掌の上で転がされる
選抜試験の前日、自分の実力を過信し暗殺者の罠に自ら飛び込んだおれは、まんまと奴らの目論見通りに殺されようとしていた。暗殺者の片割れに麻痺針をくらい、地面に這いつくばるおれに剣を突き立てようと剣を振り下ろす暗殺者。しかし、暗殺者の剣は一向におれに突き立てられることはなかった。
その代わり、鈍い音とともにおれに剣を突き立てようとしていた暗殺者が吹き飛ばされる音が聞こえる、
「よくもおれの可愛い愛弟子に手出してくれたな。」
その声の主は飛ばされた暗殺者の元へ歩いていくと、うつ伏せになっている暗殺者の髪の毛を掴み頭を持ち上げる。
「どこのどいつの差し金だ?」
髪を掴まれた暗殺者は首をフルフルと振っている。
「ほぉ、この状況で口を割らなくても良いと思ってんのか。あぁ、おれのことを知ってるんだろ?だから何もしないと思ってんだろ?」
暗殺者は無言のままだった。声の主は空いた手で今度は暗殺者の人差し指を握ると本来曲がらない方に向かって力任せに折り曲げる。
ボギッ
鈍い音とともに暗殺者が悲鳴をあげた。
「お前、うるさいな、近所迷惑だろ。まぁいーや、この続きはもう1人と一緒に王宮でやろうか。」
そう言うと声の主は再度暗殺者の髪を掴み、地面に叩きつけていた。
声の主が暗殺者をその場に放置したまま無言でこちらに近づいてくる。ごそごそと道具袋を漁っていたかと思うと何やら緑色の液体が入った瓶を取り出し、おれを仰向けにして頭を少し持ち上げると口に流し込んだ。喉の奥から少しずつ液体が流れ込んでくるのがわかる。少しずつだが体の痺れが抜けていっていた。
声の主の顔はよく見覚えのある顔だった。そう、ラキカだ。ただ、その顔はいつもの感情に溢れる顔つきではなく無表情だった。
おれはようやくまともに呼吸ができるようになるとむせ返り話せるような状況ではなかった。ようやく落ち着いてきて絞るように言葉を出す。
「すみませんでした。」
ラキカはおれが落ち着いたのをわかると、おれの言葉に返事もせず、ただその場に立ち上がり、暗殺者2人を縛り上げていた。どうやら、おれを殺そうとしていたBではない方もおれがしらない間に意識を飛ばしていたらしい。
路地の隙間に冬の冷たい風が吹き抜けていた。
「とりあえず、ギルドに行ってこいつらを王宮に運んでもらうからそこで待ってろ。」
ラキカはそう言うと一人でギルドに向かって歩いき、しばらくするとギルドの人間と一緒にラキカが戻ってた。
「後はよろしくな。」
ラキカはギルドの人間に向かってそう言うと、今度はおれの方をむいて
「帰るぞ。」
と一言だけ言うと、再び歩き出した。
◇◇
帰り道、一言も話をせずアイルのところに戻ってきた。この無言の時間がとても辛かった。おれは、ラキカの言いつけを守り勝手に出ていった挙句殺されかける。何ならラキカが来なかったら間違いなくおれは死んでいた。そんな申し訳ない気持ちが帰りの道中でおれの胸の内を満たしていった。
店にようやく着くと、おれとラキカが戻ってきたのに気がついたアイルがおれに声をかけるために近づいて来ようとする。しかし、そのアイルを見たカイルは手で静止する。その代わりにカイルが食卓に座ったおれとラキカのところに来るとラキカは
「エールと、あと何か体が温まる飲み物を出してやってくれ。」
とだけ伝える。カイルは頼まれた飲み物と簡単な食事を並べると何も言わずに席から離れていった。
「まぁ飲め。冷えただろ?」
そう言われて、カイルが出してくれたホットミルクに口をつける。砂糖を入れてくれたのだろう、柔らかな甘さと温かさが全身に広がる。そして、生の実感からか、涙が溢れる。
「ほ、ほんとうにごめんなさい。罠だってわかってたのに。あれだけ注意されたのに。」
両手に握りしめたカップがわなわなと震えるのが見える。
「うむ、だいぶ反省しているようだな。」
ラキカの言った言葉に頷くが、まだおれはカップに視線を落としたまま話を続ける。
