罠に飛び込んでみる
選抜試験の説明会を受けた次の日、おれは流石にラキカにあれだけ忠告を受けたのに外に出る気にもなれず、家で大人しくしていることにした。幸い、この日は何事もなく過ぎ去った。しかしながら、やっぱり試験当日まで何もないなんてことはなかったらしい。
日が暮れ始める頃、アイルがおれの部屋をノックするので返事をするとなんでもギルドの人だそうだ。
入口のドアを開けると物腰の柔らかそうな紳士的な中年男性がお辞儀をしておれに話を始める。
「夕暮れ時にすみません、私ギルドの要請で来たものですが、先日ご登録いただいた際のギルドカードの記入内容に不備がありまして、お手数をおかけして申し訳ないのですが再度ギルドまでお越し頂き修正頂けないでしょうか?」
うーん、怪しさ満点である。まぁでも不審人物だと決めつけるのは良くない。
「えー、またそっちまでいくのめんどくさいからおじさんが持って来てよー。」
おれが大人しく言うことを聞かないからか、おじさんと言われたからかはわからないがやってきた不審人物は青筋を立てている。
「それがね、ぼうや、その書類はギルドの外には持ち出せないことになってるから、ぼうやにきてもらって直してもらうしかないんだ。どうかな?もしきてくれたらお詫びに何かご飯でもご馳走しようか。」
うーん、どうしたものか。こいつの言ってることが本当かどうかの判断材料がなさすぎる。でも、だんだんそんなことを考えるのがめんどくさくなってきた。第一、おれを狙ってくるやつらの実力がどれくらいなのか、おれがどれくらい太刀打ちできるのかというのにも興味がある。よし決めた、ちょっと乗っかってみよう。
「ほんとに?じゃぁ、お肉が食べたい!柔らかくて大きなお肉!それ食べに連れてってくれるなら一緒に行っても良いよ!」
「よし、わかった。んじゃギルドの帰りにお肉食べに行こうね。約束だ。」
「うん、んじゃちょっとお家の人にいってくるからちょっと待っててー!」
そう言っておれは自分の部屋に戻りマントを羽織るとその中にタリスから初めてもらった小剣とラキカからもらった煙玉を忍ばせる。アイルにはちょっと体が鈍りそうだから素振りしてくる、とだけいっておれは待ってる不審者のところへ急いだ。
「おまたせ、じゃあいこー!」
「うん、じゃあ行こうか。」
不審者はそういうとニヤリと口元が歪むのが見えた。あ、やっぱりこいつ真っ黒だ。だが、そんなことがわかっても今のおれは自制心より好奇心の方が勝り、喜んで罠にかかりにいっていた。
しばらくは普通に歩き、メイン通りを抜けてそしてギルドの近くの路地に差し掛かったとき、
チャキッ
剣を抜く音がしたと思い咄嗟におれはその場を飛びのくと、おれが今さっきまで居たところを剣が通り過ぎていく。
「ほぅ、その歳にしてこれを躱すとは。」
こんな見え見えの罠でいつ斬りかかられるか警戒しないほうがおかしいでしょうが、なんてツッコミはさておき、おれは10歳の子供である。
「いきなり何するの!危うく斬れちゃうとこだったよ、気をつけてよね!」
とりあえずとぼけてみることにした。
「当たり前だ、お前を殺すつもりで切ったんだからな!」
至極正論。それであなたはお金もらってるんだもんね。でも、残念ながらそうはいかない。
「なんでそんなこと言うの、お肉食べさせてくれるって約束したのに。もうしらない、ぼく帰る。」
おれはそう言って振り返り、元来た道を戻ろうとすると、不審者さんは怒りながら
「そう簡単に逃がすと思うか!」
と怒鳴り散らしながらおれの方に斬り込んでくる。うん、遅いね。全然遅い。
これなら逃げ切れると思い、おれはそのままメイン通りに出ようとしたその時、路地の傍から突如もう1人現れ、おれを斬りつける。かろうじておれはその攻撃を避けることができたが、完全に挟まれる形になった。
「ちっ、せっかくおれの手柄にしようと思ってたのに。」
おれを最初に家から引っ張り出した不審者くんがそう言うと
「何言ってんだ、今逃げられそうだったくせに。」
その通りである。でも状況はよくない。おれを引っ張り出した不審者Aは大したことないが、後から来た不審者Bはなかなかやる感じがする。そうなるととりあえず不審者Aをなんとかしてギルドに駆け込むのが良さそうだが、一方でBを背にしたままほっとくのも危ない。うん、決めた。
おれはAに向かって走り出すとAは咄嗟におれに向かって剣を突き出すが残念ながら当たらない。おれはそのまま奴の脇を掻い潜りながら手に持った小剣の柄で剣を持ったAの手に殴りつける。
ゴキッ
鈍い音とともにAの悲鳴が聞こえると次に剣を落とす音が背後から聞こえる。
「おい、お前何やられてんだ。」
はるか後ろにいるBがAに向かって罵声をあげるがその時には既におれはAから遠く離れ走り抜けていた。Aはやられた手を反対の手で抑えながら蹲っていたが、Bはその脇を走り抜けておれを追いかけてくる。流石に大人と子供の足の長さに差があるため、純粋な走るスピードは残念ながら大人には遠く及ばずおれはBの足音がどんどん迫ってきているのを感じる。1対1ならなんとかなるか、おれは足音の方へ振り返ろうとした次の瞬間、
プスッ
なにかがおれの首元に刺さる。おれは恐る恐る首元を触ると細い針のようなものが首元に刺さっていた。おれは咄嗟にその針を引き抜くが少しずつ全身が痺れて動けなくなってきていてその場に倒れこんでしまった。
しばらく経って、おれが動けなくなったことを確認すると、足跡が近づいてくるのが聞こえる。
あぁあ、調子に乗るんじゃなかった。ちょっと強くなったくらいでなんでも出来るつもりになっていた。せっかくラキカにここまで強くしてもらったのに、おれの身勝手でこんなことになってしまったという申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
足跡がおれの元で止まると、Bは最後と言わんばかりに言葉を告げる。
「お前にはなんの恨みもないが金のためだ、死んでくれ。」
剣を抜く音が聞こえる。
あぁ、ここまでか。最後はあっさりした死に際だったな、なんて振り返るが、そこに来て生への執着が出る。ちくしょう、生きたい。死にたくない。
しかし、そんなおれの思いとは関係なく、Bがおれにむかって剣を振り下ろした。
ちょっと色々出来るようになったからって調子に乗っているとすぐに痛い目にあうんですよね。これ、作者自身への戒めでもあります(笑)
ショウはこの状況を切り抜けることができるのか!?