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星空 終のダイアリー  作者: 野口詠多
6/11

四月 一七日 (木)


人、人、ぎすぎす感~♪


迷える羊の魂 救済~♪








 「大江健三郎……氏の小説に、『人間の羊』なんてのがある。まぁ、戦後の日本人の卑屈さを浮き彫りにしたみたいな作品だ。しかし俺は、事件の大本たるバスの中で味わわされた恥辱については何も言わんよ。恥ずかしいだけだしな。俺はその後の展開の方が好きだ。男が男に、追っかけられんのさ。変な話だろ? ミーハーな読者は昭和期のストーカー被害というものにはおしなべてこの種のケースがあったのかと勘違いするかもしれんだろうが、さもありなん、まったくそうさ。これは男が男をどこまでもストークするお話だ。おせっかい。情けは人の為ならず、自分のためだ。尾行者はつきまとう。どこまでもどこまでも、この世界がこの世界として続くかぎり、ずっとずっとでしゃばりたいのさ。それをスノビズムと呼ぼうか、プラグマティズムと呼ぼうか。なんにせよ、温かな我が家に帰るのは、それだけで難しいのさ……。

「……でも彼は、帰れたじゃない。家に帰りつけたじゃないの。妹や母のいる、温かな家に帰ることができた……それだけでいいじゃない。他にどういう、救われる読み方があるというの? 暗く沈んでいたって、空は晴れないわよ? それだけを見ていようじゃないの」

 忘れろというのかね? スティグマを? ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』さ、恥辱をこうむるのだけは死んででもごめんだめ。

「『朗読者』は美しい愛を、朗読で交換しあうという物語でしょ……? 星空くんはそこを、読み飛ばしちゃったわけ?」

 そこが読めないわけだよ。ある種の人間にはな。死ぬことばかり考えちまう。ジェローム・デイヴィッド・サリンジャーの、『ライ麦畑でつかまえて』さ。俺をつかまえてくれよ……手足が失くて、眼も見えなくて、芋虫の俺は今にも落っこちそうだよ……。

「それでも帰るのよ。妹がいる場所へ」

 俺にはシスコンの気は無いから、強く生きることもままならないね。

 まぁ、個人的に眼福とあおいでやまない夢見がいつでも暇そうにしている保健室に、無いはずの脚を展ばすくらいのことは、いつだってできるんだがな。

 しかし驚いたね。この日俺が保健室の扉を開けると、そこには羊ならぬヤギみてぇに、白い紙をむしゃむしゃと噛みしめている……咀嚼している夢見のあられもない姿があった。

 なんのエッセンスもフレーバーもないパルプを、むしゃむしゃ食べていた。

「……どうした夢見。お前は人間の先祖はヤギだったなんていうチャールズ・ダーウィンも真っ青な珍説を今から身をもって証立てようとしている真っ最中だったのか? ひょっとして俺、覗いちゃまずかったか? 体育の授業後に女子の着替えを外で待つ男子生徒よろしく門番然と廊下で待機しておくべきだったのか? ツルの恩返しみたいに、俺がお前の奇行をこうして見てしまったからには、お前は今晩にでもどっかに飛翔してしまうのか? そのリードボーみたいな白いはだえを羽と変え、大空を舞い飛び上がろうというのか? 果たしてお前はヤギなのかツルなのか?」

「……どっちでもないよ、強いていうなら某ラノベのヒロイン、かな……?」

 どういうことだ。

「いやぁ、ラノベ+文学少女といったら、代名詞的なのあるじゃん? いやしくもサブカルライフをエンジョイするにあたって、谷川式ばかりを持ち出すのも公平性に欠けるかな、と思いまして。それで他のキャラもちょっと拝借しようと思ったら、こんなになってた……」

 ごっくん。いやいや待て待て呑むな呑むな。

現実の女の子が紙を噛みなさるな。

「……ちょっと待てよ。ラノベにあやかって紙を咀嚼してみたってのは、まぁさっぱりわからない動機なんだけれども、うんまぁ夢見はおバカちゃんなんだなと思えばそれでも理解には至らないまでも、一応は紙じゃなくて事情を飲み込めたわけだが……そもそもお前は、文学少女キャラじゃない筈だろ? ボイスアクターでいうなら平野ポジションだろ? なぜお前が、もしゃもしゃと紙を食うんだ? 谷川的にもまさしく紙破りじゃねぇか」

