ワームホール、再び
おれたち全員はディーナの生み出した黒い渦の中を移動していた。まさにそれは、おれとコウが転移前に実験していたブラックホールそのもので、その中に飛び込むと転移前に見た光る円環をあっという間に通り過ぎ、気がついたときにはおれたちは真っ黒な世界に飛び出していた。
「ここは?」
アリスは自分の手足を見ながら周りをキョロキョロし、現状の把握に忙しそうだった。
「次元の狭間、とでも呼ぶべき場所じゃな。とりあえず、まずは傷の手当じゃな。」
ディーナはラキカの元へ歩み寄り、無くなった腕付近に手を当て、緑色の光を放つとみるみる腕が回復していく。
「おぉ、流石は次元神!」
ラキカはにょきにょきと自分の腕が元通りに戻っていくのを感心してみていたが、元通りになった腕で手を広げたり閉じたりして少し残念そうな顔をする。
「やっぱり、あの力はなくなっちまったんだな。」
そう、ラキカの専売特許である魔法無効化の能力である。
「あぁ、流石にそこまでの復元は無理だった、すまない。
ディーナの申し訳なさそうな顔にラキカは首を横に振る。
「もういいんだ、おれは今回でどの道こういったことからは一切足を洗おうと思ってたんだから。ちょうどいい踏ん切りがついたよ。まぁそんなことよりも、自己紹介がまだだったな。おれはラキカ。ショウに色々指導してた所謂師匠ってやつだな。」
こうしてラキカの自己紹介を皮切りにおれたちはディーナとティナの2人に自己紹介を進める。
「なるほどな、アーガンスの騎士とオスタの騎士がそれぞれワシの力とティナの力を受け継いだということか。まぁこれも何かの縁じゃの。ほれ、お前もちゃんと挨拶をせんか。」
ディーナに背中をバンと叩かれ、よろけながら一歩前に出たティナは戸惑っていた。
「えぇーっと、何を話したらよいなの?私、ティナなの。おネエの妹なの。」
見るに見かねたコウが代わりに話し始める。
「お姉さんの妹って、自己紹介になってないと思うんだけど。ティナはみんなも知っての通り次元神の1人で、僕は小さな頃からティナに魔法の手ほどきを受けて今に至ってるくらい、本当によく面倒を見てくれてたんだ。だから、ワーグナーにやられたときにディーナがティナを助けてくれて、助かったし、嬉しかった。ディーナ、この場を借りて礼を言わせてほしい。本当にありがとう。」
改められて礼を言われたディーナは満更でもなさそうに無い胸を張っている。
「出来の悪い妹を持つと苦労するもんじゃ。おい、そこ。無い胸を張ってるとか思うなよ。」
ディーナがあまりに間髪いれずのツッコミをするので思わず心の中をこの空間でも読まれているのかと思ったが、その後試しに貧乳とかエセロリとか色々頭の中で思い描いたものの何も反応がなかったからどうやらたまたまだったようだ。
「ご、ごほん。何はともあれ、ティナ、やっぱりここにいるみんなにはどういった経緯でディーナを封印して、ワーグナーとどういった話をしていたのか、ちゃんと説明してくれないか?」
集まった面々はコウの提案に頷く。どうやらみんな同じような思いだったようだ。
「しょうがないなの。昔話をしてやるなの。」
「それなら、こんな殺風景なところで立ち話もなんじゃな。ちょっと待ってるのじゃ。」
ディーナは手を叩くと周りは明るい野花が咲き乱れる草原に代わり、そして椅子と机、ティーセットが準備されていた。
「わぁー、すごーい!これも魔法なの?」
アリスが目の前のあまりもの変化に目を輝かせていた。
「そうじゃ、万物の理を知ればこれくらいは造作もないことじゃ。もちろん、限定的な空間だからそこからでればその先はさっきまでの空間が広がってるんじゃがな。」
おれたちは椅子に腰掛けようとすると人数分に対して椅子の数が1つ足りないことに気がつく。
「あれ?椅子が一個たりないけど?」
おれの疑問にディーナが即答する。
「人のことをバカにするやつに座らせる椅子など準備するわけないのじゃ。」
あ、やっぱり心の声がディーナにはきっちりと届いていたらしい。おれは心の中で思った内容がアリスに知られなかったのを不幸中の幸いと思うことにしてみんなが座る中大人しく立って話を聞くことにした。
◇◇
おれ以外が座り、ディーナとティナの昔話を聞く。その話自体は、ほぼ童話として語り継がれていた通りで、正にこの二人は生きる伝説だった。
