真意
王との謁見が終わり、河原でマーナと再会してから、しばらくマーナと会う機会がなかったため、タリスは真意を図りかねていた。
「あのときの約束は忘れて、か。」
タリスは一人でマーナから言われた言葉を繰り返す。この日の訓練が終わり、夜ご飯を食べながらタリスの独り言を横で聞いていたステンとマリがタリスの顔を覗き込む。
「あの時の約束、なんだそりゃ?」
「あら、その歳でもう色恋沙汰?」
タリスはハッとし、咄嗟に言い訳をする。
「いや、何でもないよ。」
同期のステンとマリとは、こうしてよく一緒にいたから、一緒にいることすら忘れていた。ステンは槍の使い手で、その長い手足とほっそりとした肢体、茶色い髪はまさにサルを連想させる外観だった。そしてマリは生粋の魔導師。少し体に丸みのある、小さな体で真っ青の髪色のボブをした、背の低い少女は、なんとなくアヒルっぽい印象だがその歳にして既に妖艶な雰囲気を纏っていた。きっとこれは、彼女の少し尖った口元も影響しているのだろう。二人とも今年で15歳。タリスよりも歳上のため、逆にタリスのことを可愛らしい弟のように扱っていた。
今はそれぞれが自分とよく似た先輩騎士にくっついて仕事の仕方や、騎士としての立ち振る舞い、そして武術や魔術の指導を受けていた。タリスはこれまでの経緯から、ラキカに世話になっていた。しかし、ステンからの提案で、お互い習得した技術や情報の交換をしよう、ということで基本的に晩御飯はこの3人で集まって取ることに決めていたのだ。
「なんでもないってことはないだろうよ?その思いつめた顔は恋だな、恋。」
ステンの言葉を否定しようとしたが、一人でモヤモヤしてても仕方がない、と思いタリスは話し出す。
「んー、恋かどうかはわからないけど、実は、」
タリスは、自分が騎士になったきっかけが姫のマーナであること、先日の式典後に会って話をしたこと、そして別れ際に「約束を忘れてほしい」と言われたことを二人に正直に伝える。
「キャッハッハ!天才と言われるタリスも人の子だったんだなぁ!」
ステンは机をバンバン叩いて大笑いする。それを見たマリはフォローをするようにタリスに声をかける。
「まさかとは思ったけど本当に色恋沙汰だったの?驚き。」
そしてマリはその尖った口元に人差し指を当てながら首を傾げて少し考えると、何かを思いついたのか、タリスの方を見つめる。
「悪く思わないでね。きっと、他国の王子との結婚が決まった、とかじゃないかしら?マーナ姫っていったら第2王女でしょ?それにあの美貌。どこか他の国に嫁がせて、その国にパイプを作りたいんじゃないの?」
タリスは思わず納得する。たしかに、その話は筋が通っていたからだ。他国に嫁ぐことになった姫を守るなんていうのは王宮騎士団のやるべきことではない。だからこそ、忘れてほしいといった、というのは話としておかしくはない。
タリスは少し俯いていたが、その様子をみたステンがタリスを励ます。
「まぁさ、経緯はともかくこうやって騎士候補になれたんだから良かったじゃねぇか!前を向こうぜ、前をよ!」
なんだかタリスは胸にポッカリと穴が開いてしまったような気分だったが、たしかにいつまでもくよくよしてたらダメだな、と自分に言い聞かすと、無理に元気に振る舞い、手元にあった肉にがっつくことにした。
◇◇
それからしばらく、タリスはラキカと一緒にアーガンス領のパトロールということでしばらく城を離れることになった。ラキカは元々の面倒見の良さからマーナの護衛をしていたが、その実力から、周辺の警備や、隣国との小競り合いに抜擢されるようになっていた。
この日は、街道沿いの魔物の討伐のため、アーガンス領土ギリギリまで来ていた。ここまで休み休み来たこともあったが数日。途中幾度となく魔物を倒し、時には街道から少し外れたところまででていって魔物を退治していた。
タリスとラキカは一休みするために街道の脇にあった水辺で馬を休ませながら自分たちも軽い食事をとる。
「タリス、そいえば戻ってきてからマーナにはあったか?」
タリスは突然のラキカの問いかけに飲んでいた水をむせてしまう。その様子をみていたラキカはさらにタリスを追い詰める。
「わかりやすいリアクションだな。え、何があった?人生の先輩のこのラキカ様が何でも教えてやるぞ。」
タリスは口元を拭いながら、河原での出来事やそれに対するステン、マリのアドバイスを説明する。
「ふぅーん、そういう事か。マーナ姫、やっぱり頭いいな。」
ラキカのこのコメントに対し、タリスも頷く。
「まぁ流石に他国の王子様なんかと比べたら僕なんて取るに足らない男ですよね。」
しかし、タリスのその言葉に対し、ラキカは首を振る。
「いや、そうじゃない。まぁ現時点でお前には説明できないが、少なくとも言えるのは、マーナは他の男と結婚するためにお前を遠ざけているわけではないことは確かだ。」
