休息の重要性
お風呂制作を始めて2週間ほどたった日のこと。おれは毎日のルーチンの一環としてお風呂制作に取りくんでいた。
少しずつだが、斬れ味付与した手で削った岩の凹凸が小さくなってきてるし、そのおかげで付与を薄くできているため魔素の消費も少なくなってきていた。また、この方法を応用することで剣術に適用した場合でも同じ斬れ味のまま、魔素の消費を少なくできていたため、元々は30秒ほどの維持時間が今は1分近く持つようになっていたから、かなりの進歩である。
湯船の制作状況も順調だった。湯船のお湯を貯める部分は程よい深さまで掘れて、お湯を貯める部分は仕上がっていた。そして次に、地面近くに薪を入れるための横穴を開けた。この横穴は風が通る必要があるので、お湯を貯める部分の下に岩全体を貫通する穴を開けた。穴を開けるのは簡単で、穴の大きさと同じくらいの木を幹を持ってくるとその先に斬れ味付与を行い、穴を開けたい部分に押し込むと、あっという間に岩を貫通し薪をくべる横穴が空いた。ここまでくれば後は排水の穴を開け、排水の穴を塞ぐ栓を作り、給水できるようにすればお風呂の出来上がりである。
排水のための穴は薪をくべる穴と同様に今度は先程よりも細い木の枝を湯船の内側から、外側へ貫通させると排水の穴ができた。ここにはめる栓は近くの石を素材にして穴の形状に合うように、これまた斬れ味付与を使いながらテーパーを付けた円柱の栓を作る。本当に斬れ味付与は便利な魔法である。日曜大工のお供だな、と感じていた、
また、給水方法は、水を足したいときに木の幹をくり抜いて作った半円状の水受けを滝とこの湯船に掛ければ滝からの水を給水できるように仕上げた。
こうして、約2週間でおれのリラックススペースであるお風呂が完成したのだった。
この日は初風呂でお湯を沸かし、まさに湯船に浸かっていたところだった。なかなかお湯加減の調整が難しく、火にかけすぎては熱くなり、水を足しては温くなりを繰り返し、ようやく適温になって湯船に浸かっていた。
「んーお気楽ご気楽。」
大自然の中にできた露天風呂。滝のマイナスイオン効果で本当にリフレッシュできそうだ。ここに薬草でも入れれば温泉がわりにでもなるなぁなんて思って浸かっていたところ、ポツリ、と水滴がおれの手の甲を濡らした。あ、雨かな?なんて思っていたのも束の間、豪雨が辺りを襲い、目の前が雨で真っ白になった。お陰でせっかく適温にしたお風呂が台無しだった。
「やばい!めちゃ降ってきた!」
これまでも雨が降ることはあったがこんな本降りは初めてである。おれは風呂の脇に置いた服を急いでかき集め穴ぐらに戻ると火を起こし濡れた服を乾かす。これだけ雨が降ると穴ぐらに雨水が流れ込んでくるかと思ったが入り口のちょっとした高低差でなんとか雨は入ってこないようだった。
「ふぅー、こりゃしばらく止みそうにないな。残念ながらお風呂はまたの機会にゆっくり入ろう。まぁこれだけ雨が降ってたら魔物もでないだろ。」
そんなことを思いおれは森の中で拾って地面に敷き詰めた藁の上に座って一息ついた。まだ昼間なので眠くもなく、特にやることもないのでただボーッとするだけだったが、最近はなにかとバタバタしてたのでお風呂に入ったり、まったりしたりと丁度良い休養だった。そして、ボーッとしていると、やはり頭が整理されるのか、ふとおれはあることを思いつく。
「そいえば、おれって自分自身に斬れ味付与の魔法できるんだよな。ってことは所謂エンチャント系の魔法なら使えるかもしれないってこと?」
思いついたが吉日、どうせやることもないから早速おれは筋肉強化魔法を試すことにした。イメージは脳内から筋肉に与える電気信号量を増やしてやるイメージだ。おれは腕立て伏せをするためうつ伏せになり、腕や胸周りに付与するイメージで魔素を集めそして行使する。すると、魔素を集めた辺りが青白く光りはじめる。
「おぉー、できたぞ!」
感動の声を上げながら早速腕立てをしてみる。
「やばい、なんだこれ!」
腕がサクサク曲がる。全く負荷を感じない。しかも、早くしようと思えばどれだけでも早くできた。おそらく、筋肉に与える信号の量だけではなく、速度も上がっているから速度の制約も外れているのだろう。しかしながら、筋肉の疲労度合いも半端ない。純粋に同じ腕立ての回数をこなしたときよりもかなりきつい。
おれはすぐに魔法を止めて、その場にヘラヘラしながらカエルの開きのごとく、ペタッと両手を広げて寝転んだ。
「いやー、これはやばいぞ、これが使いこなせれば一気に戦い方が変わる!」
そんな喜びを胸に、おれは夕食の支度を始めるのであった。
◇◇
