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星空 終のダイアリー  作者: 野口詠多
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四月 一四日 (月)


めくらめっぽう、這っていこう。


根暗けっこう、ふっきっていこう。



 「江戸川乱歩に『芋虫』という短い小説がある。俺はこいつがたまらなく好きでね。……戦争から帰ってきた旦那は手足を失っており、おまけに耳まで悪いときてるから始末におけない。妻はそれでも無事生還してきた彼を愛そうと尽くすのであるが、これにはなかなかどうして、尋常ならざる愛とやらが必要となってくると思うね。

 ところでインターネットを指先の延長のように駆使するイマドキの若者ならばダルマと呼ばれる、手足を欠損した状態を指す言葉をご存知のことと思う。官能小説なんかではたびたび持ち出されてくるから、その界隈で好まれているのだろうジャンルなわけだが、まさしくこの『芋虫』は今でいうダルマだ。おっと、差別的ニュアンスは無いぜ。ただそういうネットスラングを紹介したまでだ。

 人間の破滅というのは、たとえば戦争などによってもたらされる肉体オンリーの死だけではないということを、この小説は如実に物語っている……人間としての尊厳を失うことは、死と同義である……そのようにカッコよく言い切ってしまえば、世間の理解もなるほど大いに得られようが……俺はあえて、ダルマこそが死だという持論を貫き通すね。人間は顔じゃない、頭でもない胴体でもない、眼でも口でも耳でもない、手足によってこそ存立の基盤を確固と堅持している……しかし俺のこの読みを、十六歳の女子高生・夢見勝(ゆめみがち)はすげなく否定に付したね。

「それは違うわ! そんな読み方って、哀しいじゃない! 江戸川乱歩の『芋虫』っていう小説は、そういう状態になっても、生きて帰ってくるその姿を待ち望んでいるだろう奥さんのために戻ってきた軍人さんの、愛情あふれる物語じゃない! 周りの人たちは戦地でみんな亡くなってしまっているだろうから……せめて自分だけは無事とはいかないまでも、生還した姿を見せてあげようとした男の人の姿を、そんな生き恥みたいに思う読み方って、ひどすぎるわよ! あんまりよ! それに奥さんだって、最初は戸惑って、擦れ違っちゃったけど、眼を潰しちゃったけど……顫える細い指で背中に書かれたゴメンって文字や、眼も見えなくなったのに口で懸命に彫ったユルスを読み飛ばすなんて、どうかしてるわよ。あの小説の真の意味は、人間の価値は眼とか手足じゃないってとこにあるのよ! あたしたちだって、小さい頃家族とよくやらなかった? 背中の文字の当てっこ。それに五体不満足だからって、健常者の何倍も強くたくましく生きている人だって、たくさんいらっしゃるじゃない。口で絵を描いたりして、何かを表現していた人はいっぱいいたわよ! 手足なんかなくっても――人間は人間だし、人間じゃなくて芋虫だったとしても、愛情を伝えることはできるのよ!」

 ……いやはや、こんな風に大見得きって断言されると、憎まれ口一つ叩く気にもなれやしなかったね。俺は「へいへいさようですか」と、この会話はそれきりにして、とにかく俺こと星空終(ほしぞらおわり)とこいつ、夢見勝との間に埋め合わせようもない文学の相違をひしと感じたひとときだったね。

 季節は桜の花びら舞い飛ぶ春。四月も半ばだというのに外はまだ風が強いうえに寒く、こういうのを四字熟語では春寒料峭というのだろうが、俺はむしろ強風にがたがた揺れる窓枠を覗いて外の寒さを思うにつけ、人のいない室内に鳴く閑古鳥の一声の方を寒く思うのであった……なにがさて、人間は手足がなくなろうがなんだろうが、人肌恋しくもなってくるもので、あまり淋しいと死んでしまうあのウサギよりもデリケートな心を持っているのだ。てめぇの手は孫のそれじゃねぇから、背中まで回らんのよ、誰でもいいから俺の背中に文字を書きに来いよ、保健室に。

