全ての真実
マーナが人狼化した次の満月の日の夕方、マーナは別人格に意識を奪われながらも、最後に言葉をかける。
「それじゃあ、また後で。一緒に朝日を見ようね。」
その言葉を最後に、マーナは意識を失い、次の瞬間、マーナの目には赤い光が灯っていた。
「ようやくこの時がきた。このふざけた茶番が終わる時が!」
マーナは空の満月を仰ぎ見ると、その体はみるみるうちに巨大化し、その全身が灰色の毛に覆われると、前回からさらに巨大化した人狼が現れる。
「マーナ、待ってろよ。必ず助けてやるからな。」
タリスのそんな言葉を他所に、人狼と化したマーナはお木々が震えるほどの大きな遠吠えをする。
「ワォォーン!」
そして、その遠吠えを皮切りにタリスに襲いかかった。
◇◇
タリスと人狼の戦いが始まる少し前にラキカ達は山の麓に着いており、今は馬を降りて山を登っていた。そして、しばらく山を登ると、タリスたちの攻防の皮切りとなった遠吠えがラキカたちにも聞こえる。
「おいラキカ!もう人狼化しているようだぞ!もしタリスがやられたらマーナに逃げられてしまうじゃないか!」
急かすキッカに対し、宥めるラキカ。
「大丈夫ですよ、タリスはそんなヤワな鍛え方をされてませんから。まぁでも、ちょっと急ぎましょうかね。」
ラキカはそう言うと、キッカを抱きかかえ、そして驚異的な脚力で山をぐんぐんと登っていく。
「さぁ、もう少しで待望のお姉様とご対面ですよ!」
あまりのスピードに震えるキッカに向かってラキカは声をかける。
そして、2人がたどり着いた時、人狼もタリスも、どちらも傷一つついていなかった。
「おい、どうなってるんだ!なんでタリスは人狼を全く攻撃してないんだ!?」
怒りを露わにするキッカに対し、ラキカも首を傾げる。
(タリスの野郎、なんか考えてやがるな。ちょっと遊んでやるか。)
ラキカはそう決心すると、タリスに向かって大声で叫ぶ。
「タリス!騎士団長としての命令だ、その人狼を殺すんだ!それができないなら、おれがその人狼を殺す!」
するとタリスは人狼の攻撃を躱しながら、ラキカに向かって言い返す。
「なんでいつもマーナを殺そうとするんですか!仮にも、自分が護衛を務めていた相手じゃないですか!お師匠様には、情がないんですか!?」
ラキカは、タリスの言葉を聞き、疑問に思う。
(いつもって、どう言うことだ?あいつ、なんか勘違いしてやがるな。まぁ良い。どれだけ強くなったか、試してやるか。それに、その方が色々思惑通りに動いてくれるかも知れん。とりあえず、タリスにおれの相手をさせるか。)
「あぁ、ないね。とりあえずその犬っころを殺す前に、お前の相手をしてやる。キッカ様、ちょっと邪魔者を始末する間、あの人狼の相手をお願いできますか?」
ラキカはキッカの方を向いて問いかけると、キッカは強がる。
「あんな人狼ごとき、おれの真の実力があればどうってことはない!ラキカは人狼を殺せないあの裏切り者を頼む!」
しかし、ラキカはキッカがその手に持つ剣に目を向ける。
(あの剣、なんだ?剣自体がなんだかおかしな気を放ってやがる。ちょっと気をつけて見ておいた方がいいかもしれないな。)
その怪しげな剣を持つキッカは人狼にむかって突っ込もうとするが、その行く手をタリスの風魔法が阻む。
「マーナには、指一本触れさせない!」
そこにまるで瞬間移動をしたかのような速度でラキカがタリスの間合いに現れる。
「おうおう、おれ相手に余所見とは、偉くなったもんだなぁタリスよ。」
ラキカから振り下ろされたその剣は、タリスの剣によって止められるが、その隙にキッカが人狼の元へ行ってしまう。
「お師匠様、どうしてあなたはマーナを殺そうとするんですか!」
斬り結び、お互いの剣と剣で鍔迫り合いをする。どちらも、一歩も引かない。
「お前、さっきからなんのこと言ってるんだ?おれがマーナを殺そうとしたのはこれが初めてだぞ?」
タリスは一歩引きながらラキカの剣を受け流すと、再びラキカに向かって上段から斬り下ろす。