「破ってんじゃなくて、食べてるんだけどね。お(゛ )ぅぇ」

「えずくなよ。いやしくも萌え系美少女がリアルにえずくなよ。おい、出てる出てる、なんか胃液的な色と臭いが口から出てる出てる! まずいぞ夢見、保健室行くぞ保健室っ……てここが保健室じゃん!」

「ウう(゛ )ぇぶるるるぅぅあああぁぁあ(゛ )」

「おい、まずいぞ。ボイスがいよいよ若本さんがかってるぞ」

「ぢぐじょぉぉおぉぉぉぉぉお(゛ )」

 後悔するぐらいなら、はじめから主人公補正のかかった野菜戦士たちと闘うな。いや違う、嚥下するな。というか、保健室の床で吐くなよ? リネンの清潔感こそが似合うここで。画的にも辛いぜ。

「……星空くん……あたしを美少女と思ってくれるなら……あたしの汚いところも、全部愛じでえ(゛ )ぇ(゛ )ぇ(゛ )え(゛ )」

「やめろ、こっちにくるな! 洗面台に行けって!」

 そもそも、どんな紙質のペーパーを食めば、人はこうなるんだ。

「クレープペーパーだよ」

 嘘つけよ。吐き気をもよおすにしても、即効性がありすぎるだろ。

「――ほら! とりあえずこの、バケツの中にでもお前の想いの丈を詰め込んでおけ!」

「星空くん……ありがどお(゛ )お(゛ )お(゛ )でろでろでろでろでろ」

 映像編集で、時間のスキップというのは最も技巧的になされなければならない。たとえばアクションつなぎ。運動の途中で時間をジャンプさせる。あとは時計つなぎだとか、電話をがちゃりと置いた瞬間に、目の前にその電話相手がもういたりとかな。そういう小粋な編集がなされているのがよくできた創作ものとして映像の世界では褒められるわけだが。

 美少女がゲロを吐いたことによって時間をスキップさせるというのは、そうそう無いと思う。アニメとかならやってそうだが、直前まで死んだ魚みたいな眼をして自分の吐瀉物をしげしげと眺めていた女が、ばっちりメイクも整えた風情でもうすっきりしたみたいにしているのは、しかし現実的には短針が数字を一つまたぐほどの時を要した。

 おにゃのこのゲロは、スタッフ全員でおいしくペロリといただきました。

「昨日アズにゃんと放課後制服ショッピングデートを満喫している時に、藪からスティックで思いついたネタなんだよねぇ。後生だからって、ファミレスでザッハートルテを貪りながらお願いしたんだけど、お腹壊すといけないからって、断られちゃったから、これはあたしがいよいよひとスキン脱ぐっきゃない! って思ってさ」

「よかった……月見は真っ当な人間だった……きっと思い付きでルー語なんて使わないんだろうな」

 しかもなんだよザッハートルテって。そんな冥府の大魔王が放つ一撃必殺技みたいな名前のスイーツが近頃のファミレスにはあんのか……。

「それともう一つ。夥しい量の黒塗りが乗りつけるモーテルの前をあぶなっかしく通ってると、あの商店街の奥の方に、やおらディスカバーしちゃったのよね」

「ここらに黒塗りがすだくようなモーテルなんかないから、たぶんこの先転校してくるのだろう金持ちのお嬢様が相談部に乗り込んで来たりなんかする時の伏線としてそういうのを無理矢理挿んだんだろうが、いったいなにを見つけたってんだよ」

「ソサエティーの雑輩こと、頑張るみんなのお父さん。これがムカデみたいにぞろぞろ並んだ、最近はやりのペットカフェ。三高(サンコー)近辺にもあったんだねぇって」

 世の中の雑輩って、サラリーマンのこと指してそう呼んでんのか?

