事前準備
次元の間でようやく全員の意思が固まるといよいよ具体的な戦法を話し始める。
「それにしても、ワーグナー相手にどうやって戦うんだ?」
ラキカが当然の疑問を投げかけるがその問いには思いがけない答えがディーナから返ってきた。
「その意味ではな、殺すだけならワシが本気を出せばいくらでもやりようがある。厄介なのはあの当たったものを無に返す黒い塊だけだからな。あれは防御障壁としても機能するはずだが、そんなものは全てワシの前では無意味じゃよ。」
いろいろツッコミどころか満載な気がするがとりあえず話を進めよう。
「んじゃなにが難しいの?」
「まず準備無しで戦えば巻き添えを出さないことが難しい。だからこそ、ワシはあの場では撤退を選んだ。だが、こっちは準備する時間さえとれば取るに足らない問題じゃ。ワシが本当に難しいと考えているのは、なんとかしてあやつと共に手を取る道がないのか、ということじゃ。一方的にワーグナーが悪いからワーグナーを殺す、というだけでは立場が違うだけでやってることはワーグナーと一緒だし、それでは本当の意味での平和はやってこないからの。」
ディーナの言っていることはもっともである。おれがボグイッドを倒したときも、あのときは怒りのあまりに殺してしまったが、それが本当に正しかったのかは正直今でもよくわからない。もちろん、先代のアーガンス王を殺したきっかけとなったのはボグイッドによって指示を受けたグレイブだったから、報復という意味では間違っていなかったと思うが、それではいつまでたっても復讐の輪廻は終わらない。
「そういうことなら、まずはワーグナーの要望を確認しないといけないわね。具体的に統治したら何がしたかったのかを。それが叶えられれば、統治する必要はなくなるわけでしょ?」
「それなら話は簡単なの。ワーグナーは全世界を自分の領地にして、自分の力をつけたいなの。自分の地位を守りたいなの。」
ただ、さっきの話で魔族の力が領地と魔素の量に比例するのであれば、できれば自分の配下の魔物をたくさん全世界に置いておきたいのだろうがそんなことをすれば人間が駆逐されてしまう。
「それなら、例えばまずは僕とショウがいるオスタ、アーガンスに人間と共存が可能だと判断できる魔物によるコロニーを作ったらどうか。そして、人間にも魔物にも共通のルールを作りそれを破ったものは誰であれ処罰の対象とするとか。」
たしかに、余っている土地なんていくらでもあるし、そこに節度を持って住んでもらう分には何の問題もないはずだ。もちろん、それすら嫌がるのが人間の欲深いところだから、その点は何とかすべきだが。
「なるほど、その説得をおれたちが国の人間に対して責任を持ってやるから、ワーグナーと和平交渉ができないか、ということだな。おれたちはおれたちで、人間側にかなりのハードネゴが必要だが、それくらいしなければ本当の平和の実現というのは難しいかもしれないな。」
ディーナも頷く。
「もしそのようなことが可能なのであれば、処罰の執行はワシらが責任を持って行う、というのもよいかもしれんな。その場合、法の整備についてはワシらは介入しない方がよいじゃろう。もし、法の整備までワシらがしてしまったらワシらが統治しているのと同じだからな。長い目でみた方向性はそんな感じでよいじゃろう。」
しかし、ティナが手に持ったカップを置くと自らの懸念を打ち明ける。
「ちょっと気になったんだけど、そもそもワーグナーは自分が一番強いと思ってるなの。その状況でそんな話をきいてくれるかなの。」
ティナのいうことは至極当然。力で制圧できるのであれば、全て自分に逆らうものは駆逐し、変なルールに縛られず自分の好きにやりたいだろう。
「そう、今の課題はそこなのじゃ。実はその点も策はある。あるのだが、その策の実現が実は一番難しいとワシは考えておったから、あの場では戦わず、一度引き上げた。だから、さっき話していた領土の問題はそのあたりの話がすんでしっかりと地固めができてからじゃ。」
ディーナが難しいと思うことなんてかなり厄介なんだろう。できれば聞きたくないが流れ的に聞かないわけにもいかないか。
「そもそもディーナは何をするつもりなの?」
ディーナはひと呼吸を置くと全員を見回しながらゆっくりと口を開く。
「あやつを封印、転生させるのじゃ。」
◇◇
ディーナはワーグナーを転生させ、生まれ変わった時点でディーナたちが一から育てることで自分たちを絶対強者と認識させた上でワーグナーに魔物の統治を行わせる、というのが狙いだそうだ。
そして、そこには最大のハードルが3つあるらしい。1つ目は封印のためにワーグナーの魔力を枯渇させる必要があること。2つ目は枯渇させるためにこの世界が崩壊しないようにすること。3つ目は再教育した後に結局今より強くなったワーグナーが再び人類に牙を向かないように育てること、だそうだ。封印術式はディーナ1人で発動できるそうだが、世界崩壊を防ぐ結界の維持をしながら、ワーグナーの魔力を枯渇させ、且つ封印を行う、というのはディーナの実力をもっても不可能らしく、そのどれもがディーナ相当の実力が必要らしい。
一連の説明が終わり、ディーナは一息つくとお茶とお菓子を出し直してくれる。改めておれとコウの方を見る。ちなみに、このときようやくおれはディーナから椅子を出してもらえた。
「というわけでな、2人にはワシらの力を分け与えられし者として、もうちょっと強くなってもらわないといけないのじゃ。特にショウ、お前はワシの力を全然使いこなせていないからこの辺をまずなんとかする。ちなみに、申し訳ないがこの領域になってくると普通の人間ではどうもこうもしようがない。ラキカとアリス、すまんがここからはコウとショウの2人に任せたいがよいな?」
ディーナの問いにラキカとアリスは頷いている。
「むしろ、あんな相手に一緒に戦えなんて言われたら、ドン引くわ。」
「あぁ、さすがにおれもあれの相手は今のおれではできんし、そもそも嫌だな。すまんがショウ、後は頼んだ。」
こうしておれとコウの外堀が完全に埋まってしまったことをいい事にディーナは話をどんどん前に進める。
「よし、じゃあ早速始めるのじゃ。あ、この時点で死んだらすまんな。」
ディーナは何やら不吉なことを口走るがこうしておれたちはワーグナーとの戦いに向けて準備を進めるのであった。
平和への道筋は平坦ではないでしょうが、まずはその前にワーグナーを封印するという大きな山を越えないといけないようですね。