激動の1月
ヤクザパートです
「では次のニュースです。広域指定暴力団政道会に新たな動きが見られました。」
1月27日
政道会会長金元直継の葬儀は約一ヶ月半の準備を要して盛大な物が行われた。暴対法、暴排条例による影響で大規模な組葬に対し公権力からの執拗な妨害行為の中、個人葬と称して多くの組員が招かれた。
「組葬」の強行であった。
警視庁はこれに対し責任者である葬儀委員長や喪主等の一部組員を迷惑防止条例違反や公務執行妨害等の容疑で書類送検を行った。
翌1月28日
田中一政道会本部長が二代目政道会会長を高級幹部からの反対を無視し強行襲名。
――政道会傘下義功会本部事務所にて
義功会は政道会の2次団体であり理事長最上真一が会長を務める組織である。
その組織の本部で旧政道会幹部会を開かれていた。
1月27日の電撃強行襲名により、政道会本部事務所から追放される形となったからだ。
幹部会に参加している人物は最上理事長と吉田理事長筆頭補佐、その他17人である。全員組員最低500人以上という大組織の組長である。
「理事長、これは一種のクーデターです」
「田中の命トリましょう」
「まぁ、そう早まるな。昨日の襲名式に参加した直参組員は30名、これが奴の派閥勢力やとしてや、どっちつかずの直参がわしら除いて70人近くおるっちゅう計算や。外堀埋めん内に殺ったら、わしら逆賊扱いで一気に終いや」
「し、しかし。早いところ殺ってしまえばその70人がこちらに加わる可能性も」
「どうあがいでも政道会の会長として奴は襲名したんや。一度塗られたもんを白に戻す事はできへん。それに仮にも遺言書であいつは跡目や言うことやし。幹部会の一部は葬儀の件で勾留中や、このタイミングでやるたぁはっきり言ってあいつの政治力も大したもんやで」
「じゃあどうしましょう」
「とりあえずわしら一旦政道会の名を捨てて新たな組織、作るしかないわな」
翌日、最上元政道会理事長以下17名は新組織「政道連合会」を設立。
それまでの政道会と違い横並びの連合組織という性質を持ち、その性質により会長を置かず最上真一は「代表」と名乗った。
政道会側はこれに対し参加した組長達に即日破門を言い渡した。この日を境に政道会は完全なる分裂状態へと陥った。
政道会の分裂によってまずはじめに困惑したのは70名の直参組員、そしてそれに従う若い衆であった。
政道会は関東を中心に総勢4万人を数える有数の大組織、直参組員だけで120名を数えていた。
直参組員とは親分から直接の盃を貰った人物の事である。本来なら正規構成員である証でしかない盃であるが広域指定暴力団程に巨大化した組織となると事情が少し変わってくる。
親分に盃を貰った子分は自身の子分を持ち、そしてその子分も自身の子分を持っている。それがねずみ講式に連なり120名の組員が最終的に4万人と換算されるのだ。
2次団体の規模は大なり小なりであり、2000名を超える組織もあれば20名程の組織もある。
ちなみに連合会は連合組織という組織の体制ゆえ代表者最上との盃関係は無い。
最上達旧幹部会側が連合会を設立した時点では
本家政道会-直参30名 構成員数約6000名
政道連合会-構成団体数17 構成員数約1万名
と連合会がわずかにリードしていた。
しかし70団体に所属する約2万4千人の構成員は分裂時点では事実上未帰属でありこのリードは殆ど意味を成さない数字であった。
そのような背景から多くの2次団体は混乱に陥っていた。
――菊永組本部事務所
ここ菊永組でもそのような話し合いがぶっ通しで行われていた。
「親っさん!田中みたいな奴が会長やってる組織より連合会に籍を置いた方がいいっすよ!」
「マサァ!てめぇそれで戦争負けたらどう落とし前つけるんじゃ!」
「しかし叔父貴!」
「いや、叔父貴の言うことももっともだしかし戦力的に見て優位なのは連合会、戦争を前提とするならそちらに行くのも」
「まぁ、お前ら少し冷静になれ、今日も無事全国に散らばった可愛い子分達が集まったんだ」
今まで黙っていた組長が口を開き今まで騒ぎたてていた子分を黙らせた。
菊永組は東京都八王子市に本部を置く暴力団である。二代目菊永組組長渡辺隆史の指導の下、いかなる広域指定暴力団も介入していない空白地帯を中心に組織の拡大を行った事で有名だ。
その拡大政策の成果もあって菊永組は21都県に事務所を構える組織となった。
