チート無し!?
ショウが産まれた次の日の朝、ショウが産まれた村、テペ村では昨晩の出来事が既に村中に広まっていた。村中といっても、テペ村には200人ほどが住んでいるだけでほぼ全ての住人が顔見知りのためどんな話でもすぐに広まっていたが、流石に今回はインパクトが大きかったようで、いつもより早い勢いで広まっていった。
「昨日の夜の光気がついたか?だれかが光魔法でも暴発させたのか?」
「おれは気がつかなかったんだけど、なんでもタリスさんのところのお子さんが産まれたときの光らしいぜ?どこまで本当か知らねーが、一度死産だと思ったらピカッと光って息を吹き返したとか。」
「そんなこと有りえるのか?まぁでも、何にしても無事産まれてきてよかったじゃねーか、今度タリスと祝杯だな!」
こんなやりとりがテペ村のあちらこちらで行われており、いつしか尾びれ背びれが勝手について、終いには「産まれてすぐ立ち上がった」なんて話が一部では伝えられていた。もちろん、この手の話は時間が経つと結局どこかで話が違っていたということに皆が気がつくのだが、それは数日後の話だった。
噂が広まると同時に村人の多くが3人のところに挨拶やお祝いにきてくれており、村は軽いお祭り騒ぎだった。
◇◇
おれが生まれ変わってから、寝て、起きて、授乳されて、寝て、となんとも単調な日々が続いていたが、数日すると、自分の名前がショウなんだろうな、というのがなんとなくわかった。どうやら、言語が生まれ変わる前とは異なるようで、話している内容の全てが理解できないのだが、両親と思われる2人がこちらを見てショウと呼びかけてくるのでなんとなくそうなんだろうな、という具合である。
自分の元の名前が生まれ変わった後にも使われているの驚いたが、おれからは当然理由を聞くことができないため、大きくなったら名付けの理由を聞いてみよう、と決心するのであった。
また、最初の頃、おれは大の大人が撫で回され、色んな人に抱きしめられるのは抵抗を感じていたが、当然のことながらおれ自身にはどうすることもできず、次第に抵抗も諦め、素直にこの状況を受け入れるようになっていた。人間の適応力は素晴らしいものである。
おれの両親タリスとマーナは、村人から慕われているようで、産まれてからというもの、ほぼ毎日来客がありお祝いされているのがおれにもわかった。
マーナも一週間すると色んなことを産前のように自分でできるようになってきていて、テキパキと動く姿は献身的な女性であることをうかがわせた。
一方タリスも、おれが産まれた次の日こそ家に居たが、それ以外は外にでていっていたので、まじめに働いているのだろう。
タリスは家から帰ってくるとすぐにおれの元に来て
「ただいまー、お父さん帰ってきたからねー」
と抱き上げようとするので、マーナから
「ショウを触る前に綺麗にしてからにして下さい。」
と怒られている雰囲気を感じ、家庭内の上下関係がなんとなく理解できた。
トボトボと手を洗うたりを見て、どこの世界でも夫は嫁の尻に敷かれるものだな、なんて思っていると、タリスは戻ってくるなり待ってましたと言わんばかりに、すっくと自分を抱きかかえた。
タリスに抱きかかえられると、そのしっかりとした手を感じる。ゴツゴツした手には指の付け根にタコがあるのがなんとなくわかる。家の中を見たところ、今自分がいるところが大都会ということはなさそうだが、タリスがその手で使っているのが農具なのか、はたまた武器なのか、というのは今の自分からはわからなかった。ただ、そんな無骨な手の中も嫌ではなかったのは、タリスからの愛情によるものなのだろうか。
とにかくおれは、タリス、マーナに本当に可愛がってもらいながら、手塩にかけて育てられ、あっという間に産まれて6年が経った。
◇◇
6年間の間、もちろん何もなかったわけがない。
おれは1歳になるとほぼ大人の言っていることが理解できたし、同じように話すことができた。しかしながらあまりに成長が早すぎると気持ち悪がられるので、空気を読んで、周りの子供より少し成長が早いかな、くらいに思ってもらえるように抑えていた。
また、文字も読めるようになったのである程度この世界のことも理解ができていた。といっても、あからさまに文字が読めるとこれまた色々と怪しまれるので、できるだけ周りにバレないように読んでいたが。
色んな情報を整理するとこんな感じだった。
・今いるのはテペ村で、アーガンス領にある小さな村。
・首都のアーガンスには城があり敵国のオスタ領とは10年前に始まった戦争が元で今も国境付近では小競り合いが続いている。
・一部の人は魔法が使える。正しく言えば全員魔法が使えるが、実用的に使えると言えるのが一部の人ということ。
・北部の魔素が濃い地域には魔物が住んでいる。薄いところでもポツポツ発生する。
そう、ようするに情報を整理すると、おれは正に異世界に転生していたのだった。
元の世界に未練がないわけではなかったが、タリスとマーナの家庭はとても居心地がよく、仕事から解放されて自由になったおれは、ここが異世界かどうかなんてことはあまり気にならなかった。ただ唯一、一緒にワームホールに飛び込んだコウの事だけが気になっていたが、それも生活する中でおれのなかでは些細なことだった。
そして、異世界転生といえば即座に思いつくのが所謂チートスキル。おれにも何か備わっているだろうとか、淡い期待を抱いて、こっそり高いところから飛んでみたり、叫んだり、剣をぶん回したりしてみたけど、残念ながら何も起きなかった。
異世界転生の証拠と言わんばかりに、ワームホールに飛び込んだ時の傷が今もきっちり左手に残っているが、今のところなんの変哲も無いただの古傷だった。
そして家族のこともよくわかってきた。まず父親タリスは村でも名だたる狩人の1人らしく、村の護衛と狩りで生計を立てているようだった。村のすぐ脇に森があるのだが、その中で普段は狩りを行い、時折発生する弱い魔物を一緒に退治している、といった具合だった。
そして母親マーナは所謂専業主婦。どうやら少なくともこの村には女性が働くという文化がないらしく、日中は家にいるか、近くの農家の作業をお互いが手伝ってその代償として作物を貰ったりしていた。
こうして平和なテペ村での生活だったが、ある日を境におれの扱いが豹変してしまう。
おれにとっても、この日は忘れられない日であった。
まだまだ設定部分って感じですね。ストーリーが進むまでもうすこしお待ち下さい。