大きな決断
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
魔法の同時行使習得に向け、水魔法の次はおれはただひたすら風魔法を使っていた。風魔法を使いながら火魔法、水魔法、土魔法と様々な属性を使い分けていく。ベースとなる魔法を無意識化で使えるようになれば、もう片方の魔法を同時行使するのはそこまで難しくなかった。おれはたまたま覚えることができた水魔法に加え、使い勝手がよく、頻度が高そうな風魔法、火魔法、そして雷魔法を修行を始め、その翌日には無意識化で使えるようになっていた。
そしておれは修行の最終日と決めていた3日目、おれがこれまでずっとやりたいと思っていたことが遂に実現可能となる。
「ずっとやってみたかったんだよな、複合魔法。」
おれはアリスから昔聞いた複合魔法にずっと憧れていて、密かに王城内の図書館にある文献で複合魔法について調べていた。いくつか種類があったが、その中でもおれは記憶に残っているものの中で、最も広範囲で殺傷能力が高そうな魔法を選ぶ。おれはこれまで寝泊まりしていた滝の近くから少し離れた森の中のちょっとした広場で魔法の準備を始める。
おれは左右それぞれの手に魔素を溜め、そして左手には火魔法、右手には水魔法を発現させるイメージを持つ。するとおれの両手は火魔法の赤色と水魔法の青色が輝く。おれは微妙な魔素の量をコントロールしながら、左右の出力を合わせる。このコントロールが難しい。普段火魔法を使い慣れているため、どうしても火魔法の出力が高めにでてしまう。
「もうちょっと水魔法を強く。」
そして、しばらく調整していると、ようやくおれの中で何かがカチリとハマった感覚がする。それと同時に今まで感じたことのない速度で魔素が放出されていっていることに気がつく。
よし、今だ!おれは決意と同時に声を上げる。
「どぉりゃぁー!」
おれは叫び声と同時にその両手から魔法を解き放つと、おれの目の前で青と赤のそれぞれの魔法が交錯し白い光を放つ。そして次の瞬間、その白い光は一気に膨れ上がり、周囲を吹き飛ばす灼熱の爆風を巻き起こす。
「こ、これ、やばい!」
おれは咄嗟に地面に手を付いて土魔法でかなりの深さまで地面に穴を掘り、地中に潜ると同時にそこから上に向かって風魔法をほとぼりが冷めるまで送り続ける。
しばらくそうしていただろうか。耳が爆音のせいでモンモンいっている。そして、ようやく外がおさまったように感じたのでおれは穴を出て思わず絶句する。
「これ、やっちまったな。」
おれが修行していた場所の周囲の森の木々は綺麗になくなり、魔法の起点となった場所はまるで小型の隕石が衝突したかのように地面が窪み、そして中心付近の地面は赤熱していた。
「こんな魔法、一体どこで使うんだよ?」
おれは一面焼け野原になった森を見ながら、呆然と立ち尽くすのであった。
◇◇
残念ながらあの魔法を使うと魔素をそこそこもっていかれるようで、他の複合魔法を使うと何かあったときに困るから、今日は水と火の複合魔法の行使でやめることにした。こんな複合魔法なんか使わなくても、いくつかの組み合わせで実用的に使える魔法を思いついていたが、それはまた今度試すことにしよう。
修行の目的を達成したおれは両家の顔合わせのためにアーガンスへ戻る。おれが戻った翌日にはタリスたちがやってきて、その次の日には王との顔合わせをすることになっていた。
おれは騎士の礼服をきた姿で、タリスもおれと同じような格好だったが、マーナはどこで手に入れたのだろうか、派手さはないが手の混んだ刺繍の入った水色のドレスを着ていた。
「お母さん、そのドレスどうしたの?」
「せっかく久しぶりにお城に入るんだから、これくらいちゃんとした服きなきゃと思ってね。急遽作ってもらってたのよ。」
全く、もしかするとこの地も戦場になるかもしれないのに女の人は気楽なもんだな、と思うが逆にそれが女性の強さなのかもしれない、とも思った。一方で、もしかするとそれくらい気を紛らわせないとマーナにとっては辛い過去なのかもしれない。
「うん、マーナ、よく似合ってる。変わらないな、昔から。さぁ、それじゃあいこうか。」
タリスの呼びかけにおれたちは頷き、王宮へと向かった。すると、門の入り口で正装をしたマーナと后が待っていた。
「今日はようこそお越し頂きました。アリスの母、マリアットでございます。」
后の自己紹介にあわせてタリスとマーナもそれぞれ本名で挨拶をするが、后はマーナのことを知らないらしい。もちろん、旦那の姉がマーナだという名前であることは知っているし、姉の話自体は知っているのだろうが、まさか目の前にいるのがそのマーナだとは思わないのだろう。おれたちはアリスと后に連れられ、こないだおれとアリスが通された部屋に通される。
