ガールズトーク
おれたちはそのまま無言でギルドまで歩く。いつもはすぐ近くに感じるギルドと城の間だったが、この日はやけに遠く感じる。アリスの氷の粒が当たったところではないお腹の上辺りが何故かキリキリと痛んでいた。
ギルドに着くと、そこには既にゼラスがマロンと話をしていた。どうやら先に来てクエストの候補を絞り込んでいたようだ。
「キングスライムを倒せたんだから、こんなクエスト余裕だよぉ。」
相変わらず甘ったるい声で、Aランクと書かれた依頼書をゼラスに勧める姿は鬼だ。
「いやいや、そうやってまた無理難題をぼくらにけしかけて、マロンさん、ぼくたちに死んで欲しいんですか?」
「そんな訳ないじゃない?せっかく騎士団の方がクエスト受けてくれるっていうのにぃ。あ、ショウさんも来たよぉ、ショウくんもこのクエスト、行ってみたいよねぇ?」
おれは突然話を振られるがマロンから振られる話はどうせろくな話ではないだろう。
「いや、行きたくないかな。」
おれが即答すると、マロンはがっくりずっこけていた。
「そ、そんなぁ、ショウくん、私の扱いちょっと酷くない?」
おれはマロンを無視することにして、ゼラスにアリスを紹介する。
「ゼラス、昨日相談したアリス様だよ。」
ゼラスは胸に手を当て、騎士の礼をするとアリスはパタパタと手を振る。
「ゼラスさん、で良いのかしら?初めまして、アリスよ。1つ言っておきたいんだけど、少なくともこのクエストでは私はただのアリスよ、変に気を使わなくて良いわ。」
ゼラスとは、手を取り友好的な態度を示すアリスだが、ゼラスの手を離すと、その目線は急に険しいものとなりおれの方を睨みつける。
「それに、ショウ、あんたもよ!何がアリス様よ!お姉ちゃんにも様をつけなくなったくせに!」
あ、アリスそんなところから聞いてたのか、ってことは。
「も、もしかしてアリス、おれがセシルさんと話ししてたのずっと聞いてたってこと!?」
「そのまさかよ!あんたの女ったらしっぷりにはビックリしたわ。ゼラス、これから仲良くやりましょ!」
なるほど、アリスはそんな前から聞いていたのか。だが、そうだとしてもイマイチなぜアリスが怒る必要があるのかは理解できない。やっぱり女心は難しい。
「まぁまぁアリス様、あ、アリスさん、これからよろしくお願いしますね。さ、さぁ、次に行くクエスト選びましょう。」
いつ火の粉が降りかかってくるかわからないゼラスはなんとかこの場を穏便に、早い所取り繕おうと苦心が見え隠れする。ゼラスも苦労人のようだが良い調整役である。
「アリス様がパーティに加わるなら、このあたりのクエストなんてどうかなぁ?」
マロンはずっとおれたちのやり取りを興味深そうに見ていたが、ちょうど良いタイミングと思ったのだろう、1枚の依頼書を取り出す。
「デザートドラゴンの討伐か。たしかに、アリスがいればそんなに苦戦しないかもしれないな。」
アリスは地図を持ち出し、討伐場所を指差す。
「この場所なら、ゼラスくんの言ってたトメリアの東の山の洞窟にすぐに行けるから、デザートドラゴンの討伐と一緒に行けると思うよぉ?」
おれがくる前に、ゼラスは既に話をしていたようだ。なるほど、んじゃこのクエストが良いな。そう思っていたところに自体が理解できないアリスが割って入る。
「ちょ、ちょっと待って?私がいればって、どう言うこと?」
「アリス様は氷魔法が得意だよねぇ?このデザートドラゴン、近距離攻撃だけだとなかなか倒すのに骨が折れるけど、遠距離攻撃ができれば比較的簡単に倒すことができるんだよねぇ。」
「なるほど、そう言うことね。って、なんでマロンさんは私が氷魔法使えるって知ってるの?」
たしかに、マロンはアリスの説明を聞く前にこのクエストを提案してきた。アリスもギルド登録はあるようだが、流石に登録してある一人一人の特徴を覚えていると言うことはないだろう。
