襲撃
タリスが騎士候補になってから、5年の月日が流れていた。その間、ラキカは遂に史上最年少で騎士団長へと昇格し、タリスと行動する機会もかなり減っていた。一方タリスも18歳。騎士としてはまだ若い部類に入るが、その強さは騎士団でもラキカを除けば一、二を争う実力だった。
この間、タリスとマーナは顔こそ合わすものの、お互いどこか他人行儀で、敬語で表面上の会話をするだけだった。タリスはマーナを守ることを誓ったものの、マーナにとってそれが迷惑になる可能性を考えてしまい、どうしてもタリスは自分の思いを伝えることができなかった。しかし、そんな状況がとあることをきっかけに変わろうとしていた。
それはマーナが外交のために行っていた国境付近の小国から帰るときの出来事だった。
「いつもお城の中にいると良くないわね、たまには外に出ないと。」
マーナは馬車の中から外を眺めながらポツリと呟く。
このときは、馬車の外で馬を操る従者と、馬車の中の騎士になって1年経った女性新米騎士のカンナ、マーナ、そして馬車に護衛として並走する騎士の計4人の小さなパーティの移動中。そんな中、マーナは外交の任務を無事に終え、緊張の糸が緩みつつある中、久しぶりの遠出に羽を伸ばしていたのだ。
マーナの言葉を聞いていた新米騎士カンナは、相槌を打つ。カンナはこの長距離移動の道中の相手をすることも重要な仕事だった。
「そうですよね、マーナ様、近頃お忙しそうですものね。お疲れのように見えます。」
「そんなことないわよ、騎士のみんなに比べれば、私たちがやってる仕事なんて仕事のうちに入らないわ。」
カンナは首を振ってマーナを元気づけようとする。
「いえ、王室の皆様がいつも通り過ごされている、というのが間違いなく国民の大きな支えになっています。」
マーナはカンナのその言葉を聞いて、そう、とだけ言うと、馬車の外に流れる景色をただただ眺めていた。その行為に特に深い意味はなかったが、眺めていた森から馬に乗った人が何人か飛び出てくるのがわかる。
異変に気がついたマーナは従者に声をかけようと思うと、どうやら従者も気がついたらしい。
「マーナ様、山賊です!おそらくこの馬車が標的にされていると思います。」
突然現れた山賊だったが、カンナは意外に落ち着いていた。
「大丈夫ですよ、マーナ様。私たちがいれば山賊ごときに遅れはとりません。」
しかし、そのカンナの見立ては甘かった。
馬に乗った山賊は、足止めのために馬車を引く馬に矢を当てる。
「ヒヒーン!」
矢の当たった馬は嘶き、前脚を大きくあげると、従者を振り落とし、その勢いで馬車諸共横転してしまう。
「な、なんて距離から!?」
カンナは驚きの声を上げながら横転した馬車からマーナと共に這い出てて山賊の方を見ると、既に護衛のための騎士が山賊10人弱と交戦状態に入っていた。新米騎士は交戦状態の護衛に大声で呼びかける。
「ドラムさん、今行きます!」
カンナにドラムと呼ばれた彼は敵と戦いながらカンナに指示を出す。
「だめだ!マーナ姫を連れて逃げるんだ!」
カンナはてっきり自分も応戦するものだと思っていたので、ドラムからの指示に抗う。
「で、でも!」
しかしドラムは、更に声をあげてカンナに指示をする。
「でもじゃない!早く逃げるんだ!」
カンナはマーナの方を見ると、決意する。
「わかりました!絶対戻ってきてくださいね!」
そう言うと、カンナはマーナの手を取り走り出した。
「逃すかよ!」
そう言って山賊のうち2人がマーナ達の方に向かってくる。護衛のドラムは短剣使い。暗殺や単体戦では強いが、集団戦ではどうしても不利で、マーナ達を追いかける追っ手を足止めすることができなかった。
「チッ!」
ドラムはようやく1人を倒しながら、逃げていく2人を止められない自分に苛立ちを覚えていた。
◇◇
マーナとカンナは森に向かってひたすら走って逃げるが、馬の脚には敵わず、カンナは逃げるのを諦め、立ち止まる。
「マーナ様、私から離れないで下さいね。」
カンナは走りながら溜めた魔素を地面に向かって一気に放出する。
「沼よ!」
すると、カンナと山賊達の間を半円状に沼が囲い、追ってくる山賊達の足を止める。
「さぁ、この隙に。」
カンナがマーナに向かい笑いかけ、そのまま逃げようとしたその時、
ザクッ
