望まない来訪者、現る
ラキカから放置されて1ヶ月ほどが経過していた。おれは朝起きると素振りをして、狩りに行って、お昼過ぎには帰ってきて、そして滝を斬る鍛錬をする、というのがルーチンになっていた。
鍛錬といっても、ただするのはひたすら滝に向かって斬撃を放つのみ。最初の1週間くらいは少しずつ良くなってきているような気がしていたがここ最近は全く変わる気配がなく、行き詰まりを感じていた。力いっぱい、速く振り抜こうと思ってもあまり剣速が上がってる気がしない。
そして、お腹が減りこそしないが、代わり映えしない食事と、毎日の緊張感から正直疲れがでてきていた。
斬れ味付与を使った滝斬りもうまくいっていなかった。サイズを大きくしようとするとどうしてもイメージがしにくいのか付与の範囲が広がって行ったところでパッと飛散してしまっていた。これも、繰り返すことで少しずつ範囲が広くなることを期待していたがうまくいってなかった。
「うーん、どん詰まりだな。」
おれは悪態をつきながら少し早い夕食をとってぼーっと焚火を眺めて物思いにふけっていると、
パキパキッ
おれはせめてもの自己防衛のために穴ぐらの入り口を中心とした周囲に木の枝を敷き詰め、穴ぐらに近づく魔物や動物がいた場合音が鳴り気がつくようにしている。その穴ぐらの外にばら撒いた木の枝が踏みつけられ、折れる音がしている。これはまさに敵が近づいていることを意味していた。これまでも何度か寝込みを襲われたことがあったが、このときもこの音で敵を察知し、対処していた。
しかし、今回は枝の折れる音がいつもより大きい気がする。つまり、それだけ大きな何かが近づいてきているということだった。
おれは少し緊張しながら近くに置いていた剣に手をかけ、外を見ると原住民っぽい衣服を身に纏い、顔にはお面を被った大男が明らかにこの穴ぐらを目指して歩んできていた。
「ったく、なんなんだよ。おれのまったりタイムを邪魔してくれるなよな。」
おれはあんな不思議な格好の知り合いはいないし、知り合いになりたいとも思わない。向こうがこっちに向かっているのを確認すると、このままでは袋小路になると判断し、おれは剣を掴み慌てて穴ぐらから外に躍り出た。
おれが外に出ると、ヤツとの距離は既に相手の攻撃の間合いに入っていたようで、おれが構える間もなくいきなり殴りかかってくる。
「グォォォォ!」
低い咆哮をあげながら迫ってくるヤツを回避し、おれは足を踏み込み突きを放つとヤツはヒラリと身を躱し、クルリと背中側に身を回すとそのまま裏拳を飛ばしてくる。
「クッ!」
ギリギリまでおれの攻撃をひきつけてから放たれたその裏拳はその場でしゃがみこんだおれの頭部をかすめる。しかし、しっかりしゃがみ込んでしまったせいで立ち上がりまで一瞬の時間がかかる。するとヤツは裏拳の勢いをそのまま乗せて踏み込んだ足を軸足にし、飛び跳ねながら体を捻るとその場でほぼ180度回り、おれの脇腹を蹴飛ばした。
「グッ!」
おれは声にならない声をあげながら、近くの木に叩きつけられた。呼吸が苦しい。息がまともに吸えない。痛みで薄れゆく意識の中、おれはグリズリーにやられたときのことをデジャヴのように思い出す。銀髪姉さん、今回も助けに来てくれないかな?そんなありもしない展開に期待をしながら、おれはヤツの方を見た。すると、ヤツはおれが動けないのをちらりと横目で確認し、おれには全く興味がないのか、穴ぐらの中に入っていった。今なら袋小路にできる、と思うも残念ながら体が動かない。そして、残念ながら袋小路にしたところで今のおれがヤツに勝てる気がしなかった。
しばらくその場で様子を見ていると、おれを襲ったヤツは薪で焼いてあったのウサギ肉を掴み、麻袋をゴソゴソと物色し何かを物色すると、それを手に持ち持ちそそくさとヤツはその場を後にした。おれは穴ぐらに戻って何を取られたのか気になったが、結局その場でそのまま動けず、ヤツがこちらから随分離れたのが確認できると、安心したのかその場でそのまま意識を失ってしまった。
◇◇