「とぼけないでください!裏ギルドを使ってマーナの外交中を狙って暗殺しようとしたことはわかってるんですよ!あなたが、裏ギルドに出入りして、そこの坊主頭の男とあっていたことも。」
ラキカはタリスの攻撃を紙一重で躱すと、数撃、タリスに向かって斬り込む。
(なるほどな、そう言うことか。ようやく謎が解けてきた。)
「あっはっはっは!そう言うことか!そこまでわかってるなら話が早いな!んじゃここからは、もうちょっとレベルを上げて行くぜ!」
ラキカはその全身に白い靄を覆うと、今までにない速度でタリスを攻め立てる。流石にタリスも苦しいのか、風魔法でラキカを吹き飛ばそうとするが、ラキカは風魔法を剣で吹き飛ばし、タリスに向かって横薙ぎの一閃を放つと、タリスは躱しきれず、剣で受けるとそのまま勢いで飛ばされる。
ラキカはこの隙に、人狼とキッカの方を見ると、そちらでは予想外の状況になっていた。
人狼対キッカの戦いは最初こそ人狼が押している雰囲気だったが、次第に戦況はキッカに傾いてくる。
「ふん!」
キッカは人狼相手に何度目かの剣戟を放つが、疲れが全く見えず、むしろ、剣を振るえば振るうほどその剣戟は鋭さを増して行く。人狼となりながらも、マーナの意識は若干残っていて、その少しの意識が違和感を感じる。
(キッカ、何かがおかしい。)
常人の目では確認することができなかったが、魔物と化しつつあるマーナの目から見ると、キッカの体から、薄っすらと魔力が滲み出し始めているのだ。それも、剣を振るえば振るうほど、その力は濃くなってきている。魔力と言っても、魔法を使うための魔力ではなく、魔物から発する魔力。何が違うか、マーナはイマイチ区別はわからないが、なんとなく自分と同種のものを感じた、といった程度である。
(もしかして、キッカは。それなら、いっそのこと。)
マーナは幾度となく迫り来るキッカの剣戟を避けながら、少しずつキッカのその力とマーナの魔力を同調させる。当然、今までマーナはこんなことやったことがないから、はじめての試みだったが、何故ができる気がしたのは別人格が持っている力のお陰だろう。
(まずは、魔力の色を合わせて。)
マーナは少しずつキッカの体から出ている魔力の色をイメージしながら、マーナの体からも同様の力を少しずつ放つ。
(クッ、これ、まずいわ。どんどん私の自我が、薄れていく。でも、まだやれる!)
マーナは薄れゆく意識の中で、放出する魔力の色を少しずつ変えていくと、あるとき、カチッとハマった感触がる。
(これ、もしかしたら。)
マーナは試しに魔力を抑えると、それと同時にキッカから放出される魔力が小さくなり、剣戟の速度が落ちる。
(やっぱり。キッカ、あなたは。)
◇◇
ここで時はマーナが初めて人狼化する少し前の城下町に遡る。
「カイルよ、何か情報は掴めたか?」
薄暗い飲み屋で大男2人が部屋の隅のテーブル席に座っている。そして、カイルと呼ばれたコワモテ坊主頭は首を横にする。
「いや、だめだ。それにしても、ほんとにお前が言ってることは正しいのかい?キッカ様が魔物らしいなんて。」
コワモテ坊主とは似合わない、丁寧な口調でカイルと呼ばれた男は答える。
「まぁ、確信はないんだが、匂いがな、普通の人間とは違う気がするんだ。」
匂いねぇ、と言いながらその坊主頭をポリポリと書く。
「まぁ、騎士団長のお前が直接王子様を疑うなんてことはできないからね。しょうがないな、もうちょっと調べて見てみるよ。その代わり、礼は弾んでもらうよ、ラキカ。」
そう、ラキカとカイルで密会していたのだ。ラキカはどんと自分の胸を叩く。
「おう、任せとけ!お前が新しい店を開けるように、場所と資金を提供してやる。まぁ、お前の料理の腕ならそこまですれば大丈夫だろう!アリシア、もうすぐ子供がうまれるんだろ?」
カイルは、恥ずかしそうに少し遠くを見ていた。
