選択
アーガンスが魔物に襲われた数日後、戦場で開戦を待つグレイブの見えるところに一羽のカラスがやってくる。
「ちょっと席を外します。」
グレイブはそう言ってその場から離れると後をついてくるようにカラスも一緒に飛んでくる。そして、グレイブは周りに誰もいないことを確認するとカラスに向かって腕を差し出し、カラスをその腕に止まらせる。その瞬間、カラスの脚から紫色の魔法の光がグレイブに流れ込むとカラスはそのままどこかへ飛んでいってしまった。
「ふぅーん、なるほどね。なかなか頑張ってくれたみたいだね、アーガンスに残した騎士たちも。」
そう言うと、グレイブは再び持ち場につき、何事もなかったように戦争の準備を始めるのであった。
◇◇
同じ頃、おれは柄にもなくとても緊張していた。そう、冗談半分で王が言った言葉が現実となりおれはアリスと一緒に王へ挨拶に行くことになったのだ。
「あんた、前回はあんな平然としてたのに今回は顔が真っ青よ?」
「そりゃ父親に挨拶をする上にその父親が王だなんて考えたら誰だって緊張するよ!」
おれは緊張で冷たくなった手を揉んでいるとその手にアリスの手が重なる。
「大丈夫よ、私が選んだんだから!それにしても、あんたにもまだ人間らしいところがあって安心したわ!」
人間らしい、か。たしかに、こないだの戦場でいろんな人の実力を見たが、おれはその中でもかなり上の方にいることは間違いないだろう。そろそろ、この体にしてくれたディーナを助けに行くことができるかもしれない。そんなことを考えているとアリスがおれに声をかける。
「さぁ、そろそろ時間ね、行くわよ。」
その声にハッと我に返り、おれはアリスとともに招待された部屋へ向かう。
部屋の前に辿り着くと玉座の間と同じくらい立派な扉がおれたちを向かい入れるかのように開かれていた。玉座の間と同じく赤を基調にした装飾は正に王室という部屋で、おそらく各国の王やそれに近しい人が通される格式の高い部屋だということがひと目でわかる。そしてそこには、王と后の姿が見えた。少し早めに来たつもりだったが、向こうの方が更に早かったらしい。おれは机の脇で膝を付き頭を下げる。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
その言葉に、王はうむ、とだけ答える。や、やばい、いきなり待たせるとか、出だし悪いな、なんて思っていると横にいる后が王を嗜める。
「ちょっとあなた、早く来たのはわたくしたちじゃない。ちゃんと2人とも時間より早く来てるのにその態度はないでしょう?」
王が言葉に詰まっていると更に追い打ちをかける。
「それに、まだ時間的に早いからって止めるのを聞かずに、早くいこうっていったのはあなたじゃない。」
こうして見ると、どこの家庭でも嫁が強く、旦那は尻に敷かれているのがわかる。そんな様子を見ていたら、王と言っても同じ人間なんだな、と少しホッとする。なんだか、今日はうまく行く気がしてきた。2人のやりとりのほとぼりが冷めるとおれは改めて2人に挨拶をする。
「改めまして、ショウ=フレデリックです。任務中のご挨拶が先となってしまい、申し訳ありませんでした。」
「冒頭ではすまない。ちょっと気負い過ぎてしまってな。あぁ、その節では世話になったな。」
王はそう言うと、椅子に手を出しおれたちに座るよう促され、おれたちは腰掛ける。
「いえ、騎士として当然のことをしたまでです。ただ、やはり騎士の被害が甚大でした。ぼくたちは何とかこうして普通にしていますが、残された騎士団の3分の1程度が今回の被害にあっています。」
この話は既にグレンから報告が上がっているはずだったが、同じ話をおれからもきいてやはりショックだったようだ。王も后も少し険しい顔をしている。
「そうか、そんなにも尊い命が犠牲に。おれたちは、その犠牲の上に立たせてもらっている、と言うことだな。」
おれは頷く。
「騎士は元よりこの国のために命を捨てる覚悟を決めているものが殆どだと思います。ただ、そうは言ってもやはりこのような被害は同じ騎士からみても遺憾です。」
「この件に関しては実は色々考えがあるんだ。だが、今日はこんなきな臭い話をしにきたわけではないのだろう?」
王はその目で全てを見透かすかのようにおれを見ている。おれは、ついにこの時が来たかと胸の高鳴りを感じる。だが、ここまできたらもうどうすることもできない。おれはアリスと顔を合わせるとこれまで何度も頭の中で繰り返し練習してきた言葉を口にする。
「はい、今日こうしてご挨拶に伺ったのはアリスさんとの結婚させて頂きたいと思い、お伺いさせて頂きました。これから、様々な苦楽をアリスさんと共にさせて下さい、よろしくお願いします。」
あまりもの緊張におれの声はもしかしたら上ずっていたかもしれないがそんなことは今さら気にしてもしょうがない。お構いなしだ。そして、おれが頭を下げたのにあわせて、アリスも一緒に頭を下げる。