「私は、絶対に調和による平和なんて無理だと思うなの!だからこそ、力による統治が必要だと思うなの。」
「うむ、確かに理想論ではあるんだが、その理想論を叶えるためにワシらのような人智を超える存在がおるのだとも思わぬか?それこそがワシらの存在する使命ではなかろうか?」
「その人智を超える存在が私達以外にもいたなの!あのワーグナーの実力をオネエもみたなの!?あいつにはどうがんばったって勝てる気がしないなの!だから私は統治してもらう約束を取り付けてオネエを封印したなの!」
これまでも何度も繰り返されてきた2人の議論がヒートアップする中、おれはある意味当たり前の疑問を2人へ投げかける。
「んじゃなんでディーナが封印されてた間に実際には統治しなかったんだろう?できるならやってたんじゃない?」
おれの問いにディーナは首を横に振る。
「残念ながら当時のあやつにはその実力がなかったのじゃ。今でこそ北の大地を統治する魔族はワーグナー1人になったが、それまでは10人以上の魔族がしのぎを削っていたのじゃ。魔族の強さは統治する土地の面積の魔素の強さに比例するから、今と昔ではその強さが比較にならんのじゃ。ワシも、もしあやつがここまで強くなるとわかっていたなら当時ティナなんかに封印されずにあの頃に倒しておったかもしれぬ。まぁそれとてワーグナーの代わりを生む結果になるだけだったかもしれんがな。」
なるほど、つまりはおれはアーガンスを守るためだと思ってボグイッドを倒したが、ワーグナーを倒せなかったら人類全てから恨まれるようなことをしてしまったのかもしれない、と言うことか。世の中、何が本当に正解かなんていうのはなかなかわからないものだな、とつくづく痛感させられる。
「ようするに、これまでにない力をつけたワーグナーを止めなければおれたち人類は破滅させられるだろうって話だろ?だったらあいつを何とかするしかないんじゃないのか?」
ラキカの言葉にティナは反論する。
「なんでワーグナーが人間を滅ぼすってわかるなの!?あいつは統治するって約束してくれてたなの!」
これにはディーナも少し呆れていた。
「お前、馬鹿かの?さっき殺されかけたのになんであやつをそこまで信用できるんじゃ?あやつはワシを封印したくてティナを利用したにすぎん。ワシも今回直接会うまではティナの言ってることを信じてやりたかった。だがな、今回、ワシに攻撃しようとする背後から平気な顔しておまえを貫く姿を見て残念ながらワーグナーのことは全く信用できなくなった。」
ここまで言われるとティナはぐうの音も出ないようだった。
「そ、そんな、私はずっと間違ってたってことなの?」
肩を落とすティナの肩にラキカはそっと手を乗せる。
「誰でも間違いや過ちはあるさ。だからこそ、それに気がついたときに何ができるかが重要なんじゃないか?」
ティナは顔を上げ、ラキカの方を見る。
「そう、かもなの。まだ何が正解かはわからないけど、まずは私をだましたあいつは許さないの!」
おれはティナの決意に頷き同調する。
「誰が正しいかなんて言うのは正直よくわからないけど、だからといってこのまま黙って家族や大切な人が殺されるのを黙って待ってるのなんておれは絶対に嫌だ。だから、ティナ、力を貸してほしい。」
ティナの強さはさっき戦いを見ていたから理解しているし、敵にいるのと味方になるのとでは大きな違いである。何より、ティナが正面切って味方になってくれればコウの協力も得やすい。それを見越してか、コウからも頼み込む。
「ぼくからもお願いだ、ティナ。よろしく頼む。」
おれたちに頭を下げられ、少し照れくさそうにするとティナは何かを決心したようだ。
「わかったなの!じゃあ、私も全力で協力するなの!その代わり、この戦いがおわったら私をコウの城に住ませるなの!それが条件なの!」
神と名のつく存在が城に住みたいと思うのはいかがなものかと思ったがコウからすればお安い御用たろう。快諾すると2人は改めて手を出すとお互いの手を取り合った。
こうして、おれたちは打倒ワーグナーに向けて結束を固めるのであった。
ディーナがつくった黒い渦はなんとブラックホールでした。そして、全員の意志が固まったところで、一堂は次なる行動に移ります。