初めての狩り
ある日の夜、タリスはいつもより真剣な面持ちでおれに向かってこう言った。
「ショウ、明日もしよかったら、一緒に狩りについてくるか?明日でなくてもいい、少しずつ狩りに慣れてほしいと思ってる。」
マーナとは事前に話をしているようで、食器を洗いながら、こちらに聞き耳を立てている様子だった。
「うん、行きたい!」
おれは即答した。いつも村の外に出てみたい、折角異世界に来たんだから、色んなところに行ってみたいと思っていたので当然だ。危険なところならともかく、タリスが自分をいきなり危ないところに連れていくなんてことはないだろう、というのも判断材料の一つだ。
タリスはおれの考えを見抜くかのように軽率に応えたように感じるおれの返事に対し質問する。
「遊びに行くわけではないんだぞ?もしかすると、ちょっと怖い目にあうこともあるかもしれない。それでもいきたいか?」
タリスの目がいつになく真剣だ。それだけ、息子を狩りに連れて行くというのはタリス自身にとっても気負いがあるのだろう。
おれは少し考えるフリをして、応える。
「うん、ちょっと心配だけど、お父さんと一緒なら大丈夫!頑張ってついて行くよ!」
うん、我ながら小さくなっても心は大人な名探偵ばりの子供演技である。
そんなことは梅雨しらず、タリスはおれの返事に満足したようで、先ほどまでの真剣な顔つきから、いつもの目尻を下げた優しい顔つきになり
「よく言った、さすがおれの子だ。さぁ、明日は早いから今日は早く寝なさい。」
と言っておれの前に屈むとおれの頭をクシャクシャっと撫でた。
そんな2人のやりとりを肩越しに聞いていたマーナは2人の親子愛に微笑んでいた。
◇◇
タリスはいつものより慎重に弓や剣の手入れをしていた。その様子はまるで、旅行に行く前に忘れ物がないかソワソワしながら何度もチェックする子供のようだった。
一方おれはそんな様子を何処吹く風で見ながら、初めて出られる村の外にワクワクしていた。これでは新任教師と小学生の遠足と何ら変わらないな、なんてことをまだ足のつかないダイニングテーブルで、足元をぶらぶらさせ、朝食の目玉焼きを食べながら頭の片隅で思った。
タリスはようやく気が済んだようで、それを見計らったようにマーナが朝ごはんを食卓に並べる。サラダ、ベーコンエッグ、パンと、なんともオーソドックスな朝ごはん。この家の食事は、ベーコンがハムに変わったり、パンがロールパンからマフィンに変わるくらいで毎日ほぼ同じだったが、それでもマーナのご飯はどこかホッとする味だった。
タリスが念押しとばかりにパンにかじり付こうとしたおれに向かってこれまでも散々聞かされたことを言ってくる。
「狩りに出てる間は、絶対におれの言うことを聞け。道中歩いてるだけでも崖があったり毒草があったり、いろんな危険がある。わかったな?」
おれは真剣に聞いてる素振りを見せるため、神妙な面持ちでコクリと頷く。
するとタリスは満足したようで、タリスもうんうんと頷きながらパンを、サラダを次々と平らげていった。
◇◇
出かける準備が整い、出入り口を前に、矢筒と短剣を腰につけ、革の胸当てをつけたタリスはいつ見てもかっこよかった。普段は子供にメロメロのタリスだったが、仕事に行く時のタリスはオーラがあって、只者ではない雰囲気が醸し出されていた。
タリスは振り返ると、手に持っていた革のバックルをおれの腰に巻いた。バックルについているホルダーには短剣が刺さっていた。革は非常に柔らかく、かなりの年月を感じさせるがしっかりと手入れがされているのが一目でわかった。
「このバックルはな、おれがお前と同じくらいの頃に、お前と同じように親父と初めて狩りに行く時に付けてもらったやつなんだ。これからは、こいつはお前のものだ。手入れの仕方も教えてやるから、しっかりと自分で手入れをするんだ。」
おれは付けられたバックルを手で撫でると、父親に認めてもらえたみたいで、妙に嬉しかった。
「うん、ぼくも父さんと同じくらい、これ、大事にするよ!」
このバックル、何度も縫い直された後があったり、所々血が染み付いたのであろう黒くなっている部分もあったが、エージングがしっかり進んだ黒茶の柔らかくなった革からは、今の自分と同じように父親から貰って大切にし、タリスが毎日のように手入れをしていた姿が思い浮かぶ。
そんなことを思っていたおれに満足したのか、タリスは呟いた。
「さぁ行くか。」
家の扉を開けると、思わず目を瞑ってしまうほど朝日がキラキラと輝き、朝露で光る草を明るく染めていた。
◇◇
村は200人程度の大きくない村であるが、田畑があるのでその広さはそこそこ大きく、歩いて村の外まででるまで、何人かの村人に声をかけられた。
「お、ショウ、ついに父ちゃんと狩りにいくのか!頑張ってこいよ!」
とか、
「ショウ君の採ってきたウサギ、ぜひわたしにも食べさせてね。」
とか、親しみを込めて話しかけられる。その度にタリスはニコニコしながら挨拶をし、愛想の良い相槌を交わし、村の門へと向かって歩いていった。
どれくらい歩いただろうか、しばらくすると木の塀とその塀の間にある扉が正面に見えてきた。テペ村は、歴代の村人が築いた木の塀を、補修を繰り返しながら使っており、隣町のトメリアや、アーガンス城へと続く南門と、今おれたちがむかっている西門があった。西側は、テペ村の北側にはテペの森と呼ばれる森が続いており、さらにその奥には頂上付近が雪化粧された大きなエンタレス山が続いていた。西門から村の塀を南に沿って歩くと南門側に続く街道と繋がり、北に沿って歩くと、テペの森、エンタレス山へと続いていく。
タリスが門の前にいる門番と雑談をしながら街道や森の様子を確認していた。街道や森は突如魔物が増加したり、巨木が倒れたりすることで危険度が増すことが少なくないため、タリスは門番といつも事前に情報交換を行っていた。今日は特にこれといった異常がない、というのが門番の見解だった。
一通り話終わると、タリスはおれの方を見て
「ここからは町の外だ、今のところ大丈夫のようだが、いつどこで何が起きるかわからない。しっかりとついてこいよ?」
と神妙な面持ちで言ってくるので、おれもワクワクしながらも、コクリと頷き、門を潜るタリスの後を追った。
最初の探索でいきなり何かあるわけ、ねぇ。(笑)