「……そもそも、なぜ保健室なんだ?」

 と、あまりの手持ち無沙汰さに、俺は清潔感あふれる卓を挟んだ向かいにおわす女に水を向けるように言ってやったね。口悪な物言いだもんで、先方にはイラついたような印象を与えてしまいかねない剣呑な声音となってしまったが、まるで気にした風もなく、ヤツはまともに応えたね。

「ほら、なんだか保健室だと、いかにもメンタルケアって感じしない?」

「しない。というかむしろ、のこのこ相談しにきたやつの鼻に絆創膏を貼ってやって、それだけで冷たく突き返したくなる。保健室(ここ)は精神科じゃなくて、どっちかというと外科だろ?」

「なんで鼻に貼るのよ、ケガの部位の相場はスネとかでしょ? 一昔前のサッカー少年じゃあるまいし……」

「一昔前のサッカー少年だって、小鼻にまで絆創膏は貼っ付けないさ。そういうのは、マンガとかが作り出したステレオタイプなイメージが強いんであって……まさしく貼られたレッテルだよな。潰れたニキビを見られるのがイヤで、絆創膏で隠していたインドア派の少年が世の中にはいたかもしれんだろう? そのために彼は周りからサッカー少年だとして揶揄される。レッテルとは、げに恐ろしい。しかし夢見よ、俺が絆創膏を貼ってやるのは、なにもケガのためではない」

「というと?」

「同病あい憐れむという謂いがある。つまり花粉ガードだ」

 そう言って俺は、夢見の眼前で思いっきり大きなクシャミをしてやったね。いやはや、豪快に唾が飛ぶ。

「うわっ⁉ ちょ、飛ばさないでよ、もう! なに、あんた花粉症なの? ならマスクぐらいつけてなさいよ、気持ち悪い。絆創膏で穴塞いだんじゃ、そもそも呼吸できないでしょうに」

「うるせぇな、どうせお前も日頃の不摂生のせいにしたいんだろ? わかるよ、女はいっつもそうだ。しかしこればっかりは……ぶうぇっくしょん!」

「汚い汚い汚い! 飛ばすな、えんがちょ!」

「いつの時代のまじないに頼ってんだ」

「あんたが汚い唾飛ばしてくるからでしょ……それにしても、来ないわねぇ……」

「来ないな。お前の宣伝が足りないからじゃないか」

「あたしの宣伝?」

「客寄せパンダ。こうなったら前にも言ったように、お前には水着姿になって宣伝してもらわにゃなるまい」

「だからなんで校内相談部の宣伝にいちいち水着ガールが必要とされているのよ⁉」

「必要とされてるんだよ。世の中を見てみろよ、水着にならない女なんていないぜ?」

「……いや、いるでしょうよ、普通に考えて。水着になったことのない人くらい」

「え、お前、プールの授業の時とか、制服で入ってんのか? 夏場の海水浴とか、私服でもぐっちゃう系の新しい女子?」

「……こいつ、引っかけおったな!」

「どこも引っかけちゃいねぇよ。お前が勝手に文脈を読み間違えて、思い違いしたんだよ。で、どうすんだ? 水着」

「うぐ……あ、あたしが水着になったら、相談者がわんさかやって来るだなんて、いったいどういう料簡よ」

「そういう料簡だよ」

 と言って、俺は目前の女を指さす。……悔しいかな、認めたくなくとも俺の眼の前にいるこの女が抜群のスタイルととびきりの器量良しであることは、猿みてぇに欲情しかかる同級生男子どもの踊り狂わんばかりの姿を見ていれば認めざるをえない周知の事実だ。

 夢見勝はシニョンに結った頭をちょっといじってから、「あたしって、そんなにキレイ……?」と口裂け女の口上みたいに訊いてくるから、俺はひやりとして咄嗟に口端を保護しかけたね。

「べ、べつに変な意味で訊いてるんじゃないからね……まだ高校に来て日が浅いし、クラスメイトとの距離感も掴みあぐねてるくらいだから……こういうこと訊ける気の置けない友人って、あんただけなのよね」