「心意気はわかった。ショウくんは実力も申し分ないと聞いているし前回護衛して貰ったときにこの目でもその戦いを見させてもらって、こんなことをいっては不謹慎なのかもしれないが、同じ男として心を踊るのを感じた。だが、最後に1つ問わせてくれ。」
どうやらおれの第一印象は悪くないようだ。だが、その上で質問される内容に思わず身構える。
「ショウくん、例えばの話だが、このアーガンスの国と、アリスの命を天秤にかけたとき、どちらを取る?もう少し具体的な質問にしよう。例えば、アリスが遠い異国の地で人質にされている。一方で、国も他国から攻められていて、自分がいないとこの国が陥落される。もしこんなことが起きたら、ショウくんはどちらを取る?ちなみに、なんとかして両方救う、というのは今回はなしだ。」
おれは当然回答に困る。愛する人1人と、騎士として守るべき国の人全員の命を天秤にかけるなんて、無茶すぎる。実際にこんな状況がきたらおれは国の危機の原因を取り除き、そしてアリスを助けに行く努力を最大限するのであろうが、その回答は禁止されている。しばらくその場で考えるが、おれの背中には嫌な汗が流れていた。
そしてそのうち、色々考えた中で1つの結論が導き出されていた。この答えが王の期待するものかどうかわからないが今のおれにこれ以上の答えはできない気がする。本当にこの回答が正解なのかは全くわからないが、これ以上待たせても、逆に事態がよくなることはないだろう、とおれは覚悟を決める。どうやら、王にもおれの考えがまとまったのが王に伝わったのだろう。
「どうだ?答えは見つかったか?」
王の問におれはうなずき、そして答える。
「非常に難しいご質問ですが、この場合やはりぼくはアリスさんではなく、国の人を守る選択をすると思います。」
どうやら、おれの答えは王にとっては少し意外だったようだ。王の眉がピクリと動く。その答えを聞いていたアリスと后は心配そうにおれを見守る。
「ほう、して、その心は?」
「はい、アリスさんは人質に取られてもきっと自力で何とかしてくれる可能性があるだけの強さを持っているし、ぼくはその点をこれまで一緒に色んなクエストを回る中で経験してきました。そんなアリスさんを助けに行ったときに、国の人々を放って置いたなんていったら、逆にぼくがアリスさんに殺されてしまいかねません。」
おれの答えに、王は一瞬無言になるが、次の瞬間には笑い、そして今度はアリスに問う。
「だそうだがアリス、どうだ?」
アリスは首を立てに振る。
「ショウの言う通りよ、お父様。もしそんなことがあったら私はショウと二度と口を聞かないかもしれない。」
アリスの言葉を聞いた王は満足そうに頷く。
「うむ、わかった。2人がそういうのであればこの答えでよかったのであろう。2人の婚姻を認める。よいよな?」
王は后の方を向くと后も満足そうに頷く。
おれとアリスは顔を見合わせ、2人で王と后に深々と礼をする。
「ありがとうございます。絶対にアリスさんを幸せにしてみせます。」
「楽しみにしておこう。早く孫の顔を見せてくれ。ところで、ショウくんのご両親に話は?」
おれは首を横に振る。
「以前アリスさんは両親と会っていますし、懇意にさせて頂きましたが婚姻の話は何も。一度、ご挨拶を兼ねて正式には近々、両親をこちらに呼ばせて頂きたいと思います。」
「そうか、まぁ積もる話は食事でも取りながらしようではないか。2人の新たな門出を決めた日だ。楽しんでいってくれ。」
そういって王は手元の呼び鈴を鳴らすと、待ってましたと言わんばかりに次々と豪華な料理が運ばれる。きっと、最初からおれとアリスの婚姻は認めていたのだろう。
「本当は2人を困らせるためにあんな意地の悪い質問をしたのに、さらりと答えちゃうんだから。この人の代わりにこの国の王でもやってもらったほうが良いんじゃないかしら?」
4人で食事をしていると后がそう教えてくれた。なるほど、王のあの質問の意図はおれをただ困らせようとしていただけだったのか。でも、これから先本当にそういうことが起きないとも限らない。その点ではアリスとちゃんと意志の疎通ができてよかった。
「まぁそう言うなセリーヌ。やはり娘が他の男性に心を奪われるというのはなかなか信じがたいものだよ。小さい頃はあんなにお父様、お父様ってしたってくれてたのに。」
そういって話し始める王は娘のことが本当に大好きなどこにでもいる父親の顔をしていた。きっと、アリスも父親のことが好きだろうし、大切に育ててもらってきたのであろう。それからしばらくは2人の生い立ちを話しながら楽しい食事をし、今度はおれの両親を連れてくることを約束し、この日はお開きとなった。
よくある質問で、よくある答えかもしれませんが、これってほんと難しいですよね。仕事と家庭、どっちが大切なんだ!?とか言われても困りますよね、実際。
そんな話はさておき、アリスの両親には話ができたので次はショウの両親ですね。