 お前、いつか干されるぞ? 業界にじゃなくて、広く社会全体に。

「しかしまぁ、ペットカフェだなんて、そんなアーバンなものがルーラルなここいらにあったとは驚きだ。やっぱあれか? お前らみたいな妙齢の女性がきゃっきゃうふふの黄色い声を鈴なりに転がせてんのか?」

「ううん。女の子――ガールなんて一人もいなかったよ。みんなスリーピースのサラリーマン。女の子がたくさんいるだろうなーって思って入店した頃には、後のフェスティバルだったよ」

「おいおい、夢でも見たのか? いや、画的に違うか。地獄絵図でも見てきたのか? どこの世界に仕事帰りのひとときを上司や部下と呑みニケーションに費やしたり、真っ直ぐ家に帰りついて、それこそ『人間の羊』みたいに帰りたい帰りたいと強く望みながら帰宅ラッシュの波に揉まれたりしている筈のサラリーマンが、場所もあろうにペットカフェなんかで油売ってる光景が見られるんだよ。居酒屋でハシゴだろ、男なら」

「あんた地獄絵図とか言って、業界に天日干しにされちゃうわよ」

「ぽかぽかな陽気なら大歓迎だね」

「ぽかぽか殴られるわよ」

「物理妖精の最高威力技じゃないなら望むところだ」

 というかあれ、なんで威力あんなに高いんだ。ちからもちな子は俺にじゃれついてくるなよ。俺は心に竜のように猛きものを飼っていたかったのだが、最近の竜はじゃれつかれただけで気息奄々なんだから、まったく困じにけるね。

「……ポケットにすっぽり納まっちゃう感じのネタ?」

 当店、幅広く取りそろえております。

「星皿くん、聞いたことない? 最近都内じゃ、居場所を失くしたサラリーマンが、直帰で家に帰るのが厭さに、毎晩色んなところで道草イートしているんだよ」

「だからといって、中年のおっさんが仕事帰りにペットショップなんかに入り浸るなんて話、聞いたこともねぇよ。それと、やにわに俺の名前を、某先生の代表作のお馴染みのかけあい的なリズムを期待して間違えて呼んでくれるな、俺の名前は星空だ」

「んだよいちいちうるせぇな! 噛んだんだよ! そんぐらいわかんだろ⁉ 察しろよ! 揚げ足なんてとってねぇで、新聞でもとってろハゲ!」

「ええ⁉ なにその切り返し、怖っ! 普通に怖いから!」

「失礼、噛みました」

「いや、いまさらそのお約束的口上を言われても、わざとらしさ以外の何も伝わってこないよ」

「神はいませりぃぃぃぃ‼」

「はいはい」

 お後がよろしいようで。

「それがね星受け皿くん、アズにゃんソースによれば、昨今のリーマン達はどうも本当にペットカフェにドはまりしてるんだって。何を隠そう、あのアズにゃんのお父さんがそうらしいし、かくいうこのあたしのゴッド・ファーザーとて、その一人なんだから」

「お前の父がその一人だというのなら、香り豊かなアズにゃんソースよりも根拠としてなお確かだろ、それを頭に持って来いよ。どんだけ会話運び下手なんだよお前」

「失礼、噛みました」

「いいや、先走りだ。まだ星受け皿くんについては触れていない」

「会話飽きた!」

 飽きるな! まだ麓だ! というか、他人様のネタを立て続けに反復するな。

 オマージュは一回きりだから面白いんだぜ。

「やっぱりぃ、あたしが思うにぃ、仕事とか辛いわけでしょー? で、くたくたへとへとになって家族の憩いを期待してベッドタウンたる我が家に帰ってみれば、そこでの奥さんや娘から受ける扱いはヒドイわけじゃない? 『うっせーな、新聞でも読んでろハゲ! いまアズにゃんとメールしてんだよ、見りゃわかるだろ⁉』って扱いを受けてたら、そりゃペットカフェに引きこもりたくもなるわよねぇ」

「なるだろうね。激しく同意だよ。というか、自覚があるのかよ」

 というか、実地に基づいた調査結果だったのかよ。

 怖いわ、きょうびの萌え系美少女。

「で、あたしたちも休日の遊園地の人気アトラクションに並ばされることを生業にした、家に金を運んでくるだけの存在・父よろしく、列の最後尾につけて乙女トークしてたんだけど、あたし金欠でコーヒー一杯すらも頼めなくてさー、実はファミレスのザッハートルテ一ダースほどの代金、全部アズにゃんに支払わせちゃってたんだよねぇ。カフェでもコーヒー頼んじゃったし。次のお小遣いで返すとはいえ、悪いことしちゃったわぁ……はぁ、どっかの優しいイケメンが、ぽんと五千円ほどの借金を肩代わりしてくれないかなぁ……」