気を失ってから少し時間が経っていただろうか。おれは意識を取り戻すと穴ぐらに帰り、再び穴ぐらで朝まで寝落ちた。
次の日の朝、おれは昨日の夜襲撃されたことを思い出し大きなため息を吐く。
最近、上手くいかないことが多すぎる。剣術も、魔法も上手くならないと思ったら昨日は略奪者にボッコボコにやられ、挙げ句の果てにヤツは1ヶ月でおれが溜め込んだ魔石を全部持っていっていた。一体あいつは魔石を何に使うつもりなんだろうか。そこそこ溜まっていたからこの調子で貯めれば戻ってからそこそこいいお金になると思っていたから地味にショックだった。
幸い、森の中に自生してる薬草を使ったおかげで怪我は大したことなく背中と脇腹に痣はできているだろうが動くと痛む、という程度だった。おそらくヒビくらい入ってたと思うが薬草の力で回復したのだから薬草は偉大である。
おれは流石に昨日の今日だったので朝の素振りはやめておき、最低限の食料確保のために森に出る程度で、この日はゆっくりすることにした。
お昼過ぎに一通り今日のやることが終わり、穴ぐらに帰ってきたおれは一息つくと、再び大きな溜息をついた。
「あぁダメだな、完全に気分が落ちてる。まぁちょっと無理をしすぎだな。初めての生活で全てが上手くいくわけがないな。人間、ときには休息も必要だ。」
そんなことを声に出し、自分に言い聞かせ、しばらくボーッとしていた。そして、ふとある事を思いつく。
「そうだ、お風呂だ。久し振りに、お風呂に入りたい。」
なんだか急にお風呂に入りたい衝動に駆られたおれは、お風呂をつくるための手順を考え始める。
「水はある。ただ湯船がない。温めるのも火を炊けばいいが、直接湯船に火にかけるとなると湯船を燃えないものでつくらないとダメだな。」
おれは試しに近くにあった木を拾い、穴ぐらからでて拳大の石ころを見つける。次にいつもの斬れ味付与の魔法を木にかけ、見つけた石ころに押し付けると
コトン
あっさり石が真っ二つに分かれた。
「うん、おれの斬れ味付与は石であれば簡単に加工できそうだな。ってことはこれを使えば石を掘って湯船を作ることは出来る。」
お風呂の形が見えてきた。ベースは石で、そこに直接薪をくべれるようにしよう。そして、穴ぐらの直ぐ傍にあるおれの背丈と同じくらいあるそこそこの大きさがある岩の側に近づく。
「うん、これを湯船のベースにしよう。この岩を湯船にするなら、、」
おれはそう言いながら水源と岩との位置関係を見渡す。湯船に決めた岩は滝壺のすぐ脇にあり、直接水を入れることは無理でも、何かしらの手段で水をいれることはできそうだった。
「うん、滝から何とかして水を汲んで、排水は滝壺に流すことにしよう。」
概ね設計が固まったところでおれは早速作業に移る。まずは岩を湯船にするところからだ。
「よし、この木を使ってまずは高さの調節だな。」
近くから岩の幅以上の長さがある木の枝を持ってくると、いつもの要領でおれはこの木に斬れ味付与をかけ、高さがおれの胸くらいの位置になるように岩を真横に一刀両断する。今まではそこまで長いものに付与したことなかったからわからなかったが、長さが長くなるほど消費する魔素の量も増加するようで、体感的にはいつもの倍くらい早く消費している様子だった。
なんとかその枝を使って岩を斬り終わったが、おれは次の問題にぶち当たる。斬った後の上の岩をどかそうと思ったが、残念ながらおれの筋力では岩を避けることができなかったのだ。
「うん、流石に動かせないな。まぁ細かくするしかないか。」
そう言うとおれは斬った岩を今度はおれが運べるくらいに縦に斬った。斬った岩を少しずつ近くに避けると、全て終わる頃には魔素が空になり、空も少しずつ赤みがかってきていた。
「ふぅー、ここまででこれだけ時間がかかるとなると、湯船を作るのは相当時間がかかりそうだな。いかんせん、魔素の消費がやばい。」
魔法を使い始めた初期の頃よりはもちろん魔素量も増えていた。しかし、そうはいっても剣で使える時間が約30秒くらいだから、そう長い時間は持たなかった。
「魔素の持ちをもう少しよくできないと、お風呂に入れる前にラキカが来ちゃうかもしれないな。」