「それでは、しばしお待ち下さい。」
そういってアリスと后は一度部屋から退室する。
「いやぁこんな部屋あるんだな、おれも初めて入った。」
タリスがまるで田舎者丸出しで初めて王宮に入った人のようにはしゃぐ。
「えぇ、この部屋は迎賓の間といって、由緒あるお客様がきたときにしか使われない部屋よ。ショウ、随分とイグニスに気に入られているようね、よかったわ。」
確かに豪華な部屋だとは思ったが、そんなにすごい部屋だったのか。でもきっと、おれがここに連れてこられたのはおれが気に入られているというよりもアリスが可愛がられているのだろう。おれたちは他愛もない話をしながら待っていると、扉が開かれる。おれたちは扉が開かれたのを見るとその場で立ち上がり礼をする。
「今日は遠いところをようこそお越しくださいま、」
王はそこまで言いかけ、そこにいる人物が誰かわかると思わずその場で硬直する。
「え、ショウくんのお母様はマーナ姉様?」
マーナは維持が悪そうにクスクスと笑っている。どうやらこの状況が楽しいらしい。そして、その様子を見ていた后の顔がみるみる青ざめていく。
「え?マーナ様って、あのお話に聞いてたマーナ様?」
この2人が驚くのも当然である。世間的に生きていることがわかれば本来ならマーナがこの国の王妃で、結果的に王となるのはタリスである可能性があったからだ。もちろん、王も后もマーナが生きていることは知っているし、このタリスとマーナは王になるつもりはないが、マリアットからすればマーナこそ本家の人間であり、自分なんかが気安く話しかけて良い相手では本来ないと感じてしまうのは仕方がない。
「そんなに気を使ってくれなくて大丈夫よ。むしろ、今はあなたたちが王と王妃なんだから、私がこんなに偉そうにしててはいけないくらいだわ。」
そうは言うもののマーナはこの国のトップを前にして堂々としているからすごい。確かに今までマーナは物怖じしない人間だと思っていたが、王家の風格というやつから滲み出るものだったのかもしれない。
「だ、だけど。」
王は口籠るが、マーナは続ける。
「まぁ、こうして再会できたってことで、お互い同じ子供を持つ親として分け隔てなく接することにしましょう。そもそも、今日は私達の再会を喜ぶためにここに集まったわけではないでしょう?」
王と王妃はおれとアリスを見ると申し訳なさそうにする。
「あぁ、そうだった。2人ともすまない。すっかり話し込んでしまったが、まずはゆっくり食事をしようか。」
王は登場早々少し疲れたように見えるが手元の呼び鈴を鳴らす。すると、前回とはまた違った豪華な料理が目の前の食卓に並ぶ。そして、従者の一人がマーナに気がつく。
「ま、マーナ様!?マーナ様ではありませんか!?」
かなりの歳なのだろう、手の骨が見え始め、長い年月で刻まれた無数のシワがある従者のその手でマーナの手を握りしめる。あまりの勢いに王と王妃は止めようとしたが、マーナの様子を見て止に入るのをやめる。
「あら、ベルじゃない!元気そうね!えぇ、そうよ、私よ。それに、こっちはタリスよ。覚えてるかしら?」
ベルと呼ばれた従者は涙ながらにマーナの手を握りしめ、大きく首を縦に振っている。そう、この従者はマーナがいる頃からこの城に仕えており、今なお残る従者の中でマーナのことを知っている数少ない人物だった。
「ごめんね、ベル、また後で挨拶に行かせていただくわ。」
そう言うとベルも理解したようでその手を離し、涙を拭きながらこの部屋を後にした。
目の前に豪華な料理が出し尽くされ、この部屋にはおれたち6人だけになると静寂が訪れる。そして、ひと呼吸おくと王が口を開く。
「お聞き及びかもしれないが、我が娘アリス=アーガンスとそちらのご子息ショウ=フレデリックが婚姻したい、との申し入れがあった。この点について、異議はありませぬか?」
おれとアリスはそれぞれ両家の並んだテーブルの末席から両親の顔を伺う。その王の問に家族を代表してタリスが答える。
「えぇ、フレデリック家に異議はありません。」
王はその答えに大きく頷いているとタリスは更に加える。
「また、2人が今後名乗る家については2人の意向を尊重することにさせて頂きます。」
タリスのその言葉に、大きく頷いていたその頭がピタっと止まる。
「ま、真か?」
タリスとマーナは王の問に大きく首を縦に振る。どうやら、おれたちが帰ってからタリスとマーナで話をしたようだ。だが、王が驚くのも無理はない。本来長男は家を継ぐためにその家に残るのが一般的なのはこの世界でもかわらないようで、その点からするとタリスの発言は異常なのだ。もちろん、王族と結婚するのだから王家に入るのはそれもまた一般的ではあるが、一方でマーナの子供ということもあり一概に王家の決定だけで決めるのは難しいと王は今日マーナと会って考えていた。それだけに、タリスのこの発言は王にとっては願ってもない申し入れだった。