「しょうがねぇな、ほれ。ここに樋口が一人いる。月見はまだ図書室にいるだろうから、すぐにあいつに返しに行けよ」

「ええ⁉ い、いいよそんなわざわざ! だって、アルバイトもしていない高校生の財布から五千円なんて、そんなおいそれと出せるものじゃないでしょ⁉」

「だからだよ。月見だってバイトなんかしてねぇだろ。初めてのガールズデートで、あいつだって浮かれて気が緩んでいたのさ。それに友達関係に、金銭的な貸し借りがあっちゃまずいだろ? 俺も臨時収入があったばかりだから、景気がよくてね。ぽんと肩代わりするくらい、わけないぜ」

「……星空くん、ありがとう……お金に糸目をつけない優しいイケメンが、こんな近くにいるなんてしらなかった! いまあたしの中で、星空くんの株、ぐーんとうなぎ上りだかんねっ!」

「なぜ語尾を妹らしくしたのかはさておくとして、ほれ、受け取れよ」

 まぁ? もともとその金は二人の将来のためにたくわえていたものだし? 俺は自分では一円も身銭をきらずにまんまと株だけを上げた寸法なんだけどな。世の中ってのはこういうもんで、いかにてめぇの金をかけずに懐をぬくめることができるのかってレースなのさ。ビバ資本主義。

「うん、ありがとう! この五千円、大事にするかんねっ!」

「大事にするな。月見に返せ」

「ザッハートルテはバケツに返しちゃったけどね」

「あれがザッハートルテだったのか⁉ たしかに異形な見た目といい、饐えたような酸鼻な悪臭といい、魔界の創作物のような感じはしたけれども!」

聞くならく、人間の排泄にかかるまでの時間は、およそ二四~七二時間らしいからな。あれが魔界に名高いダークマターであったとしてもおかしくない。宇宙の神秘が保健室のバケツに満たされたのだ。

ザッハートルテを食ったのが昨日の夜だとすれば、どんなに早くても朝方には正規の方法で体外へ放っているなんてこともないだろうしな。あるいは女の子には、そもそも体外へ放出する器官なんて無いのかもしれないが。口からは出ても、そこ以外からは出ない。

「でも本当にいいの? 五千円なんて大金、ぽんと出して?」

「なに、安いもんさ。夢見の信頼を勝ち得たとなればな」

「星空きゅん……」

「ははは。お前俺に惚れたろ、いま」

「いやん、ばかん、そんなこと聞かないで。ラノベの主人公は鈍感ボーイじゃないといけないんだゾ♪」

「ははは。そんな法則知らないね。俺はラノベを読まないからね」

「ラノベといえば、あたし達ペットカフェでネコを見つけちゃったのよ」

「ほう、それをラノベと解く。そのこころは?」

「キャットハンティングするわよ!」

動物愛護団体さまー、この人ですよー。

「ハント違いよ。いやね、ほら。あたしたち、谷川式を目指してるわけでしょ? アズにゃんとは友達になれても、部活の勧誘には失敗しちゃったわけじゃない?」

「わかるよ。だから気を取り直して、残りの二枠に充当する人物を探そうというんだよな」

「それがネコなのよ」

「ネコがそれなのか」

 なぜネコがそれなのか。

「ペットカフェで、うっかり頭を禿げ散らかしちゃったおっさんがネコを愛玩しているのを見ていると、急になんだか猫を相談部に迎え入れる必要性を感じちゃったのよ」

「急になんだか感じちゃうなよ、順序よく感じろよ」

 それにうっかり頭を禿げ散らかしちゃったおっさんってなんだよ。どんな工作機械に巻き込まれればうっかり頭を禿げ散らかせられるんだよ。そういうのは、どうしようもない諸力がはたらきかけた結果、後のフェスティバルでつい禿げ上がっちゃうんだよ。人間の恥々たる部分をあまり見つめてくれるなよ。

 需要の無いおっさんといえど、かわいそうだろ。

「谷川式だと、ベンベンと鳴る弦楽器みたいな名前の三毛猫が出てくるわけでしょ。あたし達もホラ、ペット要員を揃えなきゃなわけだわさ」

「いや、ネコよりもまず人員じゃないか? 宣伝方法を一緒に考えてくれる残り二人のボイス枠を埋めることが先決じゃないのか? いくら人材が払底していて猫の手も借りたいほどだとはいえ、実際口も利けない猫がいたところでマスコットにしかならねぇだろ。あるいは招き猫のゲン担ぎか」

