旧友からの相談
オスタとの戦争やオルガを倒してから数ヶ月後、青葉の茂る夏から、木々の葉が色付き、そして落ち始める冬の始まりへと移り変わる。この間、アーガンス王はオスタとの関係修復、強化に努め、ようやく様々な今後の取り組みが決まり始めたところだった。
オスタ側はコウの調整の甲斐あって、戦争前の街の返還と物的被害のみに要求を止めていた。しかし、それではあまりにもオスタの国と兵に申し訳がなさすぎると、アーガンスからの提案で何か他に今後の両国の発展のためにできることはないかと打診したところ、アーガンスの責任の元、両国を結ぶ街道の整備をしてはどうかとなった。たしかに、現在も街道はあるものの、整地されていない部分もあり、馬車で走るにはあまりよい街道とはいえなかったためアーガンス側はこれに同意し、終戦協定への締結となった。
また、この協定とは別に、友好条約も締結しており、両国間の関税の廃止、定期便に関する取り決め、そして両国の定期的な会合などが決められ、こちらも締結がされた。
この日は、第一回の会合で、おれは王の護衛としてオスタに来ていた。実質上は王子としての立場となるのだが、婚約発表のみで、結婚式は準備に時間がかかっているため、正式に王子として迎えられるのはもう少し後である。しかしながら、騎士団も状況を理解しているため、おれが今回の護衛に付くことに対しては特に異論はないようだった。
何度めかになるオスタの街並みは何度きてもアーガンスと異なり新鮮に感じる。オスタは貿易都市として発展してきた経緯もあることから、港に面して城を構えている。南に海を、北と西には山を構えていて、山々を背後にした城という意味ではアーガンスも同じであったが、オスタはそこに海が加わるためまた違った雰囲気だった。また、アーガンスから比べると海流の影響もあり暖かく、その気温の高さが人々を陽気にさせるのだろう。アーガンス王の会合中、おれは休憩時間となるため、街中を彷徨いていると様々な人に声をかけられる。
「へい、にいちゃん!どっかからきたのか?お土産に何かかっていかないかい?」
「今日の宿は決まってるか?よかったらうちの店こないか?今なら食事代サービスしておくよ!」
「お兄さん、いろんなところが凝ってそうですね。私が丁寧にマッサージさせて頂きますよ。」
おれは各方面からの呼び込みを軽く受け流しながら、目的地に向かって地図を持ちながら街中を歩く。この街で全般に見受けられるのは魚介類などの港ならではの食料品や異国から輸入されたのであろう香辛料や書物、家具などで、バラエティに富んでいた。
おれは目的地につくと、そこはオープンテラスの席があるカフェだった。ガラス戸を開き中に入ると、ここ最近幾度となく会っているコウが待っていた。
「遠いところいつも申し訳ないな。」
おれが席に付くとコウが申し訳なさそうに言う。
「いや、むしろこれくらいはお安い御用だ。本来であればもっと色んなことを要求されてもおかしくない状況だったからな。」
おれが席に付くとおれとコウ2人分の飲み物が運ばれる。目の前のガラスのグラスに入った黒い飲み物はもしや。
「アイスコーヒーか?」
コウは頷く。
「まぁもちろん名前は違ってて、見た目からブラックビーンズと呼ばれてるんだけど、製法や豆の種類はよく似てると思うよ。まぁ御託はさておき、飲んでみたら?」
おれは氷と共に入れられた半透明の黒い液体を口に運ぶ。
「うん、ほぼコーヒーだね!煎りが浅いし、おそらく引きも粗挽きだろうから、そこまで強い苦味がないし、少し酸味があるけど、アイスで飲むならこういった飲み方もありかもしれないな!」
おれたちは研究室のデスクではいつも眠気覚ましにとコーヒーを常時飲んでいた。そして、日常的に飲むのだからと少し味にこだわり始めると豆の産地や挽き方、煎り方などにもこだわり、それぞれ飲み手による好みやこだわりが強く出て、これが人によって違うから面白い。今回のコーヒーは転移前の物とやはり少し風味は違うもののコウとこうして転移前の飲み物を飲んでいると、まるで本当に以前に戻ったようだ。
「あぁ、そうだろ?そう思ったからこそ、ショウを一度ここに連れてきたかったんだ。この国では色んな物が他の大陸から運ばれてくるから、それでこういった物も手に入るわけだ。」
