旅立ち
お読みに来ていただきありがとうございます。
二時間内一話製作の試みをしております。
少し話のつくりが粗いですが、気にせんといてください。
「あの・・・・・こんな粗末な家にお入りいただくのは申し訳ないんですが・・・・・」
さきほどまでの衣装をもらったときの喜びもどこへやら、リーリウムは消え入らんばかりだった。出来たら入ってほしくないというふうに肩を小さくしていた。
それもそれはずだ。リーリウム姉妹の家には扉がなかった。ぼろ布がその代わりだった。
土壁はあちこち色が違っている。ほころんだ部分をリーリウム本人が直したのだ。思いのほか丁寧に仕上げているところにリーリウムの性格があらわれてはいたが、残念ながら素人仕事の域は出れず、家はまるでつぎはぎのようだった。
「あの・・・・・狭くて汚い家ですが、お客さんが来たことなんかなくて、その、片付けもしてなくて、あの、なんというか・・・・・ごめんなさい・・・・・」
「いいのよお。突然リーリウムちゃんの家で食事したいなんて言った正義が悪いんだからあ。ごめんねえ。急に無理言っちゃって」
妖精リンが慌しく羽音をたてなだめるが、リーリウムの表情は沈んだままだった。
街の中心部の家々は石材だ。中心から離れるにつれ木材になる。郊外に近いリーリウム姉妹の家は、木材が足りなくて上から土塗りで補強した、もっと粗末なものだった。
嵐で家がなぎ倒され、仮屋として建てたものだったのに、家を建て替える前に父親が亡くなったのだ。
「さあっ、どうぞ。お入りくださいませっ」
泣きそうなリーリウムに比べ、幼い妹のトゥリパは無邪気だった。お洒落な服装にいたくご機嫌だった。華麗にスカートの裾を片手でつまみ、片手で入り口の布をめくりあげ、エスコート役を果たそうとしていた。
「・・・・・な、なんだ。この家は・・・・!!」
姉崎正義は動こうとしなかった。わなわなと身を震わせていた。
「予想はしていたが、これはちょっと俺の想像の上を行ったな・・・・・」
リーリウムの顔が悲痛にゆがみ、なにか言いかけ、そして俯いた。両手がスカートのエプロンを掴み震えていた。姉崎正義があまりにみすぼらしい家に辟易していると思ったのだ。
そして、両親が亡くなったのでこんな家なんですと釈明しかけ、思いなおした。自分たち姉妹を愛した両親に責任をかぶせるくらいなら、唇を噛んでじっとこらえる、リーリウムはそういう少女であった。
「・・・・・すばらしい!!すばらしいぞおっ!!! 」
姉崎正義は両手を広げ絶叫し、リーリウムは仰天した。リンもトゥリパも呆気にとられている。三人の反応など委細構わず、姉崎正義は身をひるがえし、リーリウムの両手をがっと握りこんだ。
「ひゃあっ!? 」
「これほど〝あねちから〟を感じる家ははじめてだ !! そばに立っているだけで力が湧いてくる。中に入るとどうなるか考えると、ちょっとおそろしいくらいだぜ・・・・・まさに、一眠りでHPMPが全快する、ロープレの宿屋のような存在だ。チートすぎるぜ」
「は・・・・はあ・・・・・」
興奮を通り越し狂喜の状態に近い姉崎正義を持て余し、おろおろするリーリウム。その耳はまっかである。トゥリパがにやにやしながらそれを眺めている。
「すごいぞ!!これこそまさに理想の拠点になる!!」
「・・・・・・・っ!!! 」
感極まった姉崎正義はとうとうリーリウムを、ぎゅうっと抱きしめた。声もたてられず、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせているリーリウム、顔はしゅうしゅうと湯気をあげそうだ。トゥリパが両手で口をおさえ、目をきらきらさせて見守っている。
「・・・・・っこの!!ロリスキーがあっ!!変態退散ッ!!!流星パンチいっ!!」
「ぐぼっ!?」
見かねた妖精リンの幻の必殺技が炸裂し、姉崎正義がふっとんでいく。
「ごめんね。びっくりしたでしょ。あほだけど、悪気はないから許してあげてね。旅の途中で〝あねちから〟が補給できなくて何度か死にかけたのよ~。だから、いつもさ、こいつ愚痴ってたのよ」
「そう!!安定した〝あねちから〟の供給先が俺には必要なのだ!!で、卓越した〝あねちから〟を放っている君に目をつけたわけだ。次の目的地に行くのに、ススッルス砂漠を突破せにゃならんのでな!大魔法が使えなけりゃ、あそこの〝死のささやき〟はさすがに俺も手こずるんだ。だが!!ふはっ、はあっはっははははあっ!!」
