仮初めの決着
遂にグレイブが完全に魔物に体を乗っ取られ、グレイブが立っていたところには黒い肌をした鬼のような魔物がいた。
「ふぅ、ようやくあの忌々しい人間の体から開放されたぜ。俺様はオルガ。全く、チマチマと人の力使いやがって。力っていうのはな、こうやって使うんだぜ!」
オルガと名乗ったその鬼がその場で数度剣を振るうと、魔力がこもった斬撃がラキカに向かって飛んでくる。ベースが魔力だけであればラキカの場合あたっても痛くも痒くもないが、流石に斬撃が合わさっている魔力を受けるわけにはいかない。
ラキカは超高速で前進しながら斬撃をくぐり抜けるとオルガの懐に入り込み、斬撃を放って隙ができたその脇腹へ勢いに乗った一撃を見舞わせようとする。しかし、その剣戟はオルガのもう片方の手から突然生み出された剣で受け止める。
「甘い、甘いぜ!」
その剣にラキカの剣は弾かれ、そして今度は逆にラキカに隙ができてしまう。オルガが最初に斬撃を放った剣が今度はラキカに向かって振り下ろされ、ラキカの体に当たろうとした瞬間。
ヴゥン
ラキカの体がぶれて空気を振動させたかと思うと、オルガの剣はラキカの残像を通り抜ける。そして、ラキカは自分の残像を切り抜いた腕を狙い、再び剣を振り下ろす。
ザクッ
鈍い音と共にオルガの腕が斬り落とされ、そこからはドス黒い血が溢れ出る。
「ごのやろぉ!」
オルガは怒りに任せて剣を振るうが、既にそこにはラキカはいなかった。そして、ラキカは力を振り絞り、オルガの背後に回り込むとポケットから取り出した不思議な魔法陣の描かれた小さな魔石をオルガに勢いよくぶつける。すると、叩きつけられた魔石は粉々に砕け散り、そこから薄紫色の光が溢れるとオルガの周囲を包み込んだ。
「な、何をしたんだ!?」
オルガは自分の周囲に広がる光を見ると、どうやら事態を理解したらしい。
「この野郎、やりやがったな!」
そう言ってラキカの方に走り斬りかかってくるがラキカが避けるよりも先に、オルガを包む魔法の光がオルガの元に収束し、そして硬い球となってオルガをその中に拘束した。当然、中でオルガは暴れているがびくともしない。
「ふぅ、とりあえずこれでなんとか1日程度は時間稼ぎはできるな。」
ラキカはそう言ってこれまで纏っていた赤い気の光を消し、その場に座り込む。
「お師匠様、大丈夫ですか?」
ラキカの様子を見て慌てて駆けつけるタリスと王に、ラキカはパタパタと手を振る。
「あぁ、大丈夫だ。ただの疲れだ。しかし衰えるもんだな、この力を使って魔物の腕一本とはな。」
ラキカは自分の力の衰えを嘆くが、それも相手が悪いのである。ラキカだからグレイブ相手に傷を追わせることができたのだし、だからこそオルガの腕を切り落とすことができた。しかし、昔のラキカであればこんなに疲弊することがなかったのもやはり事実ではあった。
「残りはお前の息子の愛弟子に託すしかないな。」
そう言いながらも満更でもなさそうに笑うラキカだった。
◇◇
場面はオスタとアーガンスの戦場に戻る。おれとコウは炎の壁の中で話をしていたが、炎の壁がなくなると、アーガンスの騎士には衝撃の光景が待ち構えていた。炎の壁から出てきたのは、何事もなかったように佇むコウだけで、その足元には人の大きさをした真っ黒になった黒い燃えカスが残っているだけだった。そして、コウは魔法で戦場全体に響き渡る声で叫ぶ。
「先陣を切って突っ込んできたこいつはこうなった。こいつの実力はおそらく騎士の中でも有数の者だったのだろう。他の者も同じようになりたくなかったら、今すぐこの戦争をやめにしろ。」
その強さに味方でさえ度肝を抜かれたショウであっても、こいつにかかればいとも簡単に殺される、というのがここにいるアーガンスの騎士たちの思いだったが、一方でこのまま終わるわけには行かない、という思いもあった。特にシンたちを筆頭にした、おれが元々分団長をしていた分団は仲間意識もあってか、怒りを込み上がらせていた。
「野郎共!うちの隊長がやられたのにこのままってわけにはいかねぇよな!弔い合戦だ!」
その掛け声に分団のメンバーは呼応する。
「うぉぉぉぉぉぉー!」
その叫びはまるで地響きで戦場全体が揺れているようだった。
「それが答えだというのなら仕方がないね。ちょっと休んでてもらうよ。」
