大晦日の喫茶店
――20xx年大晦日 喫茶店にて
カランカラン
「いらっしゃい、好きなとこどうぞ」
「コーヒーとブリヌイ、中身は鮭ね」
「はいよ」
大晦日初の来店者は美穂ちゃんだった。冬休みという事もあり、珍しい私服姿だ。
「今日大晦日だから休みかと思ったけどやっててよかった」
「まぁこれ以外することもないからな、美穂ちゃんこそ家でゆっくりしてなくていいの?」
「お母さんは今日仕事の付き合いでずっと外に居るの、どうせならここでおじさんと喋ってる方が良いかなとおもって」
「そうかい、ちゃんと勉強道具は持ってきたのか?」
「持ってきてないよぉ!今日ぐらいいいでしょ」
「まぁそれもそうか、見たいテレビあるなら勝手に変えていいよ。これチャンネル」
「ありがと」
テレビは各局ともに年末の特番バラエティだった。
美穂ちゃんは何気なくそれを見ていた。
「偶にさ」
突然美穂ちゃんが口を開いた
「ん?」
「このお店にヤクザ屋さん来てるじゃん?」
恐らく中嶋の事だろう。あいつは21世紀にもなって白スーツに開襟シャツだったりと、かなり前時代的なファッションセンスの持ち主でお世辞にも堅気に見えるとは言えない。
「あぁ、来てるね」
「やっぱさぁ、みかじめ料とか取られてるの?」
みかじめ料とは言わば用心棒代だ。今は法律で禁止されていて大分廃れた文化だ。
「まさか。そんな話どこで聞いたんだい?」
「この前ニュースで特集組まれててさ、それで知った」
「最近あの界隈は物騒だって聞くからね」
「おじさんも昔ヤンチャとかしてたの?」
「まさか」
実際に私が殺人罪で15年もの間服役していた事実を知ったらこの子はどう反応するのだろうか、いつも気になるが表現しづらい恐怖心とも言うべき心が勝ってしまう。
「なんだぁ、つまんない。昔は不良とかが当たり前だったんでしょ」
「そんなみんながみんな不良ってわけじゃなかったよ」
「じゃあおじさん真面目だったの?」
「別にそういう訳では無いけど」
「じゃあ不良だったの?」
「フツーの人だったよ」
「やっぱつまんなーい」
「普通が一番だよ」
「あ、紅白始まった」
「美穂ちゃん紅白なんて見るの?」
「そりゃ見るよー」
「ふ~ん」
「あのさ、おじさんって」カランカラン
「うっす」
美穂ちゃんの言葉を遮る様に今度は中嶋が入ってきた。
「なんだお前東京帰ったんじゃなかったのか」
「香典納めて来ただけですよ。年末年始は喪中や言うことで自由時間ですわ」
「おじさん、この人ってあの」
「あぁ、例の中嶋言う奴だ。この子はうちの常連さんの美穂ちゃん」
「楠木美穂です」
「どうも、中嶋正です。偶に入れ違いで入ってくる所は見掛けてたんだけどね」
「あ!それ私もです、それでその話をおじさんとしてたんですよ」
「お、そりゃ嬉しいっすね見ててくれたんですか」
「そら今どきそんな派手な格好した奴珍しいからな」
「おじさんとはどういう関係なんですか?
「こいつは中学の時の後輩なんだ」
「そ、そうそう。ついでに高校の時も」
中学、高校の後輩というのは本当の事だ。しかしそれより後の経歴は勿論言うつもりない
中嶋も私がそこら辺の事情を教えたくない事を知っているのでそれ以上は何も言わない
「へー!じゃあおじさんの中学時代とか知ってるんですか?」
「あぁ、そりゃあもちろん近所でも有名なくらい」「真面目な男だったよ」
中嶋の言葉を無理に遮って言った。
「そ、そうそうガリ勉のヒデなんて言われてねぇ」
「なーんだやっぱ真面目男子だったんだ」
「まぁそうだな」
大嘘だ。本当は札付きの悪ガキでカミソリのヒデなんて言われてた。
「へー、私おじさんと知り合ってから結構長いけど全然おじさんの事知らないの」
「兄...ヒデさんもこんな若い子夢中にさせるたぁ、罪な男ですねぇ」中嶋は2人きりの時は私の事を兄貴と呼ぶがそれ以外はヒデさんと呼んでくれる。既にすっ堅気となった俺からすりゃ兄貴なんて言われる筋合いなんてものはぁとっくにないのだが。
「馬鹿野郎、そんなんじゃあねぇだろ」
「そう?私は別にいいんだけど」
「美穂ちゃんもあんま大人をからかうんなら雇わないぞ?」
「えーー、それは困る」
「バイトするんですかい?」
「えぇ、無事高校に受かったら私を雇ってくれるって約束してくれたの」
「ヒデさんそんな金あるんですかい?」
「失礼な、そんぐらいあるわい」
「まぁ時給が低いんやったらいつでも俺に言ってくださいや高時給高待遇の仕事紹介しますよ」
「テメーの紹介先は水商売だろうが、美穂ちゃん相手にすんなよ」
........
そんなくだらない会話をしていると年が明けていた。
今年も平和な1年になりますように。