 というか、保健室にネコを持ち込むなという話だ。

 毛が散らばった保健室で、誰も消毒なんてされたくない。

「だってまだ、転校生が来るようなフラグも立ってないし……とりあえず校内を経巡ってみたけど、先輩の女子生徒はみーんな下品な感じにげらげら笑ってて、愛くるしい天使みたいな女の子とか一人もいないんだもん!」

「まぁ、現実ってそうだよな」

 だから男は後フェス式にうっかり禿げ散らかしちゃうんだもんな。

 赤信号なんとやらだ、トゥギャザー禿げようぜ。みんなで禿げちまえば、恥ずかしくない。

「それだったら、愛くるしいネコの仕種でもフォトって、活動日誌に貼りつけた方が集客効果あるんじゃない? あ、保健室にはこんな可愛いネコちゃんがいるんだって」

「それだと別の意味で保健室に来る奴が減っちゃいそうだけどな」

 不衛生だろ、やっぱ。

「むぅ、こうなったらしょうがない……キャットハンティングは諦めて、人間のハンティングを続けましょ。もうこの際だから、谷川式もうっちゃってね。ネコが飼えないんだったら、これ以上なぞることもできないし」

「これまでに何一つ経過をなぞれていないんだけどな」

「あーあ、週末の不思議探訪やってみたかったなぁ……」

「ん、なんだそれは。まさか課外的なイベントが、相談部には用意されていたということか」

「うん、まぁね。名目上は図書館とか行って、カウンセリングを学びますってことにして、実際にやるのは不思議探し。そういうのやりたかったんだけど」

「へぇ、面白そうじゃねぇか。実は最近、日誌の記事ネタに困っててな。このまま動きもなく夢見との漫談書いていてもいつか飽きると思ってたとこだ。それこそ会話飽きた! ってな具合にな」

「でも、二人で行ったら休日デートになっちゃうわよ……? 星空くんは、いいの、それで……?」

「……なんだその眼は? なぜうつむきがちになるようなことがある。なにか後ろぐらいことでもあるのか」

「……ううん、なんでもないよ。そっか、まだ、彼女のことが、忘れられないんだね……」

「…………」

 ……彼女って、誰のことを言ってるんだ。

 いや、記憶がない俺にシリアスなのかネタなのか判断に迷うような発言をぶっこんでくるな。本気でいぶかしんじゃうじゃないか。

 俺の胸に生き続ける彼女、誰だよ。

「まぁ、星空くんが乗り気なら、週末は部活ということでいいとして」

「二人でデートすんのか?」

「それも高校生としてはいいんだけど……ラノベ的には面白みもないし、よし決めた! あたし明日の体育時間中に、二組の娘を相談部に誘ってみるよ!」

「おお、月見との経緯で自分に自信を持ったか。美人が自信過剰になるのは本来人間的成長のさまたげになるんだろうが、いまはまだその心配には及ばんし、いいぞどんどん自信を持て」

「目指せ年収五千円!」

「もっと持ってくれ」

 それじゃ家計は左前だろ。せめて時間給五千円くらい高望みしてくれないと。

「とりあえず週末は、その娘とアズにゃんも誘った四人で不思議探ししましょうね。二人ペアになって別れて、一時間おきにペアを変えるのよ。あんたからしてみれば、ハーレムローテーションよね。羨ましいわ」

「女の立場からすれば、現実にはイケメンパラダイスより、ハゲパラの方が圧倒的に多いからな。それこそ前者が不思議の域だ。で、不思議って、具体的には何を探すんだよ」

「そりゃ当然、オスの三毛猫でしょ」

「ネコは諦めたんじゃねぇのかよ! しかもオスミケかよ、ハードル高けぇよ!」

 一っ飛びで金持ちになれる。自信の持ち方が飛び級すぎるぞ。せめて五千円クラスのネコにしてくれ。オスミケじゃ、当たりの宝クジとか、札束の入ったアタッシュケースを拾うのと大差ない。

