修行開始!?
馬に乗って移動を続けるおれとラキカ。しばらくすると街道から進路を外れ、これまで左側にずっと見えていた森の中に入っていった。遠くからではよくわからなかったが、近づいてみると山岳の麓にあるそこそこ大きな森だった。
馬に乗ったまま森の中に入るとテペの森と同じような息苦しさを感じる。おそらくここの森も魔素の濃度が高いのだろう。森の外の日は落ち始めていたが、森の中に入るとより暗く感じた。
「今日はこの森で夜営するな。」
ラキカはそういうと、森の奥へと馬を進める。テペの森のこれまで狩りをしていたところは人の手がある程度入っていたので森の中でも比較的歩きやすい道が多かった。しかし、ここはあるのは獣道だけで人の手がほとんど入っていないように見えた。
いきなりの夜営がこの森の中か、そんなことを思っていると目の前に崖がそびえ立つ、少しだけ森の途切れた拓けた場所にでると、ラキカは馬の速度を落とした。
「このあたりでいいか。」
そういうとラキカはおれを地面に降ろし、馬に乗せてた保存食が少しだけ入っている麻袋をおれの足元に投げると、
「また半年後にここに迎えにきてやるから、それまでなんとかここで生き抜いてみろ。何、食べ物は豊富だし、すぐ近くに川も流れてて水も綺麗だ、適当に穴でも掘って暮らせば半年くらいすぐだ。雪が降る頃に迎えにきてやる。」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔でおれはラキカを見上げているとラキカは続ける。
「さっきも少し話をしたが、お前にはまだまだ基礎体力や精神的な強さが根本的にたりない。だからまずはここで半年間、技術的なところではなく、そういった強さを身につけろ。おれが稽古をつけてやるのはこの半年を乗り越えることができたらだ。それが嫌なら村に帰るか?」
おれは突然の出来事に理不尽さを感じるが、そうは言っても仕方がない。おれはラキカを見返し
「半年間ですね、わかりました。やってみます!」
と虚勢を張ってラキカに言い返した。
「よし、よく言った。んじゃ、まぁ頑張れや。」
ラキカはそう言うと
馬の手綱を引き、クルリと向きを変えるとそのままきた方向に引き返していった。
「あぁあ、ほんとに行っちゃったよ。」
おれはあまりの出来事に途方に暮れていた。
◇◇
ラキカがいなくなって、しばらくはその場でぼんやりしていたが、水を飲んで一息つくと少しずつ頭が回るようになってきていた。
「さて、おれはここから何をすべきだろうか。」
そんなことを口にしながら、まずはラキカがなげた麻袋の中身を確認すると、干し肉がいくつかと、乾パンなど、まともに食べれば5日分くらいでなくなるような食料や狩りに必要な弓矢、代わりの麻袋や麻紐など、いくつか必要そうなものも見つけることができた。放置されるといっても、ある程度なんとかなるように準備をしてもらえている。
「まずは寝床の確保、食料の確保、水の確保か。最優先は水で次は寝床、最後が食料だな。」
そう言うと、おれは麻袋を拾って水を探すことにした。ラキカが言っていたことが本当であればこのあたりに川が流れているはずだから、そこで水を採取ことができると踏んでいた。
森の入り口から来た方向には川は流れてなかったから、おれは崖沿いに、きた方向と反対の、森の奥に向かう方向に草をかき分けながら歩き出した。足にまとわりつく草とじゃれ合いながら少し歩くと、水の流れる音がしてくる。音のする方向を確認すると、この崖沿いに歩いた方向で間違いなさそうだ。こうして、さらに歩くこともう少し。
目の前には山岳側から轟々と音を立てて流れ落ちるそれなりの幅がある滝と滝の下には大きな滝壺があり、小さな川が流れていた。岸辺の水深が浅い部分は水が綺麗なのか地面までよく見えるが、滝の真下にあたる部分は滝の落差がそれなりにあるからか、ある程度深いのだろう、青黒く底が知れなかった。