再びリーリウム姉妹の家を仰ぎ見て、姉崎正義は今度は高笑いしだす。まるっきり特撮の悪役のような笑いかただ。
「ここにくる途中から強力な〝あねちから〟を感じていたが・・・・・まさか家からだとはな!!これは嬉しい計算外だったぜ!!はーっはっはっはっはあっ!!!リン!説明してやれ!!俺はもう少しこの喜びにひたっていたい!!はあーっはっはっはっはっ!!!!」
頭のネジがはずれているようにしか見えない。
「・・・・・おねえちゃん、あのおにいちゃん、ちょっと変だよ。結婚してだいじょうぶ?」
「トゥリパっ!!?失礼でしょ!!そ、それに、あれは誤解なのよ!!勘違いしないで!!」
妹トゥリパの一言で、ぽかんとしていたリーリウムは頭の天辺からつま先まで紅潮し、あわをくって制止しようとする。
「え、おねえちゃん、おにいちゃんのこと嫌いなの?」
「嫌いなわけないでしょ!!嫌いだったら、〝ふつつかものですが、よろしくお願いします〟なんて言うわけないじゃない!!嫌いなんかじゃ・・・・・・!」
自分がなにを口走っているか気付き、リーリウムが両手で顔をおおってうずくまってしまう。さっきまで初夜を迎えるものと勘違いし、いったいなにをすればいいのかと不安と緊張に慄いていたことを思い出したのだ。初夜という寝床を共にする婚姻儀式は知っていたが、具体的な行為の知識は皆無だった。それでも男女の秘め事に関するものらしいとはわかる。そんな勘違いをしていたなど顔から火が出るほど恥ずかしい。
「ほー、へえ」
かくして高笑いを続ける姉崎正義、うずくまって羞恥に身もだえするリーリウム、にやにやしながら姉を見守るトゥリパという変な絵図ができあがった。
「あの、説明しても、いいかな」
ちょっと顔をひきつらせ苦笑している妖精リンに声をかけられ、
「あ・・・・・ごめんなさい」リーリウムはあわてて顔をあげた。
「このお家にはね、妹ちゃんを愛して守ってきたリーリウムちゃんの思いがいっぱい詰まってるの。そういう強い思いを受け続けた家はね、おねえさんの愛の〝あねちから〟を家そのものが帯びている場合があって・・・・・」
「ということでだ、この家ごと、おまえ達姉妹を借り受けたい。もちろんお礼ははずむ」
「こらあ!あたしの説明タイム邪魔すんなあっ!」
いきなり姉崎正義が割って入ってきて、妖精リンが憤慨する。かまわず姉崎正義は続ける。
「ただ、そうするとかなり長いあいだ、リーリウムとトゥリパの時間を拘束することになる。こちらの予想以上の〝あねちから〟の補給先として、おまえも家も役に立ちそうなんでな。こちらとしては、できるだけ長く俺に協力してほしい。しばらくこの街には戻れない。何ヶ月か、あるいは一年以上か。だから、おまえ達が嫌というなら無理強いはしない」
一応配慮することは出来るらしい。言動はぶっとんでいるが姉崎正義は常識人らしい。自分達姉妹を助けにきてくれたときの安心感をリーリウムは思い出した。
「トゥリパ、わたしたち二人とも、アネスキー様と旅に出ようって誘われてるの。しばらくこの街に帰れないけど、それでもいい?」
「おにいちゃんと、おねえちゃんと、リンさまと!? 行きたい!!」
一も二もなく目を輝かせ賛同するトゥリパ。
そうだ。人見知りするトゥリパが、こんなに初対面の人に懐くなどはじめてではないか、ならば、私もこの方を信じてみよう。それに・・・・・・
「アネスキー様、世界ってこの空みたいに広いんですか。私たち、この街から出たことがないんです」
リーリウムは命が助かったときの、あの青空の眩しさを思い出していた。あのとき、新しい人生がはじまった気がした。その予感にかけてみようと思った。
姉崎正義は朗らかに笑った。
「ああ、世界は広いぞ!! 山よりでかい滝、火をふく山、一日中昼間の国、ぜんぶ俺がみせてやろう。そして、おまえ達姉妹は必ず俺が守ってやる。〝あねちから〟が共にある限り、俺は世界最強だからな。さあ、俺の手を取れ !! それで契約成立だ !! 」
リーリウムは迷わなかった。差し出された手を力いっぱい握り締めた。
「・・・・・よろしくお願いします ! 」
「迷いのない、いい顔だ。旅立ちにふさわしいな」
ぐうっと引き起こされ、リーリウムが立ち上がる。姉崎正義のそのときの笑顔を、彼女は生涯忘れることがなかった。忘れえぬ冒険の日々が、このとき、はじまったのだった。
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