「まぁ、だから俺と一緒に相談部を開設したんだもんな。あわよくば、あたしが友達になってあなたの悩みを解決してあげます、的なノリでな」

「……で、どうかなあたし?」

「……どうって?」

「…………あんたから見て」

「……」

 なんだこの、気重な空気は。なぜそんなことを、二人っきりしかいないこの部屋で訊いてくる。そういうのはあれだ、もっと人数が多くて、場合によっちゃあ酒とかが入ってる席で気軽に放つべき問いじゃないのか。いや、未成年だからもちろん、酒は呑まないんだけどな。

「……よくわからんが、なぜそれを俺に訊いてくる? むしろそれを話の糸口に、クラスの女子と親睦を深めろよ」

「それだとあたし、自分が美人であることを鼻にかけた気位の高い嫌味な女になっちゃうじゃん!」

「いいじゃねぇか、それが事実なんだからよ。その高飛車な鼻にも一枚、ほれ絆創膏」

「そんな学園生活のスタートはイヤよ!」

「もうすでにいろいろと失敗してるかもな。相談部なんていうわけのわからん部活をつくって、悪目立ちもいいところだ」

「え、そう? あたしけっこう好意的に見られてるけど? 合同体育で一緒だった二組の子なんか、相談部についてけっこうぐいぐい訊いてきたりで、なにかと打ち解けてるし……まぁ、体育の時にしか話さないんだけど」

「……なんだよ、それ。お前と俺とでこうも差が出て来るとはな……俺なんか悪目立ちもいいところだぞ。廊下を曲がった拍子や階段の踊り場を通りかかるたびに、なぜかいわく言い知れぬ殺意に囲繞されているんだ」

「え、なにそれ」

「それがお前の問いへの答えだというところだろう」

「……?」

 夢見は飛びすぎる話の骨子をすっかり見失っていたらしく、わからぬとばかりに首を傾げていた。手前まで投げて寄越されたのが、パン屑なのか小石なのか判断に迷うスズメみたいな仕種だ。保健室の壁にかけられた時計が、この日もまた人生における無駄な時間を過ごしてしまったことを俺に痛烈に思い知らせる。俺はちくたくちくたくと的確に進む音が嫌いでね。もう少し時間にルーズな時計というものが校内、いやさ世界のどこかにあってもいいんじゃないかと思う。思うだけで、それほど需めたりはしないのだけれどな。

 ――我が学び舎たる市立第三高等学校は、実に狭い敷地面積を誇りとしており、少子化だというのに年々増えこそすれ減る傾向は見られない生徒数に対応できずにある狭隘な玄関ホールは来客用の青いスリッパがところ狭しと激しく散乱していて、どっかの物好きがそれを片づけるでもなく利用して器用にもネズミーマウスだとかネコ型ロボットだとかの画にしてしまうのが唯一見られる慰み物で、あとは毎週放課後に地域の皆様に普段なにかとご迷惑をおかけしておりますからという名目で奉仕活動と称しては軍手とゴミ袋を引っ提げた生徒をぞろぞろと校外へ放ち近くを流れる川辺に寝そべらせたり土手際で話の花を咲かせたりなどさせている、実に行き届いた教育方針でもって鳴る高校だ。

 俺はその由緒の重みを真新しいブレザーにどっしり感じながら、さて高校デビューは出だしが肝心、せいぜいクールなキャラを装い狷介孤高の学園生活としゃれこもうじゃねぇかとしたところで、

 周りがオナチューだらけで固まろうとする居心地悪いクラスの中、心細くていられなかったのだろう夢見勝にとっつかまってしまい、あれよあれよという間に相談部だなどというわけのわからぬ部活動の副部長を務めおおせる運びとあいなった。高校生ライフが始まって十日と経たぬうちにだ。夢見のそれは秒速の行動力と言い換えてもいい。その行動力を全て傾注して友達をつくれよとは容喙しかねるほどの速度だった。

 よくそんなわけのわからぬ部活を新設できたもんだなと、俺が皮肉交じりに褒めてやると、得てして人の言葉の中から含まれたものを汲み取ろうとしない性質の夢見は単純に「えへへ」と嬉しがった後で、

「ここの部活申請はそんなに厳しくなくて、部長と副部長、最低二人の部員が揃っていて、担任の先生と、部室として部屋をお借りすることになる先生――ここの場合は保健室の先生ね――二人の許可があれば、簡単に誰でも部活動を新設できるのよ」

