再び現れる来訪者
身体強化付与を体得してから2週間が経過していた。これでこの森に来てから約2ヶ月がたっていたが、だいぶ生活にも慣れて来たし、やるべきことも見つかって毎日楽しく過ごしていた。
近頃は身体強化魔法とドーピング回復を利用した身体強化のため、薬草が大量に集める必要があり、午前中の採取のための散策の時間が長くなっていた。散策の時間が増加するにつれて、遭遇する魔物や動物の数は増えていたが、身体強化訓練のお陰か、ここら辺の魔物はかなり余裕で倒せるようになっていたし、斬れ味付与の魔素使用効率もどんどん上昇してきており、連続使用できる時間は少しずつだが長くなってきていた。
そしてこの日も昼過ぎから夕方まで滝斬りの鍛錬を続けていた。完全な滝斬りは身体強化付与がないと今はできない。しかし、身体強化付与をしなくても、少しずつ水に流されずに斬り抜ける長さが長くなってきており、剣戟の半分くらいまでは真横に斬り抜けるようになっていた。
この日もおれは滝斬りを終え、穴ぐらに帰ろうとすると、おれの進路方向に近づく影に気がつき歩みを止めた。何だろうかと滝の影に身を潜め、おれは影の正体に気がつくと自分の動揺を抑えるかのように言った。
「あの略奪者、最近見ないと思ったらまた来てやがる。」
幸い、今日は食事を作り置いていたわけではないし、必需品は手元にあるからヤツを放置しても取られるのは保存食くらいだろうからおれはこのまま隠れてやり過ごすことを考える。しかし、心のどこかで今ヤツにどれだけ通用するのか試してみたい、と思ってる自分もいた。動揺と興奮が入り混じる感情の中で、鼓動がどんどん早くなるのを感じる。だんだん自分の感情がどっちなのかわけがわからなくなってきていたが、おれは出来るだけ冷静に戦う場合の戦術を考える。目を瞑り、一息大きく吐くと、おれは腹を決めた。
おれは出来るだけ気がつかれないよう、ヤツが後ろを向いている隙に静かに近づきそして、こちらに振り向きそうになった瞬間、おれはヤツに向かって走り、溜めていた魔素を剣につぎ込みながらヤツに向かって振り切る。
スッ
当然この攻撃は躱され、ヤツがこちらに気がついた。まるでおれが来るのを待っていたかのように嬉々としながら、ここからヤツの反撃が始まる。おれは自分の攻撃が外れた瞬間、斬れ味付与を止めてただひたすら逃げに徹していた。
前回コイツと戦った時のことを何度も思い出していたが、おれに足りないのは回避能力だと自己分析していた。これまでおれはタリスとの打ち合いが一番多かったからどうしても攻めに回ることが多く、そこまで厳しい攻撃を受けたことがないことに気がついた。だからおれはこいつを回避稽古役とすることを考えたわけである。
そして、前回はカウンター気味にほぼ一撃でやられてしまったのでヤツの攻撃をほとんど見ることができなかったから気がつかなかったが、コイツの攻撃は鋭い。体術に関して次元が違いすぎて全くおれでは相手にならないくらい。それでもおれがなんとか逃げ果せることができていたのは、単純におれが逃げに徹しているからだ。すると、おれが順調に避けているのに対しヤツが苛立ってきたのと、おれが攻撃のリズムに慣れてきたことから、おれにも少しずつ余裕が出来始めていた。よし、この調子ならもう少しで何とかなるかもしれない。そう思っていた矢先、ヤツは大きく腕を振りかぶりおれ目掛けて殴りかかってくる。
よし、ここだ。
おれはそう思うと体に巡らせていた魔素を使い身体強化付与を行使するとおれの全力で剣を一閃する、はずだった。
しかしながら、身体強化をしようとした瞬間、おれの意識はヤツの後ろ回し蹴りによって刈り取られていた。
◇◇
うつ伏せで倒れていた状態からふと目を冷ますと辺りが真っ暗で、自分の状況がイマイチ理解できない。ヤツと戦っていたおれはヤツの隙を見て身体強化しようとしたところで意識がなくなっている。当時の状況を思い出していると、側頭部に痛みを感じる。そうだ、おれはヤツの後ろ回し蹴りで側頭部を強打されたのだ。
「何でだ、完全に攻撃も読み切ってたし、隙もあったはずなのに。他に仲間がいたとか?」
おれはまだはっきりしない意識の中で何が起きたか考えていたがイマイチよくわからなかった。
「まぁいーや、とりあえず生きてるだけ良しとしよう。」
そう言って立ち上がると腰元の違和感におれは気がつく。
「あ!またやられた!おれの魔石が。。おれのお金が。。」
おれは魔石を取られていたのに気がつくと、せっかく立ち上がったのにその場にがっくりと膝をつけてうなだれた。
◇◇
おれは蹴り飛ばされてできた打撲部分に薬草を擦り込み、さらにお風呂を溜めてそこにもすり潰した薬草を入れて入っていた。なんちゃって天然温泉である。薬草独特の青っぽい匂いが気分をほっとさせた。
