開戦への準備期間
おれたちがどこの家に入るか相談し、方針が決まると王と王妃を呼びに行き、その意向を伝えると2人は大層喜んでいた。
「それにしても、このことをいつ公表しようか。」
王は独り言のように呟く。セシルの場合は外に嫁ぐ形になったため大々的ではなかったが、今回の場合は王族の直系に男が入ってくるからこの結婚の意味は国としては大きい。だからこそ、タイミングは見極めなければならない。
「確かに、オスタとの件がありますからね。ぼくたち騎士団がそこで確実に勝てるなら、その後がよいですが、万が一負けたとなると、その状況で公表はちょっと不謹慎かもしれませんね。」
おれの言葉を受けた王が驚きの言葉を口にする。
「そのことだがな、実は、王から騎士団への依頼として、今回の戦争、やめてもらえないか話をしてみようと思ってるんだ。」
話によると、これまで何度か王は戦争へ反対の意思を騎士団に示していたが、騎士団には上手く躱されていたらしい。しかし、今回の魔物襲来で国民の危機を感じた王は自らの命と引き換えにしてでも戦争をやめるべきと考えているらしい。
「で、でもそんなことをしたらお父様が。」
アリスの言葉に王は首を横に振る。
「いいんだ、こうしておれの後任がいてくれる。この命を引き換えにこの国の将来が約束されるのであれば、それこそ喜んでこの命を投げ打つのが王としての務めであろう。」
なるほど、おれがアリスと結婚し、アーガンス家に入ることで王が死んでもおれに王位を引き継げるということであろう。そういうことであれば。
「王、自分の発言を覆すようで申し訳ありませんが、そのようなお考えの元であればアーガンス家にはいけません。」
タリス、マーナも続く。
「王、私からも前言を撤回させて頂きたいと思います。」
「イグニス、死に急いではだめよ?自己犠牲でこの国を救ったつもりかもしれないけど、残された人のことを考えて?」
王は代わる代わる言葉を口にするおれたちをみながら、悩んでいた。
「そうは言っても、前回みたいなことがまた起きないとも限らないだろう?」
それも間違っていない。なんならおれたちは前回以上の襲撃を想定している。ただ、だからといって王の命を代わりにして良い理由にはならない。
「王一人の命を救えなくて、どうして国民全員を救うことができるのでしょうか!?」
おれが立ち上がり強い言葉で言ったことに周囲が驚いていた。
「出過ぎた真似をすみません。」
おれは頭を下げ、一息吐いてから言葉を続ける。
「それでも、やはり自分の父親になる方の命を犠牲にして築いた平和なんて、ぼくは自分自身に我慢なりません。」
王はおれの意思が固いことを確認すると、大きく息を吐く。
「わかった、そこまで言うのであれば、ショウくんの言葉に甘えよう。だが、その言葉の責任の重さはわかっているな。」
王の瞳はおれの覚悟の深さを見透かすようにおれの心を深く覗き込む。
「えぇ、万が一の場合に備え、既に手は打っております。」
しばらく、誰も何も口にしない状態が続くが、王は遂に諦めたようだ。
「よし、じゃあショウくんにこの王の責任を以て全てを任せよう。こうなれば一蓮托生だ、どこまでもショウくんに付き合ってやろうではないか。」
王の言葉におれは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ご期待に必ずや答えてみせます。」
「それにしてもよいご子息を持たれたな。」
タリスとマーナへの言葉にタリスは答える。
「えぇ、自慢の息子です。どうぞこれからよろしくお願いします。」
王は頷くと話を本題に戻す。
「それだけ決意が固いのであれば、もちろんこの戦争、絶対に勝つつもりでいるのであるな?そうであれば、結婚の公表は戦争が終わってからにしよう。文句はあるまいな?」
おれはアリスと顔を見合わせ頷くと2人揃って返事をする。
「はい!」
おれたちの返事に王はふっと微笑む。
「さぁ、この話はこれで終わりだ!せっかくの料理が冷めてしまったかもしれないがこれからの両家のために腕によりをかけ準備した料理だ。しっかり楽しんでいってくれ。」
こうして、おれたちはようやく話が纏まり、準備された食事を堪能することができた。
◇◇
食事は最初に出されていたのはオードブルのように冷めても良いものばかりだったようで、おれたちの話が終わったことがわかると、次から次へと新しい料理が運び込まれた。王が腕によりをかけた、というだけあってその料理はどれも素晴らしく、生涯の中でもこれだけ贅沢な食事は指折り数えるくらいしかないたろう、と思えるものだった。
食事の中でおれはこの街を守る具体的な方針としてラキカが独自のルートで警備の準備をしていることを告げると、タリスもその中にはいることになった。そうはいいながらグレイブが相手になる可能性をタリスに伝えれば、タリスはラキカと一緒におそらく王の護衛に付くのだろう。ラキカからすれば気心知れた護衛が増えることでより安心できるはずだ。
