デートの約束
おれはアリスをクエストに誘ったその夜、ゼラスに事情を説明するとゼラスにしては珍しく、おれをからかう。
「ショウくん、本当にアリス様と仲が良いんですね。いっそこのまま騎士なんてやめて、王子にでもなったらどうですか?」
ゼラスのその言葉におれは首を振って、今日会ったセシルの話をする。
「セシル様との婚約だったら喜んで受け入れるけどね。」
そんな冗談半分のやり取りとはさておき、ゼラスはアリスのクエストへの参加を快諾してくれた。おそらく、ゼラス自身もパーティのアンバランス差を感じていたのだろう。
「んじゃとりあえず次回のクエスト決めに行くときはアリスも一緒に来てもらおっか!」
ゼラスはエールの少なくなった残りをグイッと飲み干す。
「えぇ、そうしましょうか。マロンさんにパーティ構成を見てもらった上でクエスト決めた方が良さそうですしね。」
こうして、おれたちは翌日の仕事終わりに早速ギルドに行くことにした。
◇◇
翌日の見回りが終わって日が暮れ始めた頃、おれがアリスの部屋に向かうと、後ろから声をかけられる。
「あら、ショウくん。今日もいらしてたのね。」
おれが振り返ると、そこには昨日と違うドレスを纏ったセシルの姿があった。ドレスの裾を持ってちょこんとお辞儀する姿がいちいち可愛い。
「あ、セシル様、こんにちは。はい、今日はアリス様と一緒にいくクエストを選びに行こうと思っておりまして。」
するとセシルは目を輝かせてこちらに近づく。きょ、距離が近いですって、お姉様。ほのかに香る香水の香りがおれを一層虜にさせる。
「アリスをクエストに連れて行って頂けるのですね。ありがとう。あぁ、アリスが羨ましいわ。」
「羨ましい、ですか?」
おれは意図してることがよくわからなかった為思わず首を傾げる。
「えぇ、だって、ショウくんみたいに腕の立つ方と外に出られたら安全な上に色々経験ができるでしょう?そんなことはそうそう滅多にあることではありませんよ?」
そう言うもんなのだろうか、とおれはイマイチよくわからなかったが、こんなチャンス、逃さない手はない。
「そ、それでは、もし良かったらセシル様も一緒にどこか外へお連れしましょうか?もちろん、クエストみたいな少し危険なところは難しいと思いますが、城の外に出てその辺りを一周するくらいはできると思います。」
おれのこの提案は思いの外セシルの心を掴んだらしい。
「本当ですか?是非、お願いさせて下さい。」
セシルはおれの手を両手で掴み、そしてその綺麗な翡翠色の瞳でおれを見つめる。その手は色白で華奢だけど柔らかい。だめだ、この人はなんなんだ?なんでおれの心をこうまで掴んで離さないんだ。おれが戸惑っているところにさらに追い打ちがかかる。
「あ、あと、お願いついでにもう1つお願いがあります。」
「もう1つのお願い、ですか?」
お姫様からのお願いなんて、おれが簡単に叶えられるものなのだろうか、と思わず身構える。
「わたしのことも、アリスと同じように名前で呼んで下さい。」
この願いならば確かに簡単に叶えられる。叶えられるが、果たして良いのだろうか。おれが返事に少し困っているとセシルは条件を追加してくる。
「いつでも、と言うわけではなく、2人やアリスを含めた3人でいる時だけ。これなら良いでしょう?」
イタズラっぽく笑うセシルは再びおれの目を見つめる。うん、この目で見つめられたらひとたまりない。
「じ、じゃあセシルさん、なら良いですか?流石にこれだけ年齢が離れているのに呼び捨ては、」
と、どもっていると、どうやら年齢のことはタブーだったようだ。見事な膨れっ面をしている。
「あ、ショウくん、そう言うこと言うのですね。どうせわたくしのことをいつまでも婚約できない売れ残りの女だとでも思っているのでしょう?」
おれは思わず顔をブンブンと振って否定の意を示す。