「これだけ強くなったからなんとかなるだろうって、そこら辺の人には負けないだろうって。どこまで自分の力が通用するか知りたいって。そんなことを思っちゃって。」
「それで、おれがせっかく忠告したのにわさわざ罠にかかったと。」
ラキカがおれの方をじっと見つめる。
「はい、本当にすみませんでした。」
おれは頭が机に当たるんじゃないかと思うくらい、深々と頭を下げた。しばらく無言の時が流れる。あぁ、弟子失格だな。破門かな、そんなことをおれは思っていると全く予想していなかった回答がくる。
「あぁ、わかるぞ。特にお前はタリスやおれとしか打ち合ったことがないから自分の強さがよくわからないのだろう?おれも子供の頃はお前と同じでよく無茶をしたものだ。ガハハハハ!」
いつものように笑うラキカの笑い声をきき、おれはふと顔をあげ、おれは恐る恐る聞き返す。
「え、ラキカさんもそうだったんですか?」
ラキカは大きく頷きながら言った。
「あぁ、そうだ。おれのお師匠もとんでもない人でな、毎日打ち合っては完全にのされてた。だからな、おれは自分の実力がどこまであるのか知りたくて、簡単なことから自分の実力では足りないことまでいろんなことをやっては失敗してよく怒られたもんだ。」
「そうだったんですね。」
「おれも当時は若かったから、おれの好きにやらせてくれとか、ちょっとくらい大丈夫だ、とか思っていた。だがな、いろんな弟子を持つようになってから、ようやくあの頃のお師匠の気持ちがわかったんだ。やっぱり、自分の愛弟子を危険な目に合わせたくはないってな。だからこそ、お師匠はあんなに怒ってたんだなってな。」
ラキカの言葉を聞いて、おれは再び目線を落とす。
「ごめんなさい。」
「あぁ、だから今回はあえてお前を泳がせたんだ。」
その言葉におれは思わずラキカの顔を見返す。すると、ラキカは笑い出していた。
「ガッハッハ!そう、こうなることをおれは予想してたんだよ、ショウよ。どうだ、名演技だっただろ?やるなって言われてもやりたくなるのが子供であり弟子だ。だったら、おれの目の届くところで無理をさせてやろうじゃないか!」
おれはラキカの発言に思わず目を丸くする。
「驚いたか?まぁなんてったって死にかけたんだからな。事実、おれがあそこで助けなければおまえは死んでた。だがな、生きてるんだ。だから、今回の経験を教訓にしろ。」
おれはあまりにも突然知らされた事実に、嬉しいのか悲しいのかよくわからない感情が心の中で渦巻いていたが、終いにはどうでもよくなっておれも笑い始めてしまった。
「え、えへへへ、あ、そうだったんですね。たしかに、あんなに死にそうな経験、なかなかできるものじゃないですものね。あはははは。」
「人間危ない道を渡らず生きてるとな、そんな簡単に死なないんじゃないか、とか、これくらいなら大丈夫だろうとか思ってしまうもんなんだ。だがな、死ぬときは簡単に死ぬ。危ない橋を渡るなとは言わない、時にはその判断が必要なときもある。ただ、その判断をするときは、最悪、死ぬことを覚悟して判断をすべきだ。」
おれはラキカの言葉を聞きながら自分の気持ちを思い返し、整理する。たしかに、おれは勝てるとたかを括ってたし、ましてやこんな街中で死ぬことなんてないと思っていた。
「はい、まさにぼくは死を覚悟しないで死ぬところだった、ということですね。」
「あぁそうだ。これからおまえが試験に合格して騎士になったら、いろんな場面に出くわすだろう、その時に今回のことをよく思い出してくれ。そしてもう最後に一つ。おまえが死んだら悲しむ人間が沢山いる、ということを忘れるな。」
「はい!ありがとうございます!」
「さぁ湿っぽい話は終わりだ!パーっと飯でも食って、明日からの試験に備えろ!」
そう言うとラキカはエールを煽り、ご飯を平らげ、明日からの英気を養ってくれた。
この暗殺未遂事件、ラキカにはショウの行動も含めて想定の範囲内だったのですね。可愛い子には旅をさせよ、というやつでしょうか。
これでようやく試験前のお話は終わり。次回から試験に入る予定です。