「あぁ、もういつ産まれてもおかしくないくらいなんだ。だから、そろそろこんな危険な仕事からは足を洗いたくてね。ところで、愛弟子くんはどうだい?」
ラキカは一瞬誰のことかと、上の方を向いて思い出すが、誰のことをいっているかわかったらしい。
「あぁ、タリスか。あいつは本当によくやってくれているよ。ただ、それだけに今回はちょっと可哀想だな。流石に、団長のおれがキッカを擁護しないわけにはいかない。だが、おれがあれこれ手伝ったり、言ったりしなくてもあいつはもう十分自分の足で立っていけると思うぜ。」
「まぁ確かに噂だけでも、相当な実力らしいね。でも、タリスくんはマーナ様を守りたくて、ラキカはキッカ様を擁護するなんて、いつかはお前たち2人が戦うことになるんじゃないのか?」
ラキカは腕を組んで考えるが、カイルの方を向くとあっさりと言い放つ。
「まぁ、そん時はそん時じゃねぇか?あいつとは、一度本気でやりあって見たいと思う部分もあるしな、それで、おれが負けてマーナ姫を助けてくれたら万々歳だ!」
そんなものかねぇ、とカイルが首を傾げるが、ラキカが飲みかけのエールを空けると、2人はそれぞれ別々のタイミングで店を後にした。
◇◇
舞台は再びマーナとキッカに戻る。マーナは自分の意識のギリギリのところまで魔力を放出し、それに同調してキッカの魔力も膨れ上がる。既に、キッカの目から、人の目にもわかるレベルで魔力の赤い光が漏れ始めていた。
(あと少し、あと少しで。)
マーナ自身も、自分の魔力を高めているお陰で攻撃力、俊敏性が向上していた。そしてその鉤爪は、実態の爪の部分から先に、魔力によって作られた鉤爪が形成されていた。
キッカは、マーナを斬り続けるが一向に攻撃が当たる様子がなく苛立っていた。やけくそになったキッカは、大振りの横振りを繰り出す。当然、そんな攻撃が当たるわけがなく、その隙を見計らったかのようにマーナはその鉤爪でキッカの脇腹を抉る。
「っぅぁぁぁあああー!」
その痛みと、攻撃を食らった怒りから、キッカの魔力が一気に高まる。
(ここしかない!)
マーナはその魔力の高まりに合わせて、自分の魔力も高める。そして次の瞬間、2人のそれぞれが、真っ赤な光の柱に包み込まれていた。
◇◇
その少し前のタリスとラキカ。
白い気を纏ったラキカの前に、タリスは押され気味だった。
「どうした、タリス、お前の力はその程度か?マーナ姫を守るんだろ?」
「えぇ、守りますよ!如何にお師匠様と言えども、この道だけは通せません!」
そうは言っても、タリスはジリ貧だった。この距離でラキカが相手では魔法による攻撃は無理だったから、純粋な剣術のみの攻防でタリスはなんとか凌いでいた。しかし、その中でラキカは気で身体能力自体を向上させていたため、本当にやられるかどうかは紙一重の状態が続いていた。だが、殺されさえしなければ、ある意味タリスはこれでよかった。
「どうした、逃げてばかりではおれは倒せんぞ!」
ラキカの剣戟に対し、タリスは自らの意思を乗せてラキカの剣に自分の剣を振るう。
「ぼくは、倒すことで道を切り開くのではなく、守ることで道を切り開きたいのです!」
パキーン
ラキカの剣がタリスの剣に斬り飛ばされる。
「な!?」
ラキカにしては珍しく驚いていた。そして、タリスの剣を見て納得する。
「お前、剣に風魔法を乗せてたんだな。」
タリスは頷くと、剣を降ろす。
「もうやめましょう。お師匠様にもご協力をお願いしたいことがあるのです。」
しかし、ラキカは折れた剣を構えると、そこに気の力で新たな刀身を作り出す。
「まだまだ、ようやく面白くなってきたじゃねぇか!さぁ、第3ラウンド、いくぜ!」
そう言ったラキカがタリスに踏み込むと同時に、マーナとキッカの元に二本の赤い柱が立っていた。
ラキカとタリス、マーナとキッカそれぞれがそれぞれの思いで戦う中、少しずつ明らかになっていく真実。
それぞれの戦いは終盤戦に向かう中、タリスはマーナをこの状況でどのように守るのでしょうか?