裏切りと勧誘
突如ティナを後ろから槍で突き刺し、ワーグナーが現れた。全員が一瞬固まる中、最も早く動いたのは洗脳から目を覚ましたコウだった。
「ティナ!」
コウはティナの元に駆けつけ、槍を地面から引き抜こうとするがびくともしない。
「この、こんな槍くらいで!」
コウは自らの短剣に斬れ味を付与するために雷魔法をつけて突き刺さった槍を斬ろうとするがびくともしなかった。
「ついさっきまで洗脳されてたのに、助けたいんだね、変なの。」
すると、ディーナがコウの元に移動したかと思うとティナを貫いている赤い槍を掴み、その手のひらに魔素を集める。
「ふん!」
するとディーナの掴んでいた部分がなくなり、支えがなくなったティナの体は地面に倒れる。コウはすぐにティナを抱えると、ティナは肩で息をしていた。
「な、なんでなの?私はこれまでワーグナーのために色々手伝ってきたなの。」
ディーナはティナの傷口に手を当てると、緑色の光がその手に灯る。一瞬、ティナは苦しそうな顔をするが次第にその顔色は良くなってきていた。
「このグングニルの槍を消失させるなんて、やっぱり流石だね、ディーナ。それにしても君まで彼女を助けるんだね。数百年も封印されていたのに。それと、ティナ、残念ながら力無きものに用はない。その代わりに、ディーナ、ダメ元で聞くがぼくの配下になるつもりはないかい?」
ディーナはワーグナーを睨みつけ応える。
「妹をこんな目に合わせておいてよくそんな口がワシに聞けるな。もちろん、ノーじゃ。」
ディーナの応えにやれやれ、といった顔を見せながらワーグナーは大げさに残念そうな顔をする。
「残念だよ、君とならより良い世界を築けると思ったんだけどね。」
そう言うと同時にワーグナーのそれぞれの手に真っ黒な体の大きさを有に超える大きな塊が1つずつ出来上がる。
「でも、それなら仕方ないか。この先邪魔をしそうな人にはこの場で消えてもらうしかないね。」
ワーグナーはその1つをおれとラキカ、アリス、ティナ、コウがいる方に、もう1つをディーナとココがいる方に投げつける。
距離的に余裕のあったディーナはココを抱えて放たれた黒い塊を避けるが、おれたちの方は残念ながら避けることができるだけの時間がない。どうしたものかと悩んでいるとラキカがおれたちの前に立つ。
「うぉぉぉぉぉー!」
ラキカは利き手と反対の手でその黒い塊を押し止めるとどうにかその黒い塊を消失させる。
「へぇ、この魔法を消すなんて、君、マジックキャンセラーなんだね。でも、その代償は高くつくよ。」
そう、ラキカは魔力無効化があるからたかだか魔法弾を消すのにあんなに叫んだりしない。しかし、そうはいかなかったのはワーグナーの放った魔法が特殊だったからである。おれはラキカの方を見ると魔法を止めた腕が根本からきれいさっぱりなくなっていた。
「ら、ラキカさん?」
おれは驚きのあまり気の抜けた声を上げる。
「お前たちを守れたんだ、腕一本くらい安いもんだ。」
ラキカは苦し紛れに笑ってみせるがその笑みには悔しさや怒り、悲しみなどが滲み出ていた。その表情を見たおれの中で怒りが沸き起こってくる。
「何をしてくれてんだぁ!」
おれは無我夢中で、ボグイッドを倒したときに使った光の剣を生み出し、ワーグナーにむかって斬りかかる。
「やめるんじゃ!」
ディーナはおれを声で制しようとするが、おれはその言葉を無視してワーグナーに突っ込む。しかしおれが光の剣を振るった軌道は先程ディーナが消失させたグングニルでワーグナーの手によって止められる。
「なっ!?」
仮にも、この北の大地を二分する勢力の片方を蹂躙した剣である。いくらなんでも武器1つで防がれるとは思ってもいなかったおれは驚きから一瞬反応が遅れる。
「なかなかいい剣だけど、その程度では、ね。」
ワーグナーは再び手に黒い塊を構えおれに放つ。この超至近距離では避けようがない。そう思った瞬間、何かに引き寄せられ間一髪黒い塊を避けながらおれはディーナの元に吹き飛ばされる。それはディーナの魔法だった。
「馬鹿者が!相手の実力もわからぬまま突っ込むな!ここは一旦引くのじゃ!ティナたちも!」
ディーナはおれたちとコウたちが集まったちょうど真ん中あたりに向かって手をかざすとそこには黒く渦巻いたものが形成されていた。
「逃げるとわかっててみすみす逃がすと思うかい?」
ワーグナーはディーナが生み出した黒く渦巻いたものに向かって黒い塊を放つとディーナは無視するかのように全員に言い放つ。
「あれはワシがなんとかする!さぁ、急いであそこに飛び込むのじゃ、持って数秒じゃ!」
ディーナはワーグナーと黒い塊に向かって振り返るとその全身から青白い光を放ち前に突き出した両腕に集中させ、魔法を発動させる。
「時よ!」
その言葉と同時におれたち全員を囲んだ半球が出来上がる。ワーグナーと放たれた黒い塊はその球の外に位置していたが、その動きはかなりゆっくりしたものになっていた。ティナとディーナを除く全員があまりの出来事に驚いているとディーナから叱られる。
「お主ら、早くせい!この状態も長くはもたん!」
その言葉におれたちは我に返り、ディーナが作った黒い渦に飛び込むとその直後、ディーナの時間魔法が切れ、ワーグナーの黒い塊が黒い渦を掻き消した。
「ちぇっ、逃しちゃったか。」
ワーグナーは一人呟くと自分の居城である北の大地の北東部に戻っていった。
ティナを後ろから指したと思ったら今度はディーナを勧誘するなんて、かなりふざけた奴ですが、どうやらその実力は折り紙付きのよいです。圧倒的な実力差がありそうですが、ショウたちはどうするのでしょうか?