シンデレラの時間のはじまり
お読みいただくみなさま、ありがとうございます。この話は、二時間内で一話仕上げるという作者の特訓の一環として製作されています。文章の校正時間も含むので、粗探しはしないでいただけると嬉しいです。
「ほんっとに申し訳ございません!!私ったら、なんで、あんな早とちりを・・・・・!! もう、なんて言って詫びたら! ああ恥ずかしくって死にそうです・・・・・・!」
後で求愛が誤解だと知ったリーリウムは消え入りそうだった。青くなったり赤くなったりめまぐるしく顔色を変え、ぺこぺこ頭を下げ続けた。
四人はリーリウムとトゥリパの家に向かう途上だった。町長たちの歓待を断り、、姉崎正義はリーリウムの家での食事を望んだのだ。食材などろくに貯蔵していないリーリウムは真っ青になって断ろうとしたが、目配せしあった町長らの意味深な、そして少し引き気味な笑顔に見送られ、むりやり家に向かわせられたのだった。
町長らは、姉崎正義がさっそくリーリウムとの初夜をのぞんでいると勘違いしたのだ。勘違いしたのはリーリウムも同じで、右手右足が一緒に出る固まった緊張状態だったが、途中で妖精リンに真相を聞かされ、ひええっと悲鳴をあげて座り込んだのだった。
「リーリウムちゃんが謝る必要なんてないのよぉ。すべては正義の説明不足が悪いっ!!・・・ちょっと! 聞いてるの!正義ぃ!!」
妖精リンがあわてて、しょげ込んでいるリーリウムを慰め、姉崎正義を叱り付ける。なにせ姉崎正義ときたら、心ここにあらずというふうに、ぼーっとあらぬ方向を眺めたまま、ああ、とか、うん、とか生返事を繰り返すばかりなのだ。
「こらあ!!、姉崎正義!!」
業を煮やした妖精リンが頭上に馬乗りになり、髪の毛を引っ張り出し、ようやく
「なんだあ!? リン! やめろって!!」
「リーリウムちゃんがさっきから謝ってるでしょ!女の子に謝らせて、なによお!!その態度は!!リーリウムちゃんがかわいそうでしょ!!」
「あ、あのリン様。私がこの件は悪いので・・・・・!だいたい私なんかが、その、アネスキー様に求愛してもらえるはずなんてなかったですもの。こんなみっともないのに。街のほかの女の子たちに比べると、あたしなんて、その・・・・・・」
かえって恐縮して、妖精リンを止めかけたリーリウムだったが、おのれの言葉にみじめになり、しゅうんと俯いてしまう。
服はなるべく洗ってはいるが、二着ほどしかない普段着のうちの一着だ。せめて晴れ着用の一着ならば。いや、それとて街の一般の女の子達の普段着程度のものでしかないのだ。髪飾りを買うお金もなく、後髪は色リボンどころか蔓紐でゆわえている。鏡などむろん家にはなく、水面に映る自分の顔しか見たことはない。お洒落などしようがない。外仕事ばかりで顔は日焼けし、手は傷だらけだ。
浮ついた夢からさめると余計にみじめだった。普段意識したことのない他の女の子達との差が胸に突き刺さる。
「なにを言ってるんだ。リーリウムは、素晴らしい〝あねちから〟を持っている。おまえがあの街の女性のなかで一番輝いていた。俺は誇れと言ったはずだ」
いきなり姉崎正義にぐいとのぞきこまれ、リーリウムがびっくりして尻餅をつきそうになる。
「真の〝あねちから〟は姉としての愛あふれる心から産まれる。〝あねちから〟は俺に極限の魔力を与えてくれるんだ。〝あねちから〟が完全に補充されているあいだは、俺は世界最強の魔法使いだ。だから、俺にとってあの街で一番価値ある人間は、リーリウムだ」
「私が一番価値がある人間・・・・・・?」
そんなことを言われたことのないリーリウムが呆然と目をしばたかせる。〝あねちから〟がなんなのかはよくわからないが、萎縮していた心にぽっと明かりが灯る。
「ようするにリーリウムちゃんが、おねえさんとしての優しい心を持っていたってことさ。、正義にとってそれが一番のパワーの源なんだよ ! このあね好きの変態にとってはね!」
「変態ではないぞ。あね好きは全人類共通の・・・・・・・」
「うん!!おねえちゃんは、いつも私に優しくしてくれるよ!あたし、おねえちゃんが世界一大好き!!」
妹のトゥリパが首っ玉にかじりつくようにリーリウムに抱きつく。
「うんうん」ほほえましげに見守る妖精リン。
対して、姉崎正義は
「 うおっ! なんだ。この強力な〝いもうとちから〟は・・・・!」