「で、星空くんはどのペアが真っ先にオスミケを見つけられると思う? クイネーラで賭けてよね」

「ペア行動の場合、連勝複式もなにもなくないか? ……まぁ、まず発見はありえんとして、それでも賭けるとしたら、俺とその体育娘のタッグに一万ペットかな」

「なんでまだ見ぬ新キャラとの絆に賭けたのよ⁉」

「あいつとなら、なにかを成し遂げられそうな気がするんだ」

「くぎぃぃぃ! その強すぎる心の紐帯を噛み千切ってやりたい! あれか、ピンチを乗り越えてモノにしちゃう的なあれなのか⁉」

「吊り橋効果ってやつな? まぁ、日常にピンチもくそもねぇが、両手に花どころか三人の女の子とデートできるとあっちゃあ、これはいよいよ相談部冥利につきるといったところだね」

「ラノベ主人公冥利と言い換えてもいいわよね」

「ところで体育娘だが、ちゃんとスカート丈はスポーティッシュな腿を見せてくれるほどぎりぎり短く調節されているんだろうな」

「体育娘って呼んじゃったあたしが語弊を生んでしまったのだろうけど、あくまで体育で一緒の女の子だからね? 運動は得意そうだったけど、根っからの体育娘かどうかはあたしも知らないし、あんたの趣向がそっち寄りだってことも今初めて知った。うん、スカートは短いよ」

「スパッツは論外だからな? べつに俺はハレンチから言っているのではない。体育娘はすべからく、サポーターであるべきなんだよ」

「なんか、新しいジャンルの開拓を見た気がするわ。スパッツじゃなくてサポーターがいいの?」

「ああ。膝の裏を隠し、それでいて白い健康的な肌がふくらはぎとソックスの間、スカートのひらひらと腿の間にちょうど覗けているとたまらん」

「わ、わかったわ……誘ってみる時に、打診してみるわよ……」

「……夢見、お前いま、明日から自分がサポーター巻こうとか考えなかったか?」

「どきっ(そそそそんなことないわよっ、誰があんたなんかの気を惹くために明日の体育の授業で足を挫いてしまったことを言い訳にサポーターを装着した状態で保健室にやって来るもんですか!)」

「そうか、ならいい。神はいませられても、俺には人の心を読めるゴッドパワーはないから詮索はすまい。それはそれとして夢見よ、お前は体育娘とはそれほど親睦があるのか? というかどれくらい口が利ける? 月見と初めて会った時のような状態じゃ、授業中にお前一人で誘うなんてとても無理じゃないか? 同じクラスでも、男子と女子の体育は場所が別だからな、頼りになる星空くんの名前を呼ばれても、空気を読んだヒーローのようには颯爽と駆けつけてやることはできんぞ。ヒーローも授業の単位は落としたくない」

「……(それは大丈夫よ! 彼女とは体育で何度もくだけた会話してるし、どうやらアズにゃんとも同じクラスだったらしいから、友達の友達はっていうあの論理が発動してるじゃないの! だからあたしの人見知りスキルもなりをひそめるっしょ! それに昨日は遅くまでアズにゃんといっぱいお喋りしたから、言葉が出てこないとかそういうのも絶対ない! 弁舌巧みに、みごと体育娘を引き入れてやる!)」

「そうか……それが心の中でじゃなく、口に出して言えるくらいにまでなったら俺もお前をいい子いい子してやるよ」

 いくら体育娘と月見が同じクラスで、あの論理が発動しているからといっても説得力がともなわない。そんな、ツーカーの仲にしか届かない、以心伝心拈華微笑、阿吽の声だった。

「ところで夢見、そのおやじ臭いペットカフェで、今をときめく女子高生二人はネコを肴にいったいどんなことを喋くりあっていたんだ?」

「乙女がするありきたりな話題よ。乙女要素が乙女座生まれであるところしかない星空くんが立ち入っていいことじゃないわ」

「んだよ、教えてくれたっていいだろ。俺だって月見ともっと仲好くなりたいんだ」

「ライバル⁉ きましたライバル的展開! 友達の友達は敵っていう展開が今後待っているのね!」

「ははは、待て待てお前から月見を奪ったりはしないよ」

「あたしから星空くんが奪われちゃうわよ!」

 ……え?