「私ぃ?実は、私アリス様のファンなんだよねぇ。その美貌と気品さから繰り出される氷魔法と華麗なる剣技。戦いとはやはり美しくあるべきだと私は思うんだよねぇ」
城からここまで、どこか不機嫌そうにしていたアリスの顔色が一気に変わる。
「マロンさん、話がわかるわね!そう、それなのよ!戦いは、常に無駄なく美しく、よ!だいたい、男どもの剣技って言うのは、、」
完全にアリスとマロンによる戦いのあり方議論がここからしばらく始まる。おれたちも、途中までは必至に相槌を打っていたが、いよいよ白熱してきたので、ゼラスと一緒に2人を置いて他の席でこっそりと話をしていた。
「何にしても、アリスさんの機嫌が良くなってよかったんですね。何かあったんですか?」
そう問われたゼラスに、アリスに会う前にセシルと会ったこと、そしてその会話の内容をおそらくほぼ聞かれたことなどをゼラスには説明する。
「でも、なんでそれでアリスがそこまで怒るのか、よくわからないんだよなぁ。」
ふぅーん、と言いながらゼラスはよくわからないことを言う。
「なるほど、そう言うことでしたか。ふふ、まぁいいんじゃないですか?」
「え?いいんじゃないですか?って、何がいいの?」
「まぁ人生いろんな経験が必要ってことですよ。」
そんなことを言いながらおれたちは世にも珍しい戦闘に関するガールズトークを横で聞きながら、今日の晩御飯の相談をするのであった。
◇◇
結局、その日の夜はあまりにもアリスとマロンの話が長引いたため、食事でも取りながら続きをしてもらうことにした。そこでも話はどうやらつきないようで、おれたちはクエストの出発日だけ決めるとひたすら食事と酒を堪能し続けていた。
その翌日、おれとゼラスはいつも通り城に行き、グレンにクエストを受けたことを説明すると、今後のことを話してくれた。どうやら、おれたちは完全に放置プレイを決められたらしく、週に一回の城の見回りと定期的に開かれるミーティングには出席する必要があるらしいが、その他はクエストに出てても問題ない、とのことだった。もちろん、クエストに行かない日は城の見回りをしてほしい、とのことだったが、その辺りは個人の範疇で上手くやってくれ、と言っていた。
この日もおれは見回りをして、アリスに剣の稽古をつけ、ゼラスと食事をする、というここ数日ルーチンになりつつある1日を送る。おれは家に戻り、これも日課になりつつあるココの猫可愛がり、もとい、魔素供給のため、首元を撫でると、相変わらずゴロゴロ言っている。
「はぁ、なんだか気分は会社勤めのサラリーマンって感じだな。こうなると、人生進むのが早いからなぁ。」
おれは転移前の状況をついこないだのように思い出す。毎日朝から晩まで働き通して内容こそ違うものの同じことの繰り返し。
「何か変化を持たせないと、このまま転移後の人生も終わってしまうのかな。」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるにゃ。」
うるさくてかなわない、といった様子で、ココが自分の後脚で耳の後ろを掻いている。
「いや、どこかに所属して勤めるってことは、安定と同時に大量の退屈もプレゼントしてくれるんだなって。」
「ますます意味がわからないにゃ。でも退屈なのもいいじゃにゃい。やりたいことをやるのも、退屈を楽しむのも自分次第にゃんだから。」
なるほど、相変わらずココは言うことが鋭い。まぁ退屈といっても、今のおれの場合はそれでも比較的目まぐるしく毎日が変わるから、きっとどこかに勤めているという安心感がこの退屈だという気持ちを助長してるだけだろう。
「よし、やめだ、やめ!悩んでも仕方がないな!明日はディーナの剣を手に入れるぞー!」
こうして、おれはココをお腹の上に抱えながら翌朝に向けて眠りにつくのであった。
ショウはこの手の話は鈍いんですね、ここまで鈍いとアリスがちょっと気の毒ですが止む無しです。
そしていよいよディーナの剣を手に入れに行きます。ディーナの剣、いったいどんな剣なのでしょうか?