なんじゃそりゃ。きょうび珍しい高校もあったもんだ。大抵はそういうの、生徒会だかなんだかが邪魔して、申請の時点で活動内容不明として蹴落とされるのが関の山じゃないのか、と思ったもんだが、いやはやこいつの……夢見の行動力には眼を瞠るものがあったね。こいつは担任や保健室の教師を抱きこむのに、相談部設立の建白書なるものを職員室の机に叩きつけたそうだ。おおよその内容は、ざっと以下のとおりだろう……読みたくないやつは先へ飛びな。支離滅裂な日本語だし、読み流す価値さえない。背伸びしたい盛りの学生の文章さ。

『わたくし、一年一組在籍の夢見勝は、憚りながら現今の青少年を代表し、ここにその内実をつまびらかにいたします。またこれは、全校生徒のひとしく思うところであると同時に、若者と十把一絡げにされてしまう凡ての高校生達がその胸臆に秘める、きわめて実際的な病める心境の吐露であるという認識もまた、お持ちになっていただきたく。さて、ご存じの通り現代の電子産業時代を生きるティーンエイジャーは、従来の日本的価値観――大人たちの目線――とは、その気風を大きく異にしております。たとえば、近年とみに聞かれるようになった学生アパシーや、ランチメイト症候群といったタームなどは、多くの高校生たちの実情をまことにうまく言い当てております。しかしながら、時代が移ろい、悩みの種も変化してきたというのに、それをケアする制度が本校に存在しないという料簡はいかがなものでありましょう。よってわたくしがここに提言いたしますのは、かかる生徒の心をケアし、十二分に学業に専心できるよう、かつまたいっそうの励みとなるよう生徒自身を同じ視程で癒すことを目指した部活動として、お悩み相談部の設立の必要性を真剣に考察すべきなのでは、ということです。尤も、それならば最初からプロのカウンセラーを招聘し、本格的な相談の機会を設ければよいのではないか、そのような反対意見も方々から聞かれるでしょう。しかし、いくらプロのカウンセリングだからといって安心はできません。なぜなら依然として相談者との間に年齢差によるギャップが――隔世の感が――大きな壁となって、相談に来る者と受け付ける者との間に聳えているからなのです。そのように考えますと、生徒の悩みをインタラクティブにケアするにあたって今最も求められているのは、同じ目線を有した同じ学生の手からなるメンタルヘルスケアなのではないでしょうか。現状では悩みを抱えた青少年のほとんどが、悩みを打ち明けるべき相談相手が傍にいないことを苦に、バーンアウトしています。この傍というものをメートル・ヤードで判断するのは大きな錯誤です。なるほどそれは確かに距離の問題なのではありましょうが、だからといって校内にプロのカウンセラーによる相談所を設けるだけではお粗末千万、双方の身体的ではない距離が縮まったとはとうてい言いきれません。その聞き手もまた同校の生徒となった時にはじめて、彼我の距離は真に近接したといえるのではないでしょうか。そのゆえにわたくし夢見は、この生徒の、生徒による、生徒のためのお悩み相談部の創設をここに強く希望する所存なのです。むろん、素人が人間の悩みとするおよそ深遠なるエリアに土足で踏み込むのは大いに問題がありましょう。しかしそれは、部活動の方針としてメンタルヘルスの主要な勉強を日々怠らず精進させていくことをここに誓言することで、もって我々のたゆまぬ意欲と研鑽の奇貨ととらえ、活動にいそしむことで処方といたしましょう。つきましては……』

 と、以下に具体的な活動内容が事細かに記されているのだろうが……全部デタラメである。よくもまぁ、ありもしないことをペラペラとのべつ幕なしにまくしたてられたものだなと俺はそこの点いたく感心するのだが、しかし教師を煙に巻いて部活の申請を通したこいつの魂胆が友達がほしいというたったそれだけの理由だというのを知っているので、手放しで褒められたものではない。