「ほぉー」
おれは思わず声を上げる。これまでも滝を見たことがないわけではなかったが、どこも観光地として知られたところであり、大自然の中で見世物にされていない滝を見るのは初めてだったため自然と感嘆の声が上がる。
滝壺に近づき、水に触れてみると冷んやりと冷たい。山の上から流れてくる水だから当然だった。おれは手にその水をすくうと、少しだけ口に含み舌の上で味を確認すると、とりあえず味はただの冷たい水だった。悩んでても仕方がないし、おれはその水を飲み込む。
「まぁとりあえず飲んでいきなり死ぬとかそーゆーことはなさそうだな。ラキカも水があるって言ってたくらいだから多分ここのことを言ってたんだと思うし。」
おれはそう独り言を呟くと、持ってきた水筒に水を汲み、腰に手を当てぐびっと飲み干した。ジャパニーズ銭湯スタイルだ。
「うん、ここをおれの生活拠点にしよう。」
そう決めたおれは、辺りを見渡し、次のミッション、寝床の確保を考えた。日は傾き始めているが夜までは少しだが時間がある。
滝のすぐ脇は岩場が広がっているがその周りは崖と森である。ラキカの言うようにこの切り立った崖に横穴を掘って寝床にすることを考えながら、ふと滝の対岸の崖の麓が岩場に囲まれていながらも少し拓けているのが見える。おれは様子を見ようと、滝から少し離れた川幅が狭くなったところを渡り、先程見えていた対岸の崖を目指す。川幅は狭くなってるといっても濡れずに渡ることはできないからおれは仕方なく足を濡らしながら川を渡る。
「んー、夏とはいえやっぱり山からの水は冷たいなー流石に浸って体を洗うとかは無理だ。」
川底に転がるゴツゴツした苔で覆われた石ころで、おれは思わず足を滑らせそうになりながら対岸にようやく渡るとそのまま先程見えていた崖に向かって歩き出す。見えていた崖の麓に来ると、拓けた場所の崖の一部が黒くなっているのが見える。ふと疑問に思い、近づいて見ると、そこは黒くなっているのではなくて、横穴が広がっているから黒く見えたのだった。
「お、あそこの横穴で雨風は凌げそうだな!」
そうして近づき、中の深さを覗き込むと、人が何人か入っても問題ない程度のそこそこ大きな洞穴で、どう見ても自然にできた穴というより、何かが作った穴だった。
「穴はあるけど、魔物の寝床だったらどうしよう。」
そんなことを言いながら洞穴に入り中の状態を確認する。
「んー、暗くてよく見えないが、今のところ大丈夫そうだな。」
そう思ってふと入り口あたりを見ると、そこには丸石がいくつか綺麗に並べて円が作られており、その真ん中は微かに黒く煤けた跡が残っていた。
「ん、これってもしかして、かなり時間は経っているが誰かが何かを燃やした跡か?」
ふと思い返すと、タリスもここで修行をしていたと言っていた。もしかしたらまさにここはタリスが使っていたところかもしれない。
「これってちょっと卑怯な気もするけど、あるものは有効活用しなくちゃな!とりあえず寝床もゲットだ!」
おれは一人で手を上げに上げてガッツポーズをする。最近、なんだか独り言やら一人でポーズをとることが多くなってきた気がするが、寂しいわけではないんだ、きっと。。これも適応力だ。
そんなことを言いながら、おれは気を取り直すと次なる目標の食料探しのために森へと出かけるのであった。
ラキカと修行開始!と思ったらあっさり置いていかれたショウ。タリスが師匠に殺される、といっていたのはおそらくこのことだったのでしょう。でも、ショウはまずは前向きにこの苦難を乗り越えていけそうですね!そして子供の頃のタリスに感謝です。この森での生活、果たしてうまく行くのでしょうか?
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