ラキカの思いがけない言葉にハッと顔をあげるタリス。
「え、どういうことですか?じゃあ、他に何か理由があるってことですか?」
ラキカはチッチッチ、と口の前で指を振る。
「マーナ姫が真実を隠してるのにおれの口から真実を言うわけにはいかないだろ?気になるんだったら自分で色々調べてみろ。色々考えるのはそれからでも遅くはないと思うぞ?」
自分で調べてみろ、か。たしかに、悶々としてても仕方がない。帰ってみたら一度調べて見るか、とタリスは俄然やる気を出す。
そしてタリスはラキカとの任務が終わった翌日から、色んな人に話を聞いて回ってみた。聞いて回るといっても、マーナのことを直接聞くわけではなく、話が好きそうな給仕や掃除の女性に、王室内のことを聞いてみたのである。王室内では、タリスはかなり幼い方に入る。そのため、王宮内の女性からタリスは非常に可愛がられていて、この手の話を聞くのは簡単だった。
「ふぅーん、なるほどね。」
秋の冷たい風が吹く中、タリスはマーナと初めて出会った河原に来ていた。色んな人から聞いた情報を整理すると、マーナやラキカが言っていた意味がわかり、大きなため息を吐く。
「おれの騎士としての将来を取るのか、それともマーナのことを守ることを取るのか、ということか。」
ビュッ
タリスは自分の中の迷いを断ち切るかのように手に持った剣を一閃し、そして決意を新たにする。
「そんなの決まってるじゃないか。おれが今こうしていられるのはマーナのお陰だ。おれの将来がどうなろうが、マーナが望むならおれはマーナの盾になろう。幸い、まだ時間はある。その間に、陰ながらマーナを支え、そして支えるために、より強くなろう。」
◇◇
翌日、タリスはラキカと一緒に魔物を討伐しに出るがその休憩している時間でラキカに調べてわかったことと自分がどうしたいかを告げる。
「お師匠様、マーナの真意がわかりました。彼女は、王位継承権の争いに巻き込まれる可能性があるんですね。そして、その争いをする相手は騎士団としても応援をしたいと思ってる第三王子。だからマーナはぼくを遠ざけた。違いますか?」
この第三王子は騎士団の中で稽古をつけてもらっているのだ。だから、仮に第三王子が次期王になれば、今の恩を着せ付けて、何かと騎士団の王宮の中での優位性が保たれる。騎士団といっても結局は王宮内の大きな派閥の一つ。如何に自分たちの地位を守るか、というのは騎士団の高官どもが常に意識していることだったため、確かにそんな中でおれがマーナに対し忠義を尽くしたりすれば、いつかどこかでめんどくさいことになるのだろう。たかだか王位継承権の争いでどんなことになるのか、と思うかもしれないがやはりこの世界ではそうもいかないらしい。平気で殺し、殺されの関係になることもあるのだそうだ。そんなときに、タリスがマーナを助けたりすると騎士団としては大いに迷惑、というわけである。
ラキカはタリスの方をその鋭い瞳で見つめて問い返す。
「ほぅ、で、もし仮にそうだとしたらお前はどうする?」
タリスの中でその問いに対して決めていた答えを伝える。
「もちろん、ぼくはそれでもマーナを守りたい。」
ラキカはタリスの真意を確認するかのようにじっとタリスを見つめるが、その決意が固いことがわかると突然笑い出した。
「ガッハッハッハ!ついこないだ騎士候補になったと思ったら、もう騎士の道に終わりが見えてきたな!」
ラキカの言葉に、タリスは頭を下げる。
「ここまで育ててもらったお師匠様には申し訳ないと思っています。」
しかし、ラキカは何言ってんだ、と言った顔でタリスを見直す。
「逆だよ、逆。それくらい真剣に守りたいと思える相手がいるなら、騎士団なんて枠組み、取っ払っちまえよ!お前がこの状況でマーナ姫を助けないっていったら、おれはお前をこの場で斬り捨ててたかもしれないな。」
タリスは驚き慄くとパタパタと手を振るラキカ。
「まぁ流石にそりゃ冗談だが、でもおれはそれくらいの意気込みでいて欲しいってことだ。マーナ姫はおれも面倒を見てきたからな。だから何かしらの形で彼女には幸せになってほしいんだ。」
タリスは安心すると、再び真剣な表情でラキカを見つめる。
「そこでお師匠様、お願いがあります。ぼくには、まだまだ力が足りません。騎士にはなりましたが、引き続き時間を見て修行をつけていただきたいのです。」
ラキカは大きく頷く。
「あぁ、大切なものを守るためにはそれに相応しい力が必要だ。安心しろ。これからもおれがしっかり面倒を見てやる。 」
こうして、タリスはマーナを守るための力をつけるべく、ラキカと騎士の任務をこなしながら、実力をつけていった。
こうして、タリスは王位継承権の争いに巻き込まれるマーナを陰ながらサポートすることを心に誓うことになりました。この追憶編、まだまだしばらく続きます。