「それにしてもなんで蹴りを食らったんだろうな、完璧だと思ったんだけどな。いや、待てよ?もしあれが誘いだったとしたら?完璧なタイミングすぎて逆に怪しいってことはないか?」
おれはそう考えると、なんだか辻褄が合う気がしてきた。
「うーん、そうか、徐々におれのペースに合わせているように見せ、隙を作ったと見せておれが攻撃したところを逆に仕掛ける。あざといことをしてくるな。一体あいつ、何者なんだ?今まであまり人間と戦ったことないけど、人間もあれくらいの強さのがゴロゴロいるのかな?まぁあいつがそもそも人間なのか魔物なのかもイマイチよくわからんが。」
そう思うと、ラキカが言ってた騎士選抜大会は相当大変そうだなと感じた。たまたまあったあいつであれだけの実力なんだ。大会にでてくるやつも相当な連中が多いのだろう。
そんなことを思いながらおれは満天の星空を眺め、一息つく。
「まぁ、先のことは悩んでも仕方がない!やれることを少しずつやってくしかないな!」
世の中考えててもどうしようもないことなんていくらでもある。第一、この2ヶ月だけでもここまで強くなれたんだ、時間をかければどんどん強くなれる。おれはそう自分に言い聞かせ、空を仰ぎながらお手製天然露天風呂でこの大自然を満喫した。
◇◇
二度目にヤツが現れてから、2ヶ月ほどが経過しようとしていたがしばらくヤツは来なかった。森の中の木々が色付き、そして葉を落とし始めると徐々に日中の気温も低くなり冬の始まりが訪れていた。
おれはヤツにやられたあの日からも変わらず毎日の素振りと採取、そして滝斬り、身体強化魔法と薬草を使った身体能力強化をルーチンで行い続けていた。身体強化魔法も最初は体を剣の重さに振られて使い物にならなかったが今は多少速さに体が慣れてきていた。
また、斬れ味付与をした滝斬りも、お風呂制作で身につけた厚みコントロールの技術向上により剣の長さをある程度の長さまで長くすることができていた。少しずつであるがおれは確実に強くなっている。
そもそも、魔法を行使できる回数や時間が始めた当初とは比較にならないほど増えている。今ならグリズリーも一人で倒せる気がしていた。
これまでの4ヶ月の鍛錬に決して満足していないわけではない。むしろ出来過ぎだとも思っている。ただ、やっぱり人間は欲深い生き物でラキカが迎えにくる前にもう少し強くなりたいと思っているのも事実だった。今のままではヤツには勝てない。もう一捻り欲しかった。
この日も夕方のお風呂タイムに、空の一部が赤から紫に色が変わり始めた空を見上げながら考える。
「現状で攻撃力はある程度充分。身につけるべきは回避能力か。こればっかりは一人でやりようがないからなー、普通回避能力なんて経験で身につけていくものだろうからおれには圧倒的にそれが足りないんだよな。」
経験を積むために修行してるんだから、ある意味今の現状はやむを得ない。正直、騎士選抜大会という目標はあるが、今日明日に絶対強くならないといけないわけではない。ただ、できればヤツに少なくとも一太刀は浴びせてやりたいと思っている。男たるもの負けたままでは終われないのだ。
「回避能力には必要なのはヨミと目と反応だよなー。経験によるヨミは諦めるとして、目と反応は何とかならないかな。」
おれは何となくジャポンと頭までお湯に浸かり、目を閉じて考える。しばらくすると、
バシャァ
勢いよく水面から水を出し、荒い息をする。
「苦しくてまともに考えられん!」
当たり前である。
こんな一人コントみたいなことをやりながらおれは結局この日は何も思いつかず、モヤモヤしながら次の日の朝を迎えた。
◇◇
翌日、日課の採取を終えて滝斬りをしようとすると、昨日の夜雨が降ったせいで滝の水が増え、更に木のクズや石なども一緒に流されていた。
「んー、これだけ色々流れてくると今日は滝斬りはやめたほうがよさそうだな。」
いつもの滝の裏まで行ったが、剣のことを思うとこの状況で滝を斬るのはよくないと判断し、おれは踵を返して穴ぐらに戻ろうとすると、
「あ!これ、いいんじゃないか?」
回避能力向上の解決策をおれは閃く。
閃きというのは突然勝手に湧いてくるものではない、それまでに必死に悩んでいるから答えの片鱗を見つけた時にそれが手がかりになる可能性を見つけることができるのである。これまでも、雨上がりで木や石が流れてくる滝を見ることはあってもこの発想に気がつかなかったのは今までは悩んでいなかったからである。
「水の流れで降ってくるこいつらを的確に捉える目を養えれば回避なんてお茶の子さいさいだ!」
こうしておれは、この滝を更なる稽古相手に抜擢するのであった。
再び出てきた略奪者。こいつは一体何者なのでしょうか?そして新たな修行方法を思いつくショウ。果たしてどうなることやら。。
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