翌朝、雨は川の水を増やし、濁らせていたがすっかり上がっていた。秋が始まり吐く息が少し白くなる中、昨日の余韻からおれは上機嫌で身支度を整えると早速朝の素振りをしていた。まずは体慣らしでいつも通りのメニューをこなすが、体が温まると早速昨日の身体強化の付与魔法を全身にかける。
魔素をごっそり持っていかれる。体感的には保てて10秒くらいだったが、5秒前後の短い時間、おれはいつもの倍近い剣速で素振りを行なっていた。
しかし、おれは素振りをしてみて幻滅した。この魔法は持続時間が短いことや、体への影響も欠点だったが今のおれにはそれより大きな欠点があった。それは自分の動きに自分自身が振り回されてしまうのである。つまり、いつも以上の速度で剣を振ることによって剣の重量に体が振られてしまうのである。もちろん、筋力が向上しているので力づくでなんとかなるのだが、動きに無駄が多く、スピードとパワーを活かしきれていない状態だった。
「んー、慣れればなんとかなるが、慣れるためにはこの状態を維持しないといけないから現状では難しいな。」
そしてもう一つ。斬れ味と身体強化付与を同時にすることはできないという点も大きな欠点だ。この身体能力で、なんでも斬れる武器があれば最強すぎるのだが、斬れ味付与と身体強化の付与はイメージが違うため、これを同時に行使するのは右を見ながら左を見るようなもので、鍛錬すればなんとかなるのかもしれないが、少なくとも今のおれには無理だった。
「いいと思ったんだけどなー、そう都合よくいかないか。まぁ、使い道がないわけではないだろうし、もうちょい考えてみるか。」
そういったおれは、今度はいつもの滝斬りをしているところにいく。そう、この身体強化で滝を真横に切り抜けないか確認しにきたのである。滝の正面に相対すると、おれは目を閉じて精神を集中し、身体強化付与を全身にかける。青白くおれの体が発光し、次の瞬間、
「おりゃ!」
間抜けな声と同時に剣を横一線。そう、横一線である。
「ほ?お!やった、できたぞー!」
あれだけ繰り返しやってできなかったことができるようになるとやっぱり嬉しい。おれは自分の剣を見つめ、そして両手で剣を上に掲げ、叫んだ。
「できたぞー!」
しかしながら、今出来得る全力の一閃はおれの腕の筋肉がかなり痛めつけており、普通に剣を振るうことも今日は難しそうな印象だった。嬉しさと腕の痛さから、おれは力が抜けてしまい、その場でしばらくへたり込んだ。
しばらくして、やはりこれ以上は無理と判断したおれは仕方なく穴ぐらに帰り、一休みすることにした。
そして、こちらの世界の薬草は本当によく効くからダメ元で筋肉の補修ができないかと考え、すり潰した薬草を腕に擦り込んでみた。
こちらの世界の薬草は本当に不思議で、すり潰して傷口などに擦り込むと、その側から薬草が体内に吸収されるかのように消えて無くなり、傷口などは修復されてしまうのだ。イメージは、この薬草自体が肉の代わりになっているような感じである。
こうして、おれは薬草を腕に擦り込むと瞬く間に痛みが癒えてきた。やっぱり思った通りだ。この薬草、タンパク質の代わりをしているのか、細胞を活性化しているのかはわからないが、見た目の傷が治るのであれば筋肉の損傷も治すことができるのはある意味当然である。
そしておれはまた思いつく。
「この薬草を使った筋肉回復と、身体強化付与で筋肉疲労を繰り返してやれば、超短時間で体の強化ができるぞ。」
筋肉の成長は、筋繊維が切断し、修復するときに元の状態より強くなることで引き起こされる。この筋繊維の切断された状態が所謂筋肉痛なのである。つまり、おれがやろうとしているのは魔法の力で筋繊維を早く切断し、薬草の力で早く治すことで、筋繊維の強化サイクルを超短期間で回してやろう、ということである。
今回、身体強化で滝が斬れるのを確認してやはり身体能力自身の向上が重要だということを改めて痛感した。もちろん剣速は各部の運動連鎖のスムーズさも重要な要素のため、ある程度はどう振るか、というのも重要である。ただ、やはり剣の重さがあり、腕の触れる速さに制約がある以上は、振り方だけでどうにかなるわけがなかった。
その中で今回の身体強化サイクルの発見はこの修行の大きな成果だった。
こうしてこの日から、夜寝る前には魔素をほぼ使い切るまで身体強化魔法を併用した素振りと薬草でのドーピング回復を繰り返すことにした。
お風呂の完成と身体強化魔法の発見。これはこの後のショウの修行においてそこそこ大きな意味を持ちます。まぁこのまますべてがうまく行く、なんてことはないですよね。
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