再会
ラキカと出会ったタリスは、ショウと同じように騎士選抜試験を受けるための修行を行うことを決意した。幸か不幸か、タリスの両親は既に他界しており、親戚に預けられていたため、タリスが修行にでることを止める人は誰もいなかった。この親戚に虐げられていたわけではないが、預けられた親戚もそこまで裕福な家庭ではなかったため、タリスが家を出ることになって内心ホッとしていただろう。
こうして、タリスはマーナを守る約束を守るため、ラキカとの修行を始める。そして、タリスはショウと同じように森に放置されて、みっちり鍛えられ、5年の歳月を経た13歳の2回目の騎士選抜試験で合格し、騎士見習いとなった。
5年の歳月の間、タリスは必死に修行した。初めて選抜試験に出場した時点ではまともに魔法を使うことが出来なかったため、二次試験の一回戦で負けてしまう。しかし、次第にタリスは炎と風の魔法を使いこなすようになると持ち前の運動能力の高さと、炎と風という相性の良い2属性を持つことで、2回目の試験を受ける頃には同世代の子供には負けなくなっていた。
この間、タリスはマーナと一度も会うことはなかった。タリスの修行は殆ど森の中だったし、選抜試験の時も会うことはなかったのだ。また、ラキカもマーナの護衛から外れ、別の任務にあたっていたから、ラキカからマーナの話を聞くこともなかった。もちろん、タリスはマーナのことをまだ覚えていたが、タリス自身はマーナに覚えていてもらうことを諦めていた。そして時は、タリスが選抜試験に合格し、アーガンス王に挨拶する時まで進む。
◇◇
アーガンス城の玉座の前でタリスは他の騎士選抜試験合格者と一緒に膝をついて頭を下げる。先頭には当時の騎士団がタリスたちと同じようにしていた。
「これより、今年の騎士選抜試験の合格者3名が騎士候補生として入団しますのでアーガンス王にお目通しを。」
「うむ。」
アーガンス王が大きく頷いたのを騎士団長は確認すると、それぞれの候補生の名前を読み上げる。
「ステン=ムーロ」
ステンと呼ばれた男はその場で立ち上がり、直前に教わった敬礼の仕方である、胸の前に剣を立てる姿勢を取ると再びその場に膝をつく。
「マリ=シエラ」
マリが敬礼をするのを気配で感じながら、タリスは自分の名前が呼ばれるのを胸を高まらせながら待つ。
「タリス=フレデリック」
名前を呼ばれたタリスはその場に立ち上がりアーガンス王を真っ直ぐ見据えると、他の2人同様に敬礼する。そしてその時、視線の中の一人の女性がタリスの方を見ていることに気がつく。一目見た瞬間、その女性は自分が守ると誓った相手、マーナであることを確信した。しかし、流石に王の御前でいきなり挨拶をするわけにもいかず、敬礼が終わるとタリスは再び膝をついた。
タリスが膝をつけると、アーガンス王は口を開く。
「これまで、この国は優秀な騎士団の皆によって守られてきた。其方達がこの国でここまで育つことができたのはこの騎士団の皆のお陰と言っても過言ではないじゃろう。今日、この日より其方達は王宮を守る盾となる。これからは、この国のため、そしてこの国の民のために、尽力を尽くされよ。期待しておるぞ。」
アーガンス王のその声は、低く、緩やかだが、威厳に溢れて、重みがある声で、心の奥底に染み渡る声だった。タリスは自分の使命を再度思い出し、その胸にアーガンス王の言葉を刻みつける。
一方マーナの視点。騎士選抜試験がある度にタリスの様子を時間が許す限り見に言っていたマーナ。そして今回の選抜試験で優勝し、この式典に来ることを知っていたマーナは、式典でタリスに会うのが楽しみで仕方なく、そしてようやく、会うことができた。その式典では、一瞬だけ目があった気がしたが、果たしてタリスが自分に気がついたか、マーナは確証がなかったため、再びどこかでゆっくりと会える機会が欲しいと願うマーナだった。
その日の夕暮れ時、タリスは騎士としての仕事を終え、マーナと出会った河原に来ていた。
「ここでマーナと出会ったんだな。あれから5年か。あっという間だったな。」
夕陽でキラキラと煌めく川面を、秋の風が撫で、河原の草木に音を立てて揺らしながら波を立てる。そしてふと、人の気配を感じ振り返ると、そこには今日玉座の間であった女性、マーナがいた。
マーナは護衛も付けないで一人で来ていた。きっと、こうして時折城を抜け出て来ているのだろう。風で揺れるマーナの金色の髪は夕陽を受け、より光り輝いていた。
タリスは思わずマーナに見惚れ、その場で立ち尽くしてしまうが、慌てて今の自分の関係を思い出し、お昼の玉座の間のときのように膝をつく。
「ご無沙汰しております、マーナ姫。ようやく、あなたを守る騎士になる準備ができました。」
マーナはタリスの元にツカツカと近づく。
「どこのどなたかしら?」
マーナから言い放たれたその言葉に、タリスは思わず顔を上げてしまう。しかし、タリスの見たマーナの顔は言葉とは裏腹に、愛おしい目をしてタリスを見つめていた。
「嘘よ、タリス。久しぶりに会えるのを楽しみにしていたわ。」
タリスは思わず「おれもだ。」と言いかけるが、再び関係性を思い出すと頭を下げ、言葉を改める。
「勿体ないお言葉。」
それを聞いたマーナは思わず笑う。
「いつのまにそんな言葉覚えたのよ?やめてよね、そんな堅苦しいの。昔みたいにしてほしいわ。」
タリスは一瞬戸惑うが、やはり立場上そうはいかない。
「し、しかし。」
マーナはふんっと腕を組み今度は強い口調でタリスに言い放つ。
「タリス=フレデリック、命令よ。私と二人の時は、敬語の利用を禁止します。」
タリスはふぅと一息ため息をつくと諦めたのか、立ち上がり、マーナの方を向き笑う。
「相変わらずだな、マーナ。本当に久しぶり。」
ようやく諦めたか、とマーナは組んでいた腕を降ろす。
「ふふふ、タリスはだいぶ大人になったのね。」
それからしばらく、タリスとマーナは合わない空白の5年間を埋めるかのようにお互いのことを話し合い、そして打ち解けた。
そして城に戻る帰り際、タリスの先を歩くマーナがクルリとタリスの方に振り返ると、昔何度か見せた真剣な顔で、タリスに問いかける。
「タリス、昔、さっきの河原でした約束、覚えてる?」
タリスは一瞬その表情に息を飲むが、頷く。
「あぁ、何かあったら助けに行くってやつだろ?」
マーナも頷く。
「これから、王室内はちょっと大変なことになるの。そして、その時に、あのときの約束は、きっとタリスにとって都合が悪い約束になるわ。だから、あのときの約束はなかったことにして。」
タリスは突然のマーナの申し入れに驚き、詳しく話を聞こうとする。
「え、マーナ、それってどういうこと?」
しかし、マーナはそのままクルリと踵を返すと
「それじゃあ、またどこかで。」
とだけ言い残すと、そのまま走って行ってしまった。タリスは追いかけることもできず、マーナの後ろ姿を呆然と眺めることしかできなかった。
「ったく、一体全体女っていうのはよくわかんないもんだな。」
一人残されたタリスの脳裏には、走り出す前のマーナの寂しそうな顔が深く刻まれていた。
長い空白の期間を経ても、2人の気持ちの本質はどうやら変わらなかったようですね。でも、マーナは姫らしく、何やら身分相応の苦労がありそうです。さてさて、2人の関係がどのように近づいていくのでしょうか?