全ての始まり
ここから第5章回想編スタートです。これまでショウに明かされることなかったエピソードが少しずつ明らかになっていきます。
物語の舞台はショウが産まれる前、タリスがまだラキカと出会う前まで遡る。
近所の中で明るく、活発だったタリス。燦々と日差しが降り注ぐ夏の日に、アーガンス城下町にある河原の辺りで近所の友達連中で遊んでいると、この辺りでは見慣れない少女が護衛付きで河原の近くを歩いているのが見える。
「おい、あれお姫様じゃねぇか?」
一緒に遊んでいたタリスと同年代の少年がその少女に気づくと、タリスに向かってそう話しかける。
「お、ほんとだ!しかもこっちに降りてくるっぽいぞ!」
河原の土手を歩いていたその少女は護衛と一緒にこちらの川のすぐ脇に降りてくる。大きな麦わら帽子を被っているため、少女の顔はよく見えないが、淡い水色のロングドレスを着た少女なんて、そこら辺にいるわけがないから間違いなくお姫様だろう。そして、護衛がタリスたちに気がつくと、タリスたちに声をかける。
「おい坊主たち、もしよかったら、マーナ様も一緒に遊んでやってくれねぇか?」
その護衛は黒い髪をして彫りが深く、鋭い鷹のような目をしていたが、目の中には優しさがあった。
突然のことに少年たちはお互いを見合いながら、困惑している。少年たちは日頃親から王宮にいる人たちに粗相がないようにとこっ酷く言われているためだろう。そんな人といきなり遊べと言われても、戸惑うのは当然である。だが、タリスは戸惑いながらも答える。
「うん、いいよ!一緒に遊ぼう!でも、そんな格好で遊べる?」
タリスの質問に護衛とマーナ様と呼ばれた少女は顔を見合わせてクスクス笑うと、その少女はどこからか紐を取り出し、そのロングドレスをたくし上げると、そのあげた部分を用意した紐でくくい、得意げに言った。
「これならどうかしら?」
どうやらこの少女、育ちはもちろんお姫様なんだろうが、きっと行動派なんだろう。タリスを含めた少年たちは、少女のこの行動で一気に打ち解け、そして仲良くなった。
そう、これがタリスとマーナの初めての出会いである。
◇◇
タリスとマーナが初めてあったその日から、マーナが護衛に連れられて遊びにくるようになっていた。いつしか、みんなで遊ぶのが普通になり、タリスにとってマーナは他の友達と同じくらい、大切な友達の1人になっていた。季節は移りゆき、寒い冬が終わり、初夏を思わせる春のある日に、タリスの運命を大きく変える出来事が起きる。
この日は、みんな揃って河原で釣りをしていた。タリスの横に座ったマーナは、まだかまだかと、竿を上げたり下ろしたりを繰り返している。
「そんなに竿を上げ下げしたら釣れるものも釣れなくなっちゃうよ。」
タリスはマーナに向かって言うと、マーナはぷくっと頬を膨らます。
「なかなか釣れないわね、どうなってるのかしら?」
しかし、すぐに微笑む。
「でも、こうやってみんなと遊んでいると楽しいわ。」
どこか寂しげな表情をするマーナだが、もちろんタリスはそんなことに気がつくわけがない。
「でも、お城での生活って食べ物はいっぱいあるし、服は何でも着れる。家も豪華だって叔父さんから聞いたよ?それが楽しくないの?」
タリスは素朴な疑問をマーナに投げかけると、マーナは遠くを眺めながら上の空で答える。
「もちろん、美味しいものは食べさせてもらえる。服も着れる。でもね、お城のみんなはここのみんなみたいに接してくれないの。お城のみんなが話をしてるのは私そのものではなくて王様の子供としての私。だから、みんなといると楽しいの。」
タリスは竿を上げ、餌を付け直しながらマーナの話を聞く。
「うーん、そうなんだ、おれにはよくわからないけど、お姫様も大変ってことだね。んじゃあさ、何か困ったことがあればいつでも助けに行くから呼んで?」
タリスは竿を再び下ろし、当たりが来るのを待つ。
「ほ、本当?」
マーナはその澄んだ瞳でタリスを見つめるとタリスはその目線に気がつき、タリスの左にいるマーナの方を向く。そして、左手の小指を立て、マーナの方に出す。
「うん、約束する。これね、約束するときのおまじないなんだ。小指を約束する人と結ぶんだ、こうやって。」
タリスは持っていた竿を器用に太ももに挟むと、自分の右手と左手の小指を交差させてマーナに見せる。そして再び右手を竿に戻すと左手をマーナに差し出す。
マーナは右手を差し出し、その右小指をタリスの左小指に結ぶ。
「約束だよ。」
マーナは照れ臭そうにそうにしている、そのとき、
「マーナ、当たり来てる!それ、大きいぞ!」
マーナはタリスの言葉に慌てて竿を当たりに合わせると、上手く乗ったらしい。マーナの竿が大きくしなっている。
タリスはマーナの竿を見て慌てて自分の竿を上げ、マーナの竿を支えるのを手伝う。
マーナとタリス、二人掛かりでなんとか釣り上げようと奮闘する。しかし、次の瞬間
ブチッ!
