それぞれの思惑
マーナとカンナが待つ場所へ戻ると、相当待ちぼうけをしていたらしく、カンナが飲み物やら食べ物やらを大盤振る舞いしていた。
「ほら、やっぱりいった通りでしたよね、マーナ様?」
カンナが嬉しそうにマーナを見て声をかけると、マーナは大きく頷く。
「レディをこんなところに待たせてはダメですね。でも、お陰でゆっくりできました。」
こうして、ドラムとタリスの馬で生き残ったマーナとカンナを連れ、王宮へと帰路に着いた。
本当は、今回の件をラキカに報告し、相談すべきだとタリスは思っていたがラキカもどこかに任務で駆り出され、しばらく戻らない、とのことだった。
「しょうがない。しばらくは裏ギルド周辺を洗ってみることにするか。」
こうしてタリスは仕事の傍、今回の一連の黒幕を探ることにしたのであった。
◇◇
マーナが外交で襲われてから数ヶ月が経った満月が綺麗なある日の夜、マーナは第一王女アイナの従者から、アイナの部屋に来るように伝言を預かる。
「何かしら、アイナ姉さんから私を呼ぶなんて。」
マーナは、病気で寝込んでいることが多いアイナのことを気遣って、ある程度顔を出すことはあったが、アイナからマーナに声がかけられることは稀だった。
マーナは、アイナの寝室の扉を開けると、いつもと異なる香りが部屋の中を包んでいた。気分が悪くなる匂いではないが、なんだか気が虚になってしまう、そんな香りだった。
マーナが来たことに気がつくと、アイナはベッドに横たえていた体を上半身だけ起こし、マーナの方を向く。
「ちょっと、2人にしていただいてもいいかしら?」
アイナは人払いをすると、2人きりになる。
「マーナ、いつも来てくれてありがとう。」
アイナは具合を悪そうにしながらも、いつも来てくれるマーナに気を使う。マーナは首を振りアイナの横たわるベッドに近づき、柔らかな絨毯の上に膝を着くと、アイナの手を取りながら首を振る。
「私たちはお母様が違うとはいえ、姉妹じゃないですか。姉のことを心配しない妹なんていないわけがありません。」
マーナは姉の痩せ細った手を握りしめると、骨を感じるその手に、より心配な気持ちが募る。しかし、次の瞬間、マーナの足元から突然赤い光が円柱状に立ち上り、マーナを包み込む。
突然の出来事にアイナも驚くが、すぐにマーナがアイナの顔を見つめると、その顔は次第に魔性を帯びた笑みに変わる。
「優しいマーナ、ごめんね。あなたをここに連れてこれば私の病気を良くしてくれるって。そうやってキッカが言ってくれたから。」
マーナは赤い光の中で唖然としていた。
「え、お姉様、これはどういうことですか!?」
その問いに、アイナは首をかしげる。
「さぁ?よくわからないわ。ただ、キッカはマーナの持っている力のせいで私は病気になったと言っていたの。だから、その赤い光はあなたのその力を奪う光なのではないかしら?」
マーナは必死にその赤い光の円柱から出ようと試みるが、地面に座り込んだまま力が上手く入らない。そしてしばらくすると、マーナはその場で倒れ込んでしまった。
「これで良かったのかしら?」
アイナは部屋の奥の物陰に向かって問いかけると、そこから、アイナへ提案を持ちかけた人物が現れる。そう、キッカだ。そこまで高くない身長と、マッシュルームのような髪型はまさに御坊ちゃま、という言葉がよく似合う。
「さすがお姉様、完璧です。ようやく、お姉様を苦しめていた病気の元凶はこれで無くなりました。ただ、あなたも眠ってください。」
キッカはパンっと両手を叩くと、その場でアイナも意識を失い、眠りに落ちる。
「まぁこんなところでしょうか。」
キッカはそう言うと、その場を後にした。
翌朝、マーナが目を覚ますと、アイナのベッドの横で座っている自分に気がつく。
「あれ、私気がつかない間に寝ちゃってたのかしら?」
マーナが目を覚ますと、アイナも目を覚ます。
「あら、マーナ、いつの間に来ていたの?」
2人で顔を見合わせるが、2人とも記憶が怪しかった。マーナは、少なくとも扉を開けるところまでは記憶があるが、アイナはそもそもマーナが来たことすら覚えていない。唯一、覚えているのはキッカがきて、病気に効く新しいお香と言って、お香に火をつけたことぐらいだが、今はそのお香はすっかり火が消えていた。
2人は顔を見合わせて笑う。
「きっとマーナも私も疲れているのね。マーナ、来てくれてありがとう。でも、顔色がよくないから一度部屋に戻ってゆっくりした方が良いと思うわ。」
そう言われたマーナは、マーナに挨拶をして部屋を出ると確かに体が重く、怠い。そして部屋に戻る途中、何かが頭の片隅に引っかかるのに気がつくが思い出そうとした瞬間、頭に痛みが走る。
「やっぱり私、疲れてるのかしら。ちょっとゆっくり休んだ方がいいかもしれないわね。」
マーナは部屋に戻ると、再び眠りにつくのであった。
◇◇
その頃タリスは、騎士団の他のメンバーには見つからないように、マーナの暗殺を企てた裏ギルドの場所を探っていた。
「ようやく見つけたと思ったら、こんなところにあったのか。」
なんと、裏ギルドは冒険者ギルドのすぐ近くにあったのだ。灯台下暗しってやつである。裏ギルドの入り口と思われる場所には魔法がかけられており、一見するとただの壁のように見える。しかし、タリスがそこに手を当てると、水面が波打つかのように壁面が揺れ、その中に手がスッと入っていく。
「流石にいきなり単騎突入ってわけにもいかないよな。」
タリスはしばらく近くの物陰で身を潜め、出入りがある人間を探る。しばらくその場で身を潜めていたが、結局この日は出入りが全くなかったから、翌日に再び来ることにした。
そして何日か、同じようにタリスの時間があるときにこの入り口を見張っていると、数日後、タリスが見たくない相手が、その入り口に入っていくのが見える。なんと、ラキカが周囲に誰もいないことを確認しながら、入っていったのだ。
「え、嘘だろ?」
タリスは思わず自分の目を疑うが、間違いなくラキカだった。信じていた相手がマーナを殺すために動いた裏ギルドに入っていく。動揺と焦りがタリスの心を埋め尽くす。
「ちょっと待て、どうしたらいいんだ。おれは、今何をすべきなんだ。」
タリスはその場で立ち尽くし、自問自答を繰り返す。幸い、ラキカはすぐには出てこなかったのでその場で考える時間が少しあった。次第に、タリスの頭の中のモヤモヤが晴れていく。
「この場でおれがお師匠様と裏ギルドの関係を知っていることを、お師匠様に知られるのはよくない。だが、お師匠様の今後の動きには注意しよう。」
こうして、タリスはラキカの周囲をより警戒するようになっていった。
いよいよ第三王子のキッカが登場し、何やら不穏な動きをしています。あのマーナを包んだ赤い光は一体何なのでしょうか?そして裏ギルドとラキカの繋がりも見えてきました。それぞれの思惑が少しずつ絡み合っていきます。