コウはそう言うと、空を舞いながら胸の前で手を組み、そしてその手の中に淡い青色の魔法の光を灯らせると、アーガンス陣に向かって放つ。
「眠れ。」
その言葉と同時にアーガンスの騎士たちはコウを中心に呻きながらパタパタと膝をつき、地面に平伏していく。
「ど、どうなって、」
そう言いながら、強烈な睡魔に襲われ次々と眠りに落ちていくアーガンスの騎士たち。一部の魔法を使える騎士はその魔法には抗っているが自陣の騎士が邪魔で身動きがとれない。
そんな中、後方にいたアリスとゼラスは事態がいまいち理解できずにいたが、それでもアーガンスの騎士が危機的状況だということは先程聞こえた言葉から予想する。
「ちょっと待って、さっきあの相手騎士が言ってたのって、もしかしてショウのことじゃ?」
そんなアリスの言葉を裏付けるように何とか前陣から戻ってきた兵士が今回の団長であるグレンに状況を伝える。
「先陣を切った分団は相手の魔法によってほぼ活動できない状況。先陣を切った分団の分団長は相手の有力者によって殺られた模様です。」
そして、それを裏付けるように一人が相手陣営から直線的な動きでこちらの陣に突っ込んでくる。
「ま、まさかショウくんが?」
アリスはまさか自分の婚約者がこんなに早く死ぬことになるとは思っておらず、一瞬動揺するが、なぜかどこにも根拠はないがなんとなく生きていると信じていた。
「大丈夫よ、きっと。ショウはこんなとこで簡単に死んだりしないわ!もし死んでたら私が殺し直してやるわ!だから、あいつをとめて真実を確認するのよ!」
そう言ってアリスとゼラスはコウに向かって走り出すが、他の騎士で埋め尽くされている中で駆け抜けてくる相手だけを止めることはやはり難しかった。
そして、ついにコウがグレンの元に到達すると、グレンは剣を構える。しかし、時すでに遅し、グレンが剣を構えたときには既にコウはグレンを雷魔法で気絶させており、グレンの背後でグレンの首に剣を当てた状態で魔法で戦場全体に伝える。
「今、アーガンスの団長を気絶させ、おれはその首に剣を当てている。むやみな殺生はしたくない。10秒以内に降伏を宣言してくれたら、これ以上、お互い武力の行使はやめよう。もし、宣言しなかった場合は、ここにいるアーガンス兵全員を殺す。」
そう言うと、コウはその場で静かに待つ。戦場とは思えないほどの静寂に包み込まれ、辺りは異様な雰囲気だったが、数秒すると、グレンの護衛のためのアリスたちがいる分団の分団長が遂に苦しそうに降参を宣言する。それを聞いたコウは高らかに宣言する。
「よし、ではこれでこの戦争は終わりだ!オスタの勝利だ!」
あまりにあっさりとした幕切れだったが、勝ちは勝ち、負けは負けである。歓喜に溢れるオスタ兵とその対極に、どんよりと重い空気が漂うアーガンス兵。特に負けたアーガンス兵は大きく肩を落とし、これまでオスタとの戦争で溜まってきた疲れがどっと出たようだった。
「負けたんですね。」
「えぇ、負けたわね。っていうか、あいつ、なんて強さなの?もしかして、本当にショウが。」
アリスとゼラスは特に何もできないまま終わったことに後悔するが、それと同時にショウのことが心配になる。
「あれ?そいえばショウは結局どうなったの?」
「そいえばそうですね。ちょっとあの子に聞いてみましょうか。」
全員が悲壮感に打ちひしがれている中、2人はアーガンスの本陣にいるコウに向かって歩み、そして問う。
「ちょっと聞きたいんですけど、良いですか?」
ゼラスがコウに声をかけると、コウは不思議そうに首を傾げる。普通敵国の騎士に話しかけるなんてことはないからだ。
「なんだ?すぐ行かないといけないんだが。」
「すみません、最初に衝突していた少年がいると思うんですが、彼はどうなったのでしょうか?」
コウは話しかけてきたゼラスとアリスをまじまじと見ると何かに合点がいったようだ。
「あぁ、そういう事か。気になるなら現地まで行ってみるといい。おれはやることがある。失礼させてもらうよ。」
そう言うとコウは体を宙に浮かし、自陣へと戻っていった。
「なんなの、あいつ。なんか変なやつね。」
アリスは飛び去るコウを目で追いながらポツリと呟くのであった。
グレイブとの戦い、そしてオスタとの戦いは主役不在で一時幕切れとなります。ヒーローは遅れてやってくるものですからね!