「い、いや、そ、そんなわけではないです!むしろぼくはアリスよりもセシル様の方がずっと、」
言いかけておれは思わず顔を赤らめる。セシルはそれを見ながらおれをからかうようにおれを言及する。
「ずっと、何かしら?」
一瞬の沈黙、そしておれはふくれっ面をしたセシルを見て仕方がないと言いかけたことを口に出す。
「ずっと、素敵だと思います。」
おれは恥ずかしさのあまり思わずセシルから顔を背けてしまう。そんなおれのおでこをセシルは指でツンと突く。
「こら、大人の女性をからかったらだめですよ。でもそこまで言うなら許しましょう。セシルさんでまずは良いです。」
どうやら、なんとかおれはセシルの怒りを鎮められたようだが、完全に手玉に取られてる感がある。いくらおれの精神年齢が30過ぎているとは言え、転移前の恋愛経験はほぼゼロ。きっと引く手数多であろうセシルの前にはおれの気持ちなんて風に舞う綿花のごとく簡単に意のままに動かせてしまうだろう。まぁでも、結果だけ見ればおれはセシルと外で会う約束ができたのだから良しとしよう。結果オーライだ。
「ありがとうございます。それではセシルさん、またお誘いしますね。」
セシルは嬉しそうに微笑んでいる。
「えぇ、お誘い、楽しみにさせて頂きますわ。それでは、あまりアリスを待たせると怒られてしまいそうなのでわたくしはそろそろ行かせていただきますね。」
セシルはそう言うと会った時と同じようにドレスの裾を摘み、ふわりと広げながらこちらにお辞儀をすると、それでは、とおれに手を振り廊下を向こうへ歩いて行った。
「め、メルヘン。」
1人そこに取り残されたおれは、後ろから迫り来る殺気に気がつくと振り返りながら反射的に腕を頭の上に上げる。
「何がメルヘンよ、意味がわからないわ!」
おれが咄嗟に腕を上げたそこには、待ちくたびれたアリスからおれに向かって繰り出された鋭い手刀が間一髪防がれていた。
「な、なんて言う殺気だよ。この手刀、選抜試験でも使えばよかったのに。」
おれが冗談でアリスに言うと、アリスが無言でその手に青白い魔素を溜めるのがわかる。
「あぁー、待った、待った!いや、ほんと、おれが悪かった!だからこんな狭いところで!」
おれの必死の命乞いにアリスは耳を貸す気になったようだ。
「あんた、何が悪いと思ってるの?」
「そ、それは、、えーっと、あ、いつまで経っても来なかったこと!」
アリスの問いに、おれは訳がわからずとりあえず思いついたことを答える。しかし、それが良くなかったようだ。
「氷よ!」
魔素を溜めた掌から拳大の氷の粒が一粒、おれの体めがけて飛んでくる。どうやら、おれの答えは外れたようだ。しかし、このまま避け続けても良くないから仕方なくおれの体に向かってくる氷を体でしっかり受け止める。
ボゴッ
氷の粒がおれの腹部を捉える鈍い音が廊下にこだまする。
「ゴホッゴホッ、ごめん、ごめんって!」
おれは氷の粒が当たったお腹を抑えながら、廊下に蹲っていると、どうやらアリスは気分は少し落ち着いたようだ。
「ふん、今日はこんなところで許してあげるわ。」
セルフが完全にいじめっ子のセリフである。アリスは蹲りながら見上げるおれを通り過ぎて、外に向かう方へ歩く。
「あんたいつまでそんなところで蹲ってるの?ギルド、行くわよ!」
はぁ、女心はよくわからんなぁ。まぁでもしょうがない、ほとぼり冷めるまでしばらくそっとしておこう。そう決めたおれは黙ってアリスの後ろを追いかけた。
セシルさんはショウの気持ちを掴んで離さないですね。そしてなんとも魔性な女の香りがします。恋愛経験ほぼゼロのショウはどのように掌でコロコロと転がされてしまうのでしょうか?そしてそれを見るアリスの心境はちょっと気の毒ですが、しばらくはこの三角関係にお付き合いください。