と手をかざし日をよけるような仕草をして、よろよろと数歩後退した。まるで日光を浴びた吸血鬼のような反応だった。唖然として見守る二人に妖精リンが苦笑を投げかける。
「あほのやること気にしないで。こいつ〝いもうとちから〟アレルギーなのよ。妹ちゃんの愛が大の苦手なの。あ、でも大丈夫。直接正義本人に向けられた感情でなければ、そのうち慣れるから」
妖精リンのいうとおり、しばらくすると姉崎正義は目をこすりながらも落ち着いたようだった。
「ねえ、正義。あんたの国には「シンデレラ」っておとぎ話があるじゃない。〝あねちから〟がまだ残ってるんでしょ? どうせなら素敵な魔法を使って、世界一の魔法使いってことを証明してみせたら」
妖精リンの悪戯っぽい笑顔を浮かべての提案に、ほうと姉崎正義が声をあげる。
「む、創成魔法か。舞踏会前の魔法使いの見せ場だな。よし、わかった。リーリウムの〝あねちから〟がどれだけ良質なものか見せてやろう。王族風のイブニングドレスでいいかな。宝石もちりばめ・・・・・」
「あほーっ!!旅できる格好に決まってんでしょうがあ!イブニングドレスなんか着て外歩けるかあっ。そもそもあんた、これからリーリウムちゃんにご飯つくってもらうんでしょうがあっ!!ドレス着て家事なんかできるかあっ!!」
「そ、そうか。女の衣装はよくわからん・・・・・旅や家事に支障ない機能的でかわいい服・・・・ううむ、だあーっ!!わかるかあっ!誰か教えてくれえっ!」
早々に音をあげ絶叫する姉崎正義に妖精リンはため息をついた。
「だめだ、こりゃ。あんたに頼むぐらいなら、道端のおじいさんにでも教えてもらったほうがマシだったわ」
妖精リンのぼやきを聞いた姉崎正義の目が光った。
「おじいさん・・・・・教えて、おじいさん・・・・それだ!! 」
姉崎正義が急に全身から魔法力を迸らせ、頭上の妖精リンがあわてて飛びのく。
「きゅ、急にどうしたのよ」
「リンよ、ほえ面かくなよ!!最高の衣装を用意してやるぜ!!・・・・登れ!!創成の光の輝きよ!!ライジング、おねえ、サンっ!!!」
「また、おねえって入れてる!!ほんとはそれいらないんでしょ!?」
「おねえ、サンが肝要。あとは蛇足だ」
「あほーっ!!」
ばうんっと地面が軽くゆれ、光の粒子がリーリウムとトゥリパの足元から噴きあがる。
「きゃあっ!? 」
「わあっ!?」
光の奔流に二人の姉妹の姿がのみこまれる。
「シンデレラと違い、俺の魔法は十二時過ぎてもとけない、安心の永久保証書つきだぜ。お二人さんの衣装を材料に使わせてもらった。足りないぶんはそのへんから素材をかき集めてきた」
光が薄らぎ、二人の姉妹の姿が見えてくる。妖精リンが、ほおっと感嘆の声を上げる。姉崎正義が会心の笑みを浮かべる。
白いブラウスのフリルが輝く。ビスチェ風に締め付けた胴衣中央には鮮やかなリボン。上着と膝丈下のスカートには、リーリウムのものには洋百合が、トゥリパのものにはチューリップが、近くで見ないとわからないくらいの小さな花柄であちこち精緻に散りばめられている。そしてスカート前面には左の大きなリボンでくくりつけたかわいらしいエプロンがあった。
「トゥリパ、なに、そのかわいい服!!」
「おねえちゃんの服かわいい!!」
姉妹は互いの服装を見て歓声をあげた。そして見たこともない素敵な服を自分もまた着ていることに気付き、躍り上がらんばかりになった。髪まで服装にふさわしく綺麗にみつあみされていた。
姉崎正義が創生魔法でつくりだしたのは、ディアンドルと呼ばれるドイツ南部やオーストリアの民族衣装である。ブラウス、上着、スカート、エプロンの単純な組み合わせながら、機能とかわいらしさを両立したすぐれたデザイン性をもつ。
「へえ~、いいセンスしてるじゃん」
感心する妖精リンに、姉崎正義はにやりと笑った。
リーリウムとトゥリパははしゃいでその場でくるくると回り出していた。裾の広がりぎみのスカートが、鮮やかな刺繍をみせ、花のように回転する。こんな綺麗な衣装は両親が健在のときも着たことがなかった。慎み深いリーリウムまでもが、姉崎正義に礼を言うのを忘れるほど興奮していた。
その様子を目を細めて眺めながら、「おじいさんともみの木に感謝だな」とぼそっと言った姉崎正義の真意は妖精リンにさえわからなかった。彼が、某アルプスの少女なアニメの主題歌を思い出し、主人公の女の子の格好からディアンドルを連想したなど、この世界の誰もわかるはずがなかったのだ。
お読みいただきありがとうございます。