ちょっとした素質
おれとタリスは2人でなんちゃって稽古を終えた後、マーナが持たせてくれたサンドイッチを頬張りつつ、ゆっくりし、ついに森の中へ足を進めていた。
森の中に足を踏み入れた瞬間、森の外から一気に気温が下がったのを感じる。まだ秋の初めで森の外では日中は動くと汗ばむくらいの陽気だったが、この森の中はじっとしていると少し肌寒いと感じる程度の気温だろうか。
森の入り口はそれなりに明るさがあったが、高さが3m近くの木々が鬱蒼と茂っており、奥に行けば行くほど少しずつ薄暗くなっており、この日光が届きにくい環境も気温を下げる大きな要因だろう。
気温以外にも、何か違和感を感じる要因はあった。なんとも言い表しにくいのだが、何か体をグッと締め付けるような、重圧のような空気を肌は感じていた。
それを感じたおれはタリスに伝える。
「なんかこの森、寒いし、空気がなんていうか、重いっていうか、少し苦しい感じがするね。」
それを聞いたタリスは少し驚きこちらを見る。
「ほう、ショウは魔素を感じる力があるのか。」
そう呟いたので、おれはなんだかよくわからない、と言った顔をしているとタリスは説明を続ける。
「実はだいたい森の中っていうのは魔素が多い森が多くてな、この森の中も周りに比べると魔素の濃度が高いんだ。もっとも、おれの場合は実際に魔素を感じているわけではなくて、魔物の発生しやすさから多いんだろうな、と推測してる程度で、直接感じてるわけではないんだ。でな、おれが驚いているのは、ショウがまさにその魔素を感じてる、というところなんだ。おれも今まで何人か魔素を感じる人に会ったことがあるんだが、その人たち曰く、魔素が多いところはショウが言ったみたいに、圧迫感とか重圧感を感じるらしい。つまり、ショウは特別ってことだな。」
タリスはそう言うと、ふーん、と言いながら得意げな顔をしていたので、自分の息子が特殊な力を持っているのがおそらくうれしいのだろう。
「そうなんだ、でも、苦しいの嫌だよ」
なんて言うと、タリスはその言葉を笑い飛ばしていた。
「あはは、まぁたしかにそうかもしれないな!でも、魔素が多いところがわかるってことは、新たに踏み入れた場所がどれくらい危険かわかるってことだからかなり特殊だし、便利な能力だぞ?それに、慣れれば重圧感はどうってことはないし、細かな魔素の動きもわかるみたいだから、魔物の発見とか、攻撃なんかも先読み出来るらしいぞ。まぁそこまでのことができるほどの人間はおれはこれまで1人しか見たことないんだがな。」
なるほど、人間スカウターみたいなもんか。それにしても、おれから見てもタリスは経験豊富そうに見えるし、戦闘経験が多そうだが、そんなタリスでもそこまで魔素感知を使いこなす人を1人しかいない、となると相当レアな能力なのかもしれないな。そして、タリスが知ってるその1人が誰なのか気になったので聞いてみる。
「そうなんだ、んじゃぼくがお父さんの知る2人目になれるようにがんばるよ!ところで、その1人ってお父さんのお友達?」
その質問にタリスは首元に手をやり、少し困った顔をしながら応える。
「んー、アーガンス王国の元騎士団長だ。あー、でも、このことを知ってるってことは、友達には内緒だからな!」
珍しくタリスがあたふたしていたので、何か事情があるのだろう。色々興味はあるが、おれは大人だ、深く詮索しないでおいてやろう。
「んじゃぼく、王国騎士団長と同じくらい強くなれるかもしれないってことだね!ぼく、がんばって強くなる!」
タリスはおれの言葉に逃げ口を見つけたのか続ける。
「そうだな!今からおれが稽古をつけてやればもしかしたらその人すら越えることができるかもしれないな!これから毎朝、おれの稽古、受けて見るか?」
来る道中の一件で本心から強くなりたいと思ってたところだったからこの提案は願っても無い提案だったので即座に応える。
「うん!毎朝お父さんと稽古したい!頑張って早起きするね!」
そんな話をしながら、少しずつ森の奥深くへ2人で進んだ。
◇◇
2人で歩きながら、タリスは道端に生えてる草を見ては何に使えるかとか、毒があるとか、このキノコは食べられるか、食べられないか、とか、動物の爪痕や足跡からどんな動物がいるか教えてくれた。歩きながらも、走り抜けていくウサギを見つけるとタリスが弓で射って狩りをしていた。タリスが森に入る目的は大きく三つあり、一つは魔物退治による村の防衛と小遣い稼ぎ。もう一つはウサギやイノシシなどの動物を狩ることによる村の食料確保、もう一つは薬草や薬になるキノコなどの採取である。タリスは村に雇われているため村から出る固定給と、狩りによって得られた物を報酬とする歩合給の両面で生計を立てていた。
もっぱら、村から出る固定給で贅沢にならない程度には生活ができていたため、歩合給の分はほぼ手付かずで残されているため、そうは見えないながらも何気にタリス一家は村でも有数の金持ちだった。
今日二羽目のウサギを狩り、血抜きをしていると、再びカサカサっと10mほど先の木の下の草むらが揺れ、今度はウサギではなく、さっきおれが尻餅をつかされた水色のあいつが現れた。そう、スライムくんである。
タリスは気がつくと、弓を射ろうとしていたが、ふと考えその手を止めるとおれに向かって言った。
「ショウ、さっき尻餅をつかされた借りを返してやれ!お前のさっきの動きなら十分倒せるはずだ!」
おれは突然の言葉に驚いたが、バックルの短剣に手をかけ応える。
「うん、ぼくやってみるよ!」
さぁ、さっきの借りを返してやろうではないか。
こうしておれの初めての魔物との戦いの火蓋が切って落とされた。
さぁお返しの時間です。
果たしてショウは無事スライムくんを倒せるのでしょうか。。