 しかも教師は、くだんの建白書を読んですらいなかったろう。才色兼備とはよくいったもので、現代社会における女子高生というロールからすれば異例のことだろうが、筆まめな夢見の丁寧な手書きで用紙に書かれたその建白書は、しかしいかんせん内容が内容だった。もとより嘘っぱちだったことを思えば、内容なんて無いよー。四百字詰原稿用紙換算で五十枚を超える、ちょっとした小説が書けそうなくらいの文量を教師がまじめったらしく読破するはずもなく。

 とにかくその意欲に免じて勝ち取った相談部開設の権利みたいなもんだ(全国の部活モノのお話に憧れる諸君、いますぐ建白書を起草したまえ)。というか放課後の保健室占有権というべきか。結果として誰一人相談者が訪れていない現状を思えば単なる放課後のだべりクラブと化してしまっているが。水着云々は冗談としておくとしても、この先なにもコマーシャル的なことをしないようなら、本当にこの部活動は保健室での放課後座談会となろう。いずれ菓子やら娯楽品やらがこの部屋に持ち込まれるようになるやもしれん。

べつに俺はそれでもかまわんのだが――というか、そもそも相談部に唯一の部員として入ることも俺は許可したわけでもなかったのだが、いつの間にか夢見に握られていた入部届に正確な筆跡模写で踊るタコみたいな俺のフルネームを目の前で書かれた時は震撼したね――こいつは友達が欲しいのだろうから、それまでは俺も付き合わされるのだろう。俺が幽霊に徹して実質帰宅部ライフを謳歌するよりも、形ばかりでもいいからここにいろという無言の要請を創設以来俺は受けている。こいつの中では俺の自由意志なんて、無いも同然だった。

なにが愛だ。もう少し俺に対して、譲歩したまえ。それこそ芋虫のように俺は夢見の手の平のうえで踊らされているようで、そんな俺を見つけて、たまらなく惨めな気分になったものだね。喞々たる虫の声満ちた、夜露にそぼつ草の中、這うように進んで真っ暗な井戸に落っこちたような気分だ。いいさ、どうせ落ちるんなら、落ちるところまでとことん落ちていこう。乗りかかった船だ、いまさら下船したところで、廊下の曲がり角や階段の踊り場やその他学校に在りえる死角という死角がおそろしい事実には変更はない。それならば、四六時中夢見にくっついていることで、命の保証としたいところだね。というのも、入学早々、こいつの容色は先輩の男子生徒たちの眼を惹き、ハートをものの見事に射止めてしまっていたから、金魚の糞よろしくその尻に引っ付いていた俺は随分憎らしく思われていたようなのだ。一人じゃおちおち、トイレにも行けないくらい周囲の眼が殺気立つようになったのが、相談部に入ったことでこうむった被害といえば、まぁ被害といえた。なにより大きい被害は時間の浪費だが、それは夢見とて道連れだったから、気にならない。

 俺は自分一人だけが損をするようなアンフェアが大っ嫌いな人間なのだ。こうとなればあらゆることで、夢見を道連れにしてやろうと意地悪く思ったね。

 ところで宣伝のことだが、結局今日この日、相談客が一人とて舞い込んでくることはなく……まぁ、いなければいないで世界は平和だという証拠だからなによりなのだが、夢見に友達ができないことには畢竟、連鎖的に付き合わされている俺にも友達ができないという最悪の一蓮托生ぶりだったから、べつに俺は友達なんぞ要らなかったが、宿題やらなにやらで他の奴と差がつくのも癪だったし、せめて一人くらいは同性の友人が欲しいと思い、相談部宣伝の手段をいくつか講じてやり、保健室にあったホワイトボードに我が遒勁なる肉筆をタコ殴りした。

「それね! それで行きましょう!」

 箇条書きした候補の中で、部長閣下のお眼鏡にかなったのは、学校のホームページに絆創膏でもなければ花粉症の注意書きでもなく相談部サイトのリンクを貼り、ウェブ上のブログに活動記録を毎日書いて更新するという、いかにも現代っ子的なプロデュースストラテジーだった。

「で、どっちが書くんだ? その記録日誌ってのは?」

「それはもちろん、星空くんに決まってるじゃない!」

 さも当然のように断言されたので、俺は果たして星空終という人間に尊厳なる付属物がちゃんと引っ付いているのか心底から疑ったね……。」




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