終戦の宴
おれとコウがオルガを倒したその日の夜にはアリスたち騎士団もアーガンスに戻ってきていた。アリスとゼラスには心配をかけてしまったことを申し訳なく思っていたし、特にアリスにはこっ酷く叱られた。しかし、あの場ではどうしようもなかったこと、実はコウは転移者で、転移前に一緒に仕事をしていたことを説明するとしぶしぶ納得してくれた。ゼラスたち2人は戦場でのコウの言葉に従い、おれが火魔法を使った場所に行き、黒いススがおれではないこと、そして地面に少しだけ残った掘り返した跡を見つけ、おれが戦場から抜け出たことを把握していたようだった。
結局、今回の魔物の襲撃によって城門や街中に少し損傷は見られたが、被害はかなり少なかった。これらは残された城に残された騎士と、ラキカの集めた有志のメンバーによる功績であろう。
その日の翌日には、王から話があるとこの国の住民の一戸から一人に限定する一方で、全家庭から人を集めた講演をすることを発表。そして、コロシアムでは全アーガンス王の暗殺はオスタの手によるものではなく、魔物によるものだったこと、オスタとの戦争の結果で負けたこと、実はこの戦争は王を殺した魔物が扮していた騎士団長によって計画されたが、魔物は始末されたことなどが矢継ぎ早に説明され、集められた群衆は突然伝えられる数々の真実の理解にしばらく頭を悩ませていたようだった。
王はこうなることを予測していたのだろう。
「なかなか次々と新しく伝えられる真実に驚き、戸惑う者も多いだろうが、折角だからこの機会に今回の一連の中で特に活躍した者を紹介しよう。」
会場の雰囲気がこれまでの混沌とした雰囲気から一気に前向きな感じに変わる。
「まずは皆もよくご存知だろう、ラキカ=クルニコア!」
会場が割れんばかりの活気に包まれる。ステージの上にいたラキカは両手を上げて観客席の歓声に応える。
「ラキカは、今回の魔物の襲撃を事前に予測し、自らの人徳で築いた防衛団によってこの国を守ってくれた。騎士団長を扮する魔族から、一番最初にこの身を守ってくれたのは、ラキカだ!」
拍手喝采がコロシアムを埋め尽くす中、王はほとぼりが冷めた頃を見計らう。
「次に紹介するのは、正に魔族を倒した2人。ショウ=フレデリック、そしてコウ=オスタだ!」
コウの名前に観客は驚きの余り不思議な空気になる。それもそのはずである。なんて言ったって、つい昨日まで戦争をしていた相手国の王族が、自らの国の救い手になるなんて、誰もが信じれないだろう。
「突然の名前に驚くのも無理はない。だが、このコウもまた、ラキカと同じく魔物によるアーガンスの侵攻に気がついていた人間の一人だ。だからこそ、アーガンスとオスタの戦争をいち早く切り上げ、無条件でアーガンスを許し、そしてこの国を救ってくれた。高い位置からにはなるが、この国の王として、まずはコウに礼を言いたい。ありがとう。」
王の言葉に、会場はまばらに拍手が起き始めるがその拍手は次第に大きくなり、この会場全体に響き始める。コウは周りを見渡すと一礼をし、魔法で自分の声を響きやすくして大きな声で叫ぶ。
「この度は、この場にお招き頂きありがとうございます。一時は戦争という形になってしまいましたが、これが魔族に仕組まれたことだということは私も理解していますし、国にもしっかりと報告をしたいと思っています。そうすることで、戦争前のような良い関係が築けることを願っていますし、そのように努力したいと思いますので今後、よろしくお願い致します。」
そう言って再び一礼すると、今度は会場全体から拍手が巻き起こる。
「こちらから仕掛けた戦争、オスタに無益で終戦締結をしてもらうのはアーガンスの威信にかかるが、この辺りは追々決めていこうと思う。そのときはコウ、よろしくお願いしたい。」
王はオスタとの友好姿勢を示すために敢えてこの場にコウを招いたのだろう。いくら魔族に仕組まれたとは言え、一時は戦争相手。家族がオスタに殺された者も中にはいることを考えるとオスタ自体への個人的な恨みができていてもおかしくない。全てをなかったことにはできないだろうか、できるだけそのような感情を国民が持ち続けないための配慮だろう。さらに王は続ける。
「そして、もう一人のショウは知ってる人もいるかもしれないが、今騎士団の中でも期待の若手が大金星を上げてくれた。何を隠そう、このショウはラキカの弟子だ。そういった意味ではラキカの師弟がこの国を救ったと言っても過言ではない。」
おれは観客席に向かってペコペコと礼をするが、実は王のここまでの話は正直どうでも良かった。もちろん、こういった場で栄誉を讃えられるのは嬉しいことではあるし、国を守ることができた実感を強めることができるが、おれはこの後の王の報告に、意識のほぼ全てを持っていかれていた。
「色々話をさせてもらったが、次で最後だ。」