おれは再びコーヒーもどきを口に含むと鼻から抜ける香りを楽しむ。ここの気候だと暖かいためあまり好まれないかもしれないが、国に持ち帰ってホットで飲んでみたい。
「コウ、これって豆買えるかな?ホットで飲んでみたい。」
「言うと思ったよ。ほら、ちゃんと準備してある。」
コウはどこからか、袋に入ったブラックビーンズを取り出し、おれの前に差し出す。
「お、気が利くねぇ。ありがと。」
おれが手を伸ばし、受け取ろうとすると、コウはヒョイっと袋を持ち上げる。
「だが、何も条件無しにあげる、というわけにはいかない。だいたい、ショウはぼくに戦場での貸しもあるしな。」
そういえばそうだった。
「ほぅ、要するに、何か頼みたいことがあると。」
おれの問いにコウは頷く。
「実は、こないだ倒した魔物にはその後ろ盾をしていた魔物がいることがわかった。そいつを一緒に倒しに来てもらいたい。」
おれはいきなりの話に思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「ちょ、ちょっと、話が飛躍しすぎなんだけども。」
コウはグラスに刺さったストローをクルクルと回し、氷が溶けて薄くなった上澄みを掻き混ぜる。
「あぁ、ごめん。もう少し説明しようか。とある筋からの情報でな、こないだ倒した魔族が、その後ろ盾をしている魔族の力を豪勢に使ったらしく、その甲斐あって後ろ盾をしていたやつの魔力が今なら著しく低下しているそうだ。」
おそらく、グレイブか魔物を呼び出すのに、きっとその後ろ盾の魔族の力を借りたのだろう。そうでもなければ、あの量の魔物が簡単にでてくるとはなかなか考えにくい。そして、それを2回も行ったということはそれなりの魔力消費があって然るべきだろう。
「つまりは、そのタイミングで倒してしまおうってわけだな。」
「あぁ、そういうことだ。正直、これは侵略に近いかもしれない。ただ、放置しておけば後の脅威になる可能性があるのは理解してもらえるだろう。だから、無理に、とは言わないが、これは友として、相談したい。もし仮にショウがいかない、と言ってもぼくは一人でいくだろう。」
おれはどっしりと腰当てに背中を当ててふんぞり返り考える。そもそも、なんでコウはそんな情報を知っているのだろうか。あいつの後ろ盾の魔族をおれたちは倒せるのだろうか。どこに行くことになるのだろうか。疑問は尽きない。だが、生かしておいて良いことはなさそうだし、何より旧知の友人の頼みだ。おれはここで一緒に行かず、コウを失うことになったら一生後悔するだろう。
「よし、わかった。協力しよう。アーガンスとしても放置するわけにはいかないからな。それにしても、どこにいるんだ?そいつは。」
コウはおれの回答にとりあえず満足したようだ。目を瞑り、ひと呼吸置くと覚悟を決めたようにおれに伝える。
「北の大地だ。」
ついにこの時がやってきたか、とおれもコウと同じく覚悟を決めた。
◇◇
その頃、北の大地ではオルガを失ったボグイッドが拠点で暴れていた。
「あれだけ大丈夫かと聞いていたのにこの有様だ、どうなってるんだ!だから探っている連中には気をつけろと言っていたのに!」
止めに入ろうとするガーゴイルが、ボグイッドの放出した魔力にあたり上半身が消失していた。
「このままでは、このままではまずいぞ。何とかせねば。」
ボグイッドは焦っていた。北の大地の魔族も実は一枚岩ではなく、それぞれの領地争いがたえず、ボグイッドも当然争いに巻き込まれていた。北の大地は大きく分けると3つの勢力に分けられており、その1つがこのボグイッドが率いる勢力だった。残り2つのうち、片方が最近勢いをつけてきた勢力で、ボグイッドたちはこの新たな勢力に苦しめられていたため、やむを得ず人間の領地に手を出してきた、というのがアーガンス襲撃の背景である。
「まずは魔力を蓄えねば。今の状態では他国侵略は元よりおれ自身の身すら危ない。」
そういって北の大地の一角にある拠点の玉座に座り直すボグイッドだった。
コウの餌に釣られて乗っかってみたら、なんと行き先は北の大地でした。これまで何度か話に出てきた北の大地に、ようやくショウもいくことになりそうです。