「……はっ⁉ いいいいや、なななななんでもないから」

 と言って、あわてふためいたように夢見は痙攣している。春先だというのに、まったくぽかぽかする気配をみせない我らがルーラルな町であった。

「あ、あたしがアズにゃんと何を話していたか、よね? うん、その辺の経緯について詳しくは、スピンオフストーリー『夢見勝のイデオローグ』にて事細かに明かされる予定なので、乞うご期待!」

「いま言えよ」

「た、単なる文学レクチャーよ! 国語の教科書に載っていた別役実や、中島敦、そしてフランツ・カフカの『変身』の読み方について滔々と教えていたのよ。そうしたらアズにゃんったら、眼を爛々と輝かせていたわ。文学少女キャラとしての伸びしろをそこに見出せるわね」

「まぁ、変身モノは人を文学体験にいざないやすいからな……かくいう、俺なんかそのせいで陥穽にすっぽりはまっちまって、粘着する蜘蛛の巣から抜け出せないであがいているんだけどな」

「もぅ! 星空くんったらまたそんなこと言う! ネガティブになるな! そしてどうせあがくなら、記憶を取り戻そうとしてあがけ! その方が物語的に盛り上がるし、あたしとの間に築かれていた甘酸っぱい関係とか隠された過去の真実とかで、巻を重ねていくごとに伏線をバラ撒くことができるでしょう?」

「いやだね。そんなものの陳腐な葛藤はテレビドラマに任せておけばいいのさ。ライトノベルでは一切を無視して、記憶喪失はあくまでキャラ、属性の一つにまで貶めていたいね」

「ヒラメいた!」

「どこに泳いでるんだ? ああ、あれか。残念だったなあれはカレイだ。唐突になんだ、なにを閃くことがある?」

「あたしがアズにゃんに借りていた五千円を返しに図書室まで行っている間に、星空くんはここで短い小説を書いていなさいね。ひとしきりいちゃいちゃした後に保健室に戻ってきたあたしが、それを食べるから」

「待て待て待て待て。会話に辻褄が無さすぎる、てにをはとか、平仄とか知ってるか? あれって合わせるもんなんだぜ。その自由奔放さをうち捨てて少しは身軽になれ、俺の記憶喪失云々のくだりはもう終わりなのか?」

「だってどうせ進展しないし、あたしの手がふっと触れた瞬間に、はっと何かを憶い出すような経験も今までに無かったんでしょう? じゃあもう脈なしよ」

お前の手はあれか。触れている間、なんらかの能力によってかけられていた呪いを解く効果でもあるのか。

「とある左手の能力解除よ」

「知らん」

「そんなことより今あたしが思いついたのは相談部の宣伝方法についてなのよ。あたしが三つばかしワードを出すから、星空くんはその三つを題材にして起承転結しっかりした短い小説を書くの。それをコピペするだけの簡単なお仕事よ! そうすれば、もうこの先つまらない漫談をだらだら書く必要もないでしょ?」

「待てよ。たしかにそれなら漫談は書かなくてもよくはなったが、俺の労力増してない? 賃上げ要求は通るのか?」

「友達関係に金銭はナンセンスなんでしょ?」

「上司と部下の関係には必須だ」

「あっそ。じゃあ何か後でご褒美を考えてあげるとして、この紙――あたしがさっき食べかけてた紙――に下書き残しといてよね。それを日誌にアップするのよ。下書き稿は、あたしが食べるから。いいこと、図書室に行って戻ってくる間に仕上げとくのよ? なにかユニークなことをやれば、それだけで脈絡がなくて意味もなくとも宣伝にはなる時代なんだから。バビ資本主義よね」

 バビるなよ。ビバれ。

「紙を食べるという学習のないうえにシュールすぎる言動の方はおいておくとして、日誌に貼るだけで本当に相談客がくるようになるのか?」

「宣伝として小説を使う部活も他に無いしねー、奇抜さは人の眼を惹くっしょ」

「俺は小説なんて書いたためしがないから、そもそも勝手を知らんぞ?」

「作の巧拙は問わないわ。以下の三つを盛り込んだ内容の散文であれば、なんだっていいの」

「以下と言われても眼には見えないのだが、はて、なぜ唐突に思いついたのが三題噺なのだ?」

「某ラノベのヒロインは、主人公に三題噺を書かせて、それを食べるのよ」

「……例によって野暮なことを言うが、それって譬喩じゃないか? いや、俺はそれがラノベであればなんであれ読もうとしたがらない主義者だから、もちろんそのシリーズは読んだことがないんだが、その紙を食べるヒロインってのも、物語を食べるってのはつまり、物語を味わうってことだろう? 人生を味わう……そういうシミリじゃねぇか? いや、はっきりと食べるって書いてあるんなら、メタファーかもな」