そんなことを思いながらおれは穴ぐらへ戻ることにした。
◇◇
翌日、前々日の夜に来た略奪者がまたやってくるかもしれないと夜の間警戒していたが、この日はこなかったのでホッとしていた。流石に前回は不意をつかれたとは言え、かなり実力に差があるのは感じていた。しかし、それがわかっているからのいった、どう戦うかは難しい問題だった。
基本的な体術のレベルは向こうが圧倒的に上で、リーチもこっちが剣を使ってようやく同じくらい。一撃の強さは獲物の違いでこちらが上手かもしれないがそれでも結局当たらなければ意味がない。根本的な体術レベルの改善が必要だと感じていた。もちろん、魔物との戦いや狩りで多少は改善しているのだが、やはりたかが知れていた。何か根本的な対策が必要である。
おれはそんなことを考えながら午前の狩りを終え、穴ぐらに戻ってくると昨日から取り組んでいるお風呂制作に取り掛かっていた。こちらも何を作るか形はイメージできていたが、魔素の消費から完成までかなりの時間を要することが予想されていた。
今日は真っ二つに切り出した岩の上面を削り、水を貯める部分の制作に取り掛かることにしていた。本当はスコップみたいなものがあればよいのだが、適当なものがなかったから手に斬れ味付与をかけて掘ることにした。
「よっと、」
いつも剣に付与する要領でおれは手に魔法を発動させると、剣のときと同じように俺の掌が黄緑色に光っている。あまり有効時間もないから早速岩の真ん中に手を当てて掘ろうとすると
ザクッ
思っていたよりもだいぶ広い範囲が掘れてしまう。体感的には掌の倍くらい、掘っている部分の穴が大きい。
「剣の時と同じだな。今は良いけど、壁面近くを掘る時はよくないな。ん、ちょっと待てよ?」
おれはいつも付与している魔法と同じ魔法を今度は掌の極表層で発動させるイメージを持って発動させてみた。つまり、いつもは大まかに発動する場所を決めていただけだったが、今回は発動する厚さの制御をイメージに加えたのだ。今まで、滝を斬るために大きくするイメージはしたことがあったから、その逆を行なったのだ。そして、そのまま岩を掘ってみる。すると
ガリガリッ
小石を熊手で引っ掻いたような雰囲気で、表面の一部は削れているが先ほどのように穴が掘れているわけではなかった。
「うーん、、やっぱりコントロールが難しいな。」
掘った手をどけてみると、斬れてる部分と斬れてない部分が混在していて、表面の凹凸がでていた。これはこれでシボ加工みたいな表面修飾にはよいかもしれない、なんてことも思ったがおれはブンブンと頭を振って雑念を振り払い、今起きている状況の修正方法を考えた。
「やっぱり、今のおれの魔法のコントロール精度だと、均一に魔法を付与する厚みが制御できないってことね。それならば、」
今度はさっきよりも少し付与する厚みを厚くして岩を掘ってみる。すると、しっかりと手が岩に入っていき、岩を掘ることができた。
「うん、なるほどね。これ、ある意味コントロールのいい訓練になりそうだ。厚みを薄くすれば魔素の消費も抑えられるし、厚みの均一さの精度を上げれば、もっと薄くすることができる。」
実際、おれは既に30秒近く付与を行なっているがまだまだいけそうな雰囲気だった。これはもしかしたら、厚みの影響以外にも、そもそも剣に付与するよりも自分の体に付与してるというのも影響しているのかもしれない。さらに言えば付与してる面積も異なる。ただ、おれはこの風呂作りから1つの教訓を得た。
「剣に付与することしか考えてなかったけど、自分の体に付与するメリットもそれなりにありそうだな。」
こうしておれは、お風呂制作という名の魔法コントロールの鍛錬を始めたのだった。
うんなかなか色んなことが上手くいかない時ってありますよね。ちょうどこの部分を書いてた時は実は仕事がなかなか上手く行っておらず、そんな心情が作品に乗り移ってしまってました(笑)
そして現れた略奪者、さらに新たに始めたお風呂制作。物事が上手くいかなくても、物語はどんどん進みます。