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無我の演舞

おれはキングスライムと、ゼラスは銀色のスライムと戦っている間、おれたちについてくることになったココは岩場の上から高みの見物をしていた。


「こんにゃ魔物共に手間取ってるようじゃ、いつまでたってもマスターを迎えに行けないにゃ。」


ココの言うことももっともで、ディーナが幽閉されている北の大地はそこら辺にいる魔物がギルドクエストのランクでBランク以上相当、Aランクの魔物も混じってたりする。それに、魔素の濃さによって魔物は強化補正を受けるため、同じ魔物でも魔素の濃い北の大地にいる魔物はその補正によってより強力だった。


「ついてく相手を間違えたかにゃ。でも、そうは言ってもマスターの魔素を持ってる人なんてそうそういにゃいからやむ無しにゃ。」


ココは少し遠い目をして考え、ある事を思いつく。


「マスターのためにゃら、あれ使わせても怒られにゃいかにゃ?まぁ、使いこなせるかわかんにゃいけど、うん、それが良いにゃ、そうするにゃ!」


こうして何かを決心したココは、退屈そうに大アクビをすると、居眠りを決めるのであった。


一方その頃、爪を外したゼラスは目を閉じ、魔素を右手に集中させていた。そして、この日何度目かの両者の衝突。ゼラスは魔素を溜めていない左手で対応する。


そして、何度かの衝突の後、銀色のスライムがゼラスに向かって飛び跳ねるとゼラスは右手に溜めた魔素を使って魔法を発動させるとその指先に青白い強化の光が輝く。


「ここです!」


叫びながらゼラスは飛び込んでくる銀色スライムの目と目の間に狙いを済まし突き立てる。


ガギィン


まるで金属のボールを金属バットで撃ち抜いたような音がすると、その場で銀色のスライムはボトリと落ちる。ゼラスは打ち込んだそのままの姿勢で微動だにしない。しかし、程なくすると銀色のスライムは青白い光の粒となって銀色の魔石を残して消えていった。


ゼラスが使ったのは身体強化の中でも、体を強固にする魔法だった。本来であれば、防御力を上げたりするのに使う技なのだろうが、ゼラスはそれを指先に集中して打撃力をあげるという荒業に出たのだ。そして、狙ったのはこの銀色のスライムの急所。直線的に立ち向かってくる魔物だったからこそできる急所突きによる即死攻撃だった。


「ふぅ、やりましたね。」


ゼラスは安堵の表情と共に、珍しい銀色の魔石を拾うと、おれが戦っていたキングスライムの方を見つめる。


「あっちもなかなか大変そうですね。助けに行かないと。」


ゼラスは再び外していた爪を付け直し、キングスライムに向かうのであった。


その頃おれはキングスライムと正に消耗戦と呼ぶべき攻防を繰り広げていた。キングスライムを斬っては治り、斬っては治りを幾度も繰り返すが、斬れども斬れども傷の修復で吸収される周りのスライムも多少数が減ってきている気もしなくもないが、それでもそこまで減っている気配がなくいい加減うんざりしていた。


「これ、ほんとに終わりはあるのか?」


おれは思わずそんな不安を抱えるが、心が折れたら負けだと自分に言い聞かし、疲れた腕を何とか動かしながら飽きることなく更にしばらく剣を振り続ける。しかし、そこでおれはある境地に行き着く。


「あれ?なんか体がいつもよりスムーズに動く。」


飛び掛かってくるスライムを斬りながら躱し、その反動でくるりと反転しながらキングスライムを斬りつけ、その先にいた紫色のスライムに剣を突き刺す。突き刺しているときには既にキングスライムは周りにいたスライムを吸収しにかかっていたが、おれは更にそこに追い打ちをかける。


クルクルと回りながら周りのスライムを含めキングスライムを斬り刻む姿は演舞のようだったかもしれない。これまで、幾千、幾万かの素振りが導き出した剣筋の最適解をおれは無意識のうちに自らの剣で導き出す。


「あはははは!やばい、これ、やばいぞ!何か楽しくなってきた!」


剣を振るうのは必要最低限の筋力で、如何にスムーズな流れで相手に鋒を導くか、これが重要であるが、やはり相手があり、当然筋力がないと剣が振れないため、どうしても力んでしまう。しかし、おれはこの戦いの中で相手の攻撃を幾度となく躱すことで相手の居場所に対して無意識で予測が立てられるようになり、更に、おれ自身が疲れてきたせいで余分なところから力が抜けて、本来のあるべき姿で剣を振るうことができていたのである。これは、単純に脱力すれば出来るわけではなく、これまでの毎日で積み重ねてきた素振りや、先日の精神世界におけるディーナはタリスとの修行の賜物だった。


