王都での激戦
おれとコウが話をつけた頃、アーガンスの街中には城門から侵入してきた魔物があちらこちらで見られた。一方で、ラキカが張った薄紫色の障壁を外にいるラキカ陣営が確認すると、今まで影に隠れていた人員が一気に魔物の討伐に駆けつける。流石に城門の一部から入ってくる魔物の数はそこまで多くなく、なんとか事前に住民を避難させた障壁まで魔物が到達する前に倒すことができていたため、事態はそこまで深刻な状況にはならなかった。
その頃王城内ではグレイブとラキカ、タリスの戦いが始まっていた。しかし、そうは言ってもタリスはこの3人の中では完全に実力が離れていたために王の護衛に回っている。
「タリス、王を連れて離れたところでお護りしてろ!」
ラキカはそう言いながらグレイブに向かって袈裟切りで正面から剣を振るうと、グレイブはラキカの剣を躱し、禍々しい魔力を放つ剣をラキカに向かって振るう。
「いつまでもその程度の腕なら何とでもなるんだがな。」
そう言いながら躱すラキカは、まだまだ余裕がありそうだった。
「お楽しみはこれからですよ!」
グレイブとラキカは剣を構え直し、そして再び斬り結ぶ。
それを見ていた王は状況が理解できなかったらしい。
「なぜ騎士団長のグレイブとラキカが戦っているのだ?」
「簡単に言うと、グレイブ騎士団長があの剣に魔物にされてしまったから、ですかね。」
実はグレイブ自身のことはマリやステン同様、タリスも知っていて、普通の騎士の子供として生を受けていることは騎士団にいるときに話として聞いていた。だから、おそらくどこかでグレイブの本人が入れ替わったか、あるいは剣に精神を乗っ取られたかのどちらかだろうが、おそらくキッカのときのことを考えると後者の方が自然だろう。
「お兄様のキッカ様も今のグレイブ騎士団長と同じようにあの剣に精神を蝕まれ、そして最後は魔物になってしまった。おそらく、同じ状況だと思います。」
キッカの話をだされ、少し顔が曇る王。弟として兄を結果的に殺されたのは辛いが、一方で王族としてはやむを得なかったと納得せざるを得ないというのも事実。その両方の感情の間で揺れ動いた当時の記憶を思い出していたのかもしれない。
「そう、か。この国の位置は北の大地からも近いし、魔素の通りも良いから、魔物たちにとっては侵略したい場所だ、とは先代からずっと言われている話だ。狙われるのは致し方ないのかもしれないな。」
王は自分に言い聞かすように呟く。タリスは今繰り広げられているオスタとの戦争を含めてすべてがグレイブの手によって繰り広げられたことを説明すると、今度こそ王はショックのあまり膝をついてしまう。
「そうか。そんなところまで操作されてしまっていたのか。王として、なんとも不甲斐ない。」
しかしタリスは膝を付き、王に向かって首を振る。
「そんなことないですよ。王の存在があるからこそ、こう言った有事の際に、みんなが一致団結できるのではないでしょうか?今も戦地や、この街中で、この国や、王を守るためにみんなが必死に頑張っています。胸を張ってください。」
タリスは王にそう言いながらラキカの方を見ると、ラキカは少しずつ剣速が上がってきたグレイブに押され始めている。しかし、それと同時にグレイブの体から少しずつ赤黒い魔力が滲み始めていた。それを見たラキカは嬉々として叫ぶ。
「だいぶいい感じに仕上がってきたじゃねぇか、グレイブよ!だけどお前の力はまだまだこんなもんじゃないんだろ?」
一方のグレイブは漏れ出る魔力を抑えるのに必死で少し辛そうにしている。
「いい加減、くたばったらどうなんですか?もういい歳なんですから。」
グレイブは剣を振るう中で、魔素を単純にエネルギーの塊に代えた球をラキカに打ち出すが、ラキカは避けもしないで、その球に突っ込みながらグレイブに斬りかかる。
「ラ、ラキカ殿!?」
グレイブの放った球がラキカに直撃したのを見て、王が叫ぶが、ラキカは何もなかったかのようにグレイブに剣を振るう。
「すっかり忘れてましたよ!」
グレイブは焦りながらも何とかラキカの剣を躱すが、完全に避けきることはできず切先がグレイブの胸辺りをかすめる。
なぜ魔力の塊を受けたのにラキカは全く応えていないのか、不思議そうにしている王にタリスは説明する。
「お師匠様は元々魔素を受け付けない特殊体質らしいんです。そのせいで全くお師匠自身は魔法が使えないのですが、その代わりどういうわけか魔力の感知能力があるのと、そもそも魔法を無効化できるんです。」
ラキカのその特徴は騎士団にいたメンバー内では有名な話で、騎士に上がる前や上がったばかりの頃は剣しか使えないから不遇がられたが、そのうち類まれなる剣の素質と、魔法無効化能力が相見合って、その戦力は騎士団の中でも特質すべきものになっていたのだ。
「ようやく捉えたな!」
グレイブは血のにじむ胸を抑えながら再び剣を構えるが様子がおかしい。傷口からこれまで以上に魔力が溢れ出て、グレイブを包み込み始めていたのだ。
これまで、グレイブの人間の意思で押さえつけてきた魔物としての衝動がこれまでの戦いと、そして先程のラキカからの攻撃を受けて抑えきれなくなり、一気に膨れ上がってきていた。グレイブは、これまでこの魔物化を抑えつけることでこの剣を自らの意志の元使ってきていたが、ここまで長く、そして辛い戦いになったのは今回が初めてだったため、自分の意志で抑えつけることができる限界を超えてしまっていたのだ。そして、遂に自我による箍が外れる。
「ぐぅぉぉぉぉー!」
次の瞬間、グレイブの体から赤黒い魔力が一気に膨れ上がったと思うと、そこには先程のグレイブから一回りも二回りも大きい体をした魔物が立っていた。黒い肌をして、頭に二本の角を持つその姿は正に鬼のようだった。
「遂に出てきやがったか。さぁ、持ってくれよ、おれの体。」
ラキカはそう言うと、自らの赤い気を纏い、再び剣を握り直すのだった。
アーガンスでの攻防が激化する中、街中はなんとか保てていますが、ラキカ、グレイブの戦いは激しさを増す一方です。完全に空気と化してるタリスが少し不遇ですが、王の護衛も大切なお仕事です。