長距離から放たれた弓がカンナを貫通する。
カンナは自分に何が起きたかわからず、矢が貫通した自分のお腹を手で押さえ、その抑えた手についた自分の血をまじまじと見る。
「何これ、どういう、こと?」
先ほどの馬に矢が当たったときもそうだったが、本来その距離から弓矢は届かないし、威力も異常だった。しかし、実はこの山賊の片方は風魔法を使った弓矢の名手だったのだ。放つ矢に風魔法を纏わせ、空気抵抗を減らし、且つ回転を加えることで圧倒的な威力、射程を持っていた。なんとか意識を保ちながら、カンナはマーナに告げる。
「お、お逃げくだ、さい。」
マーナは自分の間近であまりにもあっさり意識を失ったカンナを見て、次は自分の番だとわかると、恐怖で奥歯からカタカタ音が鳴る。しかし、マーナは必死に歯を食いしばり気を取り直すと、弓を構える相手を見ながらゆっくりと後退する。
「こんなところで死ぬわけにはいかない。」
遠くから放たれる矢は来るのがわかっていれば避けれないことはない。そう考えていたが甘かった。相手はただの物盗りのための山賊ではないようで、相手を殺すことに慣れていた。威力を落とした矢でマーナの足元を狙い何本もほぼ同時に矢を射ると、そのうちの一部がマーナのドレスを引き裂く。
「逃げ切ってみせる。」
しかし、次に連続して放たれた矢は、マーナの足をかすめ、その痛みから思わずその場に倒れこんでしまう。
マーナが逃げれなくなったのを確認し、山賊が再び弓を引く。万事休す、マーナがそう思った、次の瞬間だった。
サクッ
弓を引いていた山賊の胸元に、どこからともなくナイフが突き刺さる。致命傷には至らず、まだ弓を引く力が残っているように見えた。だがなんだか山賊の様子がおかしかった。
「あ、あれ、お、おか、しい。」
山賊はフルフルと震え、自分の言うことを聞かない体に違和感を感じる。そして、構えていた弓を遂には落としてしまう。そう、刺さったナイフには麻痺毒が塗り込まれていたのだ。
絶体絶命と思っていたマーナは、何が起きたか理解できていなかった。しかし、遠くから自分を殺そうとしていた山賊に向かって馬に乗った誰かが来るのが見える。山賊たちもその気配に気がつき、馬に乗っていて何もしていなかった1人が馬で走り来る相手に向かって構える。
「まぁ、1人に状況説明させればいっか。」
山賊に向かってナイフを投げた張本人がボソリと呟くと、グンと加速し、あっという間に迎え撃ちにでた山賊を斬り抜く。
山賊が、その剣で攻撃を受け流そうとするが、その斬撃は、受けた剣ごと山賊を斬り抜いていた。
「な!?ガハッ!」
一面に血の雨が降ると、その場で斬られた山賊は倒れる。一太刀で完全に事切れていた。
マーナを助けにきた人物は、剣についた血糊を振り抜いて飛ばすと、まだ生きているナイフを刺した山賊を縛り上げ、マーナの方に向かって歩く。そして、助けにきた人物の顔を見たマーナは驚き、声を上げる。
「な、なんでこんなところにいるの!?」
風魔法を使って自分自身を少しだけ浮かしながら沼を越えるその人物は、タリスだった。問われたタリスは首元に手を置きながら、困った顔をしながら答える。
「なんでって、うーん、なんでだろ。まぁ、通りすがり?」
マーナは安心と驚きのあまり唖然としていたが、生の実感が湧いて来るとその頬には涙が伝う。
「と、通りすがりって、こんなところ通るわけがないでしょ?もう、駄目かと思ったわ。」
タリスがその頬に流れる涙をそっと指で拭うと、マーナは思わずタリスに抱きつく。タリスは突然の出来事に驚くが、自分より低くなったその頭に手を乗せ、胸に抱き寄せる。
「何があっても、マーナのことはおれが守る。」
マーナはその言葉に驚き、タリスを見上げる。するとタリスはマーナの体と距離をおく。
「さぁ、ドラムさん助けにいってくるからちょっとここで待ってて。あと、これであの子の傷を。」
そう言うと、タリスは新米騎士用の回復薬をマーナに渡し、再び風魔法で沼を越え、交戦中のドラムを助けにいった。
山賊による予期せぬ襲撃となんとかマーナを守ることができたタリス。なぜタリスはここにいるのか、そしてこの山賊たちはどうしてマーナたちを狙ったのか、いよいよこの追憶編も少しずつ物語が動き出します。それにしても、タリスめちゃくちゃ強いですね、ラキカもびっくりです。