おれがひたすら鬼神のように剣を振るっているのをゼラスは遠目で見ていた。


「これは、下手に手を出さない方がよさそうですね、まさか、自分より歳下の子が無我の演武に辿り着くなんて思いもしなかった。」


そしておれとキングスライムの長い戦いにもようやく終止符が打たれようとしていた。


おれはキングスライムに向かってこれまで幾度となく斬り付けていた上段斬りを繰り出すと剣を振り下ろす勢いを使ってそのまま体を反転させながら横に一閃する。キングスライムはおれに向かって体当たりをしてくるがおれはそれを見越して近くのスライムを斬るために一歩踏み込みながら躱す。そして再度、キングスライムに向かって下段から斬りあげる。すると、ここにきて初めて、キングスライムはおれの攻撃に後ろにたたらを踏みよろける。それを見て、おれは無意識にここが勝負どころだと判断し、一番はじめに繰り出したのと同じように横一閃を打ち出そうとする。


しかし、何故かいつもの様に剣を構え、精神を集中し、相手に向かって剣戟を放とうとするがいつもより周りがゆっくりに見える。自分の呼吸を感じ、それと同じように相手の呼吸も感じる。正に全身の神経が研ぎ澄まされていた。おれはゆっくりとその剣をキングスライムに向かって振り抜く。そして放たれた一閃はおれが今放てる最善の一太刀が放たれた。


ザクッ


その剣戟はキングスライムを横に一閃し、更にその剣圧はその身を斬り抜くと後方の壁にまで斬り跡を残した。主のいなくなった他のスライム共を倒すのは簡単だった。おれはそのまま周囲のスライムを蹂躙し続け、周りからスライムがいなくなったのがわかるとおれはハッと我に返る。


「え?あれ?」


自分の足元に転がるのは無数のスライムによる魔石と、その中でも一際大きいキングスライムの魔石。もちろん、自分がやったことは覚えているが、どこか遠くの自分がやったような感覚で今正に自分がやったという感覚は全くなかった。


程なくして、ゼラスがこちらにやってくる。


「素晴らしい戦いでしたね。」


おれは首を振ると素直に説明する。


「正直、途中からはなんだか自分がやったことではないような気がしちゃったよ。でも、最後の一閃、あれだけは鮮明に覚えてる。あんなの、もう一回やれって言われても今のおれでは無理だよ。」


おれはキングスライムの魔石を拾おうと、魔石のある方へ歩いて行くと、思わず目眩がしてよろけてしまう。慌ててゼラスがおれに駆け寄るがおれはその場で膝をつく。


「無我の演武の代償ですね。」


おれは聞き慣れない言葉に顔を上げる。


「無我の演武?」


ゼラスはコクリと頷く。


「全ての武道に共通する境地の1つです。敵を知り、自分を知れば無我の演武への道は開けん。ぼくは、お師匠からこう聞いています。」


そう言いながら、ゼラスはおれに水を差し出す。


「そんなのあるんだ。それって、具体的にどうなるの?」


「さぁ、詳しいことはよくわかりません。ただ、今回のショウくんのように、自らの力を最大限まで引き出し、その姿は踊っているようにも見えるそうですよ。」


なるほど、きっと脱力とこれまでの反復によって得られる相乗効果のようなものか。ただ、やはり反動があるようで、切れた後がやばい。


「そっか、この状態を意識的に引き起こすことってできるのかな?」


おれは最後の一太刀の感覚がどうしても忘れられない。あんなに放って気持ちがいい一太刀はこれまでなかった。


「人によるかも知れませんが、基本的には難しいと聞いています。本人が極限に至らないと開かない扉だとも聞いているので。」


極限、か。たしかに今回はただひたすらスライムを斬りまくって病みそうだったからな。でも、細かいことは一度ラキカにでも聞いてみるか。


「まぁこの力に頼らなくても、自力で今くらいの実力を出せるようにならなきゃだね!さぁ、目的のキングスライムも討伐したし、戻ろっか!」


ゼラスは頷き、帰路につこうとするが、あることを思い出す。


「あ、そいえば、ココはどこ行ったんですか?」


あ、おれもすっかり忘れてた。


「おーい、ココー!生きてるかー!」


するとおれの声が聞こえたのか、ココが岩山の上から飛び降りてくる。


「使い魔がそんな簡単に死ぬわけないでしょ?」


ココはおれに向かって話しかけるが、どうやらゼラスはココが何を言ってるかわからないようだ。無事で良かった!とか言って猫可愛がりしてる。


こうして、おれたちは初めてのクエストを無事終えたのであった。

ゼラスはさすが武道家、急所突きで硬い銀色スライムをなんとか倒せたようです。


そして熟練を重ねて、脱力した先にある境地、それが無我の演舞ということですね。いわゆるゾーン状態のようなものです。ショウはまだまだ若いのに、どうやらかなりの境地に達してしまっているようです。

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新作、始めました! 不遇な扱いを受けていた少年コウが、その境遇に隠された力を使いこなし、内面と向き合いながら強くなっていく冒険譚です! 是非、お読み頂けると嬉しいです!

忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました-

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