「な……き、気付かなかった……ラノベというジャンルが感覚に先行してて、そういう読み方をするのを忘れていたわ……!」

「おいおい、しっかりしてくれよ。お前が味わわなくてどうする。なに呑気にクレープペーペーを食んでるんだよ。いやしくも文学を扱ったラノベが、軽薄なはずはないだろう」

「ぐぬぬぅ……不覚にも星空くんの、うるさいだけの無粋な読みで気付かされてしまうとは……この夢見勝、一生のうっかり!」

 禿げるなよ。禿げた美少女の需要がどこにあるのか、俺にもまだ未知数だ。

「まぁ、じゃあ、食べるってのは譬喩的に食べることにして、とにかくスタースカイくんにはこのお題で書いてもらいましょう。カモーン! ホワイトボード!」

「画的には自分でホワイトボードを引っ張りだしてきてるんだが、そのセリフが書かれることで、さもホワイトボードが独りでに動いているかのように描写できるんだよな」

というか先生の高尚なネタをルー語レベルで仕込んでくるな。

「そういうレトリックはいいから! 自分が書くものを考えてなさいよ! スタースカイフィッシュくん!」

「たしかにヒラメとかあったがそれにしてもフィッシュは唐突だろ。そんなワトソンくんみたいな感じで俺の名を宇宙的UMAみたいなルー語で呼んでくれるな。というかスカイフィッシュって単語、何人が知ってると思ってるんだよ」

 などと言っている間にも、見事なまでのマジックペンさばきで、あいかわらずの綺麗な字でホワイトボードに書かれたお題は、「人間の羊」「サラリーマン」「ペットカフェ」だった。

「男に追われて家になかなか帰れずにいるリーマンが、背に腹は代えられぬとばかりにペットカフェへ避難するという荒唐無稽なストーリーしか思い浮かばないぞ? なんだそのお題は、チェンジだチェンジ」

「却下」

 取り付く島もなく、すげなく言われて――。

 ほんとうにそのまま五千円を握りしめて、保健室をすたこら出ていった夢見の長い背中を、俺はアングルの一連の裸体画でも眺めるような眼をして、ただ黙って見送っていた。

 さて俺は考えたね。沈思黙考ってやつだ。吐瀉物の臭いってのは由来がおにゃのこ産とはいえどなかなか強烈なもので、ぬかりなく換気していても保健室はゲロ臭かった。俺は廃れたネオン街を踏み歩くような気持ちを重鎮代わりに脇に置き、原稿用紙にむかって、ペンをいそいそと走らせていた。

 このゲロ臭い世界において、俺が生きる道を俺なりに模索してみたのさ。タイトルは、『人間の猫』。いや、俺は竜だよ? 心の中に竜ほどの大物を飼う俺なんかが、猫であるはずはないのさ。

 しかしほどなくして戻ってきた夢見は、さっそく俺の脱稿されたてほやほやのショートストーリーをもさもさ味わうと、ひとしきり咀嚼しながら、一気に口中へほうりこんだ肉の中に軟骨があったみたいな珍妙な顔をして、ペッと吐き出すようにあっさりこう言った。

「このネコって、星空くんのこと?」

「いいや、違うよ。俺は竜だからね――」

 誰かにじゃれつかれただけで這う這うの体の、弱々しい竜にすぎないさ。

「星空くんが竜? 猫も食わないような優男の顔をしてよく言うわ」

「虫も殺さないって表現ならよく聞くけどな」

 猫を食うのは中国人くらいじゃないか。椅子とテーブル以外の四本足はなんでも食うらしいし。それも実態ではなくレッテルだけどな。

「一人称が僕の人にかぎって強い人はいないわ」

「それは偏見だろうし、俺の一人称は俺だ」

「それは日誌伝中の人物の話でしょ?」

「それはどこの英傑だよ」

 それを言うなら、立志伝中の人物だ。志を立てることも俺にはままならんのか?

「それはまぁいいわ、とにかくこれを、ブログにアップしてちょうだいな」

 それそれそれそれお祭りのようにうるさかったが、さて、それじゃ部長殿の命令通り、以下にその全文を載っけようじゃないか。コピペするだけの、簡単なお仕事さ――。

 主人公は社会の雑輩――いや、みんな雑輩だ。

 トゥギャザー雑輩しようぜ。そうすりゃ、雑輩でいることは怖くなくなる――。


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