この日は王が客間として一部屋用意してくれていたため、食事が終わるとタリス、マーナはその部屋に通される。アリスとその両親に挨拶をしてタリスたちに今日の礼をしにいく。
「お父さん、お母さん今日はありがと。無事一通り決めることができてよかったよ。」
「あぁ、ショウもお疲れさま。」
「イグニスをあんなふうに説得できるなんてなんだか私嬉しいわ。」
2人は疲れているだろうがおれを温かく出迎えてくれる。
「でも、ごめんね、本当はフレデリック家にアリスを招きたかったんじゃないの?特にお母さん。」
おれはマーナの方を向くと、笑っていた。
「バレてた?あんな可愛い娘に、色んなドレス着せたら楽しいだろうなって思ってたの。それに、一緒に買い物したりとかね。でも、大丈夫よ、それくらいなら私がたまにこっちに来たらできないこともないしね。」
たしかにその通りだ。これから2人にとっての孫ができたりしたらきっとこれまで以上にこっちに来る機会が増えるだろう。そのためにも、この国をしっかりと守らないと。
「まぁ今日は疲れただろ?帰ってゆっくり休むといい。お前がいない間の警備については、明日お師匠様も含めてゆっくり話そう。」
「うん、流石に王様相手に話を使うのは大変だね。そろそろ戦争の準備もあるし、今日は帰るね、本当にありがとう。」
こうしておれは部屋に戻り、長い一日をようやく終えた。
◇◇
そしていよいよ、おれたちは戦争に行く日を迎える。この日までにタリスとラキカが話をした中で防衛策の人っとして出てきた、この城下町全体への防御魔法をかけることにおれは協力していた。なんでも、おれとタリスが精神世界で修行するときにいた老婆がその魔法の存在を知っていたようで、特殊な魔法陣を描いた魔石を、五芒星の頂点に同じ魔素を溜めた状態に置き、キーとなる6つ目の魔石をその範囲内で叩き割ることでその五芒星の頂点を囲む半球に防護障壁が発動するらしい。その強さは魔石に込めた魔素の量に比例し、五芒星の頂点で描かれた円の面積に反比例するらしい。おれはそのときに溜まっていたありったけの魔力を5つの魔石に込め、王宮を覆うような円が掛けるだけの大きさの頂点にセットした。本当は街全体を覆いたかったが、強度の面から今回はやむなしだ。ただ、そうはいってもかなりの広さがあるから、この街にいる人たちが一時的に避難する程度としては十分だろう。おれはキーの魔石をココと一緒にラキカに渡し、魔石を使うタイミングなどは全て任せることにした。
「行ってらっしゃいにゃー!」
そう言って見送るココはまるでいつものクエストに出かけるときのような勢いでおれを見送っていたが、おれが帰ってこない可能性を考えないのだろうか、と思うがきっとそんなことはココにとってはどうでもよいのだろう。
おれたちは数日かけてオスタとの国境付近に移動すると初めての戦場になんだか緊張してくる。おれは副団長として4つに分けた兵団の1つを任されていたため、緊張はそのせいもあっただろう。おれたちの役割は敵陣に突入し、敵の陣形を崩すことだった。
おれは前日の夜、騎士と兵士あわせて数千人の前で話をする。
「えぇっと、まずはこんな若造が取りまとめをさせていただいて大変申し訳ありません。実際のこの兵団の指揮は事前に相談してシンさんにお願いさせて頂いておりますので、皆様、シンさんの言うことを聞くようにしてください。その代わり、ぼくは全力で敵を足止めします。微力ではありますが、皆様の援護、よろしくお願いします。」
おれはここに移動するまでの間、本来であればこの兵団を任せるべき人間を見つけ出しており、それがこのシンであった。シンは前回の魔物襲撃時のおれの活躍を知っていたため、最初は遠慮するなと断られたが、結局おれが前線で戦いたいことを伝えると最終的にはおれのお願いを快く引き受けてくれた。
「今紹介されたシンだ。今回のおれたちの役割は至ってシンプル、とにかく暴れて陣形を崩すことだ。このファイトジャンキーのショウは前線で戦いたいがためにおれが代わりに指揮を取るが、おれの指揮もシンプルだ、みんな、暴れてやろうぜ!」
シンが声と同時に右腕に持った剣を高々とあげると、その声にあわせて全員がうぉぉぉー!っと声が上がり、同じく剣を掲げる。やばい、戦地って初めてだけど、このシンのおかげか、モチベーションがあがり、不思議とテンションが高くなる。だが、目的を見失ってはだめだ。なんとかしてこの戦争を早く終わらせて、城に戻らなければ。おれはそう自分に言い聞かせ、戦地特有の熱気に包まれながらその日の夜を過ごした。
王との調整や城の防御、そして副団長としての役割など、ショウにかかる負担は増えるばかりですがまだまだショウは元気そうです。
そしていよいよ始める初めての戦争。果たしてどうなるのでしょうか?