急に手元が軽くなって2人は思わず後ろにたたらを踏む。マーナの手元を見ると、糸が切れた釣竿が残されていた。2人はしばらく唖然としていたが、お互いの顔を見ると笑い出してしまった。
「逃げられちゃったわね。」
夕日に赤く染められながら、鈴が鳴るようにコロコロと笑うマーナに思わず見惚れるタリスだったが、すぐに我に返り言葉を探す。
「うん、逃げられちゃった。あれ、絶対この川の主だよ!」
そんなやりとりを護衛はこの日も遠くから見守っていた。しかし、突然2人に詰め寄る気配に護衛は気がつく。
「マーナ様、魔物です!逃げてください!」
護衛は大声で叫ぶと、マーナとタリスは後ろを振り返る。そこには、青いプニプニのいつものスライム君がぴょんぴょん飛び跳ねてマーナの方に襲いかかっていた。
突然の魔物に逃げ惑う少年たち。タリスも現れた魔物に驚き、逃げようとする。
「マーナ、逃げよう!」
そう言ってタリスも走ろうとしたが、マーナが付いてこない。
「早く!逃げよう!」
タリスの再度の呼びかけに、マーナは声を絞り出し答える。
「ダメ、怖くて足が動かなくなっちゃった。」
マーナは尻餅をついて完全に腰が抜けてしまっていた。
「ちくしょう、なんでこんなところにスライムなんていやがるんだ。おれとしたことが、ミスったぜ。」
護衛はスライムに向かって走るが流石に距離が距離だ。間に合わない。
スライムが正にマーナに向かって大きな口を広げ、噛み付こうと飛びかかったその瞬間。
「マーナはおれが守る!」
そう言ってタリスはマーナに飛びかかるスライムの側面から体当たりをした。するとスライムは突き飛ばされ、攻撃の対象をタリスに変える。
タリスは思わず後ずさるが、逃げ腰のタリスに向かってスライムは再び飛びついて来る。
ザクッ
タリスがもうダメだと思い、顔の前で腕を組んでスライムの攻撃から身を守る。しかし、予想していたスライムからの攻撃はいつまで経ってもこなかった。そして、その代わりに聞こえて来たのは、いつもの護衛の声だった。
「よく守ってくれたな。ありがとう。」
タリスはゆっくりと目を開けると、そこには真っ二つにされたスライムの残骸といつもマーナについてくる護衛の顔があった。
最初はタリスも何が起きたか理解できずに目をパチクリさせながら驚いていたが、ようやく事態が理解できると、安心からか、その目には涙が溢れ、口がへの字に曲がっていた。
それを見ていた護衛は、タリスの頭をワシワシと撫でる。
「お前のお陰でなんとか間に合わせることができた。よくあの場で勇気を出してくれた。」
タリスは肩で涙を拭うと、護衛の目をしっかりと見つめる。
「うん、だって今さっきマーナと約束したばっかりだったから。困った時はいつでも助けに行くって。」
護衛はタリスの目を見て驚く。その目には、その歳に似合わない決意が宿っているのが見えたからだ。
「そうか、なぁ、お前、名前なんて言うんだ?もしよかったら、おれの元でちょっと修行してみないか?お前ならマーナ様を守る騎士に慣れるかもしれない。」
タリスは護衛の突然の提案に驚くが、すぐさま顔を輝かせていた。
「おれ、タリスだよ。タリス=フレデリック。うん!修行、受けたい!おれ、いつかはマーナも、この国のみんなも守れるような立派な騎士になりたいんだ!」
護衛は笑って再びタリスの頭を撫でる。
「そうか、タリスか。んじゃこれから宜しくな。おれはラキカ、王宮騎士団のラキカ=クルニコワだ。」
そう、この護衛こそ、後のタリスの師匠となり、ショウの師匠となるラキカだったのだ。
第5章回想編がスタートしました。この章はタリス、マーナ、そしてラキカを中心とした物語となっています。
これまでの話の中でも、いくらかラキカやタリスの昔については書いてきていましたが皆様、予想通りの関係性だったでしょうか?ここから始まる5章で、なぜ今のタリスやラキカはああなのか、しっかりと話が繋がっていきますのでお楽しみにしたください!