「失礼します」
会議室のドアが開かれ、入ってきたのは北陸の中嶋組組長である中嶋であった。
「おぉ、正。すまんなぁ、この前北陸に帰ったばっかりだったのに」
「いえ、これ程の非常事態です。そんな事より遅れたようで申し訳ありません」
「いや、なに。まだ開始予定時間は過ぎてないんだけどなこいつらが来た途端うるさくてな」
「補佐はどちらに付けばいいと思いますか?」
中嶋の組での立ち位置は若頭補佐であり主要幹部の1人である。
「個人的には今のまま本家に付いたほうがいいと」
「そんな、会長があんな奴の今の政道会なんて」
「連合会に一度参加すれば後戻りは出来ません。連合会が瓦解すれば親父は引退、組の存続には俺達主要幹部の指も飛ぶでしょう。しかし本家側に付いておけば仮に負けても重い落とし前を付ける必要はないかと」
「うむ、正、実はワシもお前と同意見だ」
「な、なぜです親父さん!」
「お前らの言う通り田中が会長というのは気に食わん、しかし連合会が勝っても連合会の連中はいずれ政道会に帰還し最上が会長職を襲名するだろう、まぁ連合会系列の組織を優遇はするだろうが特に裏切ってない本家側の組虐げる大義名分はないだろう」
「それなら本家に付いた方が...」
理事長派の幹部も納得しかけた時だった。
「しかし、親っさん、吉田さんの事はいいですか?」
中嶋の一言でその会議はまた振り出しへと戻った。
「それなんだよなぁ」
吉田とは旧政道会理事長筆頭補佐である。政道会発足以前から武闘派の名門として知られる6代目加山一家の総長である。現在は政道連合会副代表を務めている。
吉田総長と菊永組組長渡辺は同じ中学の先輩後輩という仲で盃関係でも六四の兄弟分であった。
六四の兄弟分とは緩い上下関係を持った兄弟盃である。渡辺が本家側に付くという事は渡世上の兄貴分である吉田を裏切ることを意味する。
「まぁ....義理で飯食える時代は終わったといえ、筋は通さないとなぁ。近いうち吉田の兄貴に会ってくる。まぁお前らも何人か付き合ってくれや」
***
1月30日
東京都内の某中華料理店の前には黒塗りの高級車が大挙した。
菊永組は総構成員800名を有し、政道会系暴力団の中でも存在感のある組織である。
その菊永組と政道連合会No.2の組織加山一家とのトップ会談は緊張感を漂わせるものであった。
参加組員の総数は警護を含め200名を超し、貸切状態の中華料理店で行われた。
あまりの組員の多さに会談は直接のボディーガードを付けず2人で個室で話し合う事となった。
「渡辺ェ、葬式以来か」
吉田は細身ながら他者を威圧する圧倒的なオーラを身に纏っていた。
「えぇ、まぁお久しぶりって程の日数ではないですけど」
旧来の兄貴分のそのオーラの前に流石の渡辺組長も緊張した様子であった。
「今日俺呼んだのは分裂の件についてか?」
「えぇ、まぁ」
「ふーん。お前本家側に付くつもりか?」
「いや、それは...」
「先に言っとくが本家の連中相手に容赦はしない。田中が死んでもな」
それは戦争終結後自分達が勝てば問答無用に処罰するという警告であった。
「しかし、私も800名も若い者従える親です。そう簡単には....」
「兄貴分の俺がどっち側に付いてるかわからんのか?」
「すこしだけ考えさせて貰ってもいいですか?」
「駄目だ。今決めろ」
「兄貴、昔はもっと柔軟に対応してきたじゃないですか。関西と揉めた時だって....」「あの時とは状況が異なる、早く決めろ」
渡辺は困惑した様子で、しばらく黙り込み。手前のチャーハンに手を付けようとしたその時であった。
「どっちなんだコラァ!!」
沈黙を破ったのは吉田であった。
「わかりました、連合会側に付きましょう。しかしそれを知った本家側が攻撃してくる可能性が否定出来ません。戦争の準備をさせてからにしてください」
「賢明な判断だ。再来週、定例会がある。そこで加入という事にしてやるからそれまで準備しとけ」
返事を聞くと料理には殆ど手はつけず吉田はさっさと帰り支度をした。
「それじゃ、また再来週。定例会で」
吉田と共に数十人の組員達も去り店内の人口密度は一気に低下した。
「親っさん、どうでした?」
中嶋を初め幹部連中が口を揃えて同じことを言った。
しかし渡辺組長の発言は衝撃的なものであった。
「お前らよく聞け。誰でもいい。誰か吉田の命取ってこい」