一緒に歩くおれへの視線が痛い。
馬の納屋に行くと2人乗り用の鞍を付け、町の外にでる。セシルも貴族としての嗜みとして乗馬をしたことはあるようで、1人でも十分馬に乗れていたが安全を見ておれはセシルの前に座っていた。本来なら、おれが後ろに行った方が良いのだろうが残念ながらセシルの身長があるとおれは前が見えないから仕方がない。
おれとセシルは数時間、馬に乗っては休み、乗っては休みを繰り返す。町からはそこまで離れていないから魔物もほとんどいなかった。馬に乗りながらセシルとは色んな話をした。亡き王のこと、次期王になる可能性がある父親のこと、アリスのこと、国のこと。セシルは父親から愛情をたっぷりと受けて大切に育てられていて、この国が大好きだと言うのが話の節々から感じ取れた。アリスとは実際の姉妹というのもこの時に初めて知った。てっきり、アリスたちは母親が違うと勝手に思っていたが勝手な思い込みだったようだ。でも、だからこそあれだけ仲が良いのかもしれない。
「わたくし、この国が本当に大好きですの。でも、それは今のわたくしの立場の様に、恵まれた環境にいるからではないか、って時折思いますの。」
セシルはアーガンスの街並みを遠くに見ながら呟く。
「だから、こうやって時には自分の立場とは関係ない視点から町を眺めることで本当に国として、正しい方向に向かってるか、というのを何となく見返したいな、と思いますの。もちろん、わたくし自身ができることなんて対して何もありませんの。でも、国政を担う人間の1人として、正しい判断ができるような心持ちを持つことで、長い目で見ればこの国全体を良い方向に向かわせる一助になれる気がしていますの。」
おれは少し傾き始めた日の光に透けるセシルの髪を見ながら頷く。
「セシルさんのように、この国のことを思う人がいるからこそ、ぼくたち騎士もみんな国を守りたいと思うようになるんだと思いますよ。って、まだ騎士見習いのぼくがこんな大きなことを言ったら怒られるかもしれませんが。」
セシルは首を振る。
「そんなことないと思いますわ。きっと騎士団のそういった気持ちを汲み取れる人が騎士団に入れてるんだと思いますの。それに、」
何かを言おうとして言いかけて止まるセシル。
「それに?」
おれが言葉を重ねるとセシルは笑いながら言う。
「ショウくん、気を悪くしたらごめんなさいね。ショウくんと話をしていると、歳上の人と話をしているような気がしますの。だから、そんなショウくんが考えてることだったら、間違ってないだろうなって。」
突然の発言におれは動揺する。
「え?ぼくの話なんて、なんて事はないですよ。」
しかし首を振るセシル。
「そんなことありませんの。アリスから聞いてる話や今日みたいにこうやってゆっくり話をすればわかりますの。」
おれは答えに困り首元に手を当てているとセシルは続ける。
「だから、たまにこうやって一緒に町の外に出て、わたくしの話を聞いて頂けると嬉しいですわ。」
おれは思いがけないセシルの誘いに喜んで頷く。
「もちろん、セシルさんがよければこれからも是非お願いします!」
こうしておれとセシルは少しずつ会話する機会が増えていった。
セシルとの初デートにショウは大満足のようですね。そしてセシルも意外に満更でもなさそうです。この2人歳の差はかなりありますがお似合いの2人なのかもしれませんね。