王はわざとらしく勿体ぶって間を開けると聴衆もシンとする。
「第二王女のアリス=アーガンスは、このショウとこの度婚約し、ショウはショウ=アーガンスとなることをここに宣言する。」
全くこれまでの話と毛色の違う話に、聴衆は一瞬固まるが、これまでステージの下にいたアリスがステージに登り、おれの横に立つと、聴衆もどういうことか理解できたらしい。拍手が会場内を埋め尽くす。隣ではおれたち2人を祝福するようにコウも手を叩いていた。
「ほら、せっかくみんなが祝ってくれてるんだ、もっと胸を張らんか。」
おれとアリスは緊張と恥ずかしさから俯いていたが、ふと顔を上げて観客席を見ると、その場にいた全員が立ち上がり拍手を送ってくれていた。
「アリス、見てみなよ。」
おれがアリスにも顔を上げるように促すと、アリスも同じように状況を理解する。おれとアリスは見合い、頷くと深々と頭を下げると、この日一番の、空気が割れんばかりの拍手がアーガンス全体に鳴り響いていた。
◇◇
この後、この日は国を上げての終戦祭となり、アーガンス全体で夜遅くまでみんなが飲み明かす。おれはラキカとタリスに挨拶を済ませるとコウを連れて、ゼラス、アリスの2人を呼び出し、広場でお互いを紹介する。
「紹介が遅くなったけど、彼が転移前に一緒に仕事をしていたコウで、今はなんとオスタの王族の1人なんだってさ。で、こっちはいつも一緒にいるアリスとゼラス。あ、アリスはさっき説明があった通り……」
「あぁ、婚約者だね?戦場ではどうも。ショウ、やることが滅茶苦茶で一緒にいる2人は苦労してるでしょ?」
アリスは大きく頷く。
「改めまして。ほんとよ、ほんと。だいたいこいつは……」
こうして、おれは新旧の大事な人をそれぞれ紹介したが、アリスの積もり積もった鬱憤を聞かされるハメになり、お互いを紹介したのは愚策だったかもしれないと後悔するのであった。
コウを含め、これからのことについて話をする。もちろん、国同士の関わりになるためここにいるメンバーだけで決めれる話ではないが、中々こうして会える機会はないだろうからいくつか案を用意し、両国トップで話をしてもらい決めてもらうことにした。
きっとコウとは頻度が少ないかもしれないが両国の親善大使のような形でやりとりが増えるかもしれない。そう思うと、転移前に戻ったような不思議な気持ちだった。
おれたちは夜通し転移前も含めたこれまでのことを始めとしたプライベートな内容や、これからの両国の在り方、その中での自分たちの立ち位置について、議論をし、そして気持ちを共有した。もちろん、全ての意見が一致しているわけではないが、みんなが真剣に国のことを考えているのがそれぞれの話しぶりでわかる。コウの話っぷりを聞いて、一度オスタにもいってみたいと思えるほどだった。
そしていつしか、空の片側が深い藍色から青紫色に色付き始めていた。
「あ、もうこんな時間か、明日、というか今日には戻らないといけないからそろそろぼくは失礼させてもらおうかな。」
コウがその場を立つとおれたちもそれぞれの部屋に戻り、仮眠を取ることにした。
翌朝、コウの見送りのためにおれたちやラキカ、タリスや王などが城門まででてきていた。
「此度は本当に助かった。正式には国として説明を含め謝罪、謝礼しにいくつもりだ。その際はよろしく頼む。」
「事情が事情でしたので、お力になることができてよかったです。オスタで盛大にお迎えができるよう、準備に努めます。」
「コウ、これからは両国の名前を担いで会うことになるだろうね。そのときを楽しみに待ってるよ。」
おれが馬に乗るコウに手を出すとコウもパシッと勢いよくおれの手を掴む。
「あぁ、できるだけその機会を早く迎えることができるよう、尽力しよう。」
おれたちは微笑み合い、その手を離す。
「あまり長居すると、どんどん名残惜しくなりますので、そろそろ行かせていただきます。皆様も、是非オスタにお越し頂き、その際はぼくに声をかけてください。」
おれたちは各々コウに声をかけると、コウはゆっくりと歩きだす。そして、少し距離を開けたところで一度だけこちらを振り返り、大きく手をあげ、おれたちが応えるのを見ると、馬の腹を蹴って、地平の彼方へと走り去っていった。
「さぁ、これから大忙しだ。皆の者、手を貸してくれるな?」
王の問いに皆が頷くと、おれたちはここから始まる新たなアーガンスの時代の幕開けを感じていた。
オスタとの戦争で結局は負けてしまったアーガンスですが、苦難を乗り越えたアーガンスはここから大きく国として飛躍していくでしょう。
ここまでで第8章王国襲撃編はお終いです。次からは最終章北の大地編がスタートします。夏頃から書き始め、ようやく終わりが見え始めてきました。そろそろ、最強のあの人が再び登場する予定ですのでお楽しみにお待ちください!