「で、では2人は?」
当然そうなる。おれたちは顔を見合わせるが、この場で即決できるようなことでもない。もちろん、事前にどうすべきか考えていたため、おれの中で答えは決まっているが、まさか2人がおれたちに一任すると思わなかったので、やはりタリスとマーナには話をして意見を聞いた上で結論を出したい。
「今少しだけお時間を頂き、両親と相談してもよいでしょうか?」
まさかタリスたちはおれがこの場で結論を出すとは思っていなかったようだったが、おれの顔を見ると既に気持ちが固まっているのがわかったらしい。
「せっかくの料理が台無しだ、短めに頼むぞ?」
タリスのその言葉に王は頷くと后を連れて席を立ち部屋から出たのを見計らっておれは早速本題に入る。
「実は、アリスと結婚するかもってときから少しずつ答えは考えてたんだ。」
「で、どうしたいんだ?」
タリスの問におれは全員の顔を見回しながら答える。
「アーガンス家に入ろうと思う。」
おれの決意を事前に話をしていたアリスはタリスとマーナに少し申し訳なさそうに下を向いている。そして、おれの答えにタリスが質問をしてくる。
「そう考えた理由を教えてもらってもいいか?」
おれは頷く。
「思うんだけど、もしお母さんがこのお城をでていってなかったら、お父さんがきっとアーガンス家に嫁ぐことになってたんだよね?だから、アリスとのこの出会いも実は運命で、お父さんの家系がこのアーガンスの家系に入ることに何か意味があるんじゃないかなって思ったんだ。」
思いがけない切り口にマーナは驚いていた。
「確かに言ってることはわかるんだけど、そんな理由で決めて良いの?」
マーナの言ってることはもっともだ。
「うん、いいんだ。さっき言った理由以外にも理由はちゃんとあって、おれもお父さんみたいにこの国を守りたいって考えたときに、何かと王家の一員っていうのは影響力が大きくて、色々良い方向にいくと思うんだよね。」
その後もいくつか2人から聞かれたが、結局おれが決めて納得してるんだったら良いんじゃないか、という話になる。おれは念の為アリスにも確認する。
「と言うことで決まりそうなんだけど、アリスは良かったかな?」
おれの質問にすぐには答えず、少し間が空く。そして、アリスはやはり少し申し訳なさそうにタリスとマーナの方を向いて答える。
「本当はお父様とお母様はショウと私にフレデリック家に入ってほしいのではないですか?」
しばしの静寂がその場を包む。そしてタリスが少し困ったように首元に手をやりながら答える。
「たしかに、正直に言えばアリスちゃんの言う通り、2人が家に入ってくれたら、と思う部分はなくはない。ただ、2人とも家に入ると言っても住むのはどちらにしてもアーガンスだろうし、フレデリック家が継ぎたい財産なんてものも特にないから、ドライな言い方をしてしまえば、2人がフレデリック家に入ることになんのメリットもないんだ。」
「で、でも。」
アリスは食い下がるがタリスは首を横に振る。
「それに、フレデリック家の中でもおれは分家だ。本家は違うところにあるから、お家柄どうこう、なんて話は遥か昔からおれには関係ないことなんだと思う。」
タリスはそう言うと少し遠い目をする。おそらく、自分が親戚の家に預けられたことを思い出しているのだろう。たしかに、タリスからすればそんな扱いを受けた家柄にはさして興味もないのかもしれない。
「というわけだ、だから、2人の好きにしてくれたらいい。」
アリスは少し考え、そして何かを思いつく。
「そ、それでは、もしよかったらこの街に一緒にすみませんか?お二人が近くにいてくれると心強いです。ショウの両親という位置づけであればそれぐらいの話は簡単だと思います。」
アリスの中にはきっと、ショウを横取りしてしまったような罪悪感があるのだろう。
「アリスちゃん、そんなに気にしなくて良いのよ?申し出は嬉しいけど、私たちもテペ村での生活はそれはそれで楽しんでるから大丈夫よ?王都へ住むのはもう少し歳を重ねたときに改めて相談させていただこうと思うわ。」
悩んでいるアリスに声をかける。
「お父さんたちもそう言ってるんだし、この場は2人の好意に甘えさせてもらおうよ。今この場ですべてを決めないといけないわけでもないんだしさ!」
おれがアリスの肩に手を置くと、アリスはその手に寄りすがるように自分の手を重ねた。
なんと魔法の同時行使によって複合魔法まで使えるようになったショウ。流石にこの威力をどこでもポンポンと使うわけにはいきませんが対多での効果は絶大となりそうです。
そしてアーガンス家に入ることにしたショウ。つまり行く行くはアーガンスの王になる可能性がでてきたということですね。圧倒的な戦闘力と地位を手に入れることになるショウですが、その話はまたどこかで。