結ばれる2人
マーナが人狼化した次の日の朝、マーナは王に謁見し、城の被害を抑えるために旅立つことを告げる。最初は王は戸惑っていたが、指定の場所に留まることと、騎士団の推薦者を共に行かせることを条件に、王はマーナが城から外れることを許可した。
どうやら、マーナが人狼化した話は既に騎士団側の一部に報告があったようで、マーナに同行する騎士団からの推薦者について打診があったようだ。この件はもちろんラキカに問い合わせが来ていて、ラキカはタリスを推薦した。この決定に、異論が出るかとも思ったが、万が一の際にマーナを殺さなければいけないため、結局はラキカの決定を不満に思う人間はいなかったようだ。
王が指定した場所は、王室の人間が避暑地として使用する山奥にある山小屋で、アーガンス城から半日ほど馬を走らせたところにあった。さすが王室の人間が使うだけあって、快適性は申し分なく、マーナに対する王からの償いの気持ちを感じた。
マーナが人狼化してから、しばらくは発作的に別人格が顔を出すこともあったが、その都度タリスが宥めることで元の人格へと戻った。そして半月ほど経つと山小屋の生活にもリズムが出てくる。
「マーナ、今日は鹿が取れたぞ!今日は大盤振る舞いだな!」
タリスがバラして木の皮に包んで持ってきた鹿肉を出すと、マーナは子供のように目を輝かせる。
「ほんとだ!これだけあれば、しばらくは食べ物に困らないわね。」
マーナは当然ながら料理など出来るわけもなく、タリスが狩猟から料理まで、全ての家事を最初は引き受けていた。しかし、マーナもタリスに任せっぱなしで申し訳なかったのだろう。初めはタリスが料理をしている横で見ているだけだったが、数日経つとやらせてほしいといってナイフを握るようになっていた。
「だから、左手はそのままだと危ないって!」
タリスが珍しく大きな声を出すのでマーナは驚いてナイフを落としてしまう。その様子を見て、タリスは申し訳なさそうに謝る。
「ご、ごめん。」
タリスはマーナの落としたナイフを拾うと、再びマーナにナイフを握らせ、タリスはマーナの手の上に、自分の手を重ねる。
「左手は猫の手で、右手は親指と人差し指でしっかりとナイフの背の部分を持って。」
マーナは言われたように、されるがままにされると、タリスはゆっくりとナイフを引き、肉をスライスしていく。
「そうそう、こんな感じに、ほら、できた。」
「うん、できた!タリス、教え方が上手い!」
マーナはその状態で後ろを振り返るので、タリスはあまりにマーナの顔が近付いたので思わず赤面し、その手を離す。
「わ、あ、ごめん!」
マーナも、タリスが手を離したのにつられて、後退り、タリスと距離を置いてしまう。
「わ、私もごめん!あんなタイミングで振り返れば、そうなるわよね!」
しばらくの沈黙の後、マーナは再びタリスの方を向く。
「タリス、ごめん。私ね、今まで私自分の気持ちをしまいこんできた結果が、こういう状況を引き起こした原因だっていうことも少しあると思うの。だから、本当はタリスのことを思うとこんなことは言うべきではないのかもしれないんだけど、」
タリスは何を言われるのかとドギマギしている。
「私、タリスのことが好き。ずっと好きだった。そう、あの約束をしてくれたときからずっと。」
突然のマーナの告白にタリスは驚く。もちろん、タリスもマーナが満更ではないと思っていてくれると思っていたが、まさかこのタイミングで言われると思っていなかったからだ。そして、タリスはマーナを強く抱きしめる。
「おれもだ、マーナ。おれも、ずっと好きだった。だからこそ、おれはマーナの騎士になりたいと思った。」
「タリス、ほんとにごめん。私をもうすぐ殺さないといけないかもしれないのに、それなのに、」
マーナの謝罪の言葉をタリスが自らの唇で塞ぐ。
「マーナ、絶対に生きよう。そして、生き延びて、この先もずっとおれと一緒にいてくれ。」
タリスのその言葉によって、マーナは今まで押し殺していた気持ちを全て溢れさせるかのように、タリスの胸を濡らした。
「私、まだ死にたくない。タリスと、もっと一緒にいたい。」
タリスはマーナの頭を抱きかかえ、そして絶対にマーナを守ることを決意した。
◇◇
マーナがタリスに想いを伝えて、しばらくの日が経ち、そして、月の形がだいぶ真円に近づいていた。しかし、マーナは今のこの日を精一杯楽しもうと気丈に振る舞っていて、タリスもそれに合わせる形で見かけ上は何の問題もない2人のようだった。しかし、その日の夜、ベッドに2人で寝ながら、マーナはタリスに告げる。
「タリス、私、わかるの。もうすぐ満月になる。もう1人の自分を抑えられなくなってきてる。」
タリスはコクリと頷くとマーナは続ける。
「もう、私を殺してなんて言わない。だから、約束して。私を助けてくれるって。あの河原でしてくれたみたいに。」
そう言うとマーナは小指をタリスに向かって差し出すと、タリスは何かを決意するかのようにタリスはマーナの小指と自分の小指を結ぶ。
「あぁ、約束する。マーナを守る。絶対だ。」
マーナはその小指を愛おしそうに眺めると、その目には一筋の涙が流れていた。
◇◇
その頃、王宮ではラキカが王とキッカに呼び出されていた。
「ラキカよ、あのタリスという男は強いのか?おれを殺しかけたマーナを本当に殺してくれるのか?」
ラキカは惚けた顔をして適当にはぐらかす。
「さぁどうでしょうか。戦いに絶対なんてものはないのでこればっかりは何とも言えませんね。」
それを聞いたキッカは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「それでは話が違うではないか、おれはマーナを殺せる騎士を推薦しろと言ったはずだ。それに、聞くところによるとあのタリスとか言う男、マーナの古くからの知り合いらしいではないか。本当にそんなやつがマーナを殺せるのか?」
ラキカはフッと鼻で笑うと、しょうがないなと言わんばかりにキッカへ伝える。
「そんなに心配ならキッカ様がご自分の目で確かめてみたらどうですか?なんなら、このラキカがついていきますよ。」
そのラキカの言葉に揚々とし、キッカは即答する。
「よし、それならおれも行こう、明日には満月だ、明日の朝には出るぞ!」
こうして、キッカ、ラキカもマーナの元へ集まり、全ての役者が王室の避暑地へと揃い踏みすることとなった。
残された日にちを精一杯生きようとするマーナと、何としてでもマーナを助けたいという気持ちのタリス。いよいよ運命の満月の日まで残りあとわずかとなってきました。果たして、タリスはマーナとの約束を守ることができるのでしょうか?そして、この場に駆けつけるラキカとのキッカの真意はいかに!?
すみません、話の流れの都合上ちょっと今回は短めになってしまいました。