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星空 終のダイアリー  作者: 野口詠多
3/11

断章、あるいは談笑


最期くらい 一緒にいたっていいじゃない


一生いたって いいじゃない



『田山花袋の『重右衛門の最後』なんて小説は、けだし純粋に男の琴線を狂わせんばかりにかき鳴らす名作だろうぜ。なぜかって? 野郎どもならばわかってくれるはずだ。ここには男の理想の生き方がある。憧れといってもいい。欲に忠実になるならば、いっそ羨ましい。なにせ重右衛門、そりゃあ女にもモテなくて淋しい生涯だったろうが、拾ったロリっ娘と二人暮らしなんだぜ? しかも大っきくなってからはもちろん、食べ頃を一番で、だぜ? これほどおいしい生き方はないねと、俺は思うわけだよ――』

「不潔! 不潔よ不潔! ええい汚らわしい! 美しい文学を汚すな! 妄念をひき連れた不浄なる魂は、保健室のメンバーには不衛生よ! こんなもの、破り捨ててやるぅ~!」

 と、今回は読み方の違いというよりも生理的に受け付けなかったらしく、夢見はルーズリーフに書かれた下書き原稿をびりと破り、その後で俺はあらゆる痛罵の言葉を頂戴したね。俺が痛みに快楽するマゾヒストであれば、投げられた罵倒の全てを気持ちよく受け取ったことだろう。さておき。

「ねぇ星空くん。さっそく昨日の日誌を覗いてみたんだけどさ」

「ああ、そうかい。どうだった? 会心の出来栄えだったろう? 夢見さんの書いたという建白書のくだりなんか、僕は実物を直接は見てはいなかったから妄想で補うしかなかったのだけれど、すんなり教師の審査をパスしたことを思えばおおよそあの種の筆勢だったんでしょ?」

「まずそもそも、なんで昨日のあたしたちの会話をのんべんだらりと記述するだけなのよ」

「おいおい、僕に嘘を書けってのかい夢見さん。活動なんて何もしてなかったんだから、書けることといったらとりとめもない雑談のことしか話題がないじゃないか?」

「いやまぁ、そうなんだけどさぁ……それにしても、あの語りのスタイルはなんだったのよ? あんなの全然、普段の星空くんらしくないじゃない! あなた一度もあたしのことを『夢見』だなんて呼び捨てにしたこともなければ、一人称だって今までずっと『僕』だったじゃない。根が温厚そうな星空くんらしくもなく、トーンもどこか暗かったし……なんなのあのニヒルな別人格は? あたしてっきり、あの時保健室にはまったく別の人物が潜伏していて、あたしたちの会話を陰で盗み聞いていたんじゃないかしらと思って、ぞくっとしちゃったわよ。星空くんってもしかして、記憶喪失なうえに多重人格属性?」

 ……朝のホームルーム時間には清澄と倦怠が互いを求め合うように組んずほぐれつしており、死んだ風の中を辛うじて垂れ幕のように揺らめいては暗い緞帳をおろしていた。

 男女が交互に配列された教室において、俺の座席の前にいる女は首を一八○度ねじ向けるようにしてこちらを振り向くと、いそいそと俺が筆を走らせていた下書きを読むなりびりびりと引き裂き、さっそくに昨日書いた日誌のことについてを触れてきやがった。さすが放課後の遊び相手もいなくてなにかと手隙の多い部長殿、こんなにも早く拙文に眼を通していただけるとは、思いにもよらなかったぜ。

 とりあえず俺は、俺のキャラ設定にもう一つ病状を付加されたらかなわないから、正直記憶喪失だけでも背負いきれない荷となっている旨を、バカでもわかるくらい噛んで含めるように言ってやってから続けてこう言った。

「人間は誰しも、二重人格者みたいなもんだよ。いまの僕は表向きの人格で、人と交際する時の性質。対するあっちの僕は、ひどくやさグレてて、屈折した内面の持ち主なんだ。リアルな世界の僕は絵に描いたような品行方正だったとしても、せめてネットでは、ダボダボなズボンをだらしない腰パンルックで引きずって、チェーンをじゃらじゃら鳴らしたり頭を真っ黄色にしてみたり、ガムをくちゃくちゃしながら三白眼でどこか宙の一点を睨んでいたいね」

「……真逆の人間でいたいってこと?」

「あれが嫌だというなら、いいさ。僕は今後から相談部のダイアリーにはへたなことは書かずに、『今日も相談者なし』と毎日更新し続けることにするよ、最近は予約投稿っていう便利な機能がブログにはあってだね」

「それじゃまるで宣伝にならないじゃない……嫌いじゃないから、べつにどんな文体で書いたっていいんだけど……あんまりそのぅ、あたしの友達が云々とかはさ、書かないでいてくれる? かなり恥ずかしいから……あたし友達に飢えてるみたいじゃん」

「いいじゃないか、それが事実なんだし」

「事実でも、乙女には押し隠したい秘め事があるんです!」

「さようですか」

 いやはや、わがまま放題なお嬢様ですこと。

 俺は黒板の上にかけられた時計をみて、八時三○分のチャイムがそろそろ鳴り響き、名ばかりのホームルームが終わりを告げようとしているのを知った。

「星空くん、今日も放課後みっちりミーティングだからね」

「うん、わかってるよ」

宣伝方法について以外に、なにをみっちり詮議することがあるものか、俺にはさっぱりわからなかったが、念を押すように言われたんじゃにべもなく峻拒してしまえるものではなかった。

……まぁ、いいさ。せいぜい家に帰った時に、面白い記事ネタとなってくれるような放課後であることを祈るよ……。


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